「第五章 マリオネットの憂鬱」タグアーカイブ

第228話 保健だより

校長が寄白さんに戸村さんの話をしてると、姉妹の日常が混ざりはじめてきた。

 最初は丁寧に戸村さんのこと説明してたのに……。

 「次号の『保健だより』も、私が構成をやる」

 これはもう、家のリビングの会話じゃないか、てか『保健だより』を姉の代わりに作ってあげるなんて、なんて優しい妹、これぞ姉妹愛。

 ……ん? ちょっと待てよ――次号の『保健だより』、ってことは、前号も寄白さんプレゼンツだったのか。

 「でも、美子は攻めすぎなのよ」

 攻めすぎって?! どんな『保健だより』? ただ、寄白さんならやりかねないと思ってしまう。

 俺が転入してきてから見たすべての……と、いうか一校の生徒が見たであろう『保健だより』は、いたってふつうの『保健だより』だったけどな、あの初日の掲示板を思いだすわ~。

 これはあれか? 寄白さんがムチャクチャな構成で作ったものを、校長が修正して、校内でリリースしてるのか。

 「これでどうだ」

 寄白さんは自分の制服から、A四の紙を四分の一くらいにした紙切れをだして校長に差しだした。

 「えっ? 美子、もう最新号の下書き作ってあるの?」

 な、なんと、寄白さん、仕事早っ?!

 俺はその紙を受け取った校長の反応を見守る。

 

 「だ、だ、だ、だ、だめよ。こ、こ、こ、こ、こんなの」

 校長は顔を赤らめて、しどろもどろしてる。

 ここまで、慌てた校長の姿を俺は初めて見た。

 よ、寄白さんは、いったいどんな構成の『保健だより』を?

 てか、どんだけ攻めたんだ? 走り屋のカーブか? インコースギリギリか?

 「今回は、お姉の撮り下ろしを使う」

 「み、美子。い、い、いつの間に撮ってたの?」

 「それはお姉の無防備なときに。さりげないお姉のこのポーズがファンの心をくすぐるはずだ。マニア垂涎すいぜんだな」

 「だ、だ、だめよ。こ、こんなの『保健だより』に載せられない」

 き、き、気になる。

 寄白さんは、校長のどんなキワどい写真を。

 無防備ってことは、つまり防御力がゼロってことか、それって、つまり……。

 「つまんない。じゃあ、お姉が会社で仕事してるキャリウーマン風のビジネスモードでいくか?」

 「それもダメよ。私は学校では校長という立場なんだから」

 俺は、なんとなく席を外さなければというような気になって、フカフカソファーに座った。

 なぜなら、このまま聞き耳を立ててたら、また変態だと騒がれてしまう。

 腰かけた態勢だから、据え置きの冷蔵庫が目に入った、そのまま視線を移して壁時計を見る。

 もう、午後の九時半を回ってる、校長室にきてから、かれこれ一時間弱か……。

 四階の戦闘から、もう、そんなに時間が経ってたことに驚く、いまはこんなにほのぼのしてるのに。

 社さんとエネミーたちは、もう家に着いてるだろうし、九久津も病院に着くころだな。

 そんなとき、俺のスマホも校長のスマホも寄白さんのスマホもいっせいに反応した。

 なんだ? でも、俺らのスマホが同時に震えたってことは、たぶん、【Viper Cage -蛇の檻-】だよな。

 誰かが書き込んだってことになる。

 てか、これ寝てるときはアプリ落としたほうがいいな、緊急時は直接電話かけてくるだろうし、もしくはメールとか、か。

 エネミーなら、深夜アニメのテンションでなにを書き込むかわかったもんじゃねーし。

 スマホのチャット画面をのぞくと見覚えのある顔の画像が貼られてた。

 画像はなかなかの高画質だ、でもこれくらいなら最近のスマホでも撮れるか。

 

 「あっ、戸村さんだ」

 俺と、校長の声が重なった。

 やっぱり、校長に情報提供したのって戸村さんじゃん、しかも、この服装って看護師の服だし。

 昨日、葵ちゃんの車イス押してたときと同じ恰好だ。

 この画像って……。

 九久津、この写メをいま国立病院で撮ったのか?

 「お姉。この人がそうなのか?」

 「そうよ」

 寄白さんは、画像とはいえ戸村さんと初対面ってことになるのか。

【九久津毬緒】: 繰さんが、今日、会った人はこの人ですか?

         PS、パンケーキご馳走さまでした。とのことです。

 九久津がこれを送ってきたってことは、病院に戻ったときに戸村さんと会って

”校長にジーランディアとかの情報を伝えた”のがこの人なのかの確認をしたかったからか。

 

【寄白繰】:うん。この人だったよ。間違いなく、戸村さんだよ。”また機会があったら食事に行きましょう”って伝えておいて

【九久津毬緒】:わかりました。

【真野エネミー】:この人、昨日の看護師さんアルな

【社雛】:こらこら、エネミー、大事な話に割り込まないの。

     私もエネミーも無事、家に着きました。




第227話 帰路

 「雛。まだ着かないアルか?」

 「エネミー起きたの? あと、ちょっとよ」

 「そうアルか」

 エネミーが社に返事をすると、街灯の光で車内に途切れ途切れに小さな影ができた。

 タクシーが進むたびに、闇と影のコントラストが浮かび上がる。

 「雛。ここに護衛のアヤカシがいるアルか?」

 「そうよ。九久津くんが、代替召喚そうしてくれたんだし。美子もエネミーが一番、避難しやすいように亜空間の調整もしてる。あの二人がそうしたんだから安心して」

 「そうアルな。うちは九久津も、美子も好きアルよ」

 「良かったね。みんな仲良くしてくれて。沙田くんは?」

 「沙田も好きアルよ。繰も好きアルよ。うちはみんな好きアルよ。でも雛が一番好きアルよ」

 「ちょっと、そんな優先順位つけないでよ」

 社は、そう言いながらも微笑む。

 「さきにエネミーの家から、回ってもらうからね。いいわよね?」

 「雛。帰りたくないアルよ~」

 社の制服を強く握った。

 「さっき――まだ着かないアルか。って訊いたでしょ? あれって帰りたいからでしょ」

 「それは帰りたくないからアルよ」

 「そうなの。録画のアニメは?」

 「そんなのどうでもいいアルよ……」

 「どうして? 早くアニメ観たいんじゃないの?」

 「怖いアルよ」

 

 「なにが?」

 「おうち」

 社は、エネミーがまだ蛇に怯えているのだと単純に思った。

 家に帰って、部屋で独りになる瞬間に怯えているだと。

 

 だとするならば、エネミーは九久津も寄白も信用していないということになる。

 いまのエネミーは九久津と寄白の防護策に絶大な信頼を寄せている。

 社はエネミーのおそれの正体を、見誤ったまま、時間は過ぎていく。

 

――――――――――――

――――――

―――

 

 国立病院の八階、VIP専用のフロア。

 戸村は引き戸を開いて、どこかの病室に入った、当然なかにいる人物は、それなりの人・・・・・・ということだ。

 

 繰と会ったときとは、まるで別の服装。

 それは誰が見ても医療の従事者だとわかる、ピンク色のスクラブをまとっていた。

 胸元にも、しっかりとネームプレートがある、手には新聞紙に包んだ花の束を持っていた。

 

 音を殺しながら病室の奥へと進む。

 ベッド脇に置かれた花瓶の前で新聞紙を広げると、丁寧に水をきり、持ってきた花と挿しかえた。

 必然的にこれは職務だということもわかる。

 

 殺風景な部屋には、不自然なほど医療機器のいっさいがない。

 患者ではないように横たわっている人物の頭上には【担当医 Dr:九条千癒貴】の札がある。

 つまるところ、それは九条の担当患者ということだ。

 下には患者の名前も書かれていた。

 【市ノ瀬微未いちのせまどみ

 「市ノ瀬さん……」

 戸村はそう声をかけると、それほどズレてもいない布団をかけ直した。

 「花を変えました。この世界には、もう、こんなに花が咲いてるんです」

 自分で挿しかえた、花に視線を移すと、青紫の葡萄のような花があった。

 「ムスカリです。……市ノ瀬さん。願わくば、ずっと眠っていてください。あなたが覚醒するとき、それはつまり……タイプGの……」

 

――――――――――――

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―――

 九久津は夜の国立病院を正面きって入った。

 病院に近づくにつれて、九久津はあることに気づかされた、それは己を尾行して者が院内にいることだった。

 タクシーが進めば進むほど、百目と臭鬼がそのニオイを捕らえはじめたのだった。

 院内に潜む、その人物は逃げも隠れもする素振りはない、そこで九久津は召喚を解除した。

 

 「九久津さん、遅いですよ?」

 病院を抜け出して、門限を破った者に放たれた言葉。

 なにを隠そう、とっくに閉鎖されたはずの、玄関を開放していたのは、戸村その人だった。

 

 (この看護師は戸村……)

 九久津は、ここでかける言葉を、瞬時に弾きだす。

 言い訳も挨拶も社交辞令も探りもいらない。

 「単刀直入に訊きます。今日、あなたは繰さんと会いましたか?」

 「ええ。一緒にお食事しました。しかも、ご馳走までしてもらっちゃいました」

 戸村も同じく、余計な返しはしなかった。

 「あんた何者だ?」

 「私はただの魔障専門看護師ですけど」

 「なぜ、俺の尾行をした?」

 「えっと、そんなことしてませんよ」

 その言葉を訝しむこともせずに、抑揚よくようなく答えた。

 九久津がそっとスマホを取り出そうしたときに、戸村はものすごい瞬発力で九久津の右腕をがっしりと掴んだ。

 スラっとした指先が九久津の手首を握っている。

 だが、驚くほどに力は込められていなかった。

 (俺の行動を先読みしたのか……? 顔は撮られちゃマズいってことでいいんだよな?)

 戸村は九久津の手をかざすと、スルっと手を放した。

 そのまま手のひらを頭部に撫でつけて、髪型を整えはじめる。

 「どうぞ? 私の顔を繰さんに、確認してもらうんですよね? でも、髪だけはきちんとさせてくださいね」

 「……」

 (くそっ……読まれたか。繰さんの名前をだしてきた時点で、今日の出来事の証明みたいなもんだ)

 九久津はなにも言えないでいる。

 「一応、女子ですから、綺麗に撮ってくださいね? 誰に見られるのかわからないですし」

 九久津は黙って、スマホの下部にある丸いボタンを押す。

 静まり返った、この場に――カシャ。っと音がした。

 「それと【パンケーキご馳走さまでした】って、お礼も添えてくださいね?」

 (これも今日の出来事の追加のアリバイ証明みたいなもんだ)

 

 「……」

 九久津は、さっそく繰にメールを送信しようとする手前で液晶のタップを辞めた。

 (この場合は、こっちだ)

 すべての操作を白紙にしてから、さいどスマホのとあるアプリを起動した。

 電子共有ノートの【Viper Cage -蛇の檻-】がサッと立ち上がる。

 

 九久津は、ある機能を思いだしたのだった。

 ”アプリからログインすれば書き込みの情報が共有できるうえに、基本的な画像ファイルや音声ファイルなどもアップできる仕様になってる。

 もちろんその添付ファイルも共有できる、つまり一つのファイルをアップロードすれば参加者全員がダウンロードすることも可能だ。”

 九久津は戸村の【パンケーキご馳走さまでした】という一文を添え、顔写真をチャット画面にアップロードする。

 こうすることで、戸村の顔をみんなで、共有することができるからだ。

 戸村の顔を全員が把握しているほうが、みんなにとってメリットが多い、そういう意図があった。

 それから、一分もしないうちに繰からの書き込みがあった。

 【うん。この人だったよ。間違いなく、戸村さんだよ。”また機会があったら食事に行きましょう”って伝えておいて】

 「――”また機会があったら食事に行きましょう”と、のことです」

 (……自分の顔を写メで撮らせた時点で決着はついてた。それはつまり隠す必要がないからだ。繰さんが会ってたのがこの人のなら、やはり俺を尾行してたのは目の前いるこの人・・・・・・・・ではない誰か、でありながら、戸村と同じニオイの者)

 「ええー?! 本当ですか。楽しみ。今度はなにを食べに行こうかしら。……よくわからないけれど。私の疑惑は晴れましたか?」

 「はい。疑って、すみませんでした」

 (臭鬼が感じたのも、この人のニオイ。……厳密には俺を尾行けてたのはこの人じゃない。なにより、俺がタクシーで国立病院に向かってるって途中、今度は俺が追う立場。その間に院内から逃げることはできたはず。だが、目の前のこの人は逃げも隠れもしなかった。そのすべての条件に当てはまる事象、やっぱり、分身わけみか?)

 「あの、あなたの能力は?」

 「私ですか?」

 「ええ」

 「私は魔障患者さんの治療の補佐ですよ」

 (うまく、言いくるめられた。能力って問いに、自分の職業スキルを返すことは間違いじゃない……)

 「たしかに。治癒のときは、お世話になりました」

 「いえいえ。右腕の化石化ミネラリゼーションは、よくなったみたいですね?」

 「はい。おかげ様で」

 (今日、これ以上踏み込むのはヤメだ。そもそも俺らが知らなかったジーランディアの情報を繰さんに提供するくらいの人……ふつうなわけがない。大人お得意の組織のしがらみってことも考えられる。まあ、俺らに敵意がないのはわかっただけで上出来だ。俺、あるいは俺らへ攻撃・・じゃないないのなら、いったんスルーだ。俺が病院を抜け出した、自業自得な部分もあるし)

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第226話 努力の終着点

 (現在、尾行はいないようだな。それもそうだろう。カラオケから一校の四階に移動したんだ。仮にいまの俺の移動経路がバレたとしたら、それを尾行者にリークしてる者がいるってことになる……)

 ――努力は報われると思いますか? という、お葉書なんですけど。そうだな~。

 (沙田、美子ちゃん、繰さん、雛ちゃん、エネミーちゃんは白。ただ繰さんは俺を怪しんでる。黒い風のシルフという点では美子ちゃんも同じく俺をいぶかしんでる。モナリザとの戦闘の後にぬりかべを早く召喚解除したのは、キャパを使いすぎる疑惑への見せかけポーズだったけど。あの量のアヤカシを召喚したうえにエネミーちゃんへの代替召喚もしたから、疑惑は払拭できないかもしれない)

 ――努力は必ず報われます。これを言うと、嘘だ~。って声が、このスタジオまで聞こえてきそうだけど。これは紛れもない事実です。

(ただ俺自身は不思議とキャパを消費しない体質だ。小さいころはもっと脆弱よわかったはずなのに。成長するにつれて体は強くなるってことか? キャパの増幅?)

  ――じゃあ、ためしに長距離ランナーで例えてみようか。練習することによって明日タイムが一秒でも縮まれば、それは努力が報われたってことなんだよね。

(……にしてもタイミングをミスった。四階の安全をもうすこし確保してからでもよかったな。すくなくとも四階から下に降りる手前くらいで。みんなの安全を担保することも俺の役目だ)

 ――でも、人はどうして努力は報われないと思う人が多いのか? それは、今日も練習して、明日も練習して、明後日も練習して、一週間、一ヶ月、半年、一年。二年、三年、四年、毎日練習した。

 (それよりおかしいのは繰さんが会ったという看護師だ。臭鬼しゅうきのニオイ判別は正確だ。あの看護師が繰さんと会ってジーランディアの情報を伝えてる時間、俺はまだ移動中だった。つまりそいつは繰さんの目の前で話をしながら、俺の近くで動いてる……どういうことだ? 双頭の蛇。俺を尾行してるが一匹目の蛇なのか? だとしたら院内にいる誰か?……それが戸村?)

 ――それでも、オリンピックの選考会で落選しました。僕の、私の努力はなんだったの? 努力なんて報われないと思う。

 (九条先生自身が尾行ってことはないだろうけど。俺の魔契約を怪しんではいる。そうなると尾行者の候補は当局まで範囲を広げざる負えない。九条先生が誰かに依頼すれば俺を尾行する理由になるな。ただ、あの尾行はただ者じゃない。……九条先生の同期……あのバスのオールバックの人。国交省の近衛……あの人ならそれができる。でもそれだと繰さんに漂ってたニオイの説明がつかない)

 ――さあ、みなさんはどう思いますか? 努力は報われると思いますか? 報われないと思いますか?

 (あっ?! 兄さんが使ってた自己召喚術の分身わけみ。そうすれば同一人物が二人になることはできる。ただあれって、一を二分することで。能力の総量も分配されるんだよな。……けど、ことはそんな単純なのか?)

 九久津は流し目で、景色を眺めた。

 視線はルームミラーに移って、運転手とぶつかる。

 

 (これが推理ドラマならそんな単純にはいかない。たしかに分身なら、繰さんと会ってる看護師と、俺を追う看護師の二人で行動することは可能。ならあの看護師も召喚憑依に準ずる能力を有していることになる。あの人は能力者なのか?)

 運転手も九久津の視線に気づくと、なにか話題がないかと探る。

(……別の仮説。俺が国立病院で合った戸村と繰さんに情報提供した戸村は本当に同じ人物なのか? いまの段階で俺と繰さんは話のなかででた、戸村という名前・・・・・・・だけが共通項。俺が見た戸村の顔と繰さんの見た戸村の顔は違うかもしれない。おそらく沙田の言ってる戸村と俺が病院で合った戸村は同じだろう……現状では確かめる術はない)

 「あの、九久津さん。努力は報われると思いますか?」

 「えっ、なんですか突然?」

 「いや、ほら、いまラジオでそんな話をしてたから」

 「すみません。考えごとをしてて。ラジオは耳に入ってきませんでした」

 「そうですか。……ラジオのなかでね。”努力は報われるか報われないか”みたいな話だったので」

 「努力ですか……?」

 「はい」

 「報われる人は報われるし、報われない人は報われない。いたってシンプルですよ」

 「その人しだいってことですか?」

 「ええ。この世界には、どうあがいても叶わないことがあります。それは努力とかそういう次元のものじゃない。もしもすべての人の努力が報われるのなら、さっきの若い女性も、自分の子供をのなかで抱きしめているはずです」

 「あっ……」

 運転手は、そのまま言葉をなくした。

 「この世から去ってまで、子供に会いにきてしまうほどの未練。それはいわば呪いと同質なんです。努力で死にあらがえるなら、文字通りの死ぬほど努力していたはずです。その女性が亡くなった理由が病気や事故なのか、それとももっと別の理由なのかわかりませんけど。努力なんかではどうにもならない事象だった。それこそ摂理ごと改変しなければならないほどの。俺にもし摂理を作り直す能力ちからがあるなら、親子引き離すような出来事はこの世界から消滅させる」

 「……なるほど。説得力ありますね」

 「運転手さんはその若い女性を送り届けたあと、その人を人間だと思ったんですか?」

 「いいえ」

 運転手はハンドルを握りながら、首を横に振った。

 「思いませんでした。だから……だから……」

 九久津は言葉に詰まっている運転手を黙って見ていた。

 その肩がかすかに震えているのがわかる。

 「いただいた、三千円はNPO法人の『幸せの形』に寄付しました」

 「つまり、それは客を乗せていないのに、料金を受け取ったからですか?」

 「う~ん。いいえ。上手くは言えないのですが。確かに乗車していただいたんです。それは間違いない。だからお代はいただいてもいいような気もします。ただ、車っていうは仕組みとして、重ければそれだけガソリンが減る。そう考えれば、あのお客さんが乗っていても、私ひとりが乗車しているのと変わらないというか……」

 「なるほど。すみません。そう割り切れるものではないですよね?」

 「そ、そうですね。だから私もお客さんを乗せるには乗せたれど、お代をいただくのもどううかと。そこでさっきの折衷案です。『幸せの形』なら遺児いじの保護もしてたりするので、そこに寄付するのが正解じゃないかと思ったんです」

 「それ、たぶん間違ってないと思いますよ」

 「そう言ってもらえると、私の行動を正当化してもいいのかなって思えます……」

 「九久津家うちの親は、逆で。子供を亡くしてる立場ですから」

 「……ああ、存じております。九久津堂流さんですね?」

 「はい。努力で死がどうこうできるなら、兄も死んでないと思います」

 「重い言葉です。私の魔障なんてたいしたことなく思ってしまいます」

 ――さあ、いろいろとメールで意見をもらいましたけれど。結局はその人しだいって結果に落ち着きましたね。ここで音楽いきましょうか。本日はロングヒット中のこの曲です。ワンシーズンの『ペンタゴン』

 (ワンシーズンって、美亜先輩の……)

 「いいえ。運転手さんの魔障だって重い傷ですよ。六角市を守護る一翼なんですから」

 「ありがとうございます」

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第225話 車中

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 「どこまでですか?」

 ごま塩頭の運転手は、後部座席を振り返った。

 「国立六角病院まで」

 「かしこまりました。足お気をつけください」

 運転手は、前方を向き直して、一瞥いちべつもせずに手元のレバーを引いた。

 なかば習慣的な行動であるために、その行動は無意識に行われている。

 「はい」

 バタンと無機質にドアが閉まった。

 「タクチケでの支払いですけどいいですか?」

 

 「はい。かまいませんよ」

 薄暗い車内、運転手はルムーミラー経由で後部座席を再度確認した。

 目を細めて、座席からすこしだけ腰を浮かせ鏡の奥を眺める。

 

 疲労した様子の少年に、運転手は見覚えがあった。

 おそらく、同僚の誰に訊いても、その名を言えるほどに有名な人物がいま乗車している。 

 「あの失礼ですけど? あなたは九久津さんのところの?」

 恐る恐る、声をかけた。

 これがハズれば、お客に失礼になる。

 それが例え高校の制服姿の未成年だとしても。

 「はい。そうです。九久津毬緒です」

 「やっぱり、そうでしたか」

 運転者はルームミラーに触れて、後方がよく見える角度に変えたあと、背を座席に預けて、ふたたびシートベルトの位置を調整した。

 

 「私たち六角市民は寄白さん家やキミの家、それに真野さんの家のおかげで平和に暮らせてますからね。あっ、申し訳ないですけど、九久津さんもシートベルトの着用お願いします」

 「あっ、はい」

 促されるまま、九久津も、シートベルトをたすき掛けにする。

 九久津、自身、その運転手のことは知らない。

 どこかで会ったかもしれないとも考えるが、会ったことがなくてもとくに問題はない。

 なぜなら、包括的に考えて、自分のことを知っているのは当然だからだ。

 いま、乗車しているタクシーは、株式会社のヨリシロの関連会社なのだから。

 「いえいえ。ヨリシロ関連の運転手さんたちだって本業のほかに、六角市の結界を強化する役目を担ってらっしゃるじゃないですか? 手袋の下だってその代償で……」

 「ええ、まあ、でもこれも職業病みたいなものですから」

 運転手は手袋の上から右手で左手をさすって、ハンドルを握りなおした。

 九久津の位置からは、その手元が一目瞭然だった。

 「じゃあ、お互いさまってことですよ」

 「そうですかね。じゃあ発車しますね?」

 右方向にウィンカーをだした、シフトレバーをDドライブに入れて、サイドブレーキを解除する。

 左足を気持、まだペダルに置いたまま、右足をじょじょに踏み込んでいく。 

 「はい。お願いします」

 「運転手さん。痣でなにか困ったことってありますか?」

 九久津の言葉を聞きながらも、サイドミラーで後方車を確認する運転者。

 視線をルームミラーに戻して、後続車がいないことを再確認して、もう一度、サイドミラーを見やった。

 「これですか?」

 運転手は――これは。と言いながらも、もちろん、ハンドルから手を離さずに、九久津の問にうなずく。

 頭がコクっと動いたと同時に、車体は滑らかに車道へと流れ込んだ。 

 「子供が小さいころは、私が怪我をしていると勘違いされてましたね」

 「そうなるのもしかたないかもしれませんね。……幼い子がみたらやっぱり、それは怪我のように見えるかも」

 「ええ。子供がもっとちいさいころは、抱き上げるだびに嫌がって泣かれたものです。黒い手が怖かったんでしょうね」

 「それはなんと言っていいのか……」

 「いえいえ。九久津さんのせいではないですので。そんなときは家のなかでも白い手袋をつけるんですよ。あの子にとって、父親の手は”真っ白”って記憶なんじゃないでしょうかね……」

 運転手の身の上話ととも車体は進んでいく。

 本当に動いているのかわからないほどに、町の景色はゆっくりと流れる。

 

 道路を行く群れの一部のようにタクシーの前にも後ろにも、数台の車が走っている。

 なん台もの対向車ともすれ違い、この道路みちそのもが血管のようだった。

 「そうですか。……でもY-LABでは、その魔障きずあとを綺麗に消せるような方法を探ってるみたいですよ」

 やがて大動脈に辿りつくと、赤いランプと黄色ランプと青いランプが詰まった血管をキレイにしている。

 ここでは血液を送りだす、ポンプが変則的に七本ほどある。

 交差点は、だれもが速度を落として行き交う。 

 「ほ、本当ですか? それはありがたいですね~」

 背後からでも、運転手が喜んでるのがわかった。

 「早く治療法が確立されるといいですね?」

 「ええ、でも、まあ私たちも一般人も、町の平和に貢献できるのならって思いもあるんですよ。私もね、六角市に在住していても、アヤカシの存在ってのは半信半疑でしたから。ただタクシーに人ではない者・・・・・・を乗せてしまったときに、ああこの世界に、本当にそんなことがあるんだなと思ったしだいです。話では聞いていたんですよ。いつか経験するだろうことも。先輩運転手が言ってましたし」

 「……どんなお客だったんですか?」

 「子供を探しているという若い女の人でした」

 「子供?」

 「はい。なにやら子供が急病だから病院に行ってほしいと頼まれて。それでその住所の場所に行くと、ふつうの民家でしてね」

 「ええ、それで」

 

 「……いっこうに降りる様子もなくて、その女の人に声をかけると、家に行って家族を呼んできてほいというリクエストで」

 「そうですか……」

 「私もなるほどと思ったんですよ。ご家族も一緒に行かれるのかと思って。それでインターホンを押したんですよ。でも、もうおかしいですよね。その女性が降りてこない理由がない」

 「インターホンを押したあとは?」

 「なかから若い男性と、言葉を覚えたてくらいの子供がでてきました」

 「すると男性は、そっと私に千円札を三枚だしてきたんです。なんだろうと思ったんですけど……。あっ、あの女性が運賃を忘れた代わりに夫が払ってくれたんだろうって……」

 

 「女性は?」

 「私が車内を振りかえるといなくなっていました。その夫らしき人は黙って私に頭をさげるんです。とっさに、ああ。これがそうなんだと思いましたね。さらにその夫はなにも言わずにまた頭を下げて、お釣りはいらないと言いました。その後ろでは子供が両手を上げて、ママ、ママとはしゃいでいましたけど、私の目にはなにも見えませんでした」

 「それはつまり、その女性は……」

 「だと思います……。よく言いますよね。無邪気な子供にはえると。

私はそれ以上なにも言わずに三千円を受けとりました。不思議と冷静でしたね」

 「どうしてですか?」

 「その手の話って、ゾッとする話と暖かい話の二種類があるじゃないですか?」

 

 「そうですね」

 「だからだと思います。あの女性はただ、子供に逢いたかっただけなんだろうって……。病院でなにがあったとか、そんなことはどうでもよくて。ただ子供のところへ送ることができた。そのときうちの子供ふたりめも同じような年齢でね」

 「重ねてしまってことですか?」

 「ええ。ですね」

 「想いの強さみたいのことですか……」

 「まあ、言葉で言えばそうですかね。なんかちょっと車内の空気がすみません。

 九久津さんたちは、人を襲うようなバケモノのアヤカシと日夜遭遇してるんですものね。ひょっとして今夜も?」

 「まあ、そんなとこです、ね」

 「頭が上がりません。そのいわゆる能力者っていう人たちには」

 「いえ、生まれたときから、僕はこんなんでしたから」

 運転手は九久津からどことなく漂っている、緊張感に気づく。

 「そ……そうだ。ラジオでもつけましょうか? それともMP3プレーヤーでもあれば繋ぎますけど……」

 「えっ、あっ、ラジオでいいですよ」

 「そうですか。FMとAMどちらがいいですか?」

 「お任せで」

 「かしこまりました。なんかすみません。九久津さんたちの聖域に踏み込んでしまって」

 「いえ。本当のことですので」

 車内にホワイトノイズが聞こえきた、途切れ途切れに人の声がする。

 運転手がツマミを絞ると、その声が鮮明になった。

 アナログではない、陽気なDJが車内を仕切りはじめた。

 ――さあ、では、つぎのお葉書にいきましょうか。それとも曲? えっ、やっぱ葉書?

 

 (俺の倒すべき相手はバシリスクなんかじゃなかった。その向こう側にいる強大な敵、蛇。そして今日わかったこともある。毒回遊症ポイゾナス・ルーティーンは武器になる。ただシルフがあんな黒い風になるなんて、まだ加減ができないからか)

 ――じゃあ、読みますね。

 (美子ちゃんに気づかれたは痛かったな。いや、あの風なら誰でも気づくか。沙田も気づいてた、おそらく雛ちゃんも、だ。俺の未熟さ)

 {{遠隔混成召喚}}≒{{百目ひゃくめ}/{{臭鬼しゅうき}}

第224話 残り香

 社さんとエネミーは、二人仲良く帰っていった。

 いまごろはタクシーのなかかな?

 

 エネミーぜってー寝てるな、目に浮かぶわ~。

 ここにきてから九久津と社さんに会話らしい会話はなかった、

部屋全体に流れる、ふとした会話の相槌あいづちくらいだ。

 う~ん、女心は難しす。

 

 校長室は四階と違って照明機器があるから、顔を見合わせたら表情がちょくだもんな。

 四階は真っ暗なんだけど、俺らは開放能力オープンアビリティの夜目を使ってるから、部屋の明るさとは、ちょっと見えかたが違うんだよな。

 よくテレビでなんかで見る、暗視スコープをのぞいた感じでありつつもカラフルに見えるという不思議な見えかただ。

 社さんとエネミーって、帰り際の手の繋ぎかたも幼い妹としっかり者の姉って感じだったな。

 けっして百合ゆりではないというのは強調しておく。

 去り際の二人の影も寄り添うようだった。

 しっかし、あのエネミーの影に九久津の召喚した護衛のアヤカシが潜んでるとはな~。

 ぜんぜん、わからんかった。

 九久津いわく”べとべと”という名のアヤカシだそうだ。

 エネミーの影に潜り込んでるから、誰にも見つからずにつねに護衛できるってわけだ。

 それでいて体力を消耗するのが九久津自身って、どんだけカッケーのよ。

 社さん、わかる気がするよ、俺もその気持ち。

 俺もけっしてBLじゃないことを強調しておく、兄弟的な好きってのはなくもないが。

 イケメンよ、ちょっとはほころべ。

 俺のような、ザ・ふつうはどうすればいいんだ。

 エネミーにアヤカシの怪しげな者が近づくと、強制的に亜空間へと避難させるシステムでエネミーを護衛する。

  校長室に戻ってきてすぐに、九久津と読寄白さんが話してたのは、亜空間の座標計算のプログラム数値だった。

 開放能力オープンアビリティとは各自でカスタマイズすることもできるらしい。

 その調整で寄白さんは、亜空間の避難先を計算してたんだ。

 九久津の家に行くバスのなかで、寄白さんが能力者専門校の特待生だったということは聞いてた。

 寄白さんはもともとITスキルが高く、プログラミングができることはさっき知った。

 ツインテール時の寄白さんのことを考えると、プログラミングなんて真逆のスキルっぽいのに。

 あのポンコツ感ならメカ音痴っていう先入観が……。

 機械にボタンがあったら――全部押しますわよ。みたいな感じなのに。

 まったく、人は見かけによらない。

 

 まあ、外見に騙されるなってことだ。

 それでエネミーが緊急避難する経路で一番ベストなルートを選定したらしい。

 エネミーみんなに守られてるな。

 いや、ここにいる誰もがエネミーの安全を願ってる。

 九久津はそのまま、また病院に直行するという。

 抜けだしてきたんだから、当然か。

 体調も本調子じゃないんだし。

 ああーっ?! しまったー?!

 社さんに”流麗”のこと聞きそびれた、社さんが誰かとそんな会話したことあるかのかないのか、訊けずじまいになってしまった。

 しょうがない、つぎの機会にしよう、会う予定はないけど六角市の能力者だ、いくらでもチャンスはある。

 九久津は、体の向きをドア側に変えた。

 校長室からも、だんだん人が減ってくな。

 「あの繰さん?」

 そのまま部屋をでるのかと思ったら、素っ気なく校長を呼び止めた。

 なんだ?

 声の感じが、なにかを探るような訊きかただ。

 「なに九久津くん」

 「ジーランディアの情報提供者ってどんな人ですか?」

 「えっ、どうして?」

 「いえ、ちょっと気になったんで」

 「えっと、それはあちらにも都合が……」

 そういや、校長。

 情報提供した人とは今日、会ったって言ってたけど、詳しい人物像は言ってなかったな。

 どんな人なんだろ?

 「じゃあ、はっきり言います」

 「えっ、ええ、うん。どうぞ」

 九久津は校長との間合いをつめた。

 ……なんか空気がピリつきはじめた。

 「俺は最初ニオイに敏感なアヤカシをエネミーちゃんの護衛に召喚しました。アヤカシのニオイに反応があればそれをキッカケに助けに行けばいいと思ったからです」

 「そ、そう。えっと、でも私に訊きたかったことってジーランディアの情報を提供してくれた人のことじゃ……」

 「はい。そうです」

 「じゃあ、それとなにが?」

 「ああ見えてもエネミーちゃん自身が死者でありアヤカシだ。近い種族のアヤカシが敵として近づいてきた場合の判別が難しい。それならエネミーちゃん自身の影にベトベトを潜ませたほうが危機回避の判断がしやすいと思いました」

 「うん。たしかに私もそっちが適任だと思うわ。それで?」

 「俺が最初に召喚したアヤカシは臭鬼しゅうき

 「そう。臭鬼ね。まあ、ニオイに反応するアヤカシで召喚するとしたらベストな選択だとは思うわ。それよりもさらにエネミーちゃんの安全性を考慮してベトベトに変えたのよね?」

 「はい。そこであることに気づいたんです」

 「なに?」

 「……繰さんから俺を尾行してた者と同じニオイがしました」

 「えっ、うそ?」

 マ、マジか?

 情報提供者って、ス、スパイ? 俺らを探ってるってありがち。

 しかも九久津を尾行してるし。

 あっ……背筋に悪寒が、ま、まさかそいつが蛇?

 蛇の正体はそいつなのか。

 って、俺さっきから蛇の正体なのか?ってたくさん思ってるけど、蛇の候補者が多すぎ、ぜんぜん絞れてねー。

 まったく当たる気しねー。

 「臭鬼が感じるニオイは香水の匂いや体臭なんかとは違います。どちらかというと人それぞれが纏う微生物雲のようなものです」

 九久津がまだ話をつづけるなか校長は九久津の話に被せてきた。

 「いや、いや、それはないわよ。だって戸村さん・・・・は国立病院の看護師だもの。そんな人が九久津くんを尾行けてくるなんて」

 校長は前のめりで九久津を圧倒するように話つづける。

 言い終わって、――あっ。と大きく口をあけた。

 その表情は、話し過ぎたって顔してる。

 

 情報提供者って戸村って人なのか? ……ん?

 と、戸村。

 と、戸村? 戸村って、戸村さん?

 俺の知ってる戸村さんと同じ人なのか?

 校長は、いま国立病院の看護師って言ったよな。

 

 「戸村? あの看護師がどうして俺を」

 九久津も、いま――あの看護師。って言ったよな魔障専門看護師であって、さらに戸村っていう珍しい名字なら、俺の知ってる戸村さんと同一人物以外にいない。

 俺と寄白さんを置き去りにしたまま、二人の話はつづく。

 さすがに寄白さんも、この話には興味があるみたいだった。

 逆にそれ以外にいたら驚くよ、戸村さん。

 昨日、採血のときに看護師長の代わりにきた美人看護師さん。

 そして魔障である人面瘡じんめんそうかかった、葵ちゃんの車イスを押してきた人。

 いやー、どう考えてもあの人が九久津の尾行なんて。

 なにかの間違いじゃ?

 葵ちゃんもなついてたし。

 ふつうに優しくて看護精神のある看護師だったぞ。

 

  「九久津くん、どうして戸村さんを知ってるの? 知り合い?」

 「俺の診察のときにいた看護師です」

 な、なにー?!

 と、戸村さん、九久津の診察のときにもいたのか~。

 いや、ま、まあ、冷静に考えればなんの問題もない。

 だって同じ国立病院なんだし。

 

 しかも看護師という職業の人だ。

 医師の側で診察のサポートをするが仕事。

 むしろ俺も、九久津も出会ってて当然だ。

 「な~んだ」

 校長は拍子抜けしたように肩の力を抜いた。

 強張ってた顔も緩む。

 なにか問題が解決したのか?

 「九久津くん。それって九久津くんが病院抜けだしたから、戸村さんが尾行してたんじゃないの? ああ見えて、身体能力高そうだったよ? ナイフで風切ってビュンって反撃するみたいな」

 こ、校長、もう、ふつうに戸村さんって呼んでるし。

 隠す素振りもない。

 戸村って固有名詞が共通言語になったってことでいいのか。

 「……」

 けど、校長がほっこりした理由も、言ってることも理解できる。

 病院抜け出す患者がいるなら、それは病院側の人間として追うわ。

 九久津も紛らわしい。

 九久津はそのまま黙ったあと、一言だけ、――そうかもしれません。と言ったきり、また黙ってしまった。

 九久津はそれ以降、なにも言葉を返さずに校長室を後にした。

 ただ、なんとなくなにかを言わんとしてるような素振りもあった、でもその言葉を飲み込んだようにも思える。

 

 いま、寄白さんは、校長から今日あった戸村さんのことを事細かに訊いてる。

 俺も話に混ざろうーっと。

 

 




第223話 小休止

俺たちはいま校長室にいる。

 壁時計が示す時間は午後8時45分、高校生にとってもまあまあ遅い時間になった。

 「美子ちゃん。座標の調整をしたいんだけど」

 「ああ、それなら」

 九久津と寄白さんはなにか数学的な話をしてる。

 四階では言い合うこともあったけど、それもお互いを思ってのことだ。

 「うちの冷蔵庫は5LDKで収納多めアルよ」

 校長室に備え付けられてる小さな冷蔵庫を前にエネミーは能天気だ。

 どういう部分が5LDKなのかわからないけどわかる・・・

 これはつまり家の冷蔵庫はデカイってことだ。

 収納が多めってことは冷蔵庫の引き出しが多いんだろう。

 校長室の冷蔵庫は俺の腰くらいの高さで、飲み物専用の冷蔵庫と言ってもいい。

 ただ、一般家庭の冷蔵庫と簡易冷蔵庫を比較するのもどうかと思うけど……。

 エネミーは真野家の娘なんだし、家は良家って言えば良家だ、大容量サイズの冷蔵庫を使ってるんだろう。

 きっと俺の家より、ひとまわりくらい大きいやつだな。 

 「なかにはバルコニーもあるアルよ」

 社さんは真顔で、エネミーの話を受け止めてる。

 その言葉になにひとつ疑問はないって感じで通じ合ってる。

 バ、バルコニーってなんだ?

 あれか? ドレッシング置くとこか? それともチューブの薬味置くとこか?

 エネミーの言いかたなら、ぜんぶがバルコニーの可能性もある……。

 「テラスには生卵が置いてあるアル」

 あの穴だらけの場所がテ、テラスだと。

 ボッコボコじゃん、テラスぜんぜんテラってないじゃん。

 「テラスの半分はカフェテラスアルよ」

 ダメだ、なに言ってんだかぜんぜんわかんねー。

 仮に卵のとこにカフェを置けるなら、そのカフェって、カフェ細っそ?!ってなるぞ。

 これはバルコニーがどこなのか、ますますわからなくなった。

 「ベランダにはマヨネーズとケチャップとウスターソースアルな」

 どうやら俺の思ったドレッシング置き場が、ベランダっぽいな。

 「ドレッサーにはドレッシングが並んでるアル」

 はっ?

 ドレッシングがドレッサーに収納されてるだと、そもそもドレッサーって化粧台だよな。

 真野家は違法建築の冷蔵庫使ってるのか?

 ダメだ、ギブアップ。

 「あっ、そうそう【Viper Cage -蛇の檻-】って個人名でフィルタをかけると、その人が投稿した順でソートできるから」

 校長のその言葉で、俺はエネミー独特の世界から現実に戻ってきた。

 また蛇の存在を呼び起こさせる。

 校長は【Viper Cage -蛇の檻-】の使いかたの捕捉説明をしつつ、小物が並ぶ机の引きだしから、大きい付箋のような束を取りだした。

 キリトリ線の点線からピリピリと一枚一枚、ちぎって俺らに配りはじめた。

 当然、俺もそれを受け取り眺めてみる。

 なんだこれ? 小さな切符みたいだ。

 校長がみんなに個別で配ってたのはタクシーチケットという物だった。

 こんな物がこの世界に存在してたのか。

 このタクシーチケットとは、な、なんとタクシーに乗っても無料というレアアイテム。

 リアルSRスーパーレアだ。

 いや、じっさいは無料じゃなくて株式会社ヨリシロが前払いしてるんだけど。

 亜空を使って一校にきたわけだし、もう、夜も遅いからタクシーで帰宅してっていう校長の心遣いだ。

 社さんとエネミーは帰りの方角が一緒だから、二人はいま帰り支度をしてる真っ最中。

 さきに学校をでるのはこの二人だな。

 九久津はまた病院に逆戻りで、明日からのことはわからないと言う、まあ、尾行のこともあるし。

 「もうすぐ九時アルな。でも予約してきてるから完璧アルよ~」

 エネミーは上機嫌で壁時計を見た。

 エネミーのやつアニメを多重録画してきてるな。

 今日のこの時間帯に放送されるアニメはない。

 地上波じゃなく、有料アニメチャンネルだろう。

 冷蔵庫の件といい真野家は由緒ある家柄だリッチな家庭はうらやましい。

 反対に俺の家は一般家庭。

 

 俺の父親は株式会社ヨリシロの関連会社に勤めてることを、三校に戻ったとき仁科校長に教えてもらった。

 六角市にはヨリシロの関係する会社は多くある、それこそY-LABと国立病院もそうだし市内を走るバス会社もそうだ。

 ……親に直接聞いたわけじゃなく、間接的に聞くってのもそれはそれで淋しいもんだな。

 「円盤ほしいアルな~」

 「えっ、円盤? エネミーちゃん、UFO?」

 あっ、校長が食いついた。

 そりゃあそう思うよな、ふつう。

 校長の頭に円盤がDVDやBDなんて考えはないだろう。

 

 九久津も俺が円盤の話したら混乱してたし。

 九久津の家で渾身こんしんの円盤ギャグがスベったのは忘れねー。

 こういう点では俺とエネミーの趣味は合うってことになる。

 いっぽう寄白さんは人体模型のこともあってか沈んでる。

 藁を封じた十字架のイヤリングを見てるときもそうだったけど。

 今日わりと静かだったのはそのせいか?

 ツインテールで街にいるときは、エネミーとウェイウェイやってたし、最初から元気がなかったってわけじゃないけど。

 

 ほかにも蛇のことを考えなきゃならないし、十字架イヤリングのなかの忌具のこともか。

 なんだかんだ、みんなそれぞれ悩みごとは多い。

 これぞ高校生、だけど俺らが抱えてる悩みはふつうの高校生の悩みに加えてアヤカシ関係のことだけど。

 「繰。UFOじゃないアルよ。DVDアルよ」

 「へーDVDのことを円盤って言うのね。専門用語かなにか?」

 「そうアル」

 おいおいエネミー。

 校長をこっち・・・の世界に引っ張ってくるな。

 こっちって思ってしまった。

 俺のアニメ好きが溢れた。

 

「へ~じゃあ、エネミーちゃん、アニメライフ満喫してるのね?」

「繰。満喫じゃなく、おうちアルよ」

 話がズレはじめた~。

 校長がふつうに言った単語が、エネミーのヘンテコアンテナに引っかかった。

 「エネミー。校長がいま言った満喫は楽しむって意味で茶のことじゃないから」

 ここは俺が訂正しておかないと。

 直さなきゃいけないとこは早めに教える。

 昨日の病院の待ち時間のときのように、いつか本気で美味しい加湿器を楽しみだすかもしれない。

 ブドウジュースは紫、メロンソーダは緑とかって加湿器でカラーバリエーションを満喫しだしたら大変だ。

 下手したらそれが最新トレンドになって世間を賑わすかもしれない、そうなる前に先手を打っておく。

 「そうアルか~」

 と、考えてたら、九久津が校長名義でグミをあげてる。

 エネミー、いや、真野家の教育で、お菓子は一個しか受けとっちゃいけないルールらしいから。

 

 ほんとしつけに厳しい環境だ。

 まあ、真野家は良家、教育にも力を入れてるんだろう。

 いまのこのエネミーからはほど遠いが……。

 でも、その路線でノビノビ育ってくれ。

 

 「エネミーちゃん。校長室に戻ってくるあいだに護衛のアヤカシを召喚しておいたから」

 く、九久津いつの間に?

 「ホントアルか?」

 「気づかなかった?」

 「わからなかったアルよ。九久津仕事早いアルな。これでグッスリ眠れるアルよ」

 エネミーの言葉じゃないけど、仕事早えー。 

 でも、どこにいるんだ、とも思ったけど、常に目立つ場所に護衛がいたら、それこそ蛇に見つかるな。

 ふつうじゃ気づけない場所に召喚してるのか?

 あっ、エネミー眠そうにしてる。

 そろそろ九時も近いし、四階にるときは神経たかぶってたからだな。

 

 いまは比較的安全な場所にいるし。

 さらに九久津の召喚した護衛がついてるってのも安心材料になるはずだ。

 「エネミー。でも覚えておけ。代替召喚だいたいしょうかんのキャパは九久津が持つってことを」

 「美子。それはスゴイ、技アルか?」

 「体力を消費するのは九久津だからな」

 寄白さんエネミーに対してリアル路線だな。

 でも自分の分身だもんな使者と死者。

 

 「美子ちゃん。代替召喚って召喚術があるってことは使うために存在してるってことだから。エネミーちゃんが気にする必要はないよ」

 「私はただ、そういう手法で守られてるってことをエネミーに知ってもらいたかったんだ」

 「わかったアルよ」

 もしかして寄白さん自身も九久津に護衛されるように感じたのか?

 

第222話 虚構

 ――タンタンタンタン。

 誰かの足音が聞こえてきた、規則的なリズムがどんどん近づいてくる。

 でも、それはどこか軽い音だ、まるで小さい子供のような。

 現実的に考えてもこんな時間、この四階に子供なんているわけがない、座敷童でもない限り。

 ――タンタンタンタン。

 全体重をかけて廊下を踏んでも、こんなにスッカスカの音しかしない。

 座敷童ならもっとペタペタと足を鳴らして歩いてた。

 この音はなんつーか、密度が小さい、そんな感じだ。

 骨がスカスカというか内臓の重さが大雑把というか、軽量化された身体の音。

 あいつ……。

 バシリスクが現れた日に消えた人体模型とは、別固体の人体模型が様子をうかがうようにして走ってきた。

 走ってきたというより、体を揺らした早歩きだ。

 さすがにモナリザとの戦闘中は廊下を走ってこれないか?

 へたすると自分が戦闘の巻き添えになるしな。

 戦いが終わるのを見計らってたんだ。

 違うな、俺たちが廊下にでてくるまで待ってた。

 俺たちがふつうに廊下を歩いてれば、それはおのずと戦闘終了の合図になるから。

 この人体模型は、人間のように空気を読む力があるみたいだ。

 気づけば鳴り響いてるピアノの音も、鳥の鳴き声くらいにしか気にならなくなってる。

 早い話がBGMが辺りに馴染むように、ピアノの低音に慣れてしまってた。

 「お疲れ様です」

 人体模型は俺らひとりひとりに頭を下げて、通りすぎてく。

 この軽い足音は当然、人体模型の素材によるものだ。

 多くの人体模型はだいたい二十から三十キロくらいが多いと、理科の授業で習った。

 ただ、四階の人体模型はもっと軽量化したものを使ってる。

 それはなぜか、授業で使用するような精密な物は必要ないからだ。

 四階ではただ負力の入れ物でいい。

 なにかあれば能力者によって退治される運命にもある。

 校長がいつか言ってた、学校の備品ってのは驚くほどに高いと。

 黒板が約十万円、教卓は約四万円、教壇は約十万円、バレーボールの支柱、約十五万円、サッカーの約ゴール、四十万円。

 そして人体模型も数十万が相場。

 最高級の人体模型になると百万オーバーだ。

 そう、そこに経費はかけられないってことになる。

 ただでさえ、今日のような異常事態で美術室を修理しなきゃならないこともあるし。

 四階の修理は無償じゃない。

 

 エネミーは人体模型に敬礼した、人体模型もクルっと振り返って敬礼する。

 よくわからんが人体模型とエネミーがシンクロした。

 

 「お疲れアル」

 「お気遣いありがとうございます」

 ――お気遣いありがとうございます。か……。

 言葉遣いが。

 「なあ、おまえ。一週間くらい前にここで誰かの姿を見な……いや、わるい」

 寄白さんは立ち止まった人体模型にそう言いかけてから、つぎの言葉を飲み込んだ。

 「頑張れよ」

 「はい。ありがとうざいます」

 あいつは前の人体模型じゃない。

 あの日、藁人形と同一空間にいたのは、確かに人体模型だけど人体模型じゃないんだ。

 こいつになにか訊いたところで無意味だ。

 バシリスクが出現したあの日に、まだこいつは、この世界にはいなかったんだから。

 

 「では失礼いたします」

 ほら、話かただってまるで違う。

 あいつは江戸弁で話してた。

 人体模型は寄白さんにも敬礼して、ふたたび小走りで廊下を進んでった。

 ――ごめん。

 寄白さんが人体模型の背に向かって消え入るような声をかけた。

 なにに謝ったのか言葉だけじゃわからなかった。

 

 人体模型がブラックアウトした日に仕掛けられた罠が今日発動した。

 模型からだは同じだけど、まったく違う人体模型がぐんぐん廊下を進んでく。

 そしてあいつは四階の端に辿りつくとまた引き返してくる、それを朝方になるまでずっと繰り返す。

 生徒が登校してこない日以外はいつもいつも。

 生徒がいない日は学校の七不思議という世界が発動しないために、四階は静かなままだ。

 四階はそういう摂理せつりで成り立ってる。

 学校の七不思議と言われる都市伝説の世界に生きるあいつは、それがすべてだ。

 なんの疑問もなく呼吸するように廊下を走りつづける。

【七不思議その一 走る人体模型】は、そのために存在しつづける。

 四階に強制的に造りだされた都市伝説の世界はある意味偽物の世界、虚構の世界……。

 地球にある世界は本物・・の世界なのか?

 四階の虚構を何億倍、何兆倍に拡張すれば、それは世界げんじつになったりするんじゃないか。

 ……この人体模型・・・・・・とはなんの接点もないのに、なぜか蛇に踊らされてる気持ち悪さを感じた。

 踊ってるのは俺ら全員だ、それも蛇が用意した世界で。

 蛇が踊り子を眺める動機はなんだ?

 怨恨、異性間トラブル、金銭目的、やっぱり快楽目的で動いてるってのがしっくりくる。

 人が苦しむことに快感を覚えるタイプ、一番、掴みどころのないやつ。

 「思想も大義名分もなく人を傷つけるやつが、一番、面倒だな」

 かすかだけど、また九久津から、ふだん抑えてるような苛立ちが見えた気がした。

 シリアルキラー気質の蛇……俺たちも細心の注意を払っていかないと。

 人体模型の背中はどんどん小さくなっていった。

 




第221話 シリアルキラー気質

 「繰さん。すくなくとも蛇の最終目的は金銭的なものじゃないと思います。いまは集金目的で暗躍してるとしても、最終目標はもっと別のなにか……」

 おお、俺も同じ意見だよ九久津。

 「私も九久津くんの意見に同意するわ。金銭目的にしてはあまりに不自然。表立って金銭が動いてる形跡もない。ヤヌが言ってたんだけど、人が罪を犯す動機は大きくわけて四つ。それは怨恨、異性間トラブル、金銭目的、快楽なんだって」

 「……快楽なんじゃ」

 社さんが、そうもらす。

 その四つのなかで考えるとそうなるかも……。

 

 怨恨って言っても、いままで蛇がやってきたことを考えるとターゲットが曖昧すぎる。

 さっき俺が思ったように、すべての人間への怨恨ならわかるけど……。

 大勢の人間を一度に巻き込むにしては、規模が小さすぎる。

 バシリスクを操れるなら、それで町を襲えばいい……って今回それをやろうとして九久津が止めたとも言えるか。

 ただ最初からほかの都市じゃなく六角市を攻めてきてる時点で、なにかの狙いがある。

 

 ここでまた最初の疑問に戻るけど、怨みをはらす相手が曖昧すぎて絶対に狙いたい相手がいるとも思えない……。

 異性間トラブルってのは恋愛だよな、って、これは俺にはわからん。

 真野絵音未、人体模型、バシリスク、藁人形、モナリザ、ぬらりひょん、いままで蛇に利用されたり犠牲になった者から考えてみてもそれはないな、どういう感情だ?ってなるし。

 蛇との恋愛で真野絵音未をブラックアウトさせたなら、真野絵音未のモトカレが蛇……?

 そうなると蛇は三校にいる可能性が高い。

 恋愛のもつれとかって、そういうことだけど……単純すぎるか?

 

 そもそもモトカレって、蛇は最短でも十年前から暗躍してるんだぞ、年齢が合わない、やっぱり異性間トラブルってのはない。

 共通点と言えばすべてアヤカシ関係ってくらいだ……。

 金銭目的も、もっと違うやりかたがあるだろうし、こんかいの犠牲者から金が奪われたって話も聞いたことはない。

 九久津と校長が否定したように俺もそう思う。

 

 そうなると消去法だけど、快楽目的ってのは納得できる。

 快楽目的なら、いままでのすべての犠牲者に当てはめることもできる。

 

 ターゲットになる者の条件や規則性なんてどうでもいい、無作為で選んでただ楽しむだけだから。

 

 「えっ?」

 社さんの言葉に驚く校長、予想だにしてなかったって顔だ。

 

 「シリアルキラーだってその手が多いじゃないですか? 凶行に手を染める最初のキッカケは己の境遇だったとしても、気づけばその行為自体をたのしみはじめる」

 「雛。じゃあ、蛇の目的はただの快楽? 愉しんで人を傷つけてる?」

 「はい。そうです。ただ二匹のうちのどちらか一匹の目的ですけど」

 「……ヤケに詳しいのね?」

 「そいう者の心理を知るために、さまざまな参考書籍を読んできましたから。ぬらりひょんの脳を切り刻んでる点もまさに・・・って感じです」

 「雛はリッパロロジストアルからな」

 おっ、エネミー良いこと言った。

 リッパロロジストは切り裂きジャック研究科だ。

 そう誰もが知ってるあの有名なシリアルキラー。

 社さんはバスのなかでも切り裂きジャックの本を読んでた、きっと俺らの誰よりも切り裂きジャックに詳しいだろう。

 

 「雛。確かにそうね。ぬらりひょんの件はアヤカシ相手だとしても猟奇的だ」

 「ですよね。蛇にもシリアルキラーに通じる狂気、それでいて冷静沈着な思考、IQの高さが感じられる」

 社さんはそう言ってから、いったん話を区切った。

 「みんな勘違いしないでね。私はリッパロロジストじゃなく、そういう経緯に至った人物像を知りたかっただけだから。ほかにもゾディアック事件をはじめ有名な事件は調べてきた。だから切り裂きジャック限定ってわけじゃないのよ」

 「雛。そうだったアルか?」

 「うん。そうよ。ここ最近は初心に戻ってまた切り裂きジャックのことを調べてただけだから。だからエネミーが私のことをリッパロロジストって思っても不思議じゃないんだけど」

 「そうアルな。うち生まれて一週間アルし」

 そう、エネミーって実際の人間ならまだ乳児なんだよ。

 それにしてもシリアルキラーってシリアルキラーのデスマスクと関係あるのか?

 俺みたいに、ただシリアルキラーって単語で連想しただけなのか、それとも社さん蛇が誰か気づいてるとか?

 そもそも鶏がさきか卵がさきかじゃないけど、社さんはシリアルキラーのことを知りたくて、シリアルキラーのデスマスクに興味を持ったのか?

 それともシリアルキラーのデスマスクの存在を知ってシリアルキラーに興味を持ったのか……どっちだ?

 社さん、今日は、にだけど表情が曇るんだよな、九久津がいる緊張とも違うんだよな。

 まあ、俺とそんなに一緒にいたわけじゃないけど。

 まさか身近の誰かに蛇の心当たりが?

 いやでもこれは訊けない。

 さすがに山田なんてオチはないだろうけど。

 結局、あのあと山田は、寄白さんへの接近も接触もしてこなかったな、それが逆に不気味に感じなくもないけど……嵐の前の静けさみたいな。

 「雛がいままで勉強してきてだした答えなら、私はそれを支持するわ」

 校長って本当に良い先生だと思う、たとえそれが年下の意見でも正しいと思ったら、ぜんぶ受け入れてくれるから。

 「ただ二匹となると、二つの理由があってもいい。金と愉快という動機」

 ここぞばかりに九久津が話の筋をまとめてきた。

 なるほど、二匹いるならふたつの行動動機があるわけだ。

 「そうね……。二匹がバラバラなら、それぞれに目的があってもおかしくない」

 校長が返した言葉に、みんなも無言でうなずく。

 二匹なら、金銭目的と愉快犯か。

 寄白さんは、藁を封印した十字架のイヤリングをチラチラと気にかけてた。

 寄白さんは寄白さんでなにか思うことがありそうだ。

 

 「でも、まずはできることからはじめましょう。ここは基本に戻って情報収集から」

 校長はなにかのスポーツで気合を入れるときのように――パン。と両手を叩いた。

 美術室に乾いた音が抜ける、途端にいままでの雰囲気が和いだ。

 これで、この話が終わったとみんな理解する。

 と同時に、誰ともなく廊下へ向けて歩きはじめた。

 

 蛇の蜷局とぐろは世界だけじゃなく、本当に歴史をも巻き込もうとしてるのか。

 並走世界を入れたX(並走)軸とY(時間)軸まで。

 三転軸のなかの二転軸はもうすでに蛇の術中?

 蛇の尾は創世のときにも、もうすでに絡みはじめてたのかもしれない。

 なんとなく昨日見た、創世のサイトを思いだす。

 ああ、これって俺のなかのヤツの考えと混ざってるわ。

 俺らの傍を気味悪いほどになにかが這いずり回ってる気がする……点々となにが間合いをつめてきてるような。

 ロンギヌスの槍……あれがあればあるいは……。

 廊下にでると、張り詰めてた空気がさらに一段と和らいだ気がする。

 




第220話 レッドリスト

「歴史に罪はつきものだ。人が生まれながらに背負う罪。オリジナルシン原罪。それに七つの大罪」

 九久津がそう言ったあとに、七つの大罪、新七つ大罪、社会的七つの大罪ひとつひとつを指折り数えてく。

 両手でも足りないのかその罪の数は。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【七つの大罪】

1、傲慢の罪

2、憤怒の罪

3、嫉妬の罪

4、怠惰の罪

5、強欲の罪

6、暴食の罪

7、色欲の罪

【新七つの大罪】

1、遺伝子改造

2、人体実験

3、環境汚染

4、社会的不公正

5、貧困

6、過度な裕福さ

7、麻薬中毒

【社会的七つ大罪】

1、理念なき政治

2、労働なき富

3、良心なき快楽

4、人格なき学識

5、道徳なき商業

6、人間性なき科学

7、献身なき信仰

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 二十一世紀もまだ序盤なのに、すべての罪を合わせるともう二十一個もある。

 そこに原罪をたすと二十二個か。

 世界が終焉おわるまでに、人はあとどれだけ罪を重ねる?

 新七つの大罪と、社会的七つ大罪、それはそのまま、現在の世界情勢そのもののように思えた。

 そして俺だってそのなかのいくつかには加担してる。

 俺だけじゃない、いまこの世界にいる人すべての人は、必ずどれかに関係してる。

 案外、蛇ってのも人間の罪が負力となって生みだしたアヤカシだったりして、そうなると蛇の暗躍は、そのまま人間のカルマってことになる。

 さっき九久津は――好き勝手やってる人間に復讐してるんじゃないかと……。とも

言ってた。

 それって結局、人間の側にもアヤカシに復讐される心当たりがあるってことだよな?

 

 たしかに日本にはアヤカシを疎外したりする民話や昔話も多い、アヤカシにだって絶滅種もいるだろう。

 九久津の憶測もあながち間違いじゃないと思えた。

 

 「あの、アヤカシにもレッドリストってあるんですか?」

 「当然よ」

 おう、社さんの反応が早い。

 俺の質問に即答だった。

 「から傘オバケなんかがそうね」

 「あっ、そっか、もう”から傘”なんて使う人がいないから、みんなイメージしなくなるね?」

 「そう、必然的に消えていく運命。誰も思い浮かべなくなるから。まるで希少動物のように」

 「ほんとに。そのまま動物が当てはまるね」

 「動物の生態系も変わってきてるって言うわ。タテガミを捨てたライオンがいたり絶対に交わらない動物の交配種が生まれりもしてるそうよ」

 「それって環境の悪化?」

 「環境の悪化とも。時代の変化とも呼べるかもしれない。世界中で外来種問題が起こってるように」

 「在来種や外来種なんてのは、ある期日を境にして存在してたのかしてないか

ってだけだ。地球規模で考えればぜんぶ在来種、すべてはせいぶつなんだ。それでワーワー騒いでるのは人間だけだし、そうさせたのも人間だ」

 寄白さんは核心をつく。

 たしかにすべての大陸はかつてひとつだった、超大陸パンゲア。

 それが地殻変動を繰り返して、いまの六大陸になった、そのさいの火山活動で絶滅した海洋生物も多いって話だし。

 でも、まだある。

 俺たちが今日、はじめてその存在を知った大陸が。

 ソーンオブデス、世界のゴミ箱、そうジーランディア大陸。

 これにだってなにかの罪名ざいめいをつければ、なにかの罪になるはず。

 逆に、さっきの二十二個の罪に罪状を当てはめることだってできる。

 生物の生態系を破壊することはどんな罪だ。

 新七つの大罪の【環境汚染】か?

 でも寄白さんがその弁護士なら――地球で考えればぜんぶ在来種。って反論で無罪を主張できる。

 どっちの立場に立つかよってこの問題の見方は変わる、それは視野の広さともいうのか。

 日本に定着したセアカゴケグモ、ほぼ定着と呼べるヒアリも最初から日本に住んで

れば誰も驚かなかっただろう。

 だって最初から居た・・・・・・んだから。

 

 日本にスズメバチがいなくてそれが初上陸したなんて考えればそっちのほうが脅威的だよな、毒を持った上にさらに飛翔能力まで備えてる。

 きっと生物にとっちゃ、住みやすい家があるから引っ越してきましたってくらいのことなんだろう。

 住みやすいとろに引っ越すのも人間と同じだ。

 どんな生物にもあるんだろう、快適を望む欲みたいなものは。

 「美子の言うことはもっともだけど。アヤカシの場合は時代に即した新種が生まれるから。細菌レベルならまだしも、動物だとそうはいなかないわよ」

 「あっ、社さん、俺もその話は知ってる。校長の資料で読んだから。スレンダーマンだっけ?」

 「そう。ここ最近、産声を上げたアヤカシ。これからも電子機器の経由のアヤカシは増えていくかもしれないわね」

 いかもにも現代的な新種誕生だ。

 そういう見方をすれば、蛇が絶対悪なのかって疑問も湧くな。

 って、俺が蛇の肩を持ってどうする、俺らのちかくでメチャクチャやってるやつなのに。

 でも、事態は悪化してってるってことだよな、あっ、それは世界の行く末も同じか。

 これがスイーツパーラーでエネミーの言ってた暗雲?とも、連想してしまった。

 でも……関係ないか。

 人はなんとなく、そんな印象的なことを記憶に結び付けてしまうから。

 俺はさっきカラオケ店でも暗雲と結びつけた、ってことは不穏な出来事ならぜんぶ当てはまるってことになる。

 蛇は人類すべての敵? 立場を変えて見れば、人間以外のすべての生物の味方?

 でも、そんなやつが金銭目的で動くか?

 




第219話 双頭の蛇

「とりあえず、蛇は二匹いるってことを共通認識としましょう。いいかしら?」

 「いいですよ。さっきまでの話の流れから考えると、そう思えますし」

 みんなも俺に同調してうなずいた。

 ……にしても、蛇が二匹か、それはそれで複雑だよな。

 滅怪については理解できた、星間エーテルについての話はこれ以上話しても進展なさそうってことで話題が自然消滅した。

 エネミーは蛇が二匹ときいてビビってるし、でも、それはしょうがない。

 前の死者が蛇によってブラックアウトさせられたかもしれない・・・・・・という前例があるから。

 いま九久津がエネミーを丁寧に落ち着かせてる。

 九久津が召喚する護衛のアヤカシは、エネミーにとってずいぶん心強いらしい、なぜなら、さっきの戦いで九久津に絶大な信頼を寄せてるからだ。

 召喚したアヤカシの数が多いからかもしれない、子供の視点から見て、仲間は多いに越したことはない。

 これはアニメ好きなエネミーに絶対当てはまる、仲間たちとの絆に憧れるのは俺でも理解できるし。

 九久津はエネミーにとってアニメ主人公ヒーロー的存在なんだろう。

 おっ、どうやら話はまとまったようだ。

 なぜか九久津とエネミーがハイタッチしてる、って、こんなときに気になってしまうのは社さんのことだけど……うん、まあ、平常だね。

 エネミーに嫉妬するわけないか。

 「でも、二匹となると大変ですね。誰がやったのかわからないですけど、ぬらりひょんでさえ、あんなふうにされてしまうんだから」

 社さんのその言葉はとても大きな意味を持つ。

 アヤカシの総大将とも呼ばれるボスでさえ、切り刻まれて利用されてしまう……そしてそれをできる者がすくなくとも、二人いるかもしれないってことだから。

 「雛ちゃんの言うとおり」

 そう言った九久津はいまのいままでエネミーに見せてた柔和な表情とは真逆になった。

 当然、九久津も蛇を警戒する。

 「蛇ならバシリスクを操るなんて造作もないことだろうな。バシリスクが蛇の王なんて異名は笑えるよ」

 九久津がそう皮肉めいたときだった、相変わらず深くは理解してないエネミーが一度首を傾げてから、我が物顔でニカっと微笑んだ。

 そ、その顔、九久津の言葉のなにに反応した?

 「アニメでも魔王の上には大魔王がいるアルよ!!」

 おう?! エネミーのアニメ脳炸裂、そしてドヤ顔。

 独壇場だ、水を得た魚だ。

 と思ってると、九久津は目から鱗とばかりに驚いた顔をしてる。

 九久津も、そ、そこまで驚くことか?

 そういえば、寄白さん、さっきから静かだな、いや、四階にきたときからか。

 俺に対する当たりの数がすくない。

 校長も、アニメはわからないって感じで口数がすくなくなった。

 「エネミーちゃんそれだ!!」

 な、なにがそこまで九久津の心をとらえた?

 九久津はそれを人生のなかで初めて知ったといわんばかりだ。

 あっ、この緊張した状況で忘れてたけど、九久津ってアニメも観ないしゲームもしないんだった。

 となるとエネミーの発想はコロンブスの卵的なことだったのか。

 「バシリスクが蛇の王なら蛇はさしずめ”蛇の大王”ってことかー」

 しかし九久津くん、そこまで喜ぶかね。

 ただ九久津のことだ、そこからまた新しい発想が浮かぶのかもしれない。

 意外と、九久津とエネミーの相性もいい、てか、エネミーのあの感じなら誰とでも合うと思う。

 さすがは末っ子。

 「そうアル。蛇の大王はメガネ蛇アルよ」

 お、おい、エネミーそれはどうでもいいんだよ、それを言うと九久津は、って、おお、ああーあ、やっぱり混乱してる。

 九久津の表情が忙しいことになってる。

 「九久津。そのメガネ蛇ってのはアニメのキャラだ。気にするな」

 いや、じっさいそんなキャラはいないんだけど、ここでその話をすると、さらにややこしくなるからアニメ用ってことにしておく。

 エネミー先生・・のアニメ理論だと、怪しいやつのメガネはレンズがベタ塗りになって、そのあとに口元がニヤってなって、最後にレンズがキラリするらしいからな、まあ、そういうアニメの演出なんだけど。

 昨日も言ったけど、ラスボス全員がメガネをかけてるわけじゃないんだよ。

 ついでにマラソンを一緒に走っても無駄だ。

 「えっ、ああ、そうなの? 沙田?」

 「そう」

 エネミーは自分の両手でメガネを作って俺らを眺めてる。

 おい、おまえが九久津を混乱させたんだよ。

 この自由っ娘。

 理論的なやつは、アニメ脳の支離滅裂発言に弱いってことが証明された。

 なんたってメガネ蛇に隠れた意味なんてない。

 話の流れでそんなパワーワード(?)が生まれただけだ。

 まあ、これはこれで九久津の弱点ってことになる、パーフェクトな人間は存在しないんだな。

 「あっ、あ、あのさ、お、俺は教育委員長がぬらりひょんだと思ってたんだけどな~」

 ここで話の流れでも変えとくか~、エネミーがさらディープなアニメの話をしたらマズい。

 でも、じっさい教育委員長に会ったときに、ぬらりひょんだと思ったのは事実だし。

 これは断じて嘘じゃない、が、あのときすでに邪気のようなものは感じなかったから、アヤカシが化けてるわけじゃないことに気づいてた。

 なんだかんだ悪人じゃないことも、むしろ俺らを助けてくれるような人物だと思う、なんつーか、ザ・教育者のような。

 「ないない」

 みんな口を揃えて否定した。

 お、俺の考えが木っ端微塵に散った、いや、わかってたよ。

 でも、ここまではっきり否定されると、逆に清々しい。

 エネミーは下目づかいで俺を見てるし、今回は一段と大きく目を見開いてくるね~、おおー小バカにされてる。

 でも、おまえはそれでいいよ、みんなの妹ポジションで。

 まだ、ガン見してくるか。

 カラオケの貼り紙を見たときと同じ顔つき、おお、子憎たらしい。

 まあなにはともあれ、これで俺の教育委員長ぬらりひょん説は完全に否定されたってことだけど。

 そもそも、ぬらりひょんの脳があんなことになってるのに教育委員長が存在してる時点でぬらりひょんイコール教育委員長ではないってことだ。

 となると、教育委員長はふつうのおじいちゃんってことになるのか?

 なんかスゲー能力者じゃねーの?

 「蛇は世界の歴史にさえ巻きついてるかもな? どうしても、ここ十年のうちに動き始めたなんて思えない」

 九久津が考えてたのはそれか。

 俺がエネミーと亜種にらめっこをしてるうちにそんなことを思ってたのか。

 たしかに【Viper Cage ー蛇の檻ー】のなかの項目の三。

 【3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない】から考えると十年前には、えっと、十年前?

 それって昨日の診察でも只野先生が。

  ――おそらくは十年くらい前から……心当たりはないかな?

 って。

 いや、思い過ごしか、十年前くらい・・・前だもんな。

 でもなんとなく、その十年前にいろんなことが集約されてる気がする。