第85話 決断

「複雑なんですね。この世界は? もっと単純ならよかったかもしれないです……」

 「いやいや。多面体ためんたいだからこそ世界は成立しているんだよ。……ところでキミ。国立六角病院をお薦めしよう。あの病院には厚労省から出向している同期がいる」

 「えっ、あの~僕はそんなに“負力”溜め込んでますか?」

 ……やっぱり、六角市には国立六角病院が存在してるのか。

 当局の人が言うんだから間違いないな。

 けど、その建物は街のどこにあるんだ?

 「ん……? キミ気づいていないのか? その目だよ」

 「目、目ですか?」

 目って、なんだ?

 俺は目元に触れてみた。

 なんだよ?

 あっ、また……涙。

 指先が赤く染まってた。

 忌具保管庫のときの、あの血の涙だ。

 「これって重大な病気ですか?」

 「ワタシはそれに似た症状を過去に見たことがある。十中八九。魔障だ」

 近衛さんはなんの遠慮もなく俺に告げた。

 専門の医者だったら、患者の状況や状態等へ配慮してくれるはずだと思う。

 けど、それがまったくなかった。

 「ま、魔障?!……で……すか?」

 やっぱり、俺は忌具保管庫でなにかに……?

 なんだ? 壺か。パンドラの匣か。預言の書か。魔鏡か。

 それとも座敷童か?

 「ああ、私の素人診断だがほぼ間違いないだろう」

 「あの~その理由は?」

 「キミは、今の体がツヴァイだということを忘れてないかい?」

 「えっ、ああ、そっ、そっか、そうだった!!」

 俺はいつからかⅡじゃなく普通の“体”として過ごしてた。

 一応本体おれは校長室にいるんだ。

 いまは、完全分離してる感じがする、それこそ本当にこの世界に、俺が二人別々にいるようだ。

 「その場合は能力が累乗るいじょうになるだろ?」

 校長が言ってたっけ、自分を生みだすごとに二乗になるって。

 けど、それでなにがわかるんだ?

 「ええ。それがなにか?」

 「つまりその影響によって魔障の深度しんどが色濃く現れる。早い話が能力者が魔障の者を見ると、ある程度はその影響だと気づけるのさ。一般人でも酷いアザがあれば怪我だと判断できるだろ?」

 「なるほど」

 「ただ。ワタシでも診断できる魔障だ。軽傷だと思う。まあ、医師の診断ではないので絶対ではないけれど……」

 「わかりました」

  そっか、軽傷だから遠慮なく言ってくれたのか。

  「そろそろ亜空間のエネルギーを吸収し終える頃だ。まずは高次結界の半減期を待たずに元に戻す。あまりに強すぎる結果も自然界には悪影響だから」

  「はい」

  なににおいても“過剰”ってのはダメってことなんだな。

  だからこその“自然”なのかも。

  「ところで、あの柱はなんなんですか?」

  「あれは“ヤキン”と言ってソロモン神殿にあった材質を縮尺しゅくしゃくしたものだ」

  「ソロモンって、ソロモン王の?」

  「ああ」

  「普段は、あれを駅に隠しておいてたんですね?」

  忌具保管庫のパンドラの匣といい、ソロモン神殿とかって本当に存在してたんだ……神話のたぐいってのも、けっこう事実なんだな。

  「“ヤキン”を駅前のオブジェにした理由は主に二つある」

  「先ほども言ったが、“負力”を浄化させるため。もうひとつは、六角市になにかが起こった場合、柱を亜空間移動させるのに適した場所が六角駅だったから」

  「そこまで考えて……」

  なにからなにまで計算ずくだ。

  これも株式会社ヨリシロとの連携なのか?

  「この話は【Cランク】の情報だが」

 近衛さんは、能力者なら誰でも知ってて当然というニュアンスで言った。

  「そうなんですか?」

  「ああ。ただ当局内部の情報と、各地の能力者が知りえる情報には解離かいりがあるのかもしれない……」

  「じゃあ、情報管理を見直したほうがいんじゃないですか?」

  「忌憚きたんのない意見だ。上司に報告しておこう。我々もまだまだってことだな」

  「えっ、いや、なんだかんだ言っても近衛さんたちには助けられてます」

  「それでもワタシたちができることは微々たるものさ。今日の正午、駅前で飛び降りがあったらしい。人が抱える苦悩を抑えるにも限度がある」

  「それは近衛さんたちとは関係ないんじゃ?」

  「死にいざなわれるものは、必ず“負力”をび放つ。ゆえに希力(希望)によって救えるかもしれない人もいる。ただ、あの場にあっただけの“ヤキン”では止められなかったようだ。正しい使用方法によってのみ“ヤキン”は多くの人を救える。キミの言う通り。後の祭りだ」

  「そこまで気にしてたらなにもできないと思います」

  “ヤキン”によって、守護山のここ一帯は守られた。

  亜空間が爆発でもしてたら、もっと甚大な被害がでただろう。

  やっぱり、使う人と使いかた次第か……。

  ――ふっ。っと近衛さんは、感嘆かんたんするような笑みを見せた。

  いつも眉間にシワを寄せているような人間が、はにかむのは、よほどのことだと思う。

  俺なんか言ったっけ?

  「いい心構えだ。どこかで線を引くことは大事なことさ。“助ける”と“見捨てる”のボーダーラインをね」

  「えっ?」

  その言葉は、とてつもなく重くし掛かってきた。

  俺はいつか、大事な選択をしなきゃいけない気がする……。

  「ワタシは、これからあの亜空間に入るがキミはどうする?」

  「僕も行きます。連れて行ってください」

  「もう、バシリスクの瘴気はしない。これがなにを意味するかわかるか?」

  「単純に考えると、九久津がバシリスクを倒した」

  「そう。上級アヤカシを彼ひとりで倒した。どんな方法を使ったかはわからないがね」

  「あるいは、九久津自身ももしかしたら、もう……」

  「そうだ。その可能性も踏まえておくべき。このさきには、とても残酷な真実があるかもしれない。それを受け止める勇気はあるかい? ふたたび、その目から血の涙を流すことになるかもしれないが?」

  「それでも行きます」

  なにがあっても俺は行かないといけない。

  どんな結果が待っていても。

  そして九久津がどんなふうになっていようと……もしかしたら、いますぐそこに、俺が選択しなきゃいけないなに・・かがあるのかもしれない。




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