第96話 付喪師(つくもし)

宮司は袈裟のふところから、真新しい筆をとりだした。

 筆を持つ手とは反対の手で袖をつかむ。

 「まずは輪郭形成をはじめます」

 宮司は和紙に毛先をピタリと密着させて、手首を動かすと墨汁をつけたわけでもないのに細い線が引かれていった。

 宮司は線を途切れさせることなく一筆書きで人間の輪郭を象った。

 ぱっと見た限り和紙の上には小柄な人物の姿が縁取られている。

 人の形をしているとは言え、その輪郭は白抜きで表情などはまったくわからない。

 つぎに宮司は、人間の急所と呼ばれる個所に梵字で点を打っていく。

 丁寧な所作で点々と筆を入れ、梵字は頭部から足元へと流れていった。

 寄白のリボンのような文字が人の急所の要所要所に描かれている。

 「それでは魂入れをはじめますので、真野夫妻以外は外へでてもらえますか?」

 「はい」

 代表して、寄白の父親が返事をした。

 「外にでても、みなさんは日常会話をしていてください。内容はなんでも構いません。このは、まだ話の意味が理解できませんので人格形成には影響はありません。ただし言語習得への近道にはなります」

 「わかりました」

 寄白の父親がふたたびそう返し、自分の妻、つまり寄白の母親と、九久津の両親に――さあ、行きましょうか?と促す。

 宮司は、そんな部屋をでようとする四人の背に声をかけた。

 「扉はきちんとお閉めください」

 「はい」

 最後尾を行く九久津の母親がそう返事をしてから、ゆっくりと障子の扉をしめた。

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――――――

―――

 四人は部屋の外でそのままの姿で正座をしていた。

 視界の塞がれたその状態では小雨の舞う景色はまったく見えない。

 ゆえに四人は手探りで障害物の有無を確認して、寄り添うように廊下に座っていたのだった。

 この光景もまた、他人が見れば異様な状態なのだろう。

 「ときどき、他所よそからくる参拝客は、この境内に驚くそうですよ?」

 寄白の父親が話の先陣を切った。

 「そうでしょうね?」

 九久津の父親が反応する。

 人の一歩後ろを行くタイプの寄白と九久津の母親は静かに座っている。

 「まさか神社に百八の階段と梵鐘ぼんしょうがあるなんて思わないでしょうからね」

 寄白の父親は頭巾のまま、おそらく、そこにあるはずだと思って、大きな鐘を指さした。

 指さきから、それほどズレない場所に鐘はあった。

 指サックのような形をして、鐘の上部には金属の突起物が規則正しく並んで一周している。

 何百年というをその身に受け、緑青ろくしょうでボロボロになった鐘がそこに吊るされていた。

 「かつて神仏しんぶつにも交流があったとされる話ですね」

 九久津の父親はゆっくりと腕を組み、和装の袖に腕を突っ込んだ。

 「滋賀県などにもそういった神仏交流の形跡が見られるとか。まあ、ここ六角神社の設計は近衛くんですけれど」

 「彼なら、まあ、抜け目なく街の守護をしているでしょう。数百年、いや、もしかすると、うちの千歳杉が芽吹いたころには存在していたのかもしれません」

 寄白の父親は一呼吸置く。

 「ミッシングリンカー」

 教科書に赤い線を引くような単語を述べた。

 「いつどこかで能力が開花したのかわからない者たちの総称ですね」

 「彼等・・は、いったい何者なのか?」

 寄白の父親は悩まし気な声を絞りだした。

 そのあとにも、まだ――う~ん。唸っている。

 「それを考えるのは空虚くうきょなことでしょう。二条先生だってアンゴルモアから十年以上。主だった外見の変化は見られません。五味校長は年相応に変化しました」

 諭すような九久津の父親の答え。

 それはまるで、二条と近衛は、自分たちとは違う生き物であるかのような口振りだった。

 「そうですね。それを言うなら鷹司。いや鷹司くんと呼ぶべきかなのか、鷹司さんと呼ぶべきなのか……彼もまたその種族・・なのでしょう。……繰に聞いたのですが、沙田くんも、どこで能力に開花したのかわからないとか」

 「毬緒も言っていましたが、彼は運命性さだめせいの人間なのでは? 彼のなかにラプラスがいますので」

 「だとは思うのですが……ただ、どうして我々四家のなかで家系ごと消えたのか……」

 「歴史を遡ることはできないですからね」




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