第92話 兄弟

 

九久津毬緒、六歳。

 「兄ちゃん。あの子は誰?」

 九久津は千歳杉の影から自分を見つめるアヤカシの存在に気づくと、兄、堂流を呼び止めた。

 「あん?」

 堂流は弟のその問いかけに振り向くと、自分も千歳杉のほうへと目を向ける。

 年の離れた兄弟ゆえに、堂流は、ことさら九久津をかわいがっていた。

 「ほらあそこ」

 九久津は千歳杉の方向へと小さな指をピンと伸ばした。

 「あっ?! 座敷童が寄ってきたみたいだな」

 「座敷童?」

 「そう。千歳杉は約千七百年分の希力を蓄えてるって前に教えたろ?」

 (まだ意味はわからないか……)

 「ふ~ん」

 九久津はなんのことかイマイチわからないままにうなずいた。

 ただ、九久津にとってはそんなことはどうでもよかった、ただ自分の目に映る、すこしだけ年下の子供が誰なのか知りたかっただけだからだ。

 「千歳杉は希望の木なんだよ。だから福の神である座敷童がきたんだ」

 「友達になれる?」

 年端のいかない九久津にとって兄、堂流は大人のようなものだ。

 当時の九久津には、なにからなにまで手の届かない存在だった。

 九久津は数十センチ以上の身長差のある堂流を見上げる。

 「ああ、きっとなれるさ。近くに行ってみろ」

 「うん。わかった」

 「毬緒よりも年下だな?」

 「そうかな?」

 九久津は小さな歩幅でゆっくりと座敷童に近づいた。

 座敷童はそれに気づくと、千歳杉に身を隠しそっと顔を引っ込めた。

 けれど一秒も経たないうちに幹に手を当て、また顔をのぞかせた、かと思うと照れるように、ふたたび姿を隠す。

 座敷童はおかっぱ頭が幹の横からはみだしていることに気づいてはいない。

 また、こっそりと顔をみせたとき、九久津と視線がぶつかり、ふたたび顔を隠した。

 九久津は千歳杉からはみでている、髪を目印にしてテクテクと歩み寄る。

 「よう。俺と友達になってよ?」

 座敷童は目を丸くして驚いている。

 「??」

 「友達だよ」

 九久津は、もう一度そう言った。

 「……」

 座敷童はニコっと笑顔を見せると、幼い表情ながら満面の笑みでうなずいた。

 コクコクとなんどもうなずいている。

 「いいの?」

 座敷童は口をパクパクと動かした。

 ――パパッパパッ。っと口からオノマトペのような空気の抜ける音がする。

 「あっ、しゃべれないのか? まあいいや。キミは座敷童だから、今日からざーちゃんね?!」

 「……」

 座敷童は、頭を上下にブンブン振って喜びを表している。

 九久津家は六角市のなかでも高い丘にあるため、九久津がいったん帰宅してから同年代の友達と遊ぶことは皆無だった。

 九久津は“九久津家”という宿命を受け入れながらもいつも退屈していた。

 自分の置かれた立場を理解するにはまだ子供すぎた。

 そこへ突如として、友達候補が現れたことが九久津はなにより嬉しかった。

 「えっ、いいの!! じゃあ、友達の印にこれあげる」

 九久津は座敷童の手をとって、ポンとあめ玉を乗せた。

 「……」

 不思議そうに自分の手のひらを眺めている座敷童。

 あめを顔の前に近づけてまじまじと見つめる。

 「そっか。あめも知らないのか」

 九久津は座敷童の手からあめ玉をとると、包みを剥いて中身をとりだした。

 なかからは大きいビー玉くらいの、ピンク色のあめがでてきた。

 「あ~ん」

 九久津は自分の口を開けて、座敷童に真似するように促した。

 座敷童もつられて大きく口を開けた、九久津はそのまま、座敷童の舌にあめを放った。

 「これはイチゴ味」

 座敷童は口を閉じると、口角を上げて満面の笑みを浮かべた。

 口のなかでアメを右左に転がすたび、頬にはポコポコっと小さなコブができる。

 二人は人間とアヤカシという種族関係なくすぐに打ち解けた。