「第三章 魔障の展延(てんえん)」タグアーカイブ

第122話 データを消した人

『なあ九条、医者のやりがいってなんだよ?』

 「やりがい?……か。たとえば疳虫かんのむしを取ったあと嘘のように穏やかになって手を振り返してくれる子供かな。患者の笑顔最高の幸せだ。医者冥利につきる」

 『そっか。それは当局の真ん中なかにいる、俺や二条じゃ味わえないことだ』

 「かもな。手の甲への注射することにだって罪悪感がある。できることなら針先の痛みにさえ麻酔をしてやりたいと思うよ』

 『あっ、俺も注射は嫌いだけど』

 「大人だろ?」

 『注射の痛さに大人も子供も関係ねーよ!! だからこそ鋳型・・の一部にもなるんだろ?』

 「わかってるよ。潜在的でも注射を嫌がる大人は多い」

 『だろ?』

 「ああ」

 『んで』

 「俺は医療に陶酔してる」

 (それが俺の根源だ)

 『医療は日進月歩で新しいものがでてくるもんな~』

 「でもな一条。最新治療や新薬ってのは毒なんだよ。一歩手前で頓挫する。約束が反故ほごにされる。情報公開からつぎの情報公開まで年単位で待たされるなんてのもザラだ。待つってのは辛い行為だ。あれは人を闇に落とす理由になりえる」

 『ふ~ん。結局そういうのが魑魅魍魎になるんだろ?』

 「そうだ。闘病とはどうしようもない苦痛がつきまとう。だから“希望”とは、すぐ手に入る状態になって渡すべきだ」

 『心底医療人だな。その医療人のためなら、俺はなんでもしてやるよ』

 「頼む。データが消された件だがやりかたが杜撰ずさんすぎる。まるで表紙だけを切り取った雑誌みたいに。あまり隠す気がなさそうなんだ』

 こんな駆け引きをしていても九条は、一条に絶大な信頼を置いていた。

 それは九条たちの出生に伴う絆だ。

 『情報を隠蔽するにも不自然だと?』

 「ああ」

 『内部犯だろうな』

 一条がポツリと言った、その一言に九条も同意する。

 「だろう」

 このとき九条はなにも考えなかった、ただ一条が言うことだからというだけで、そう思った。

 一条のさきほどの鋭い洞察力が九条を魅了していた。

 それほどの頭の回転の早い一条に。

 『隠蔽体質。部署、機関、国、どこでもしがらみは変わらねーな……』

 一条の元でライターのふたが開く重い音がした。

 オイルライターの金属の擦れ合う冷たい音のあとに――ふぅ~。と一条の息。

 「一条タバコは辞めろよ? 体に悪い」

 だが一条は九条の忠告を無視して聞き流した。

 聞き流しながらいていた、他人の思いやりを無為にするほど一条は薄情ではない。

 『なあ九条、UFO見えてるか?』

 そしてまったく整合性のとれない、質問をした。

 「……当たり前だろ。見えてるよ。俺たちは、ずっとミッシングリンカーのタイプCなんだ。……なんでそんなこと?」

 九条は、一条のその意図が読めなくてもただ受け入れた。

 その言葉が心のなかにストンと落ちていく。

 『おまえがすっかり人や組織に馴染んでるから』

 「それはお互い様だろ? 一条だって外務省の仕事が楽しいって」

 『ああ言った。仕事って楽しいよな』

 「それは俺も同じだ。楽しくてしょうがない。ただ組織は苦手だ」

 『おまえっぽい。けどこの世の中で恵まれた環境で働てける人間なんてごくわずかだと思わないか?』

 「それは同意するよ。俺はいまの勤務地・・・で満足だ」

 『低賃金でヘトヘトに疲れ果てて死を願いながら働く人をどう思う?』

 「俺はそんな人も救ってやりたいとは思う。というかそんな人のセーフティーネットを張るのが政府の仕事なんじゃないのか?」

 『そう。オマエが言ってることは正しい。でも役人の言い訳。――そこまで手が回らない』

 「……まあ俺もそこまで子供じゃない……」

 『茜ちゃんのことは……。許せるのかあの会社・・を?』

 (一条も茜の名前をだすとは)

 「許すもなにも……あれは複合的な要因が重なったことによるものだ……」

 『ならいい。おまえが本当にあの件にケリをつけてるなら。日本の人口は約一億三千万人。現実問題苦しんでる人の分母をいかに減らすか。政府はそれくらいしかできねー。おまえは役人だけど医者だからすこし立場が違うか? 俺と二条なんてモロ役人って感じだからな。二条はそれで寄白姫に嫌われてるし』

 「寄白姫って寄白美子? そうなの?」

 九条は“茜”という名の人物を心に封じ込めた。

 医者として命に執着する、それよりももっと重い命の尊厳を植え付けた、いや傷として残した女性の名を。

 (さっき俺は二条を怒らせた。二条にも二条のやりかたがあるんだよな。……そっか……患者第一も俺のやりかたかだ。誰にも邪魔されたくない。つまりはそういうことか)

 『二条は否定してたけど、おもいっきり』

 「俺はこの病院にいる以上寄白家には頭が上がらないよ」

 『まあ六角市の市民はそうだろうな。株式会社ヨリシロ。六角市の光』

 電話越し、一条の周囲で慌ただしい気配がしている。

 人が足早に歩くような音と紙のこすれるような音、そして人の咳払いと吐息がした。

 一条に元に歩み寄ってくる気配が電話越しからも伝わってくる。

 『九条。現時点でひとつわかったことがある。部下に調べさせた。九久津堂流のデータを消したのは……』

 「誰だ?」

 『いまPC使えるか?』

 「ああ」

 九条が瞬時にマウスを操作すると、数秒で画面に光が戻った。

 PCはスリープからすぐに目覚めた。

 『厚労省の九久津堂流のページにアクセスしろ』

 「わかった」

 九条がそう答えると一条はある指示をした。

 それに沿ってPCを操作する九条。

 『そう。そのページの右下だ』

 マウスのカーソルが滑らかに下に流れると――チカッと画面が光った。

 正確には光ったわではなく、同色のなかにべつの色が混ざっているものを発見した。

 錯覚の一種だ。

 九条はすぐにその個所すべてを選択してドラッグする。

 左上から右下にカーソルが移動すると、そこに浮かび上がる文字があった、それは人間の名字と名前だとすぐにわかった。

 「隠し文字だったのか?」

 『そうだ』

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 担当者 鷹司高貴たかつかさ こうき

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 「まさか。官房長が?!」

 『おまえも気づいたと思うけど、おっさんの署名を残しておくってことは、なんかあったら直接聞きにこいってメッセージだ。おっさんに面と向かって話せるヤツなんて限られてるからな』

 「そうみたいだな」

 『日中は官邸抜けだして、ここにきてたんだけどな。九条、悪いがあとの質問は数日後まとめて報告する。俺にも外務省おれの仕事がある。近々海外出張でな』

 「わかった。助かった。気をつけてな」

 『……あの場所にも寄ってくる』

 「あの場所? どこだ。あっ?!」

 『××××年。アイツが発露したあの場所だ』

 「アンゴルモアの?」

 『ああ。俺が現在進行形で追ってる案件の鍵があるかもしれない』

 「わかった。いろいろ頼んで悪かったな。じゃあまたな」

 『いや。気にするな』

 九条は鷹司の名前が出現したことによって、さらに事が複雑化したことを強く感じた。

 (これは官房長、四仮家先生の件にも噛んでそうだな。二条の話じゃ国税が動いたって。……国税を動かせる人物ってそれなりの地位だろうし。……この一連の流れからすると九久津堂流の死はかなりの難治症だな。いや九久津家とバシリスクを中心に巡る因果すべてか)

第三章 END




第121話 切れ者 

九条は二条の去った部屋で、しばらく物思いにふけっていた。

 真っ暗なディスプレイは九条の悩みをそのまま映している。

 PC前で頬杖をつき、複雑に絡まった出来事をほどこうとしていた。

 だがどこから手をつけていいのか、わからないほどに絡みあっている。

 PC本体の規則的な点滅は、電源を落としていないことの証明だ。

 九条は通電したままの本体がチカチカとするたび、視線を移し、そしてふたたび正面を向き直し考えを巡らせる。

 「オムニポテントヒーラー。全能ぜんのう逆説ぎゃくせつか……」

 手持無沙汰の手は意味もなく机の上をなぞった。

 九条はどこが始点で終点なのか定まらないまま、無意味な図を描いていた。

 (全能の治癒力とはいわば、どんな病気も怪我をも治癒する能力。たとえばその力を最大寿命ギリギリで使いつづければ、永遠に寿命は延びることになる。つまりは永遠の命。……永遠の命なんてあるわけがない。オムニポテントヒーラーの力を持ってしても寿命にはあらがえないはずだ。……その場合オムニポテントヒーラーの力によって再生されたテロメアがどうなってるかってことだ)

 静まった診療室に固定電話が鳴った。

 部屋の空気さえ音の振動で揺れるような静寂しじま

 九条は首の位置を変えることもなく、受話器をゆっくりと耳元へ運んだ。

 『九条? さあ聞かせろ?』

 電話の相手は高圧的な第一声を発した。

 九条はこの時間に誰かが電話してくることを知っているかのようだった。

 その証拠に、相手が誰か名乗る前に話の要件がわかっていたからだ。

 「言えない」

 『さあ?』

 相手は臆面おくめんもなく答えを急かす。

 「言えない。には守秘義務がある。患者の情報は教えられない。今朝も言ったよな。一条?」

 相手は九久津の調査依頼してきた張本人、外務省の一条だった。

 一条は自分の管理する亜空間である異変を感じとっていた。

 それは九久津とバシリスクとの戦闘時亜空間でありえない爆発がおこったことに端を発していた、それこそが一条にとって九久津が魔契約をしたかどうかの懸念材料だった。

 そこで同期である、九条が九久津の診察をするさいに調査を依頼していたのだった。

 九条は当局の依頼として汲み取り、協力を了承した。

 もっとも、現在ではお互いにウィンウィンの関係にある。

 一条にとっては、九久津が魔契約をしているかどうかを見極めて、結果次第でつぎの一手を打つことができる。

 九条にとっては九久津の毒回遊症ポイゾナス・ルーティーンの治療に役立てることができる。

 だがいまでは、九条のなかで、追加として九久津堂流の死の真相を追うための情報取得という名目も加わっていた。

 『そっか』

 「俺は九久津くんの治療のためならって言ったよな? そこで知りえた情報は俺の一存でどうとでもするって。一条、どうしてもと言うなら公的書類を用意しろ」

 九条は仲間内に対しての一人称は“俺”に変わる、ある意味それだけ打ち解けた関係ということだ。

 『……九条。医者の仕事は楽しいか?』

 一条はダダをこねる子供をあやすように、九条の言及をやんわりと流した。

 「ああ」

 『救偉人を蹴ってまで貫いた仕事だもんな。あの頃おまえミルウォーキーだっけ?』

 「そうだ。まあ勲章を貰っていればもうすこしスムーズに仕事ができたってのを、今日痛感したよ。そこでオマエに頼みたいことがある」

 『俺の質問には答えられないが、九条そっちの頼みは聞けと?』

 「ああ、そうだ」

 九条はキッパリと答えた。

 『いいぜ。なんだ』

 一条は損得勘定もなく即答した。

 互いに説明など必要ない。

 一条は自分の依頼ひとつに対して、九条の依頼をひとつ叶えるという等価交換は望んでいなかった。

 あくまで包括的に両者の問題が解決できればそれでいい。

 一条は一条なりの考えで公務をまっとうしている。

 「六角市出身。九久津堂流のデータが厚労省のリストから消されてる」

 『なんで?』

 「だからそれを調べてもらいたい」

 『どこをつつけばいい? 蛇がでてくるかもよ』

 「やぶからか?」

 九条はシニカルにそう言った。

 『それしかないだろう。ただ六角市には蛇がいるだいないだって最近騒いでるな』

 「蛇なんてどうでもいい」

 九条は、最近当局と六角市内を、にわかに騒がせている者の存在などは、取るに足らないものだと思っている。

 『わかってるよ。たかだか・・・・ひとつの街の噂だもんな』

 「厳密には死亡者リストから九久津堂流の名前が消されてわけじゃない。名前をクリックしたあとのリンク先のファイルがない」

 『中身だけか?』

 「そうだ。たぶんAランク情報。……ただ完全に抹消する気はないようだ。それとむかしあったとされる、四仮家元也の密室での金銭問題についても知りたい」

 (四仮家先生の九久津堂流治療時の話はいまは伏せておうこう……九久津くんの【毒回遊症ポイゾナス・ルーティーン】がバレる)

 「最後。九久津堂流がバシリスクと戦闘したその日の気象状況を調べてくれ。厳密にはその日にレイリー散乱という現象が起こっていたのかどうか?」

 『それだけか? ほかに面倒な手続きがあるなら俺がぜんぶ代行でやってやるぜ?』

 「それでぜんぶだ」

 九条がすべての条件を言い終わると、突然一条からの返答が途絶えた。

 受話器の向こうでコソコソと声を潜める一条の様子がうかがえる。

 すこし遅れて、一条が言葉を返してきた。

 『わかった。あっ、いまのわかった・・・・ってのは、おまえの願いを承知したって意味のわかった・・・・と、部下との会話に使ったわかった・・・・。それに九久津毬緒はクロじゃないって意味のわかった・・・・。トリプルミーニングだ』

 「ど、どうしてそれを?!」

 九条はただ驚愕した。

 一条がどうしてその思考に至ったのかが、まるでわからなかった。

 九条はただ会話の流れに沿って話をしていただけなのに、一条にすべて見破られていた。

 『九条。おまえは矛盾してんだよ。九久津毬緒がもし魔契約をしているなら、おまえは九久津毬緒と市民を同時に救う行動をとる。それがおまえの第一選択肢だ。いまのおまえにはその切迫感がない。九久津毬緒は多少悪さした程度のことだろ? 結果的にはグレーだ』

 「おまっ……」

 (ふ~。一条の鋭さには参るな。九久津くんの悪さまでわかってるって。いやカマかけただけなのかもしれない……が、九久津くんの【毒回遊症ポイゾナス・ルーティーン】がバレるのも時間の問題かもな……。まあ、バレたときにはこちらに引き込もう、の出所を探るためにも。一条も当局の人間だ誰かにペラペラ話すこともないだろう。一条にも一条の信念があるだろうし。ただ俺と真逆の場合は困るけど……)




第120話 能力 【ダブルラセンサー】:ジキル【治癒分配者(キュア・セパレーター)】

 

「能力を使ったと証明できる証拠……らしい。……けど、私にはわからない」

 「はっ?」

 九条がすぐに答えを欲しがることを見越して、二条は息継ぎもなく話をつづけた。

 「CT画像よ。専門家の検証の結果本物とされた。あんたが診断めばわかったかもね。ほらレントゲン画像って素人が見ても、白と黒でなにがなんだかわからないじゃない?」

 「まあな。それで?」

 「当時のVIP患者の余命は半年。余命を宣告されたときのCTと治ったときのCT画像が一緒に同封されていたそうよ。つまりビフォーアフター画像。そのアフター画像で専門家が完治と診断したみたい。……私にはよくわからないけど寛解かんかいではなく完治。医療用語だと寛解と完治のニュアンスが違うんでしょ? どのみち病は消えたってこと」

 九条はおもわず――完治……。と呟いた。

 (たとえばその患者のどこかかに悪性腫瘍があったとした場合、能力を使ったあとに原発巣が消えたってことか? そして新しい臓器が創られた)

 「まあ、いまは寛解と完治の違いについては省力する。それで?」

 九条は患者にならば、寛解と完治の違いを丁寧に説明するはずだが、現状の論点はそこではないために受け流して、さらに話の奥へと踏み込んだ。

 「あっ、うん。その患者の退院後に四仮家先生の口座。厳密には奥さんの口座に現金が振り込まれていた」

 二条も九条の勢いに気圧けおされて早口でそう言った。

 「いくらだ?」

 「贈与税がかからない額で、かつ仮に領収書を発行しても収入印紙の必要ない程度を。複数回に分けてなんども」

 「どうやってわかったんだ?」

 九条は矢継ぎ早に質問をした。

 「誰かが国税を動かした」

 「国税局を?」

 (国税なら口座情報は筒抜けだ。それこそ通帳のなかは丸見え。一円単位の出し入れまで調べられる)

 「ええ。でも四仮家先生はなにひとつ悪いことはしていない。能力を使うことも法に触れるわけじゃないし。振り込まれたお金も贈与にも脱税にも当たらない。公務員法違反に当たるか当たらないかの点も奥さんの口座ということでウヤムヤになったし」

 「……かなり綿密に計算されたやり口だ」

 (金と引き換えに能力を使ったとも言えるのか……金銭授受。九久津堂流の件でもなんらかの金が動いた可能性がある。人が悪に手を染める動機の多くは怨恨、異性間トラブル、そして金銭問題。最悪なのはこのどれにも属さずに興味本位だけで使われる能力だが)

 「あんたの意見としてはどうなの? 医者と相反する能力。いや医療の敵とも言える能力。言い換えれば“命を買うって行為”?」

 「あってはならいそんなこと。救命の境界線は医療だ。臓器をまるまる復元する力なんて。いや厳密に言えば、細胞を瞬間再生する能力なんて」

 「命のやり直しは許さないってこと?」

 「ああ。どんなことがあっても」

 「万が一、万が一よ。……茜ちゃんにその能力を使えてたら……」

 二条は自分で言った言葉にハッとして、顔をしかめた。

 「ごめん。その名をだすのは卑怯よね」

 「……い、いや」

 九条は一度息を呑んだ。

 「それより国税局でその件を知らべられるか? 救偉人の力で?」

 九条がそう言った途端――えっ?。

 二条の口調がひどくトーンダウンした。

 そして一呼吸置き、つい一言前の“茜”という人物の名をだした失言をモノともせずに、形勢が逆転する。

 「九条ごめん。悪いけどできない。私にも信念があるの。アヤカシが国民を脅かすかもしれないなら強引なことでもする。でもお金で命を買ったかもしれないという医者のイザコザに救偉人の力は権力ちからは使えない。ううん。使わない。救偉人の力って絶大だけど、それを行使される側から見ればただの厄介事やっかいごとなのよ。対応に人員を裂くことにもなるし、それで止まる仕事もある」

 九条は抑揚なく、冷静な言葉を発した。

 「……二条も変わったな?」

 九条は小首を傾げる。

 「いや、それを言うならアンタもよ。ハイド【病処方者シック・プリスクリプシャン】、魔障の持病を持って患者に向き合うなんて」

 「いいんだよ。ある種、俺の起源・・はそういうことだから」

 「けど、あんたの本来の力は【二重診断者ダブルラセンサー】のジキルである【治癒分配者キュア・セパレーター】でしょ。上級【サージカルヒーラー】みたいなものじゃない? だからなおさらオムニポテントヒーラーを許せないってのもあるんじゃないの? 命への執着も人一倍あるし」

 「べつにオムニポテントヒーラーを怨んでるわけじゃない。ただ一線を越える力は……」

 (それに……いや、いまはやめておこう)

 「まあ、大きく区分すれば、私もアンタも同じ志ってことにはなるけどね。国民の恒久的な安寧を望むことに関しては」

 「そうだな。安寧とは健康の上に成り立つものだ。俺は二条よりも国民との距離が近いだけで結果は同じだろう」

 (九久津堂流のデータ削除の調査は二条には頼めないな。ほかにも調べてもらいことがあったんだけどな。あと身近な救偉人は近衛と只野先生……う~ん。やっぱり一条に頼むのが適任かな?)




第119話 禁断の能力者 【オムニポテントヒーラー】 

 

九条は話題を変えたと同時にすこし声のトーンを落とした、そのほうが別の話にスムーズに入れると思ったからだ。

 意識的に表情筋を緩めてから、ちらっと二条に目をやった。

 (文科省の二条ならなにか情報を持ってるはず)

 「あっ?! あの疑惑の医者?」

 二条は、ひとり納得しながらうなずいた。

 九条は――やっぱり。という言葉が口からでる前に押し殺した。

 この一言を発すれば、自分が四仮家に疑惑を持っていることがバレてしまうと考えたからだ。

 疑いが公になれば九久津堂流の死について、さらには九久津の治療の妨げになることを危惧した。

 いまはそれを受け流し黙って二条の話を聞くことを選択する。

 そう心に決めて――なんのこと?と、知らないフリで返事を返す。

 「知らないの……ってあんたまだアメリカにいる頃か。一部当局の人間で話題になったのよ」

 「なにがあったんだよ?」

 「使ったのよ」

 二条はなにかの合図のように手のひらを広げた。

 「なにを?」

 「能力ちから

 そう言ながら宙に手をかざした、そのジェスチャーは、四仮家の能力のことを示していた。

 「能力ちから? どんな」

 「彼の能力はオムニポテントヒーラー」

 「……」

 九条は絶句した。

 二条を凝視したまま黙りつづける。

 九条のなかでまったく予想だにしない返答が二条から返ってきたからだ。

 本来ここで返ってきて良い答えは、九久津堂流に対しての治療経過についてだけだ。

 当局内でも疑惑があるとすれば、それは九久津堂流に対してのことでなければならなかった。

 九条のなかで思い描いていたことと、二条の口からでるはずの答えは「九久津堂流のオペ中に四仮家が不審な動きを見せていた」というセリフでなければいけなかった。

 だが二条がもたらした事実は、四仮家が能力者であり、さらには禁断の能力と呼ばれるオムニポテントヒーラーだということだ、それは想像以上に九条を困惑させた。

 サージカルヒーラー100に対して、オムニポテントヒーラーはヒーラー能力者の0、0001%程度しか存在しない、そもそも能力者自体も地球の総人口の1パーセント未満であり、そのなかにヒーラーと言われる治癒能力者が存在する。

 「かなり動揺してるわね? 医者なら当たり前か」

 「そ、それでどうなったんだ?」

 九条は二条に詰め寄る。

 結論を急かすような九条の圧に二条はおもわずのけ反った。

 「どっちのこと? 患者? それとも四仮家先生?」

 「患者だよ」

 「知らない」

 「どうして?」

 「密室の出来事だったから」

 「なにを言ってるのかわからない。だって能力を使ったって、いま二条が言ったじゃないか?」

 「まあ、順序立てて話すとね。ある日当局に密告があったのよ。四仮家先生がVIPの患者にとある・・・力を使ったって」

 「その、とある力ってのがオムニポテントヒーラーなんだろ?」

 「そう。ただ実際に力を使ったのか使ってないのは当人同士でしかわからないでしょ? あくまで第三者からの通報でしかなかったのよ。私もその話を聞いたのは当局内でだから。それも限られた一部しかその話は知られてない」

 「そんな根も葉もない噂で当局が重い腰を上げるはずないだろ? なにかしらの裏付けがあったはずだ」

 「そう。まさにそこなのよ。密告と同時に差出人不明のある封筒が届いた。消印は六角市」

 「この街から送られた封筒……? 中身は?」




第118話 一方的

――――――――――――

――――――

―――

 二条は九条のいる診察室を尋ねてきていた。

 髪をかきあげながら、すこし困った様子で話しをはじめる。

 「九条ちょっと聞いてよ?」

 二条は切実そうにしながら九条に手をさしだした。

 ――座って。というジェスチャーだ。

 「ああ。聞くよ」

 九条は自分の椅子に座ると、二条は診察室の壁にもたれた。

 「ありがと。話が終わったら私が“診殺”行ってあげるからさ?」

 「もう。行ってきたよ」

 「ええ?! あの看護師さんの話伝わらなかったのか~ショック」

 「いやいや。戸村さんに話は聞いてたよ。でも色々あってもう行ってきた。だいたい二条はここにくるの遅すぎるよ」

 「ごめんね~。それでさ、近衛の設計で近隣市町村の負力も診殺室に送るパイプラインを通したんでしょ?」

 二条は最近誰とも会話していなかったかのように話を弾ませた。

 「そうだよ。それが今日から稼働してるし」

 「嘘? どうだった?」

 「魑魅魍魎の数が相当増えた。でも国立病院うちで一括処理できることは望ましいな。ほかの人を危険にさらさなくていいし」

 「そうね。ほかでは梵字の札とか清めの塩で、日数をかけて一体一体をゆっくり浄化してるんだからね」

 「ああ。まあ近衛はそういう街づくりが専門だから」

 「それが【都市開発者アーバン・アドミニストレーター】って能力だからね。今日も六角駅で作業してたはずよ」

 「なんで?」

 九条はふしぎそうに問いかけた。

 「ほら。バシリスクのときに“ヤキン”を使ったから、そのメンテナンス」

 「“ヤキン”を動かしたのか。よっぽど切迫した状態だったんだな」

 「だろうね。今回のパイプラインも、“ボアズ”の近くを通してあるって話だったけど」

 「“B”の柱……。その力であらかじめ負力にフィルターをかけるってことか」

 (六角駅前って地下への入り口を確保するために、必ずどこかで工事してるんだよな)

 「そう。近衛ならミスミスそんな危険は冒さないだろうし」

 「建設的な男だからな、やることも性格も含めて。――あっ、【気象攪拌者ウェザーマドラー】に適切な質問があるんだけど?」

 「なに?」

 「空が青く見えるのってなんで?」

 「なに突然?」

 「【気象攪拌者ウェザマドラー】だから訊いてる」

 「う~ん、そうね~。一般的にはレイリー散乱って現象かな」

 「それは夜でも起こる?」

 「もちろん。なんでそんなことを聞くの?」

 「いや、これは患者さんのことだから守秘義務で」

 (九久津堂流が亡くなった日の夜に、そのレイリー散乱があったかどうかを調べれば、九久津くんの“青”への執着に近づける気がする)

 「なら深くは訊かないわ。代わり私の話を聞いてよね?」

 「ああ。さっき聞くって言ったろ。だいたいY-LABになん時間いたんだよ?」

 「まさに時間も忘れてって感じ。それがさ~色々検証してもらったんだけど。研究者たちの総合意見だと、忌具自身が自由にレベルを操作することはないだろうって」

 「二条いま忌具調べてんの?」

 「そう。だから黙って聞いてて」

 「あっ、ああ」

 二条は現状がどう大変なのかを、身振り手振りを交えて話した。

 九条は、二条に圧倒されつつ話を聞くと言った手前黙って聞きつづけるしかなかった。

 「それができるなら、忌具はとうのむかしから、そこらじゅうを自由自在に動き回っていて、忌具保管庫が存在する意味がないって言うのよ」

 (二条はたまにずーと話しつづけることがあるよな。この場合は相槌を打って、ただ聞くだけ。そしてボクが本当に訊きたい疑問にだけ言葉を返そう)

 「忌具がいままでずっと沈黙してたって可能性はないのか?」

 「それもないだろうって。忌具自体は人を襲ったり不幸に陥れるための存在。そんな器用に沈黙を貫いていられるはずがないって」

 「じゃあ何者かの力によって動いたってことか?」

 「そう。そういう能力者がいるんじゃないかって。忌具を操作する」

 「ってことは、その能力者が裏で糸を引いてるってことか?」

 「そうなるかな。忌具を操る能力者なんて厄介よね~。ああ~今日は手詰まりね……」

 九条はここが話の端境期はざかいきだと思い、おもいきって話の方向性を変えた。

 「なあ、二条。話は変わるけど。四仮家先生ってどんな人だった?」




第117話 【広域指定災害魔障】 怪し雨 (ファフロツキーズ)

九条がどこに向くわけでもなくそう叫んだ。

 部屋のなかに鋭い声が木霊する。

 壁は反響した声を吸収していく、九条の意思は行きつく場所へときちんと辿りついた。

 『リミッターカット。排出開始』

 どこからともなくサンプルボイスのアナウンスが流れてきた。

 九条の希望に対する答えは、放送という形で返ってきた。

 『最大量送ります』

 診殺室のなかで、なにかの機械音が響いた――ゴゴゴ。という空気が送風される音とともに大音量のモーター音がする。

 モーターの回転数が上がるたびに、部屋には負力が充満していく。

 負力に比例して魑魅魍魎はネズミ算式に増えていった。

 ――ア゛ア゛ア゛ァァァ。ア゛ア゛ア゛ァァァ。 新たに誕生した魑魅魍魎も当然のように九条に狙いを定める。

 喚き声を上げ地を這いずる魑魅魍魎と九条はふたたび対峙する。

 大量の魑魅魍魎を前にしても九条は凛としていた。

 尾が弓状へと変わり尾のさきはまるで鎌のように冷たい金属へと変化した。

 きらびやかな刃紋はもんが見てとれる、名刀のように怪しげでありながら、荘厳そうごんな気を放っている。

 九条は一度助走をつける、縛られていた鎖が解かれたように、停滞していた魑魅魍魎を尾で切り裂いた。

 死神の大鎌のような尾は、それぞれに独立して魑魅魍魎を切り刻んでいく。

 口から放たれた獣の咆哮とともに体を翻す九条。

 体操選手のように辺りを舞っている。

 一度に九体の魑魅魍魎を真っ二つにできる鎌に加えて、鉤爪かぎづめ状の爪で砂の城でも崩すように魑魅魍魎を薙ぎ払っていった。

 九条はフィギュアスケートのように体を回転させながら、リズミカルに魑魅魍魎を鎌と爪で切り裂く。

 ワンターンで十を超える魑魅魍魎を倒すことが可能だった。

 九条はプリンをすくうような要領で闇のなかの魑魅魍魎の群れを、ただただ切り裂きつづけた。

 倒しているその瞬間にもどんどんに負力は送られてくる。

 簡易コピーのようにつぎつぎと出現する魑魅魍魎たち。

 「俺は過去に診断した魔障を再現する。医師である限り技が絶えることはない!」

 {{氷女の口づけ低温火傷フリーズ・ベーゼ}}

 九条が持病発作を起こしているとき、つまり狐憑の状態で使用する魔障は不確定診断でも合併症・・・として現れ、通常以上の効果を発揮する。

 九条の体から、真っ白な冷気が発せられた、霧状の細かな氷が診殺室に広がっていく。

 天井、壁の端の隅から凍結がまじまる。

 吐息さえも凍りそうな部屋のなか、真冬の湖のように魑魅魍魎はいっせいに凍りついた。

 魑魅魍魎の苦痛さえもそのまま閉じ込めたような氷山ができあがった。

 送られてくる負力も液体、個体、気体という変化の順番を飛ばすように、魑魅魍魎の姿形を経由することなくすぐに凍っていった。

 それぞれの尾は方向が重複することなく、凍結した塊を尾の大鎌で砕いていく。

 ひとつの尾が右の魑魅魍魎を破壊しすれば左上の尾は違う魑魅魍魎を砕く。

 ――パンパン。――パンパン。

 ボクサーがサンドバッグを叩くようなリズムで、的確に効率よく、魑魅魍魎は粉砕されていった。

 そこまでしても、なおもまだ負力の送出は途絶えることはなかった。

 それだけ負力が診殺室に送られている計算だ。

 「まだか。それなら……」

 魔障とは簡単に言えばアヤカシ、忌具等の影響でこうむる、病気や怪我の総称である。

 ときに起こる、一人以上の受傷者じゅしょうしゃをだす集団失踪(神隠し)や集団催眠(ハーメルンの笛)等も魔障に括られている。

 九条たち総合魔障診療医は、それを【広域指定災害魔障こういきしていさいがいましょう】と呼んでいる。

 いまから九条が使う技はそのひとつだ。

 ファフロツキーズ、怪雨かいう怪雨あやしあめとも呼ばれる。

 雨、雪、黄砂、隕石のような原因が判明しているものを除き「その場にあるはずのないもの」が空から降ってくる現象を指す。

 魚や小動物が降る怪雨がとくに有名だ。

 {{怪雨ファフロツキーズ陰摩羅鬼おんもらき}}

 部屋の天井にペリカンのような形をした茶色のくちばしがびっしりと垂れさがっている。

 嘴が――ポツ。ポツ。っと落ちてくる、それは雨の降りはじめとそっくりだった。

 ポツ。ポツ。はポツポツへと落下スピードが変わった。

 ポツポツもしだいにポツポツポツポツへと落ちる早さが変わり、やがては地を叩きつけるほど激しく降り注いだ。

 すべての嘴は魑魅魍魎を目がけて落ちた、鋭利な嘴はつぎつぎと魑魅魍魎を貫いていく、雨はやがて豪雨へと変わり、なおも降りつづけた。

 ただし雨は、世の法則を無視したように、傘を持たない九条だけを避けている。

 銀色の瞳は、嘴が魑魅魍魎を倒しつづける様子を最後まで見届けた。




第116話 大病魔障 【狐憑】(きつねつき)

 

 {{狐憑きつねつき九尾きゅうび}}

 最初は口調の変化からはじまる。

 いつも穏やかな話しかたは、患者に不安感、恐怖心を与えないために自然に身に着いたものだ、いや九条千癒貴として生まれるからの天性のモノ。

 人に優しく接することは治療の第一歩。

 医師は診察室に入ってきた瞬間に診断を開始する、具体的には呼吸の乱れ身体左右差、振戦しんせんの有無などなど患者がイスに腰かけるまでの、わずかな時間でも気づけることがある。

 「患者との共感は大事なことだからな!!」

 言葉遣いとともに声質も変化する、それにつづき見かけにも変化が現れた。

 人が目視して気づくか気づかない程度に前髪がじょじょに引力に引かれていく。

 やがて誰が見てもはっきりとわかるくらい、九条の前髪が己の眼前で揺れていた。

 両サイドの髪も同じ長さでシンメトリーに伸びて、いまはもう肩にかかるほどの長さになっている。

 襟足も床がゴールだとでも言うように、まっすぐにかかとへと向かうが、腰のあたりで停止した。

 無造作な髪型は、まるで獣の毛並みのようだった。

 急激に伸びたまばらな髪は、その毛色をも変えはじめる。

 頭頂部からはじまって毛先まで、白と灰色に光沢感が混ざったツヤのある髪色になった。

 シャンパングレーに近い色、つまりは銀髪ぎんぱつだ。

 「とくに狐憑きつねつきは大病魔障に分類される。制御できない体と心を抑え込むのはとてつもない苦痛を伴うからな」

 銀髪の九条は、たかぶる体を抑制しながら肩で息をしている。

 規則的に肩が上下運動を繰り返す。

 自分の体をギロリと睨みつけ、いまにもひとりでに動きだそうとする体をその場に踏みとどめた。

 ギシっと靴底から音がする。

 {{よわいひゃく}}

 九条は顔を苦痛に歪めた。

 コメカミの辺りには怒張がみてとれる。

 いま九条は百年の刻を生きた妖狐が憑いたのと同じ状況下にいる。

 自分の力のみで、狐の力と共生している。

 体が激しく痙攣しはじめた。

 ――……。 九条は声を押し殺した、頬の辺りにも細い血管が浮かび上がった。

 そこにも怒張した血管がいくつかに分かれて、なにかの紋章にも見える。

 まるで頬を縁取る飾りだ。

 九条の右腕が自分の意思とは関係なく、真後ろに反り返った。

 「ぐっ……」

 あらぬ方向を向いた九条の手、その親指の爪が刃物のように尖っていく、魔障が進行したとも言える現象は、ほかの四本の爪にも移行していった。

 ドラキュラの爪、それを思い浮かべれば、いまの九条の爪の形状と完全に一致する。

 九条は左手で右腕を強制的に引き戻した。

 その左手の爪も同様に鋭い爪になっている。

 銀髪の髪を掻き分けて、小さな角のようなものが出現しスルスルと伸びた。

 角の形は定まりある特定の形になった、それは狐の耳そのものだ。

 人間の器官としては存在しない、が頭部に二つ現れた。

 尾骶骨びていこつの周囲からも、フサフサとした尾が姿を見せる。

 九本の獣の尾は、それぞれがそれぞれに意思があるように後方で放射状に広がった。

 瞳の色も銀色に変化すると瞳孔が拡大した。

 「市内以外の負力もここに送れ!!」




第115話 能力 【ダブルラセンサー】:ハイド【病 処方者(シック・プリスクリプシャン)】

ここぞとばかりに群がってきた魑魅魍魎は、ある種救いを乞うように喚きながら、つぎつぎに九条へと覆いかぶさっていった。

 九条はなにひとつ抵抗せずに魑魅魍魎に飲まれていく。

 ばったん。ばったん。つぎつぎに魑魅魍魎の塊が増える。

 {{化石化ミネラリゼーション}}

 ――ア゛ア゛ア゛ァァァ。魑魅魍魎はそんな言葉にならない言葉を発する。

 戦火のさいに水を求めて川に飛び込む惨劇にも見えた。

 端的に言えば、人の肉体的苦痛と精神的苦痛が魑魅魍魎を生みだす。

 この診殺室はなかば強制的に魑魅魍魎を発露させるための仕掛けがなされていた。

 それはある一定のスパンで効率よく、闘病の負力を浄化させるための知恵だ。

 苦痛から解放されたいという魑魅魍魎の欲求が、ただ目の前にいるターゲットにんげんへと向かわせる、喚き声は何重奏にも重なって九条を起点にした黒い塊が増殖する。

 凸凹でこぼこした山はさらに体積を増やしていった、まさに山盛りという表現としか言いようがない。

 魑魅魍魎が合わさった、小さな山がピキピキと音を立てて端から固まりはじめた。

 液体が固体へと変わる映像を早回したような変化が見てとれる。

 じょじょに白化するとともに、黒い山は白く紅葉・・・・し、人工的な白みを帯びた岩石になった。

 魑魅魍魎の外側は石灰化し真っ白に染まっていた。

 工事現場の片隅に存在するような土山のザラザラした山肌が、急激に窪んで大きな穴がボコっと開いた、直径で言えば大人ひとりが抜けだせるほどだ。

 九条は化石化した魑魅魍魎の殻を爪先で蹴破って、その姿を現す。

 表情ひとつ変えずに、穴の周囲を靴底で拡張させていく。

 山の内側もすでに化石化していて、がっちりと固まっていた。

 乾燥した肌を掻くように、石灰化した魑魅魍魎がボロボロと崩れる。

 「カルテ記載前は不確定診断で効果が薄まるんだよな」

 九条は自分が立ち上がれるだけのスペースを確保し、態勢を立て直すと、飄々ひょうひょうと山の頂点に蹴りを入れた。

 ――ボロッ。円錐はその形を無くていく、九条の靴の裏を起点に魑魅魍魎の群れは山体崩壊さんたいほうかいした。

 九条自身も薄っすらと白い膜で覆われている、これは魑魅魍魎との接触を避けるための措置で、体表面を極限まで薄めた石で囲っていた。

 九条の顔が次第に普通の肌へと戻っていく、連動して九条を包む膜も消える。

 だがすぐに塵になった魑魅魍魎のもとへ、つぎの魑魅魍魎たちが列をなして迫ってきていた。

 動きは遅くノロノロとしていても、その数で九条を圧倒する。

 ――ア゛ア゛ア゛ァァァ。

 {{医学辞書メディスン・ディクショナリー}}

 九条は手のひらを宙にかかげた。

 目の前に、一枚の見開きできる白紙カルテが発露する。

 真っ新なカルテを開くと光が瞬いた、その光は散ることもなくその場所で発光しつづけている。

 闇を照らす一筋の光。

 {{溶解剥離メルティ・ピール}}

 カルテのなかに溶解剥離メルティ・ピールという金色おうごんの文字が浮び上がった。

 “メ”の字からはじまり、“ル”“テ”“ィ”と順番に文字の色が濃くなっていった。

 「確定診断は百パーセントの症状再現」

 九条の視界前方百八十度の魑魅魍魎は急激に歩みを止めた。

 いや、動こうとする意志は見てとれるが、魑魅魍魎は足元からその形を変えはじめていた。

 まさに炎天下のソフトクリームのように、一秒後には一秒前の形とはまったく違う形に変わっていた。

 その様相は、もうすでに液体と呼べるほどにドロドロに溶けている。

 粘液状の魑魅魍魎の上を、ビチャビチャと音をたてて、さらにつぎの群れが集約する。

 九条へと容赦なく、突き進みその間合いを詰めた。

 {{医学辞書メディスン・ディクショナリー}}

 ふたたび九条の目の前に、白紙カルテが発露した。

 カルテを開くと光が瞬いたが、すぐに光は弱まり消えた、そしてカルテそのものが消滅した。

 「……面倒だな。この量は……」

 {{毒回遊症ポイゾナス・ルーティーン}}

 「カルテなし。不確定診断」

 主に前線、一列目の魑魅魍魎の動きが鈍った。

 魑魅魍魎はそれぞれが単体で、体を揺らしながら小さく転がりはじめる。

 苦しむ仕草を見せながらコロコロと転がる魑魅魍魎たち。

 それがバリケードとなって、一列目以降の魑魅魍魎は前線の魑魅魍魎に行く手を阻まれていた。

 九条への道を遮る魑魅魍魎たちは、のたうち回って、激しく四方八方に転がっている。

 バタバタと体を痙攣させながら、互いの体を激しく衝突させている。

 そこに魑魅魍魎の意志はない、ただもがき苦しんでいるだけで、どういう方向に動くなどは誰にもわからない。

 毒に侵された魑魅魍魎は、もう自分たちではなにも制御できなくなっていた。

 「九久津くんの魔障で時間を稼がせてもらう。ボクの能力はルールが結構複雑でね……。まあ、いっか。医者の不養生ふよじょう。ときにそれは医者に対する揶揄やゆとも賛辞ともとられる言葉だ。自分の体を気遣わずに熱心に患者を診る比喩。あるいは患者には厳しく自分の不摂生に目をつむる比喩。だけどは望んで手に入れた。患者の苦しみを共有できずになにが医者だってな? だから、ある魔障を俺の後天性の持病にした」




第114話 診殺室(しんさつしつ)

これからどんなに痛い目にあうのか? これからどんな苦しいことがおこるのか?

 これからさきの生活は? 治療費は? 仕事を休めない。

 闘病中は悩みが尽きることはない、その悩みだけで入院患者の気は滅入る。

 闘病だけにすべての思考を注ぐことも許されない、誇大とも言えるマイナスの想像力は人を追い込むのも簡単だ。

 近衛は院内を病院と感じさせないようにシャレタ造りにした。

 非日常のなかに日常の余韻を残すため、いや、日常に帰る目標のために。

 それでも生まれる負力はとめどない。

 院内の奥まった場所にひっそりと円型の分厚い扉があった。

 【警告:関係者以外の立ち入りを禁じる】

 注意書きとともに、三角形のなかにエクスクラメーション・マーク、この区域に危険があることを知らせている。

 人は黄色と黒の配色を見ると無意識に警戒する。

 このマークはいわば他者に対する思いやりでもあり危険回避への提示でもある。

 扉の円には大きくバツ印が描かれている、が、よく見るとそれは切れ目であり四分割されていることがわかった。

 扉の右上方部にはコンクリートブロック二つほどの大きさのスピーカーがあった。

 スピーカーから横に約二十センチ、真っ赤な警告灯が音もなく回転している。

 九条は扉の真ん前に燦然さんぜんと立った。

 赤い光は一定間隔で九条の顔を照らしている。

 『九条先生。よろしいでしょうか?』

 「ああ」

 『第一ゲート開放します』

 備え付けられたスピーカーから女性のサンプルボイスがもれた。

 ブシュー。と扉の前、まるで水蒸気が爆ぜたように空気の抜ける音がした。

 扉のバツ印は、円のなかにある四つの扇形を連想させる。

 扇はガシャンガシャン。と重い音を立てながら、それぞれ単独で上下左右に素早く開いた。

 最初の進入したのは赤色灯の赤い光だ、九条は光速のあとを追って、足を前に最大限開く。

 それほど足を広げなければ、扉の境目は跨げないということだ。

 九条は金属の壁に囲まれた無機質な部屋に足を踏み入れていた。

 いっさいの繋目が排除された空間は、あらかじめあった大きな金属をただ繰り抜いただけのようにも思える。

 『第二ゲート開放します』

 「うん」

 九条は手を上げ合図する。

 この場所でも危険を知らせる赤色灯が高速回転している。

 クルクルと回る赤がいっそう危機感をあおっている。

 『第二ゲート開放。及び第一ゲート閉鎖』

 ふたたび出来合できあいの女性がそう言った。

 九条は第一ゲートと同じように、分厚い境目を潜り抜ける。

 鈍色の金属部屋をたんたんと進むと、九条の目に金属製プレートが映った。

 【警告:能力者以外の立ち入りを禁じる。一般の方が進入した場合、生命の保障はできかねます】

 九条は目を鋭くして、その文字を右から左へと黙読した。

 たとえなにかの間違いで一般人が、ここに入り込んでも能力者以外の人間は引き返せという警告である。

 プレートを見つめる、九条の後方で大きな音が鳴ると、第一ゲートは大袈裟とも言える異音を上げて閉まった。

 九条は、一度足元を見て呼吸を整える。

 ひやりとした金属の壁には、あまり似つかわしくない、等倍で増える目盛りの測定器があった。

 それは気圧計だ。

 そとの世界よりも随分と減圧された部屋で九条はふたたび息を吐く。

 『第二ゲート閉鎖』

 九条の後方で水蒸気のような音をたてて扉が閉まった。

 四つの扇が円になる振動が九条の足を伝う。

 『最終ゲート開放します。九条先生。最終ゲート開放後、すぐに診殺しんさつお願いします』

 九条は黙ってうなずいた。

 その動きを合図に目の前の壁は、機械仕掛けで四方向へと開いた。

 『最終ゲート開放』

 九条の眼前には広大な闇が広がっている、そのさきはまるで冥府であるかのような漆黒。

 真っ新な白衣さえ黒く染まる闇のなかへ九条は平然と飛び込んでいった。

 『最終ゲート。封鎖ふうさします』

 九条の背後の扉が閉まる、そこには細かな梵字がびっしりと描かれていた。

 真ん中には大きく“封”の文字があるが、この闇のなかでは誰も判読することは不可能だ。

 とっぷりとした暗闇だけが存在している。

 九条が足を踏み入れたのは、此岸しがんの境界線を越えた、彼岸ひがんとも言うべき場所。

 地の底から亡者の叫びが聞こえる。

 闇に蠢くモノは獲物を待ち構えていたかのように、人間の気配のするほうへと近づいてきた。

 不気味になにかが這いずる音がしている。

 ズズズ、ズズズ、それ音は九条との距離を縮めていく。

 「魑魅魍魎ちみもうりょう。随分溜まったな?」

 九条はあくまで冷徹に状況を見極めた。

 表面は真っ黒で四肢頭部を持つ人の形をしただけの黒い塊は、すでに九条の前方に集合している。

 数十体のいや、それ以上の魑魅魍魎はいっせいに九条へと歩み寄ってきた。




第113話 疑惑の人

九条が思い浮かべたのは日常を切磋琢磨する同僚の顔だった。

 同じく総合魔障診療医の只野或人ただのあると

 六角市には市内出身の救偉人が二人存在している。

 いまは亡き九久津堂流と、そしてもうひとりが只野だ。

 九条の描く、只野の表情がじょじょに形を変えていく。

 四十代ほどの只野の表情が急激に歳を重ねると、高齢に近い輪郭が姿を現わした。

 おぼろげな表情は、九条のなかで、ある知り合いのイメージを浮かび上がらせた。

 「そうだ。四仮家先生なら可能だ。只野先生の恩師なら」

 (ボクはバカだ。なぜ気づかなかった。血を抜くことに囚われすぎていた。血は抜くんじゃなくて送血そうけつするんだ。出血多量の緊急時なら輸血が最優先。ましてや上級アヤカシによる高濃度被毒状態こうのうどひどくじょうたいなら魔障毒専用の経皮的心肺補助装置(PCPSピーシーピーエス)を回して治療するのが常識。

 そうすればキレイな血液が九久津堂流のなかに流れて、毒を含んだ血が脱血だっけつする。医師であれば医療廃棄物である毒の血をあとで回収することはそんなに難しくはない。十年前であれば、医局長であった四仮家先生は手術に立ち会っているはず。じゃなくともすべての決定権を持っている)

 キーマンが出現したことによって、九条のなかでバラバラだった点が繋がっていく。

 (四仮家先生は、一般の医療分野でも脳神経外科の権威。医学的知識は問題ない。その立場なら、Y-LABの解析部にも顔もきくだろうし。また六角第一・・高校の校長も経験した国家一種の公務員。国家に従事するという点もクリアしてる。“医師”の先生と“校長”の先生を兼ね備えた人物なら、厚労省のデータベースをも編集もできるかもしれない)

 九条は、もう一度院内のデータベースにアクセスした。

 【四仮家元也よつかりやもとや】と名前を打ち込む。

 PCがデータを読みはじめた。

 ――キーン。警告音とともに、大きな文字のポップアップメッセージが出現した。

 “お使いのIDとパスワードでは、退職者データの閲覧はできません!!”

 (……いまは個人情報の規制もきついからな。ボクのアカウントじゃダメか。ボクが知りる限り四仮家先生の経歴は医師業以外なら、高校の校長をしてたってことくらいだ……)

 九条は思いを巡らせながら、バツ印でポップアップを閉じると、ふたたびなんとはなく九久津堂流のデータを呼びだした。

 クラッカーの糸を引いたように、画像が一括展開される。

 何重にも重なった画像はファイルごとに振られたナンバーをまるで無視していた。

 不規則にそして不均等に九久津堂流の画像きずあとがディスプレイに散乱している。

 (九久津堂流……いったいキミになにがあったんだ? ボクはキミの弟を回復させたいと思ってるんだ。それには真実を知る必要がある)

 ブラウザークラシャーブラクラでも踏んだような画像を見ると、九条はふとあることに気づいた。

 さきほどは気づかなかったことだが、それは画像を相対的に見比べることで気づけることでもあった。

 (どことなくだが、毒に浸潤しんじゅんされた皮膚面積が広い気がする。これは人体構造的な違和感じゃなく、能力者として見たときの違和感だ)

 そこで九条は逆説的に当時の九久津堂流の主治医を調べようと考えた、主治医が四仮家ならば、九久津堂流との接点が強まりこの謎を解くチャンスになると。

 だが頭のなかですぐにそれを打ち消す考えも生まれる、と同時にPCを操作する手が止まった。

 もし、四仮家が厚労省のデータベースをも編集できるのなら、九久津堂流の主治医としての情報など残さないと考えたからだ。

 仮に残っていても、それはすでに改竄かいざんされた情報もありえると思った。

 どちらにせよこれはデータでの判断よりも、過去に手術に立ち会ったスタッフを探せば早いという結論に至る。

 九条は画面を凝視しながら、天上に向けて腕を伸ばした。

 (集中力も途切れてきたな)

 腕を真横に二、三度の伸ばしてストレッチすると急激に立ちあがった。

 椅子の背もたれが、真後ろに勢いよくたわんだ。

 (すこし頭を冷やすか。“しんさつ”に行こう。二条はまだ行ってないだろうし)

 椅子の脚がギシっと音を鳴らした。

 九条は、今日診た、患者のカルテの束をスチール棚から取りだす。

 縦横きれいに揃ったカルテをまるでトランプでも切るようにしてめくる。

 カルテに目を通しながらも、左右個別に足首を回している、それはなにかの準備運動をしてるようにも見える。

 「えっと。今日遠方からきた患者さんも含めて使え・・そうな魔障は“垢嘗あかなめ”の【溶解剥離メルティ・ピール】くらいか。垢嘗は大人しいアヤカシなのに、最近は凶暴化してるのか。人のけがれをめて、取り除いてくれる排他的アヤカシなのに。そういえば座敷童も排他的アヤカシだったっけ。この種はあまり存在いないからな」

  そしてカルテを閉じる。

 ――【溶解剥離メルティ・ピール】。

 ふたたび九条は魔障の名前をはっきりと口にだして読み上げた。

 そしてゆっくりと振り返ると、壁にかかったハンガーから、真っ新な白衣を颯爽とひるがえしてまとった。

 襟を正し、意気揚々と診察室をでていった。

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