第97話 家系

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 マジシャンが布を浮かせるように、和紙の中心部がせり上がってきた。

 紙の先端は天頂へ向かって、ゆっくりゆっくりと伸びていく。

 畳から百五十五センチほどで紙の上昇は停止し、丘のように膨らんだ和紙は縦横になんどもニュルニュルと伸縮を繰り返した。

 立体的な人の形になった和紙の突起部分がみるみるうちに、人間の肌へ変色すると手と足、五本の指を形成した。

 髪の毛は現在進行形で、白、黒、金とグラデーション変化をしている、髪の色は未だ定まらないが、輪郭の目元には、真横に切れ目がスッと入った。

 白濁した眼球が現れると濁りはじょじょに澄んでいく。

 鼻の位置が突起をはじめ、鼻筋の通った小さな鼻ができあがった、口元はすでに鮮やかなピンクの唇がある。

 さらに人の姿へと近づくため和紙はなおも変化していく。

 「真野さん。もうすこしですので私はこれで席を外します」

 「宮司。わかりました」

 「十七年前・・・・と同じようにそのが手を振れてきたとき、お目通めどおしを」

 「はい。心得ています」

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 廊下では境内の風景を眺めながら、なおも雑談がつづいていた。

 とはいえ四人の視界は遮られたままで、同じ形の頭巾を被った人間が同じ方向を向いているにすぎない。

 四人には外界の現状を確かめるすべなどなく、ただ、話の合間に雨だれの音を聞いた。

 「やはりむすめはかわいいです。だから……繰に……。けれどそれによって株主の皆様にはとんでもないご迷惑をおかけしてしまいました。もちろん真野さんや九久津さんも株主ですから」

 「いいえ。私たちは金目かねめのホルダーではありませんから」

 九久津の母親が控えめに手を振って否定した。

 だがその一挙手一投足を確認できる者はなく、体を動かした当の本人のみがわかるだけだ。

 「そう言っていただけるとありがたいです。ただデイトレーダー、システムトレーダーを含めて株主です。上場企業である限り、すべての株主に損を与えてはいけなと思っています。社長交代劇で大損した人もいるでしょう。それがまた新たな負力を生みだすことにもなりかねません」

 寄白の父親は九久津の父親と母親にそれぞれ頭を下げた。

 厳密に言うと、そこにいるであろう方向を向いてこうべを垂れただけだ。

 「そうかもしれませんけれど。結局、九久津家うちと真野家、ほか六角市民のみなさんも、地元優遇のストックオプションを付与ふよされただけですから」

 「そうですよ。宝くじが当たったようなものです。それに九久津家は寄白家の家臣」

 優し気な言葉で擁護する九久津の母親。

 「いえいえ。さきほどの話じゃないですが歴史は遡れません。家臣なんて昔のことですよ。現代いまでは同等です」

 寄白の父親は声を弱め控えめにそう言った。

 「ただ私たちには縁があって、現在もアヤカシから人を守る役目を全うしている。それだけですかね?」

 九久津の父親はどの家にもカドが立たないように丸く収めた。

 「その言葉、大変楽になります。美子は美子で寄白家生まれて辛い思いをしていますし。オッドアイに産まれた瞬間からアヤカシと戦うことを宿命づけられていた」

 「いにしえからの言い伝えですね。“深紅しんくの五芒星と群青ぐんじょうの六芒星”この双眸そうぼうを持つ者は、寄白家の正当後継者となる」

 九久津の母親の抑揚ある言葉。

 それはまるで随筆の一節でも読み上げたようだった。

 「ええ。我々はむかしから、いつ正当後継者が転生してもいいように、“シシャ”の噂を流しつづけてきた」

 「それが、つい十七年前に実現した」

 「はい。美子・・の誕生で」

 そこに務めを終えた宮司が、足袋を擦る音を立てて、寄白夫妻と九久津夫妻のいる廊下へとやってきた。

 足音にいち早く気づいたのは寄白の母親だった。

 「宮司。儀式も佳境かきょうですか?」

 「ええ。もうすぐ誕生します」

 「ところで、お嬢さんのお加減かげんはどうですか?」

 寄白の母親が、社雛と同じ歳の娘を持つ者として気にかけた。

 「相変わらずあのままです」

 宮司は神妙に返した。

 「そうですか」

 「あれは誰が悪いわけでもないですから」

 「それでも……」

 「ええ。雛も雛でわかっていて戦っていたんです。やはり特殊な能力を持つと他人のために使いたくなるのが人間のサガなのでしょう……」

 「そこは、やしろ宮司の育てかたなのでは?」

 「……必然なのかもしれません。ただ、雛には悪いことをしてしまったとも思っています。うちの家系に生まれたばっかりに。それでも美子ちゃんや毬緒くんと一緒に戦えると喜んでいたのも事実です。……もっとも相手はアヤカシですから危険は百も承知でしたが、じっさいそれが現実となるとやはり親としては……」

 「宮司、お辛いでしょうけど。命があっただけ儲けものです」

 その話に九久津の母親も、励ましと慰めの言葉をかけた。

 「あっ、はい。堂流くんは残念でした……雛は生きてますから。それがまだ救いです。あっ……すみません。無神経なことを……」

 「いいえ。堂流もうちの家系に生まれたばっかりに、と夫婦で後悔もしました。けれどいまではそれも九久津家の運命だったようにも思えるのです。……ただ、このさき毬緒のことも心配で。今回のバシリスクの件もなにがどうなったのか。あの子のなかになにか得体の知れないモノが潜んでるようで怖いんです」

 「得体の知れないモノですか? 召喚憑依の反動では?」

 「いえ。それとはなにかが違うんです」

 「そうですか。それは心配ですね。魔障かどうか一度、診てもらうとか?」

 「そうですね。ちょうど入院中なので主治医に相談してみようかと思います」

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 透き通るような白い肌に金髪の少女が裸で立っていた。

 「アウ。ア。ウアア」

 なにかを話そうとしているが、喃語なんごでなにを言っているのか聞き取れない。

 「アア。ウアア」

 一生懸命口を動かしている少女は、のろのろと真野の父親に近づくと、ピタっと手に触れた。

 真野の父親は、その感触でつぎの”死者”の正式な誕生を確信する。

 少女は、初めての人の感触にいまなお、ペタペタとスキンシップを図っていた。

 「キミはまだ生まれたて。言葉はじきに覚える」

 真野の父親は少女の瞳を見つめたまま頭をなでた。

 「今日から、アナタはうちのむすめよ」

 真野の母親がそう言いうと、夫妻は同時に頭巾を取った。

 「アア。オカア。アア。サン。オトウ。サン」

 真野の母親はそのの頬に手を当てると、そっと抱き寄せた。

 娘を想うたびに、両腕の力が強まっていく、けれど、その娘は痛がらないように注意して、これが愛情だということを示しながら、しばらく抱きしめつづけた。

 その光景は亡くした我が子をふたたび取り戻したようにもみえる。

 「そう私がお母さんよ。あなたは決して絵音未のようにはしないから」

 真野の母親は娘の顔に頬をあてた。

 「アリガトウ。オカアサン」

 「もう言葉を……。なんて言語習得力……だ」

 真野の父親はただただ驚嘆した。




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