第82話 不倶戴天(ふぐたいてん)

「どうした? 教えてやろうか? やまびこは俺の意のまま超音波を乱反射させてるんだよ。オマエの硬い皮膚を利用させてもらった。つまりオマエはもう俺の正確な位置を把握できない」

 九久津はダイダラボッチとぬりかべで現実と亜空間の境界線を固めたうえに、さらにもうひとつ、やまびこというアヤカシで先手を打っていた。

 バシリスクは体を翻すと周囲の空気を大きく吸い込んで、自分の腹をアドバルーンほど大きさに膨らませた。

 バシリスクは膨満感を利用して火山噴火のように毒液を亜空間いっぱいにまき散らす。

 喉の奥底からドパっと微細な黒い毒液が四方八方放射状に飛び散った。

 九久津は飛沫ひまつする毒液を頭からかぶる。

 髪の毛やまつ毛にも毒液が付着するが、まるで目にゴミ入った程度に擦ってやりすごした。

 本来ならば亜空間をも溶かすほど猛毒なのだが九久津は平常心で髪をかき上げる。

 黒い毒はヘアワックスのように伸びて、すこしだけ髪型に変化が見てとれただけだった。

 九久津は鋭い目つきでバシリスクをにらむ。

 突然、バシリスクの巨体は倒木するように真横にバタンと倒れると、重力により仰臥ぎょうがした。

 それはまるで、夏の終わりのセミのようだった。

 硬直したままのバシリスクは体の重心がずれて横向きになった、その周囲を一体の赤い蜂が、カチカチという警戒音を発して飛んでいる。

 スズメバチといえばわかりやすい、そんな体型フォルムをしたアヤカシは火の玉のようにホバリングしながら――ブブブブブブと高音の羽音を響かせていた。

 「どうした? アナフィラキーショックでも起こしたか?」

 九久津は、その光景を揶揄やゆするように冷笑れいしょうを浮かべた。

 十年前からずっと待っていた、現実がいま目の前にあるからだ。

 「弱いな。これが世界中で恐れられた蛇の王か?」

 九久津は指についた毒をペロっと一舐めする。

 血を吸い終えた吸血鬼ように唇の真横は毒にまみれていた。

 黒い口紅を引いたかのように怪し気な風貌ふうぼうの九久津は颯爽さっそうと手を掲げた。

 {{遠隔召喚}}≒{{カマイタチ}}

 「兄さんが最初に教えてくれた召喚技がカマイタチだった」

 九久津の右手に槍投げの槍のように、細く縦長の空気の塊が出現した。

 その状態で塊は浮遊している。

 九久津が手を振り下ろすと、空気の槍は――ズサッ!!っとバシリスクの腹のど真ん中を貫通した。

 槍の先端は地面にまで及んでいる。

 バシリスクは――グアッっと喚き声をあげた。

 九久津は無感情なまま、じわりじわりとバシリスクの顔に歩みよった。

 {{階層召喚}}≒{{ゴーレム}}/{{シルフ}}

 膝から脛にかけて硬化した右足を後方に振り上げ、そのままサッカーのシュートのように牙を蹴り上げた。

 蛇の王の象徴でもあった牙はいとも容易たやす破折はせつし、亜空間の端まで飛んでいった。

 貴重な象牙ぞうげのようにただ横たわる牙の断面は、きれいなままで九久津の蹴りの正確さが窺える。

 もうバシリスクの牙は虫歯治療の残存歯とも言えるようなほどしか残ってはいない、残った牙からは毒がプツプツ滲みでていた。

 さすがのバシリスクも反射的に――グァァァァァァァ!!とうめく。

 九久津は亜空間に響き渡る叫びを聞いても攻撃の手を緩めることなく、もう一度素早く右足を振りぬいた。

 右足から小さな竜巻が出現して高速回転するスクリューのような風の刃が、バシリスクの開けっ放しの口腔内を縦横無尽に旋回してズタズタに切り裂いた。

 薄ピンク色の口内に大小さまざまな無数の傷が見て取れる。

 バシリスクはふたたび――グァァァァァァァ!!と叫び、粘膜、唾液それに血と毒をい交ぜに垂れ流した。

 九久津が“天賦の才”と言われる所以ゆえんは、この召喚憑依能力をアレンジするクリエイティビリティにあった。

 ゴーレムで硬化した足で牙を砕き、あらかじめ下の階層に召喚憑依させておいた風の刃で口腔内にダメージを与える。

 九久津は大型クリーチャーを倒すための教科書的な戦闘方法をシュミレートしていた。

 「オマエごときに、兄さんがやられるわけがないんだよ?」

 九久津はジタバタしているバシリスクの頭部をおもいっきっり蹴り上げた、バスケットボールような感触が爪先を伝う。

 バシリスクの口からは噴水のように大量の血と毒が飛び散る。

 九久津は構わず、凌辱りょうじょくするかのようにバシリスクの額に足を乗せた。

 バシリスクがかすかでも身をよじると足裏にゴロっという振動が直に伝わってくる。

 苛立つ九久津はバシリスクに背を向けると、ポツリポツリと歩きはじめた。

 一定の距離感を保った場所で突然狂乱したようにカマイタチを連続で召喚しつづける。

 {{連続召喚}}≒{{カマイタチ}}/{{カマイタチ}}/{{カマイタチ}}/{{カマイタチ}}

 /{{カマイタチ}}/{{カマイタチ}}/{{カマイタチ}}/{{カマイタチ}}

 無数の風の槍は四方八方からバシリスクのからだを規則性なくランダムにつぎからつぎへと串刺しにした。

 すこしの時間差で風は容赦なくバシリスクを貫いていく。

 バシリスクはさながら横たわった弁慶のようだ。

  はりつけにされたバシリスクは血と毒を激しく噴射すると、周囲は黒い液体で浸潤されていった。

 ――グァァァァァァァァァァ!! 断末魔と慚愧ざんきの咆哮が響きわたる。




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