第87話 侵入者

 「照度しょうど変更。光度こうど変更。輝度きど変更」

 寄白はなおも対象者の方向に目を向けることはない。

 イヤリングはいつもよりも強く激しく目をくらますほど強い光を放った。

  {{全光束ルーメンシャイン}}

 直射日光のような光が周囲に瞬くと、網目状の閃光が人体模型の体を瞬時に通過した。

 それは動く網戸が人体模型を通り抜けたかのようにも見える。

 ――ガタガタンと段階的に人工物が倒れるような音がした。

 (つぎに生まれるなら人間に生まれてこい。己の存在に悩むなんて私たちの年代ししゅんきなら当たり前のことだ。けど、人間ならそんな簡単に自分の存在に絶望なんてしないんだよ)

 無表情で無機質な樹脂は這いつくばった態勢で廊下に横たわっていた。

 鼻涙管びるいかんも涙腺もない人体模型から涙が流れているようにみえたのは、きっと寄白と人体模型アヤカシとの言葉こころが通じてしまったからに他ならない。

 そして、またこの四階では新たな人体模型は生まれる。

 それが近衛を始め当局が四階を用意した意図だからだ。

 四階に集中させた負力をモノに宿らせて倒すという実に効率の良い方法を。

 (いままでだって何体ものアヤカシを倒してきたのに……この後味の悪さ。これが人が持つ倫理と道徳か……もっと正当な理由があれば楽だったのに。くそっ!!)

 「クッ」

 寄白は肩で息をしながら片膝をついた。

 全身の力がぬけて、腰から崩れ落ちると、廊下の壁に背を預けた。

 後頭部を壁につけたまま、顔を歪めて深く呼吸した。

 (体に力が入らない)

 寄白の規則的な胸の膨らみに合わせて、この四階に誰かの足音が響いた。

 「美子。前に言ったわよね? ソレ・・証拠・根拠エビデンスはないって」

 「誰だ……?」

 寄白はその声がした方向へ、ゆっくりと顔を向けた。

 寝違えた首に手を当てるような素振りを見せたが、とくに驚く様子もなく迫りくる人物を眺めている。

 「誰とは失礼ね?」

 「どうしてここに?」

 「私が本来三日後に派遣されるはずの救偉人だから。さきほどバシリスクが出現した」

 その人物は、五百円硬貨ほどの大きさで、サファイアのような五角形の勲章をとりだしてかざした。

 青く透明な勲章の中央には“臨”という刻印があった。

 右胸には“MK”というバッジがつけられている。

 「バシリスクが?」

 「ええ」

 答えながら、ここの通行手形のような勲章をふたたびしまった。

 「それでどうなった?」

 (“蛇”の奴。バシリスクをおとりにして、ブラックアウトさせた人体模型で内部から攻撃しようと考えたのか? 雛は無事なのか?)

 「現時点で詳しい状況はわからない」

 冷静な口調でそう言ったのは、二十代半ばから後半くらいで上下黒のツーピーススーツに白いYシャツの女性だった。

 一見して育ちの良さがわかる。

 キリリとした目に鼻筋の通った顔立ちで、薄い唇が聡明さを際立たせるような美人だ。

 すらっと背も高くスタイルもいい。

 「二条にじょう先生」

 寄白は、見知ったその人の名前を呼んだ。

 「ちなみにあんたが、お使いを頼んだ社雛は、いま校内にいる」

 「そっか」

 (まさか、あの気圧の乱れがバシリスクだったとは。先生ならこれくらいの判別はできるのか?)

 「救偉人はアヤカシ関連の施設の七割は無許可で侵入できる。六角第一高校ここもそう」

 「救偉人って、そんなに権力があったんだ?」

 「そうよ。まあある人にとってはただの飾りであり、ある人にとっては名誉の象徴でもある。この勲章のために金を撒き散らす人や、名誉欲にかられて罪を犯す人まで様々。私とっては仕事上のツールだけどね」

 「ふ~ん」

 寄白はまったく興味のなさそうな返事をした。

 それにはどことなくいさかいを感じさせるニュアスを含んでいる。

 「けど先生。その勲章って春と秋に九人ずつ貰えるんでしょ? 一年で十八人、十年なら百八十人、つまり日本には百八十人の救偉人がいるってことでしょ?」

 救偉人を見下すような言葉の寄白。

 「まあ単純計算ならそうね。ただ紛失、剥奪、辞退、二人同時授与なんかで増減はあるけど」

 二条は努めて冷静に答えた。

 「それで文科省の役人であり、【国営の能力者学校の教師】がどうしてここに?」

 寄白の嫌味を込めた言葉。




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