第83話 不等号破綻~ブルーナイトメア~

 

九久津はそんなバシリスクを流し目で見ながら、体を回転させると、あぐらをかき座った。

 そのままの状態から片膝を立て自分の顎を乗せ、毒液のついた手のひらをまじまじと眺めている。

 「毒に侵されていく。兄さんの体はどんどん黒く浸食された」

 「それが我の毒だ……」

 瀕死のバシリスクは血だらけの口をねっとりと動かした。

 すこしの動くだけでも、バシリスクの口からは血飛沫が飛び、ゼーハーゼーハーと荒い呼吸音がする。

 九久津は目の前にいる串刺しのバシリスクと視線を合わせながらも、そのまま聞き流す。

 「それが病気じゃないと子供でも気づくのにな? いつしか俺は病的なまでに健康を気遣う哀れな子供になってた。……表向きはな」

 ドロドロの黒い血だまりのなかでギロリと九久津を睨んだバシリスク。

 海鳥が沈む重油ような血だまりは毒の比率が多く、みるみるうちに辺りを侵食した。

 「サプリを摂取たべれば食べるほど俺には耐性がつく。皮肉だろ? トラウマを背負ったカワイソウな弟をみんな憐れんだ」

 九久津はちょうど五芒星のエンブレムの真裏にある制服の内ポケットから、タブレットをとりだした、そのなかから黒いカプセルを一粒手にとり勢いよくかじった。

 口の端でブチっという音がすると、黒い液体が果汁のように飛び散った。

 それはいつもパウチに入れて持ち歩くあの健康食品のカプセルに類似している。

 「これにはオマエの毒を希釈きしゃくさせたモノが混ぜてある。朝起きてまずその日の体調を調べる。そして学校で、その日摂取する限界値を弾きだす。俺の体が耐えうる極限値を」

 バシリスクは嘔吐するようにふたたび毒液を吐きだした。

 それは吐きかけるという攻撃だったのだが、九久津に届くこともなく、途中でしおれて急落した、バシリスクにはもうすでにその距離まで毒を飛ばせる力もなかった。

 それを知ってか知らずか九久津は防御する素振りもみせない。

 「新月、オマエは最大限の力を発揮するんだろ。この程度か?」

 さきほどの小さな蜂はペットのように一直線に九久津へと寄ってきた。

 高速で羽をはばたかせているため、羽は残像で何枚にも見える。

 「遅効性ちこうせい。俺が蓄えた毒なら表皮ひょうひで充分。どうだ?」

 バシリスクが突然、卒倒したのは亜空間に入った瞬間赤蜂が毒針を刺していたからだった。

 バシリスクの分厚く硬い皮膚であっても、蚊に刺された程度の傷口で十分に毒は行き渡った。

 その毒がゆっくりと効き、さき程のタイミングで全身に毒が回ったのだった。

 九久津が手のひらをかかげると、その上に赤蜂が着陸するように止まり、そのまま煙のように消えた。

 召喚が解除された証だ。

 「オマエ自身の毒。ただし俺のなかで成分も濃度も飛躍的に向上させてるけどな? しかし毒と魔族は相性がいいんだな? 蓄積者にとっては迷惑な話だけどな。自我を喪失うしないそうになった」

 九久津は夢魔に体ごと乗っ取られそうになった、あの朝を思いだしていた。

 バシリスクは、懐古かいこしている九久津の隙をつき、窮鼠が猫を噛むともいうべき一撃を放った。

 尾の先を極限まで細く縮めて、反動でいっきに伸ばす。

 ボーガンのように鋭い尾のさきが九久津の脇腹を――ザスっと掠めた。

 だが九久津は腹の皮一枚でいなしていた。

 傷口からはうっすらと血が滲んでいる。

 やがてジワっと血が広がると、スーッと垂れてきた。

 本来ならこの毒を込めたバシリスクの一撃で相手は容易く絶命するのだが、いまの九久津にとっては、紙で切ったくらいのダメージにしかならなかった。

 「盲点だ。一ミリの隙間なく尻尾の最後尾までカマイタチで突き刺しておくんだった。まさかそれだけの尾の長さを伸縮させて攻撃してくるとは」

 九久津はおもむろに立ち上がる。

 体からは神々こうごうしい湯気のようなものが立ち昇っていた。

 その気体は神とも悪魔ともとれる形を形成した。

 暗い部屋で照明を当てたように、自分の体積より遙かに大きい影だ。

 いまのいままで抑止していた、九久津の極限の憤怒が解き放たれたようにも見える。

 「見縊みくびるな。……なるほど。そういうことか? あの兄弟の……」

 その様相ようそうを見た、バシリスクはなにかを思いだした。

 「それで日本このくにに、引き寄せられたというわけか……」

 バシリスクは血と毒で糸引く口を動かした。

 「最後通牒さいごつうちょうだ。ただしオマエに選択肢はない。これは俺の一方的な答えだ。“もうオマエは俺には勝てない”。机上の空論は実証して初めて証明される」

 九久津は右手を自分の顔の高さに掲げた。

 「オマエでも夢を見ることがあるなら、その脳裏に焼き付けてやる。俺が見続けてきた“青い悪夢”を」

 {{サラマンダー}}

 九久津の右腕から青い焔がメラメラと螺旋状に立ち昇った。

 肘あたりから、急速旋回し亜空間の天井まで広がる。

 (青褪めた夜だったあの日も。青い空を眺めながら病院に向かった……それだけが記憶に残ってる)

 「そして悪夢を宿したまま燃やしてやる」

 九久津が召喚した炎は九久津の心を投影したように荒れ狂い火災旋風となった。

 想像以上の焔は、竜巻でいう改良フジタスケールEF3のランクに匹敵するほどだ。

 バシリスクどころか、自分も含め亜空間ごと一瞬で火葬かそうしてしまうような焔が意志のある生物のようにうごめいている。

  「あわれな傀儡くぐつよ? いずれそのとがに喰われるがいい?」

 力なく腹部で呼吸するバシリスクの同音異義語は発音のみで九久津には届かなかった。

 だが、“くぐつ”という音の響きが九久津の心を逆なでる。

 「黙れ!! 二度とその名字なまえを呼ぶな!!」

 (なに?! 焔が制御できない。マズい、誰だ? 俺の体を……くそっ!!)

 九久津は、そのまま自分の右手を押さえつけるようにして火炎旋風を亜空間の中心に放った。

 自身の安全も顧みずに燃え盛る焔は、カーテンに燃え移った火のようにあっという間に広がる。

 {{{{ソドム}}}}

 (なっ?!)

 亜空間は水爆実験のような地響きとともに、煙と焔に包まれた。




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