第99話 召喚憑依のキャパシティ

姑獲鳥は上空から獲物を発見すると、おちょぼ口を広げて、小さな輪っかを吐きだした。

 それはイルカが水中で見せる空気の輪に類似している。

 輪っかは小刻みにプカプカしながら地上へと迫りってきた。

 「あれは空気砲だな」

 瞬時に敵の技を見抜いた九久津。

 ウネウネした白い輪が、地上に辿りつくまでのタイムロスを使って、ゆっくりと作戦を練る。

 (これでいくか)

  {{ぬりかべ}}

 長方形で灰色の体。

 腫れぼったいまぶたにタレ目。

 大きな体とは正反対で、小さくかわいらしい手足。

 九久津の目の前に、大きな壁のアヤカシが迫りだした。

 出現と同時、ぬりかべの土手っ腹に空気砲が衝突する。

 ――パンッ!! とタイヤがパンクするような鈍い音がした。

 白い輪っかは、ぬりかべに当たると、煙りのように周囲に散っていった。

 だが、すぐに大小様々の後続の輪が九久津に迫ってきていた。

 「意外と威力があるな。雛ちゃん、姑獲鳥の羽を狙って?」

 「うん」

 ――クァー クァー クァー クァー

 社は九久津の言葉にすぐ反応して、両手を前方に差しだすと、得意の弦を放った。

 さきほどまでの戸惑いは消え、じょじょに戦闘に集中しはじめる。

 いつもよりスロースタートだったが、スムーズに体は動いてるようだった。

 手のひらから延びる、弦は空高くまで舞い上がり、姑獲鳥の左右の翼を一周して巻きついた。

 翼を一周、二周と幾重いくえにも縛りつけて、糸巻き状にする。

 そのあいだも――パンパン。とぬりかべに空気砲が衝突する音がしていた。

 紫煙しえんのような輪は、無数に散逸して辺りをくゆらせていく。

 バタつく姑獲鳥の羽の動きに連動して、社の弦が喰い込む。

 はばたきを阻害された姑獲鳥は態勢を崩して、グラっと右に傾斜した。

 ちょうど魚の尾ビレに当たる部分をバタバタとはばたかせて、なんとか浮遊している。

 姑獲鳥は墜落寸前の巨体をうねらせて、態勢を水平にして持ち直した。

 抵抗する姑獲鳥の動きが弦を伝い、やがて社の体をすこしずつ引きずりはじめた。

 社は靴跡を残しながら、体がズズズと前方へと流される。

 (なんて重さ)

 「ヤバ。雛ちゃん。無理しないで?!」

 「ううん。私は大丈夫」

 社は左右に首をふってから、両手に力を込めた。

 上空と地上で拮抗きっこうする弦はピンと張り詰めたままだ。

 (あの高さだと、姑獲鳥ごと亜空間に誘い込むのは無理だな)

 九久津は、ぬりかべを隠れ蓑にして、姑獲鳥の視野に入らない死角へと回った。

 九久津の動きに合わせて、ぬりかべも一緒についてくる。

 ぬりかべは、九久津の意図を理解して、その体に似合わずに俊敏な動きをみせた。

 召喚憑依のアヤカシはその術者との相性によって、思考や動きのシンクロ率が変わってくる。

 いまの九久津とぬりかべのシンクロ率は八十パーセントといったところだ。

 {{見上げ入道}}

 姑獲鳥は、自分の視界から姿を消した九久津を、濁った目で探すが、ぬりかべの背中側にいたために、なにをしているのかわからなかった。

 見上げ入道の特性である、見上げたモノより高くなることを利用し、九久津は一瞬で姑獲鳥の上方に姿を現した。

 姑獲鳥は、まだそれに気づいていない。

 すかさず自分の足元にもう一体を召喚する九久津。

 {{おとろし}}

 長髪に前髪を垂らして、マンモスの角のように牙がはみでた、頭だけのアヤカシが姿を見せる。

 重力によって、その巨大な頭が姑獲鳥の背に圧し掛かる。――ズシン姑獲鳥は背中にそんな衝撃を受けた、それがメリっという音に変わり、メキメキという音を鳴らし鈍い痛みとともに真っ逆さまに地上へと落下した。

 姑獲鳥は一気に地上からいかりで引かれたような、勢いで地面に衝突する。

 ――ズシーン!!。――バッタン。そんな二つが合わさった衝撃音が廃材置き場に響いた。

 姑獲鳥の巨体が、地面に半分ほどめり込んでいる。

 口から泡を吹き、翼、尾、体中を痙攣けいれんさせている姑獲鳥。

 姑獲鳥の落下と同時に、見上げ入道とおとろしの召喚は解除されて消えた。

 社はすぐに亜空間を開く。

 九久津は上空からゆっくりと降りてくる、と同時に社が亜空間を閉じた。

 九久津の背中から白い布が見てとれる。

 それによって九久津はパラシュートのようにフワフワと地上へと舞い降りてきた。

 九久津がせなにまとっているのは白い布ではなく、持ち手の尖った羽子板のような形だ、それが九久津の体を支えるように、腰あたりに巻きついていた。

 それは、さしずめ安全ベルトといったところだ。

 ベルトが解かれると、それは左右に分かれて、それぞれがそれぞれに小さな手となった。

 九久津の後部からユラユラと布が浮かぶ。

 そこにいたのは白い布に小さな手、そして赤いつり目をしたアヤカシだった。

 「一反もめん。もういいぞ」

 九久津が感謝の意味を込めながら、一反もめんに触れると召喚が解除された。

 その光景を見た、ぬりかべもおのずから召喚を解除し消えた。

 これもまた、高シンクロ率のなせる技だった。

 (一反もめんは別だけど、ぬりかべ。見上げ入道。おとろしのような重量タイプの召喚は体力使うな~)

 社はなにかの指示があったわけでもないが、姑獲鳥をさらにきつく縛りあげた。

 その姑獲鳥の体半分は、地面に衝突した衝撃でベコっと潰れている。




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