小説家になろう

第1話 早朝

 空。同じ街なのに違う空。

 ここが青ければ、きっと街中、青だろう。

 首を左右に限界まで振ってみても雲ひとつない青空、こんな日に当たるなんてめったにない。

 新生活の始まりにはちょうど良いか。

 あっ、南町のほうは雨だ……晴れと雨の境界線なんて初めて見た。

 早朝あさ特有の匂いと夜気よるの残り香がする。

 沙田雅さだただし――俺は目を細めて天を眺めてた。

 紺色のブレザーに緑と黒の格子模様のチェックズボン、校章の入ったYシャツにグリーンのネクタイ。

 今日から通う、学校の制服だ。

 際立って目立つ髪型でも顔立ちでもない、全校集会で埋もれたらどこにいるのかもわからない、身長も百七十ほどの、ふつうの高校生だ。

 スマホの液晶が示す時刻は六時三十分。

 俺は“六角第四高校前のりば六角第一高校行き”と書かれた、赤白青のトリコロールカラーのプラスチック板をなぞった。

 あと五分か……。

 こんな朝からバスを待つことになるなんてツイてない。

 まさに運命の悪戯いたずら、引っ越し先から徒歩五百メートルで学校に着くと喜んでたのにまさかの解体工事中。

 改築や改装ではなくカ・イ・タ・イ。

 ぶっ壊すのかよ?!

 人口減少、過疎化、時代の波か。

 俺の斜め向かいにある、三分の二ほど取り壊された六角第四高校がその建物だ。

 うらみの視線を送ってみたとこでなんの応答もない、まあ当然だけど。

 いや、なんか一瞬視線を返されたような気も……勘違いか。

 六角第四高校に転校してれば、朝も遅くまで寝てられたし、夜更かしのオプションもついてくるはずだった。

 俺ら高校生には、ゲームをするネットをする漫画を読むという深夜にしかできない仕事があるんだ。

 あ~誰か、朝の眠たさと、夜の眠れなさを交換する道具を発明してくれないかな~?

 こんな空想をしているとふたたび工事現場が目につき、現実に引き戻された。

 まるで首の後ろから襟足をグイっと引っ張られたようだ。

 閑散とした敷地内には瓦礫が山積みになってる。

 校舎だった頃の原型はほぼない。

 緑色のメッシュが時折ヒラヒラと風にそよぐ。

 校舎の中心地から二、三メートルほどの距離で、黄色と黒が幾何学的に並んだフェンスが隙間なく建物を囲んでた。

 入口には、ここの指揮官だとでもいうように、工事用看板が固定され、気持ちていどの砂利が足元を安定させてる。

 【建設業の許可票】

 【株式会社 ヨリシロ】

 【代表取締役 寄白 繰】

 【主任技術者 真野 亜久】【専任】

 【1級土木施工管理技士】【第○○○○号】

 【特定建築業】

 【六角市市長許可 特-二六第×××号】

 【平成××年 ××月××日】

 俺が見た看板には、素人が見てもよくわからない必要事項が書いてあった。

 専門用語からなにかの数字まで、こういう手続きを適当にすると、あとで痛い目に合うのかもしれない。

 工事現場は静寂しずかで、まばららな人影がある、だけど活気が感じられない。

 廃墟に近い崩れかけの校舎はどこか仄暗ほのぐらく、年季の入ったショベルカーとブルドーザーが地面にめり込むように止まってる。

 この時間はのどかだ、いまからエンジン音と振動を上げたら、近隣住民から集中砲火を浴びること間違いないだろう。

 朝の散歩だろうか? 上下、白のウィンドブレーカーを着た老夫婦がやってきた。

 歩くたびにナイロン生地がカサカサと擦れる。

 二人はぴったりと寄り添ってミニチュアダックスフンドのあとをついていたが、犬が突然、狂ったように吠えだした。

 ――グルゥゥゥ!! グワッ……グルゥゥゥ!! ガウッ!! ガウッ!!

 リードを持った老人男性の体が大きく揺らぐと態勢を崩した。

 ミニチュアダックスフンドはリードが一直線に伸びきったところでふたたび吠える。

 ――ガウッ!! ガウッ!!

 濁音が強調されて、犬、本来の鳴き声とは異なってる。

 犬があんな声をだすのかって心配になるくらいだ。

 やがてノイズ混じりの鳴き声と、遠吠えを交互にはじめた。

 老夫婦が力ずくでチェーンを引き寄せると、犬の頭部が後方へと激しくたわんだ。

 二人はなにかヒソヒソと話しながら、足早に引き返していった。

 つづいて早朝ランニングをしていた若い女の人も、そこに一時停止の標識があったかのようにぴたりと足を止めた。

 フェンス際の野花のばなを見て眉をひそめ、そのまま誰も居ない現場の壁に向かってなにかを呟いた。

 俺にはなにを言ったのかはわからなかった、女の人は、そのままくるりと体の向きを変え、緩急つけて迂回していった。

 俺はこの後も工事現場に振り回される市民を数人見た。

 まあ、そうだろうな、いくら工事中とはいえこんな不便なら不快に思うはずだ。

 さっきよりも現場の人影が増えた気がする、じょじょに作業員も出勤してきて、九時も過ぎれば工事が始まるだろう。

 この少子化時代に生徒減少で取り壊しになる解体工事の騒音に悩まされるなんて、なんという皮肉。

 ……ということで、俺は六角第三高校から六角第四高校に転校したのだが、工事で不可能になったため、六角第一高校までバス通学することになった。

 ここ六角市は屹立きつりつした山々に囲まれてる。

 鋭い尾根が柵のようになっていて、外敵から守っているように見えることから、市民はこの山脈群を守護山しゅござんと呼んでいた、その守護山に見守られて街は繁栄してきた。

 地形ゆえにフェーン現象が起きやすく、気体や熱が停留することも多い。

 その吹き溜まりのなかに不可侵領域という誰も近づかない場所が存在した。

 六角市は、人口三十万人ほどの中核都市で、碁盤の目状に北町・南町・西町・東町・中町と区分けされ、分かりやすく整地されてる。

 だが、六角市にはひとつの特性があるそれはこの街の不文律だ。

 高校一年生から三年生まで、つまり十五歳から十八歳までのなかに、たったひとりだけ“シシャ”と呼ばれるモノが入り込むとされてる。

 これは例の不可侵領域が要因だという言い伝えだ。

 シシャの存在は天使だとか魔物だとか、はたまた妖精、妖怪などと言われてる。

 本当の正体は謎だが、ただひとつ確かなのは人間ではないということ。

 六角市民はその風習を受け入れて普通に生活することを義務づけられてた。

 とくに新入生や転校生がシシャの候補になりやすく、気の毒な目で見られることが多い。




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