「第一章 シシャの回遊」タグアーカイブ

第44話 美子がつけた”あだ名”

 「ナードはやめろ?!」

 「おいナード?! さっき私のパンツ見ただろ?」

 「見てないです。い、いやすこしだけ見たかもしれない……未確認桃色繊維だけど……」

 「絶対見たな? なぜ今日のパンツがピンクだと知っている?」

 「えっ、それは、だ、だから未確認なんだって。てか死者を倒したらパンツ見せてくれるって言ったじゃないか?」

 「なんだと?!――患者を助けるのに理由はない。みたいに――パンツを見るのに理由はない。って言うな。やっぱりオマエはさだわらしだ!!」

 この掛け合いを校長と九久津が笑いながら見てる。

 そういえば、さだわらしって漢字にするんだっけ……?

 俺は頭のなかで漢字変換してみた。

 脳内変換開始……頭に浮かぶ漢字。

 すぐに“貞”と“童”が候補として抽出された。

 “さだ”“わらし”……なんかトリハダが立つほど嫌な感じだ。

 あ~なんか見たくない、字体の二文字だな。

 だから“貞”と“童”なんて漢字がすぐに思い浮かんだんだな。

 “貞”と“童”を入れ替えると“童貞”……どうてい。

 「あっ?! 童貞!!」

 俺は思わず声をだして膝をついた。

 「どうした? さだわらし?」

 「ど、童貞ってなんだよ?!」

 「図星で悔しいか?!」

 「ち、ち、ち、違げーし!!」

 寄白さんに、おもいっきり言葉のカウンターをくらった。

 くそっ、絶対パンツ見てやる!! 三秒は凝視してやる!!

 すんげー見れば繊維の向こう側だって見えるんだからな。

第一章 END




第43話 学校の6不思議。ひとつ足りないなら俺が創ってもいいよな?

「まあ、でも、沙田のおかげで助かったよ?!」

 九久津は俺を褒めながら笑顔を見せた。

 いつもの九久津だ。

 なんかイケメンって傷とかあったほうがカッコいいよな、卑怯じゃねーか!!

 あれ……? この顔、恐竜のときの人に似てる……あの人も傷だらけだったよな……それでも家に送ってくれたんだよな。

 あの人って誰だったんだろう?

 ――『時がきたら君の力を貸してほしい』

 脳内にそんな言葉が響いた……ラプラスとは違う声が。

 どうしてこんな言葉が……俺が覚醒したから……?

 誰の声だ。

 でも、どこか頼りがいのある声だ。

 「沙田の潜在能力はさすがだ!!」

 今思ったけど頭のなかの声、九久津に似てる……。

 なんでだ?

 まあ、声が似てる人もたまにはいるか?

 てことは顔もイケメンかもな。

 九久津は寄白さんの上体をゆっくりと起こした。

 朦朧としていた意識も回復して、いまははっきりとしてる。

 寄白さんは寝違えたときのように首に手を当てた。

 「痛ッ……」

 「美子ちゃん大丈夫? 手をかすよ?」

 (さだ……おそらく沙田の苗字は運命さだめ姓のはず。三竦のなかのプラスワン。忽然と歴史の闇に消えた一族)

 九久津は寄白さんに肩を貸したまま、廊下の壁際まで運んだ。

 そして体を支えながらも、回した手をサッと外した。

 「美子ちゃん、大丈夫?」

 寄白さんはスカートをヒラリとさせ、ひとり壁にもたれかかった。

 そのまま石膏の壁に全体重を預けてる。

 「ああ」

 まだ肩を上下に揺らして呼吸してる。

 それだけ大変な状態だったってことだよな。

 「よくやった。さだわらし」

 「あのさ。俺は“さだただし”って名前なんだけど?」

 「そんなの知ってるわ。バカが!!」

 良かった元の寄白さんに戻ったみたいだ。

 ストレートの髪型でこの性格ってことは、素の性格もこっちか。

 ツンツンだったか~orz。

 でもこの髪型も、カワイイかも。

 「じゃあ、なんで、さだわらしなんだよ?」

 「漢字にしてみろ?! そもそもすでに私の下僕だろうが。この情弱じょうじゃくDQNが!!」

 「なっ?!」

 復活したとたんに、なんつー暴言を吐くんだよこの女は。

 そう思ったけど、寄白さんの両耳の痛々しそうな、六つの赤い跡を見ると、いたたまれない気になった。

 まあ、この悪口くらいカワイイもんだ。

 この街の不文律は崩れた、この先アヤカシたちがどうなるか俺にはわからない。

 それでもここに居る四人が無事ならそれでいいと思う。

 「あのね、みんな聞いてほしいの? ヨリシロの社長と六角第一高校の校長の両立場から四校は新築しようと思うの?」

 校長は大粒の涙を流すと顔を覆った。

 けどすぐにクレンジングでもするように涙を払う。

 校長の意気込みが伝わってきた。

 ――いいけど。寄白さんも九久津も二つ返事で賛成した。

 良かった。

 こんどの涙は嬉し涙だ、俺にもわかる。

 校長も元気になったし、これはもしかしたら《保健室パンツ》あるかも?

 「それで六角市は元に戻るんですか?」

 俺は単純にこの街の今後が知りたかった。

 「わからない。でも六芒星が復活すれば……」

  そっか、大丈夫そうだ、いや信じよう。

  俺はすこし前から思っていたことをみんなに提案する。

 「六角第一高校の七不思議って六個しかないんだよな?」

 「そうだね」

 九久津は七不思議製作委員会委員長の顔に変貌した。

 あの日のあの変なテンションで演説していた九久津に。

 「じゃあ、ひとつ足りないなら俺が創ってもいいよな?」

 ――なに……?九久津と校長の声が合わさった。

 〇.一秒ほど遅れて寄白さんの――なんだよ……?も聞こえた。

 良かった三人とも興味を持ってくれた。

 「学校の七不思議の七番目は《学校の七不思議から、人知れずに生徒を守ってる戦士がいる》ってどう?」

 ――おお。九久津の一言。

 ――いいかも!! 校長の賛同も得た。

 今度は〇.二秒ほど遅れて寄白さんの――いんじゃない。が素っ気なく聞こえた。

 まあ、そのツンツンでこそ寄白さんだけど。

 「日本全国の七番目が《学校の七不思議から、人知れずに生徒を守ってる戦士がいる》になるように知名度を上げようぜっ?!」

 「おう、頑張ろう!!」

 俺の手を握る九久津。

 なんだこの親近感は?

 あっ、てのひらも傷だらけ。

 そうだよな、さっきまであんなに激しい戦いを繰り広げてたんだもんな。

 「これからはさだわらし、改めナードと呼ぶことにしてやる!!」

 寄白さんは相変わらずだった。




第42話 御名隠し(みなかくし)

 俺はやっと口がきけるようになった。

 「……あ、あれはなんだったんだ?」

 校長は頭をなでながら、その問いに答えてくれた。

 ちょっと照れるな。

 「キミの力よ」

 「……お、俺、あっ、僕の?!」

 「そうよ」

 「死んだ死者は、使いの使者の不純物が具現化したもの。でも沙田くんの場合は純正から純正を生みだし具現化させたもの。そのぶん溜まったおりを黒いエネルギーとして技とする」

 「そんなものを僕が……」

 「それを生みだせるタイプの人もいるのよ?! 一般的な名称だとドッペルゲンガーなんて呼ばれるわ。すなわちツヴァイ。沙田くんはさらに自分もうひとりを発現させた。それがドライ。自分を生みだすごとに、その力は二乗じじょうになっていく」

 「みんな、この力を待ってい……た……?」

 そ、そうだ俺は子供の頃に「俺自身」を見たことがあった。

 あれからだ、この特異体質が始まったのは、変な存在ものに会ったときに感じる悪寒とトリハダ。

 そうか《見えるはずのない“雨”を見た》のも《螺旋階段で俺のキメ角度を俺が見た》のも、すでに別の場所にⅡが現れてたんだ。

 あの悪寒やトリハダ、眩暈なんかもⅡを生みだすための儀式だったのかもしれない。

 「あの校長。それと頭のなかで本当の名前真名まなってのを聞いたんだけど。さだ」

 俺は突然、校長に口を塞がれた。

 それもだいぶ力強く。

 ううう、なんだ、なんで?

 「それを言ってはダメ!!」

 強い口調で遮られた。

 「えっ、ど、どうして?」

 口籠りながら聞き返した。

 校長はすぐに手をどけて理由を話してくれた。

 「むかしは名前の、漢字と字画を利用し呪術を施したのよ。そのために、本名つまり真名を持つ者はそれを隠すならわしができた」

 そ、そういうことか。

 「そして、それは上級アヤカシを狩る素質を持った者に多い。それを御名隠しと言う」

 「確か御名隠しって邪馬台国が発祥だったはず。転生するたび真名を引き継ぐと兄さんが言っていた」

 九久津は口元に手を当てて考えごとをはじめた。

 「まあ、実際は転生というより遺伝といったほうが分かりやすいかな? ルーツ継承ってこと」

 校長はそう、つけ足した。

 「へ~」

 邪馬台国って弥生時代、歴史の授業で習うよな……卑弥呼。

 卑弥呼イコール、妃御子……なのか。

 寄白さんの真名は妃御子、これもバラしたらマズいよな。

 ……って、寄白さんは卑弥呼の力を受け継ぐ者ってことか?

 「御名隠しは先天的でも後天的でも特異体質な者に多いと言ってた。オッドアイの美子ちゃんもそうなのかもしれない?」

 九久津は推測しているが、九久津の頭脳ならすぐに卑弥呼だとバレそうな気がする……。

 「美子のオッドアイが御名隠しに関係あるのかは私にはわからないわ……」

 まあ、とりあえず真実は俺のなかに隠しておこう。

 いつか必要になったとき寄白さんに真名を伝えればいい。

 九久津が気づかなければの話だが。

 




第41話 三人目

 {{ドライ}}

  さらにもうひとり、白い衣装の沙田おれ――Ⅲが現れた。

 「ドライか?」

 九久津の目ではもう、Ⅲの動きを捕えられないようだった。

 ただ俺にはⅡとⅢの動きがはっきりとわかった、この一手さき、どういうコンビネーションを見せるのかもまでも。

 (スゴい。まさかここまで)

 校長は目を見開き驚嘆おどろいてる。

 どことなく、気持ちを高揚たかめる感じで。

 逡巡まよっていた死者は、欠けた体を再利用し、鋭利な触手を数本、伸ばした。

 うねるようにして対象物へと襲い掛かった。

 だが、ただでさえⅡに振り回されていた死者は、突然目の前に現れたⅢに驚き、動きにも迷いが見られた。

 すでにⅢが放射状の衝撃波を放ってる。

 これが当たれば、相当なダメージだろうな。

 死者の体の残り三分の一に蜘蛛の巣状のヒビが入った。

 ヒビはピキピキと音をたて外側に向き裂け目を拡張させた。

 トゲは伸びきらないうちに瓦解する、無策な死者に、もはや勝機はないだろうな。

 「圧倒的だ」

 九久津は寄白さんの態勢を仰向けに変えて抱きかかえた。

 「見える、美子ちゃん。ついに覚醒したよ……」

 「沙田……」

 うっすらと瞼を開けた寄白さんは、おぼろげに戦闘シーンを眺めたあと、硬直した本体おれを見た。

 俺の頭のなかで声がする。

 『オマエは沙田雅さだただし真名まな運命雅さだめみやび。そこにおわす御方おかた依代妃御子よりしろひみこ殿。そなたは妃御子殿に従え』

 これがラプラスの声か。

 依代妃御子って寄白さんのことか……?

 ⅡとⅢは死者を前方と後方で挟んで、真っ黒な周囲のオーロラを引き剥がした。

 そのまま包帯を巻くようにグルグルと球状に包む。

 まるで二人の子供が回転式ジャングルジムで遊ぶ光景に似てる。

 蹴鞠けまりで使う、竹のボールのように規則正しく帯に包まれた死者。

 ⅡとⅢは、左右から同時にグシャっと球体を押し潰した。

 内容物を放射したり物体が破裂するようなこともなく、マジックのように死者はこの世から消滅した。

 断末魔のひとつもなく、あまりにあっけなく。

 同時にⅡとⅢも沙田おれの体へと戻ってきた。

 周囲の闇が透過するとじょじょにクリアになった、四階は鮮やかに色づき元の空間、つまり四階の廊下へと戻った。

 払われた闇と現実のコントラストが、色の比率を逆転させ、いつもの六角第一高校の日常へがかえってきた。




第40話 ラプラス

卒倒感と離人感を同時に体感してるみたいだ。

 まるで他人事のように、自分の意識が遠のくのを感じた。

 だいたい、なんで俺は、卒倒そっとう離人りじんなんて言葉を知ってるんだよ。

 第三者からは茫然自失し思考が止まったように映ってる。

 そう、俺はこのとき第三者として、いまのこの光景を見てた。

 俺の体から、気体とも呼べないエクトプラズムのようなモノが湧きだし二手に分かれた。

 「来た!!」

 九久津が叫んだ。

 九久津はこれを待ち望んでいたみたいだ、きっと校長と寄白さんも。

 寄白さんは一度、微笑むとスーっとまぶたを閉じた。

 《我々は知らない、知ることはないだろう》

 この空間に重低音の言葉が木霊した。

 これは誰の声だ? 俺のなかからでてる声なのか?

 「ラプラスの言葉だ」

 九久津の表情が一変し血の気が戻った。

 同時にゴーレムの憑依が解けた。

 どことなく希望を感じさせる表情をしてた。

 {{ツヴァイ}}

 この空間にもうひとり、白装束を着た、沙田おれ――Ⅱが出現した。

 なんだ? 俺が現れた。

 とたん死者に向かって黒い衝撃波を放った。

 瞬時に死者の右半分が消し飛んだ。

 あまりのスピードに左半身だけの死者は右半身を喪失うしなった自覚すらないようだ。

 左半身が右半身を見て初めて体の欠損に気づいてた。

 自分で言うのもなんだが、名医が手術したようにきれいな傷口だ。

 死者はやっと現実と思考が重ったようだ。

 『コワス』

 激高する死者はⅡに直進してきた。

 だが空間を移動するように瞬間的に死者の背後に周りこんだⅡ。

 死者が混乱してる、それは自分が到着したその場所にⅡはもう居なかったからだ。

 つまりはⅡは死者の攻撃スピードよりも速く動いたことになる。

 Ⅱは死者の、ま後ろから黒い衝撃派を細かく分散し散弾させた。

 機関銃のように真野の背部を貫通する。

 俺は死者とⅡの戦いをただ眺めていた。

 『…………』

 死者は、蜂の巣状に穴だらけの自分の体を見回すと硬直した。

 Ⅱの攻撃で体の総面積の三分の二を失っていることを、今更ながら気づいたみたいだ。

 わずかな迷いがつぎの動作を鈍らせたことに、外野の俺だからわかった。

 「死者は虎の尾を踏んだのかもしれないわ?」

 校長はあっけに取られながらもⅡの強さに期待してくれてる。

 (あれから約十年こんな強力に育っているなんて。私が一線から退く前だってこんなに強いモノには出会ったことはない……)

 九久津は死者とⅡの戦闘シーンではなく、まったく別の方向を見てた。

 「あっ、あれは……?」




第39話 オッドアイの”妃”

 俺は驚きながらも弱った寄白さんを、ただ眺めるしかなかった。

 だが体がひとりでに動く。

 危険を承知で寄白さんと九久津のところへ駆け寄ってた。

 この行動に俺の意志がどれだけあるのかわからない? 誰かに動かされた感覚のほうが強い。

 「目の色が……う、薄れてく」

 俺が見た寄白さんはいつもの負けん気がなくて、か弱かった。

 あの、ぽわんとした頬にいくつかの傷がついてて痛々しい。

 強気な口調で“さだわらし”と呼ぶ、いつもの寄白さんがいない。

 「美子ちゃんの瞳に星が見えてただろ? あの五芒星は美子ちゃんの防御力の証みたいなものなんだよ」

 悲愴な表情で俺を見上げた九久津。

 一生懸命に寄白さんの首を支えて抱き抱えてる。

 唇から乾ききらない血がスーっと流れた、コメカミからも二本の赤い筋が見えた。

 「美子ちゃんしっかりして?!」

 九久津が呼びかけるが反応がない。

 「あの目にもそんな秘密があったのかよ?」

  カラコンじゃなかったのか……。

  生まれたときからの、あの瞳だったんだ。

  「ああ……そうだよ。……美子ちゃん?!」

  こんなに慌てる九久津を初めて見た。

  よっぽどヤバい、状態だってことだな?

  校長も呆然としてるし、どうすればいいんだよ。

 「もう、星がぜんぜん見えないぞ九久津?」

 寄白さんの瞳の星の輪郭がしぼむ花のように縮小した。

 「わかってるよ。そんなこと!!」

 九久津は寄白さんを抱えたまま真野を目で威嚇した。

 その行為になんの効果もないことは、九久津自身が一番理解してるだろう。

 ただ睨みつけたところでなんにもならないことを。

 九久津は自分の胸元に手を当ててなにかをする仕草を見せた。

 なんだ? なにをする気だ……なにか切り札でもあるのか?

 そのとき、寄白さんにまた異変がおこった。

 「九久津、今度は目の色が赤と青になってきたぞ?!」

  俺の言葉で九久津の手が止まった。

  俺いま、なんか変なこと言った……か?

 「えっ、どういうこと? オッドアイ? なんだこれ、繰さん美子ちゃんの瞳が……」

  えっ、九久津でも知らないことがあるんだ。

  むかしからの付き合いなんだから、なんでも知ってるのかと思った。

 「美子はオッドアイで生まれてきたのよ」

 校長は顔を上げて寄白さんのそばまでいくと、手を握った。

 その手を、いまの精一杯の力で握り返した寄白さん。

 てのひらが震えてる。

 全力で走った膝のように。

 「おい」

 騒然とする俺たちの会話に寄白さんの弱弱しい声が混ざった。

 「さだわらし……沙田……いったい、いつになったら本気だすんだよ?」

 「……えっ?」

 返す言葉もない。

 図星すぎて棘が刺さる。

 ダ、ダメだ、こんなときなのに、め、眩暈が……物が二重に見えてきた。

 この場から逃げたい理由づけか?

 俺がこれほどダメ人間だとは思わなかった、さすがに自分に幻滅する。

 奇跡を望めば奇跡が起こる、そんなことはないのか。

 「さだわらし真野やつを倒したらパンツくらい見せてやる……」

 消え入りそうな寄白さんの声。

 こんなときなのに……。

 「…………」

 この状況でなに言ってんだよ。

 でも、いつもの寄白さんだ。

 自分が二人いる感覚、体の力が抜ける、体からなにかが抜ける。

 な、なんだこれは?!




第38話 美子の嫌いな”白いリボン”

 俺と校長が四階に行くともうすでに戦闘は始まっていた。

 「美子!!」

 息もたえだえで校長が叫んだ。

 姉妹の危機、当たり前だ。

 「寄白さん。九久津?!」

 息急き切った俺の声もきっと届かないだろう。

 傷だらけで死者と対峙してる二人。

 寄白さんのイヤリングは、残りひとつになってる。

 その光景は夏の終わりを告げる風鈴のような物悲しさだ。

 「お姉。死者の下剋上らしいよ?」

 寄白さんは血の混ざった唾を吐き捨て、切れた唇の横を拭った。

 手の甲に薄っすらと血がついてる。

 こんな状況で俺みたいな、一般人になにができる?

 そこにいた、かつて真野絵音未だった死者・・は、掌を頭上にかざしエアカーテンのような物体で四階すべてを包んだ。

 体がビリビリ痺れるような瘴気が立ち込めている、辺りには真っ黒なオーロラが浮遊してた。

 不気味なヒダがゆらゆらと揺れる、白かった廊下という空間が漆黒に覆われた。

 俺らがいるのは、もう、この世界じゃないみたいだ。

 「異次元空間……」

 九久津は周囲を見渡してそう言った。

 「ここはもう別世界ってこと? それとも亜空間?」

 寄白さんはチラリと左右を確認した、ポニーテールも一緒になびく。

 「六芒星で包まれた六角市みたいな発想かな。四階だけ死者の結界に閉じ込められたような……けど、種類で言うなら亜空間の一種かな」

 「まんま六角市か」

 「えっ……?? ……美子ちゃん。どうする?」

 「それでも、やるしかないでしょ?!」

 寄白さんはついに最後のイヤリングを左耳から外した。

 その真正面で、死者が揺れると死者の体を護衛するように、空気中に小さく透明な球体が現れた。

 それが無数に分裂して小刻みに蠕動ぜんどうしている。

 刹那。

 寄白さんの制服の数ヶ所が破れた。

 ……あんなスピードに対応できるわけがない。

 一瞬なにが起こったのかわからなかったが、よく見ると、小さな球体が飛翔体となって寄白さんに襲いかかってた。

 「痛ッ!!」

 なぜか九久津の――痛ッ!!も一緒に聞こえた。

 寄白さんの最後のイヤリングが粉々に砕かれてる。

 ガシャン。黒い欠片が廊下に散らばった。

 もう十字架の原型は留めてない。

 そういうことか、九久津は身をていして寄白さんを庇ってた。

 ゴーレムで体を硬化させてるから、それほどのダメージは受けてないようだ。

 九久津がなんとなく、のっそり動いていたのは、寄白さんのサポート回っていたからだろう。

 それが功を奏し今回は寄白さんを紙一重で守ったってことか。

 重く硬そうな制服の欠片が辺り一面に広がってる。

 寄白さんは九久津の胸のなかで手元を確認した。

 イヤリングが壊れたことを認識すると、腕がだらりと下りた。

 俺には、それはなにかを諦めたようにも思えた。

 九久津の頬に一枚の布切れがピタリと張りついた、それは寄白さんがいつも髪を結っていた白いリボンの切れ端だった。

 死者の放った攻撃がリボンをかすめてたみたいだ、俺はその攻撃を目視できてなかった。

 この瞬間も、はらりと数枚の切れ端がスローモーションのように宙を舞ってる。

 その切れ端には、墨で書かれた達筆な謎の文字が見えた。

 「なんだ?! このお経のような文字は……」

 風圧によって飛ばされてきた、一枚の小さな布を手に取った。

 裁断面はいびつで、引き千切られたようにギザギザだった。

 「それは梵字ぼんじ。つまり呪符のリボン」

 青褪めたままの校長が説明するように言った、いやそれは、俺の疑問への反射的な返答だったのかもしれない。

 校長のその表情が青から蒼白へと変色してく。

 「……ぼ、梵字?」

 「そう美子はイヤリングにアヤカシを封印することが多い。でもその瘴気は糸を伝うように、すこしずつ髪の毛に流れてしまう。だから梵字のリボンで二重封印してるの」

 「リボンにもそんな秘密が……」

 リボンのひとつさえ好きな物を選べない。

 あの十字架のイヤリングだって、好きで選んだものじゃないんだろうな……?

 「頻繁に髪型を変えるのも一方向に留まる瘴気をアースのようにして毛先から浄化させるため。イヤリングだって瘴気が溜まる度に黒は深まる」

 「そ、そんな……」

 「ただ、うちの家系でもアクセサリーにアヤカシを封印できるのは、あの娘だけなんだけど」

 校長は下唇を噛み、うつむいた。

 これ以上、傷ついた寄白さんと九久津を見てられないんだろう。

 絹糸のような髪が校長の顔を覆った、すぐに手で払ったけど涙は、数本の髪を頬に留めさせた。

 寄白さんは、そんなにいろいろなことを背負ってたのか。

 どうして寄白さんにだけそんな荷物を。

 膝をついて崩れ落ちた寄白さんを、九久津が抱き支えてる。

 「美子ちゃん?」

 寄白さんの瞼が引力に引かれるように半分ほど落ちた。




第37話 決戦

六角第一高校 四階。

 真野絵音未は蜃気楼のような黒い影となってそこに居た。

 表面に凹凸おうとつはなくただ、頭部、胴体、手足と判別できるていどの輪郭で

浮遊している。

 人型から垂れ込める負の瘴気。

 波打ち際の水しぶきのように瘴気が爆ぜて飛散していく。

 地を這う蛇のごとくゆっくりゆっくりと標的へと忍びよった。

 応戦する寄白と九久津の二人。

 それぞれが互いを邪魔することなく臨戦態勢をとっていた。

 「シシャのブラックアウトなんて笑えないわね……?」

 寄白は右耳のイヤリング三つを失い、左耳の三つだけが残っていた。

 耳たぶには三つの薄赤い痕がある、まるで三つの墓碑のように。

 だが反対の三つの十字架は諦めを知らない勇者のように、黒く強い輝きを見せた。

 「つ、強い……」

 九久津は顔を引きらせた。

 『スベテコワス』

 真野はなんらかの理由で、いまは意思を持たないただの破壊者となっていた。

 体から溜め込んでいたマイナスの力が解放される。

 嵐のような轟音が轟くと、強力な風圧が、寄白と九久津を追いつめていった。

 瞬間最大風速などで表現するなら約六十メートルほどで、わかやりすい表現ならば木々が飛んで行くレベルだ。

 グォーン。言葉では表現しにくい咆哮。

 真夜中の森に響く獣のような雄叫が空気を裂く。

 景色が歪むほどの力で四階全体が振動した。

 空間全体が大きく膨張すると、やがて自然収縮する。

 「シシャの反乱。せっかく保たれていた調和が壊れたのか?」

 寄白は防御態勢を素早くほどき、両足に力を込めて壁を支点に三角飛びをした。

 靴底が的確に点をとらえる。

 いま、この瞬間、真野の頭上で滞空している。

 まるで、そこに透明な床があるように。

 「沙田がくれば……」

 九久津はそう口走りながらも、スーパーコンピュータのようにこの状況を分析した。

 頭のなかでいく通りの戦闘シュミレーションを繰り返す。

 そこで弾きだされた結果は、やはり沙田の力が必要不可欠だということだった。

 だがこの経験則が九久津の判断を鈍らせる。

 「さだわらしなんて当てにならん。私たちで倒す。寄白家と九久津家、真野家、その三家でちょうどいいじゃないか?!」

 寄白は真野の真上、耳から引きちぎるようにイヤリングを外した。

 {{グレア}}

 寄白の周囲を氷柱つららのような光が点在している。

 刹那、肉食動物が餌に襲い掛かるように、何百本という光の針が真野に狙いを定めた。

 息つく暇もないほどの速度で真野を貫いた、同時に寄白は着地する。

 ズサッ!! ズサッ!! 本当にそんな音がした。

 真野は無数の光の針に貫かれて串刺しになっている。

 単純に形用するなら縫い針の針刺しだ。

 だが真野はハリセンボンのように針を剥きだしたまま体に力を込めた。

 『キカヌ』

 真野のくぐもった声を合図に、光の針は自然排出された。

 高密度でビュンビュンと空を裂き針は飛び散った、床に刺さる寸前で融解する。

 「美子ちゃん。こいつ強すぎるよ?! グレアを使っても、あのていどのダメージだよ?!」

 「裏に生きる者は裏で決着をつけるんだよ?!」

 「そう言っても、いままで使者と死者が戦ったことなんてないんだよ?!」

 折れそうな心を奮い立たせ九久津は眉をひそめた。

 そして一計を案じる。

 「知ってるわ。そんなこと!!」

 「わかった従うよ。九久津家は寄白家の補佐役だ」

 {{ゴーレム}}

 九久津の体が制服もろとも硬化した。

 表面は水晶のようにツルツルとしていて、中身は岩石のように重々しい。

 体を動かすたびにギシギシと軋む音がして、まるで建てつけの悪い扉だ。

 防御力と引き換えに機敏性を捨てた九久津。

 一歩をさしだすたびにズシンズシンと四階に地響きがする。

 「よし行くぞ!!」

 寄白はもうひとつイヤリングを強く引き抜いた。

 {{ツインクル}}

 かがり火のように点々とした輝きが、真野の周囲を囲んだ。

 高速回転したコマの如く、真野の体を四方八方から抉っていく。

 黒い影の体内へと、光の粒が進入を試みる。

 真野の体はギュルギュルとカンナのように削りとられていく。

 そして一番、大きな光のコマが真野の中央部に体当たりすると、真野はそのままひしゃげた。

 『コロス』

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―――

 




第36話 九久津のトラウマ

 「あの子、毎日バカみたいに健康食品を口にしてるでしょ?」

 「あっ、はい。なにかしら食べたり飲んだりしてますね?」

 「堂流はね、バシリスクという蛇属性の上級のアヤカシに殺されたの。その毒はとても強力でね。でも九久津家は堂流を病気で死んだことにしたのよ。それ以来かな、毬緒くんは小さいながらに健康に気を使うようになったって。いまだって堂流は病死だと思っている。いや思い込まされている」

 「じゃあアイツの習慣は」

 「そう毬緒くんもこの街の犠牲者なの。あんなサプリを山ほど摂取したところでバシリスクの毒にはなんの効果もないのにね」

 「九久津もそんな過去を」

 《七不思議製作委員会は生徒を守る》あいつもそういう使命に囚われてるのか?

 俺がなにかの力になれるなら助けてやりたい。

 「ええ。だから美子を縛る使者の鎖も断ち切ってあげたかったの。あの子もずっと使者と生徒の二重生活を送ってきたから。きっと恋なんて感情を知らないままに戦い続けるでしょう……」

 キツいなそんな生活。

 憶測だけどあの性格の変化もその反動で、心のバランスをとるためなのかもしれない。

 「だから私はヨリシロの社長の座を奪って、六芒星の一点、六角第四高校の解体指示をだしたの」

 「それが原因でバランスが崩れたということですか?」

 「そうよ」

 この街の謎がまたひとつ解けた。

 パズルのピースがはまっていく、もうすぐ隠れてる、なにかが見える気がする。

 「そうなると具体的になにが起こるんですか?」

 「憶測でしかないけど真野絵音未、いや、負の死者シシャは美子を殺す。現にいまもうすでに死者がブラックアウトしてる。アヤカシ特有の気配があるの……今回のはとてつもなく強い」

 「じゃ、じゃあ早く止めないと?!」

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第35話 守護(まも)るべきは内か外か?

「ここ数日、私が学校を不在にしていたのは、六角第四高校の工事現場につきっきりだったから……」

 うわずった声でうろたえている。

 なんか俺が加害者になったみたいに思えた。

 「こんな結果になるなんて。私がこの街の終わりを始めてしまった」

 「校長先生!! 落ち着いてください。どういうことなんですか?」

 校長は一度、鼻をすすってまたボールペンを手にすると、さきほどの白紙の余白に六角市の簡易図をさらさらと書いた。

 駅の案内図のように単純図形の並んだ、わかりやすい六角市の地図だ。

 そして街を囲む三角形をペン先でコンと突く、それは市外にある山脈の場所、そう守護山だ。

 「守護山。これも本当は六角市を守護する山ではなく六角市に溜まった瘴気を六芒星のなかに留める山なの。つまりは六角市の外側・・を護る山」

 「えっ?! じゃあ俺らは山に護られて育ったわけじゃなく、市民もろとも瘴気と一緒に封印されてきたってことですか?!」

 「そう。それがこの街の秘密、この街の運命さだめ……」

 「そんな……」

 三十万の市民はこの事実を知らない。

 いや知ってはいけない。

 これは要するに産業廃棄物を棄てる場所がないから一緒に埋めるという発想と同じだ。

 こんなことを考えた人間に、良心の呵責かしゃくはないのか?

 「なにもかも変えたかった。堂流を殺した風習も……」

 校長の話し声に涙声が混ざった。

 クリームを混ぜたようになめらかだった声がすこしかすれた。

 行き場のない後悔が灰汁あくとなってまぎれこんだみたいだ。

 「……堂流?」

 校長は混乱したように、いやすがるように見知らぬ誰かの名前を言った。

 校長はその人に救いを求めてるように思えた、そんなニュアンスの口調だったから。

 「九久津くん。九久津毬緒の兄よ……」

 「九久津の兄貴……?」

 こんな俺でも校長の泣き腫らした目を見てすぐにわかった。

 校長は九久津のアニキが好きだったんだ。

 ――堂流を殺した風習? 確か……九久津家は寄白家の補佐役。

 きっとアヤカシ退治とかで亡くなったんだ。

 モナリザの戦闘を想い返してみてもまさに命がけだった、アヤカシ退治で命を落とす人が居ても不思議じゃない。

 「九久津には、お兄さんがいたんですね?」

 「ええ。優秀な人だったでも私のミスで……」

 「いや校長のせいじゃないです。きっとなにがあったとしても……」

 一切事情の知らない俺の慰めが通じるのだろうか?

 いつ、どこで、どんなふうに久々津のアニキが亡くなったのかはわからない。

 他人が触れてはいけない深刻なできごとだったかもしれない。

 それでも俺には、その傷口に塩なんて塗れない、うわべだけの慰めだったとしても。

 「ううん。私のせいよ。毬緒くんがあんなふうになったのも……」

 「えっ、九久津?」