第88話 能力【ウェザーマドラー】

 

 だが、まったく意に介さない二条。

 「秘密。守秘義務があるから」

 大人の対応に徹する二条は、腕組みをした。

 「へ~」

 (だから役人は嫌なんだよ。……蛇の調査か?)

 「バシリスクのほうはどうなってんだよ?」

 「ご心配なく。ほかの救偉人が見張ってるから」

 「堂流くんでも倒せなかったのに?」

 「九久津堂流はそういう運命だった。まあ正直な話、有事の場合は当局が動くし升教育委員長もいるし」

 「教育委員長って強いのか?」

 「強いだろうね」

 「なんだ。知らないのか……」

 「ふっ」

 含み笑いをする二条、そのあとすぐに説教でもするかのような口調に変わった。

 まるで担任が生徒を注意するかのごとく。

 「技に“希力”を混ぜることで、アヤカシ側の苦痛や恐怖が軽減されると言われている。麻酔のように。でもそれにはっきりとした研究結果はでてない。だからあんたがいましたことは無駄なの。能力者自身が、ただ疲弊するだけ」

 「そうだとしても。私は構わない。」

 「あんたがそうでも、仲間に迷惑をかけるかもしれないってこと?」

 相変わらず気の強い娘、そしていつもながら危うい。

 二条は、そう気にかけた。

 「そうならないように私なりに慎重に動いてるつもりだ」

 寄白の語尾も強まる。

 「美子。“慎重”と“身勝手”は違うのよ? ここにひとりでいるってどういうこと? おおかたアヤカシの変化を察知して、独断行動したってことでしょ?」

 「先生が教えてくれたんだろ。気圧の変化とアヤカシの関係性を」

 「あんたが勝手にスキルを盗んだんでしょ? 教えてもいない技を使うから精度を欠くのよ」

 「担任が【気象攪拌者ウェザーマドラー】って当局屈指の能力者なんだから、学べるモノは学ばないと」

 「屁理屈を言わないで。人体模型、一体倒すのになんの罪を背負ってるの?」

 「先生には関係ねー」

 「しばらくしたら、四階ここにはまた負力が集まって新たな人体模型が動きだす。四階はアヤカシをおびき寄せるの罠なんだから」

 「百も承知だ。けどなつぎの人体模型はまた別の個性を持った別個体なんだよ」

 「だからそれがなんなの?」

 呆れ顔の二条。

 「あいつは廊下を走ってたかっただけなんだ」

 「それならあんたは校則違反をしたアヤカシを退治しただけってことでしょ?」

 「違う。そんな低知能が主催するデスゲームじゃねー!!」

 「美子。こんなことに心を痛めてたら、このさき持たないわよ?」

 「なんもわかってないくせに」

 (先生には理解できないだろうよ? 上級は具現した時点で周囲を攻撃するのが当たり前なんだから。けど日本の下級アヤカシは大人しい奴が多いんだよ)

 「困った娘ね」

 「うるさい」

 (……私がいらだつ理由……能力者としての同族嫌悪どうぞくけんお? 当局の奴は、どっかお役所仕事なんだよな。機械的に線を引く。堂流くんのことを運命の一言で片づけやがって)

 学校の外では、落雷のような轟音が鳴り響いている。

 それは六角市の北北西守護山方面から聞こえた。

 音はすぐに止んで、街はザワメキをすぐに取り戻したようだった。

 「美子。立てないじゃないの? ほんと世話の焼ける娘ね。ほら」

 二条は手を差しだす。

 スラっとした指先が寄白の幼げな手を掴んだ。

 「う、うるさ……い。く、くろ」

 (い……わ、藁人形……?)

 寄白は意識を失いかけ、前のめりに倒れ込んだ。

 「ちょっと美子。だから言ったでしょ。どれだけ希力を込めたのよ?」

 二条は園児を抱き起こすような態勢で寄白の体を支えた。

 「美子。大丈夫?」

 死者が消失して負力の受け皿もなくなった。イヤリングと髪との負力調整も必要。さらに希力まで消費してる。さすがに無茶しすぎよ?

 二条は寄白を放ってはおけなかった、過去になにがあったとしても教え子なのは変わらない。

 寄白に接する態度には、厳しさのなかにも優しさが含まれている。

 崩れ落ちる寄白の視線には、はっきりと黒い藁人形が見えた。

 ちょうど五百ミリのペットボトルほどの大きさで、不規則なボサボサの藁で編まれた人形だった。

 寄白は重力で頭が垂れていくと同時に、視界から藁人形を見失う。

 床につっぷすほどの低位置から、再起するように頭をもたげた。

 その場所には、まだ黒い藁人形が座していた。

 藁の一本一本からは、怨念が解き放たれるような瘴気が漂っている。

 丑の刻参りで五寸釘を打ち込まれる、あの体型フォルムをしていながら、右手と左手のない藁人形は足を組んで、椅子に腰かけているかのような佇まいで寄白たちを眺めていた。

 権威ある者が下を見下ろすような威圧感を放ちながら。

 {{ブリーズ}}

 微風そよかぜほどの小さな竜巻が廊下の壁を伝って藁人形に向かっていった。

 威力が弱いためか、その藁人形にとってはそれをかわすことは余裕だった。

 もちろん二条は藁人形の気配に気づいている。

 気づいたことさえ感じ取らせずにノーモーションから技を放ったのだった。

 「魔空間に逃げられた」

 当たり前か。校内じゃ大技は使えない。この街で同時多発的になにかが起こっている。一条の追ってる件と関係があるのかもしれない?

 二条はそんなふうに思いながらも、しっかりと寄白の体を支えていた。

 「せ、先生、あれは?」

 「気にしないで。あんたは寝てなさい」

 寄白は顔をしかめながらも、どことなく二条に体を預けた。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください