第94話 手癖

 三週間後。

 「ざーちゃん。動くなよ~」

 「……」

 座敷童はニコニコ微笑みながら、黙ってその場所に立っている。

 「いくぞ~」

 我が身を預けて目を閉じる座敷童のまぶたはプルプルと揺れていた、それに同期する頬。

 「よし」

 {{カマイタチ}}

 九久津の腕を気流が旋回した。

 風は振り上げた九久津の腕を軸にして肘から、手さきを囲っていく。

 「よし。風が広がらないよう腕にくっつくイメージ!!」

 不均等に飛びだしていた気流がコンロの火を調整するように整っていった。

 そのまま九久津は腕に力を込めると、腕を覆っていた風が形を変えはじめる、腕のさきが大きく二つに分かれて、大雑把ながらもハサミの形になった。

 「毬緒のやつ。あれから三週間でよくここまで風を制御できるようになったな」

 堂流は腕を組みながら感心している。

 日増しに召喚憑依のスキルが上達していった九久津は、堂流が目を見張るほどの成長を遂げた。

 まだ年端もいかない九久津の才能は、天あるいは、それに準ずるものに与えられたものだろう。

 「よし。ざーちゃんいくよ?」

 その場所で微動だにしない座敷童。

 「待て、待て毬緒。ダイレクトで切るのか?」

 「うん。そうだよ」

 「えーと。そ、そっか」

 堂流は九久津のその行動に慌てた。

 いうなれば、いまのこの状態は安全対策をしないままの綱渡りのようなものだからだ。

 (ま、まあ、一応ハサミの形にはなってるから、刃先で額をザックリってことはないだろう……。危なそうなら俺が手前で止めればいいか)

 「わ、わかった。俺が見てるから慎重に切れよ?」

 「うん」

 九久津はそんな兄の想いに気づくこともなく、まるで子どもが新しい遊具で遊ぶかのように無邪気に声をあげた。

 九久津は座敷童の頭に左手を添えて、利き腕の右手をそっと振り上げる。

 座敷童はなすがままに自分の頭部を傾けた、九久津はそのままゆっくりと刃先を開いた。

 大きく開かれた両刃が一気に――ザクっと噛みあう。

 裁ちバサミが厚手の布を切るような音がした。

 (ま、毬緒?! やりやがった)

 座敷童の髪の毛はひとつの束となって地面にボトリと落ちた。

 前髪が眉よりすこし上の位置で一直線に揃っている。

 「あっ、切りすぎたかも!! ごめ~ん」

 座敷童は急な風が額に射し込み、驚いて手をあてた。

 いつもの前髪の位置に隙間ができていて、上目づかいで確認している。

 その口元も、目の筋肉に吊られて、タコのイラストのようにすぼんでいた。

 (毬緒はカマイタチの技術どうのこうのよりも、根本的にどこで前髪を切っていいのかを理解してなかったのか……? 俺が整えてやるしかないな。ただこの状況から前髪をリカバリなんてできるのか? まあ、やるしかないな)

 {{アミキリ}}

 堂流の右手が揺らぐと、やがてその刃さきは金属でコーディングしたように輝き、美容師が使うようなシザーに変形した。

 「あっ、兄ちゃんズルい。俺はそんな召喚技教えてもらってない!!」

 「毬緒にはまだ早い。おまえはまだ腕を振る軌道が一定じゃないんだ。戻すときに“く”の字になる癖を直してからにしろ」

 (アミキリなら最初からハサミ型になる。けれどカマイタチからハサミを形成させればイイ修行になるな。一石二鳥だ)

 堂流はそう言いながら、自分の手を真横に動かし、そのままの角度で固定して自分の前に戻した。

 たとえばその軌道に赤い色をつけて可視化したとすると、右に流れる赤い線と折り返してくる赤い線は重複して一本の線になる。

 九久津の場合は行きと帰りの軌道がずれるため、ある一定の個所で交差して二本の赤い線ができる。

 それが堂流が言葉で表した“く”の字の軌道だ。

 つまり、いまの九久津には、移動した腕をそのまま水平に戻してくる技術が求められていた。

 とはいえ、六歳の九久津にそれが難題なのは明白だった。

 「え~俺もそれ使いたい」

 「そんなことより、ざーちゃんの髪どうするんだよ?」

 「えっ?」

 九久津が困惑の表情をしたとたん、座敷童は九久津の服の肘を掴んでツンツンと二回ほど引っ張った。

 九久津が振り返ると、満面の笑みを浮かべた座敷童がいた。

 その光景に目を疑う堂流。

 「えっ?! ざーちゃん。それでいいのか? 俺が毛先をいてやるけど。それなら一直線の前髪もランダムな感じにしてやれる」

 ぶんぶんと真横に首を振る、座敷童。

 どこかその髪型を気に言っている様子だった。

 「い、いいのか?」

 (なぜ、それで?)

 座敷童は、堂流の疑問とは正反対にうんうんとうなずいている。

 (ま、まあ、喜んでるならいいか)

 だが九久津の胸にふとした思いが降りてくる。

 それは、この件とはまったく別の疑問だ。

 それでも座敷童を思う気持ちには変わりはない。

 「兄ちゃん。ざーちゃんってどうしてしゃべれないんだろう?」

 「それは……」

 (そこを聞かれると痛いな……)

 「知ってるの?」

 渋り顔の堂流に気づいた九久津だったが、兄弟ゆえに気兼ねなく訊ねた。

 「えっ、あっ、ああ」

 (どうする。ここで真実を言うべきか……)

 「教えてよ?」

 「むかし……」

 (この年齢で、それが理解できるか?)

 「兄ちゃん。いいから教えてよ」

 堂流は九久津の目線まで腰を落とした。

 「わかった。これはざーちゃんが傷つくこともあるから、今日の夜に話してやる」

 「うん」




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