【第一章 シシャの回遊】 0話 幕開け

{{カマイタチ}}

 まるでアイドルのような優男やさおとこは、毛むくじゃらの獣を袋小路まで追いつめた。

 男の差しだした最後の一歩で、獣の行く手はすべて遮られた、獣は小刻みに体を揺らし、足の先までもが茶褐色の毛でおおわれた右足を一歩前にだした。

 だが男の爪先はそれを許さない。

 ザザッ、靴底が砂利を踏む、獣は反射的に、多毛な三本爪の左足を踏みだすが、文字通り火を前にした獣のごとく、さっと態勢を戻すしかなかった。

 男の手は風でできた剣と一体化している、先にいくほど先細りまるでランスのようだ。

 この剣の抑止によって獣は、全方位の反撃経路を封殺されたことになる。

 獣はじっと前方を見据えながら、もう、いくばくの隙間もない壁へと後退した、 男は刃先を相手に向けるとジリジリと間合いを詰めた。

 とたんに周囲が真っ暗なカーテンでくるまれたかと思うと、辺りの景色は消え失せ、どこか別の空間に侵入していた。

 「邪魅じゃみ。もう人を襲うな?」

  風の剣先は獣の顎のすぐ下で静止した。

  邪魅と呼ばれたその獣は熊といのししが合わさったようななりで、ギョロリとしたまん丸の目玉が特徴的だ。

 ギロギロの球体が左右の景色を確かめた、一変した辺りの変化に目を血走らせると、――グァァァ! と威嚇音を発し、口内から垂れるように備わった牙をみせた。

 研ぎ澄まされた爪を大きく振りかぶり、目の前にいる男に向かって垂直に振り下ろした。

 「聞き入れないか?」

 男は爪をひらりとかわすと、邪魅に向けて、おのれの体を百八十度、旋回させた。

 右膝から爪先まで旋風つむじかぜのような気流が旋回している、扇風機の羽のようで、触れれば怪我をすることは必至だ。

 男は飛びかかってきた邪魅に対してミドルキックの位置に気流を飛ばした、ビュン。一度、強風が吹くと邪魅の腹部中央に気流がめり込んだ、対抗する威力がちょうどクロスカウンターになり、引力に引かれるように邪魅をぐわんと後方へと弾き飛ばした。

 ――グハッ!! 呻き声と唾液を垂らす。

 茶褐色の体毛が綿毛のように、ファサっと散ると、手負いの獣は我を忘れ怒り狂った。

 辺りかまわず爪を振り回しつづける。

 体を動かすたびに毛先からは黒い霧のようなものが漂っていた、それは可視化された砂鉄のようにも見える。

 怒りの矛先は優男に向けられるが、すべての攻撃は男の寸前で躱されている。

 「そんな大振りじゃ当たらないぞ?」

 邪魅が空振りするたびに、ブンブンとくうを裂く、むなしい音。

 「九久津くぐつ。あとは私がやる」

 ポニーテールの小柄な女の子が、小さな十字架を手にその場に姿を見せた。

 「美子ちゃん」

 男はそっと声をかける。

 そう言葉を発しながらも、邪魅の一撃をするりとよけた。

 男は相手の攻撃軌道を見ていなかった、つまり感覚だけで攻撃を回避したことになる。

 気配を読むそんな表現が正しいのかもしれない。

 「瘴気しょうきが溢れだした。手遅れだな」

 女の子は十字架をちょうど額に位置にかかげた。

{{シャイン}}

 十字架から眩い光が放たれるとその場に停滞して、十六、三十二と増幅し分散した。

 光速・・の光が何度も邪魅を蹂躙じゅうりんする。

 邪魅は態勢を崩したままの姿勢で、なにが起こったのか把握する間もなく光の彼方に消えた。

 邪魅を退治した二人は高校生らしく紺色のブレザー姿だ。

 胸元には五芒星ごぼうせい、星のなかに“一”という刺繍がしてある。

 二人は威風堂々、なにごともなく黄昏の街へと去っていった。

 ただし置き土産に空間を歪ませて。

 霞がかった景色は、時が経つにつれ、なんの異変もない路地へと戻った。




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