第98話 中級アヤカシ うぶめ

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 約半年前、それはまだ九久津と社がバディだった頃。

 六角市、南南東、郊外にある廃材置き場。

 社にはどうしても心から離れない言葉があった。

 ――九久津くんの好きな人って誰?

 社を逡巡させるその言葉は六角第一高校、三年、白金美亜しろがねみあが、九久津になにげなくかけた言葉だ。

 美亜は六角第一高校に在学しながらアイドル活動をしている、美亜の所属するアイドルグループは“ペンタゴン”という曲で最近の音楽チャートを賑わせていた。

 登校すること自体はすくないけれど、校内にときどきその姿を見せると、他生徒の羨望せんぼうの的になった。

 社と並んで美人としょうされる美亜は、自分をひけらかすこともなく、控えめなために、女生徒にうとまれることもあまりなかった。

 かたや男子生徒からも、整った美人のため距離を置かれている。

 近づきがたいと言えばそれまでだが、美亜自身、どこか自分から孤独を好んでいる気配もあった。

 美亜がどんな理由で九久津にその言葉を発したのか、社に知るすべはない。

 教室の片隅の出来事が、社に無数の選択肢を想像させてしまう。

 それも三年の女子が二年の教室を訪ねてきたのだから気が気ではない、社の感がいまなお神経を過敏にさせていた。

 いつもとは違うその様子を感じとった九久津は、うしろの社と数メートルの距離をとった。

 「雛ちゃんは、いとで援護して?」

 「えっ、うん。わかった」

 社は、ハッとしたように顔を上げてから、数秒のを置き、うなずいた。

 いまさらながら我を忘れた自分に気づくと、眉をひそめる。

 ほかに意識が向いていたことを自覚するが、なんせ上の空だったことに気づくのも同じ体だ、気を抜けばまたすぐに思考はずれていく。

 「雛ちゃん。もっと後ろでいいよ」

 九久津がそう言ったそばから、陣形の距離感を間違えた社。

 九久津は社のミスをリカバーするように、自分から、そっと前へ進んだ。

 (……雛ちゃん、なんか調子悪いみたいだ。俺がカバーしないと)

 端材はざいや廃材の転がるガタガタのコンクリートの上を九久津はゆっくりと歩く。

 靴と砂利の擦れる音が止まった。

 九久津は社を気にかけ、ふたたび後ろをチラリと見る。

 (また……止まってる)

 「雛ちゃん?」

 「えっ、あっ、そう……だね」

 無言の視線に気づいた社。

 頭のなかで同じ悩みが途切れることなくグルグルと回っている。

 美亜先輩。好きな人なんて訊いてどうするんだろう?

 九久津くんが、もし、誰か具体的な……いや、こんなことを考えても無駄だ、いまは、目の前のことに集中しないと。

 もう、何度目かの同じ疑問だ。

 「雛ちゃん。大丈夫?」

 「うん。なんでもない」

 浮足立ったまま、かかとからそっと後退する社。

 廃材置き場でありながも、周囲は比較的明るく、空までの見通しも良い。

 ――クァー クァー クァー クァー。

 闇夜の森に響く獣の鳴き声のような、異音が上方から響いてきた。

 廃材置き場にじょじょに近づいてくる、辺りの木の葉が台風間際のように、ザワザワとざわめく。

 青々とした葉がブワっと宙を舞う。

 散乱した葉が乱舞して廃材にまぎれていった。

 くうを裂く重い音がして、比較的近い空の彼方から、翼のはばたきが聞こえてきた。

 バサバサと上下運動する音だ。

 一回目のはばたきおん、そこからすこしのを置いて、二回目のはばたきおんがした。

 九久津は、このはばたきの時差を利用して相手のアヤカシの全体像を推察した。

 (大きな翼を持ち、さらに空からくる大型のアヤカシ。となると……姑獲鳥うぶめだな)

 「雛ちゃん。きっと姑獲鳥だ」

 「姑獲鳥。中級アヤカシね。わかったわ」

 「ああ」

 社は中級ということでたかを括ってしまった。

 これが上級アヤカシなら頭の切り替えができたのかもしれない。

 前線にいる九久津は空からの、ものスゴい風圧をその身に受けた。

 とっさに右手で風を受け流す。

 「きた」

 九久津は攻撃でも防御でも、すぐに反応できる態勢をとった。

 羽毛うもうのはえた大きな両翼に、瞳孔のない白く濁った小さな目、剣山けんざんのように細かい歯は、上顎よりも下顎が前にでている。

 全長二メートルほどと体は大きく、まるでジンベエザメが空を泳いでいるようだった。




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