第95話 歴史の罪

 夜のとばりが下りたころ、九久津と堂流は居住区に隣接した忌具保管庫にいた。

 堂流は重いパンドラの匣を開いた、なかでは座敷童があめ玉を握りしめて、スヤスヤと寝息を立てている。

 ぐっすりと眠る座敷童を確認して、ゆっくりとふたを閉じた。

 (無邪気だな)

 堂流はそのまま周囲を見渡すと、いつもとはなにか違う違和感を覚えた。

 反射的に視線を四方八方に移し、変化の出所を探ったが、それがなんなのか、わからなかった。

 (なにかが……)

 ふと木製の棚に手を伸ばし“預言の書”を手にとると高速でページを捲った。

 トランプをシャッフルするようにパラパラとページが流れていく、白紙だけの書物はすぐに裏表紙へと辿り着いた。

 (……そうだよな。この預言の書にはなにも書かれてはいない。物の位置がズレた……? いや、なにかが増えた? ……当局から視察がくるって話だから父さんか母さんがなにかしたのか?)

 九久津は黙って正座していた。

 堂流は得体のしれぬ一抹の不安を抱えながらも、ずっと兄の話を待ち続ける九久津に向かって口を開いた。

 「毬緒。これから言うことは絵本なんかには書いてない話だ」

 「うん。わかった」

 「むかし口減らしと言って、親が子供を殺すという風習があったんだよ」

 堂流は包み隠さずに告げた。

 「……」

 九久津はすぐに言葉を失った。

 堂流は哀し気な表情をする弟を横目にしながらも、息つく暇もなく話をつづける。

 「座敷童はそういった子供たちの思念がアヤカシになったもの。だからその頃のショックが残ってるんだろう」

 (さすがにここまでしか教えてやれない……虐待を受け続けた赤ちゃんは、やがて声をださずに泣くようになる。本能でわかるんだろうな自分の泣声こえがつぎの虐待に繋がることを)

 堂流は日本古来の暗部を伝えることをしなかった。

 纏わり着くような人の悪意を。

 それはやがて九久津が自分で知るべき事案だと思ったからだ。

 時代によってもたらされたものは、教育の過程で必ず知ることになる。

 いや教科書に載っていなかったとしても、その授業を受けるころには、自然と歴史に目を向けおのずと過去をひもとくはずだと考えた。

 「そんな目に遭っても座敷童は福をもたらすアヤカシになるんだからな」

 「ど、どうしてそんなことするんだよ?!」

 「あまり食べ物のない時代だったからだ」

 「だったら、お父さんやお母さんがあげればいいじゃないか?」

 九久津は涙を浮かべながら、堂流の話に重なるように言った。

 「それが……」

 (子供に大人の理屈なんて届くわけがない……か……)

 堂流は中腰になって九久津の両肩をガシっと掴んだ。

 そして、ゆっくりと目を合わせる。

 「毬緒。許せないか?」

 (マリーアントワネットは言った“パンがなければお菓子を食べればいい”と。……知らないが故の発想。口減らしは世界中で行われてきた、それはフランスだって例外じゃない。まあ、いまは、ボナパルテがいるからあの国は大丈夫だろう。……どんな国にも陰惨いんさんな歴史はある。流れた血や涙は季節性の装飾品でしかなくて、なんどとなく悲劇を繰り返してきた)

 「どうして人間はそんなにひどいことするんだよ?!」

 間髪入れずに九久津は聞き返した。

 堂流そのものが“人間代表”の答弁者であるかのように、九久津は質問をぶつけた。

 「それはな……」

 (やっぱりここで俺が教えるより……)

 「なあ毬緒。毬緒は小学校に通ってるだろ?」

 「うん」

 「学校ではそういうことを教えてくれる。だから、いまは学校の勉強を頑張るんだ?」

 「……」

 九久津は、納得できない様子で眉をひそめている。

 小さい拳にありったけの力を込めながら。

 「毬緒。わかったか?」

 (暴力を振るわれても、なお目の前の親にすりよるしかできない子共がいる。……かつて、そうして生まれたソシオパスの能力者と戦ったこともある)

 「……う……ん」

 九久津は声を絞りだした。

 はぐらかされたように感じた九久津だったが、堂流のいままでにない真剣な表情に気圧けおされて、無理やり思いを飲み込んだ。

 そして堂流の指示通り、学校で習うまで待つと決めた。

 そこには、能力者として尊敬する兄の言葉ということが大きかったのも事実だ。

 九久津にとって、救偉人の勲章を持つ堂流はどんな人物よりも英雄だった。

 (教育は正しい人格形成に必要な知識を与えてくれる)

 「それまでは毬緒がざーちゃんを大事にしてやれ?」

 「わ……かった……よ」

 言葉に詰まりながらも、九久津は努めて明るく振る舞う。

 堂流は、九久津が無理やり気持ちを押し込めたことにすぐに気づいたが、自分がさらに血塗ちまみれの歴史を開けば、憎悪の対象が人間に向きかねないことを懸念したからだ。

 歴史の罪はアヤカシの誕生と表裏一体。

 能力者自身が放つ負力でさ、それは巡り巡ってアヤカシの一部になる。

 堂流は、そのことを九久津自身で気づいてほしかったのだ。

 絶望、怒り、憎しみ、そして悲しみは、アヤカシを生み出す好条件だ。

 そんなふうに誕生するアヤカシのなかでも、希力を蓄える座敷童は稀有けうな存在なのは言うまでもない。

 しいたげられて、なお、小さな体で笑顔を振りまき、棲み着く家に幸福さえ分け与える、それがどんなにスゴいことなのかを身をもって知ってほしかった。

 それには正しく歴史の裏と表を知り、その時に自分で答えをだせばいいという堂流の思惑おもわくがあった。

 「毬緒。人間はむかしからヒドイことをしてきたかもしれない。でもな“真名まな”ってのを持つ正義のヒーローみたいな能力者だっているんだぞ!!」

 「正義のヒーロー?!」

 「ああ」

 「兄ちゃんの救偉人みたいな?」

 九久津は子供らしく、ヒーロー物に憧れる少年の目に戻った。

 「まあ近いかもな。そう言えば毬緒はなんで、あんなに勲章のが好きなんだ?」

 「う~ん。わかんない」

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