第81話 蛇の王―バシリスク―

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  {{混成召喚}}≒{{ダイダラボッチ}}+{{ぬりかべ}}+{{やまびこ}}

 {{遠隔混成召喚}}≒{{煙羅煙羅えんらえんら}}/{{つるべ火}}

 {{遠隔単体召喚}}≒{{赤蜂あかはち}}

 「オマエがむさぼり喰い荒らした町や村は数知れない」

 黒褐色こっかしょくうろこ冠状かんむりじょうのトサカ。

 バシリスクは二又の赤い舌先をチロチロとだして、遥か上方から九久津を見下ろしていた。

 数メートルはあろう、その図体ずうたいをうねらせながらガラスのような角膜と縦長の瞳孔は九久津を獲物として捕捉している。

 バシリスクのからだからは、おどろどろしい瘴気が放たれ、亜空間に充満していた。

 九久津はバシリスクの鋭い眼光を恐れることもなく対峙している。

 その構図は九久津とバシリスクの因縁そのものだった。

 バシリスクは口腔の奥底から――コホーと酸素ボンベのような息を吐いた。

 邪悪ながらも上級アヤカシと形容するにふさわしい荘厳さを放つ、背反二律の存在、まさに蛇の王の佇まいといったところだ。

 九久津は立ち竦むこともなく一歩近づいた。

 バシリスクが瞬時に大口を開ければ、すぐさま丸飲みできる距離だ。

 「升教育委員長が空を見てオマエを発見したと聞いて確信した。オマエの能力は冷血動物特有のピット器官と反響定位エコロケーションの併せ技だ」

 バシリスクは余裕の素振りで、ただ体を右に左にと揺れるようにくねらせた。

 体を動かすたびにズズズと地面から地響きがする。

 地を這う重低音を立てながら、九久津をグルリと一周して取り囲んだ。

 大きな螺旋のなかにポツンと九久津がいる、じょじょに間合いは詰められていった。

 バシリスクは舌なめずりしながら、じっとりと粘りつくような視線で九久津を見つめる。

 上下左右小刻みに動く舌先は、いまにも九久津に襲いかかりそうだった。

 「数百キロさきからでもピンポイントでターゲットを襲撃できるのは、超音波をクリッターに照射させて物色できるからだ。クリッターがときどきみせる発光現象はオマエの超音波を跳ね返す目印。オマエなら地球の真裏の獲物を見つけることは容易かんたんだろ? 超音波の最終到達点がオマエの出現地点になるのは明白だ」

 バシリスクの血も通わないようにヒンヤリと冷たく分厚い皮膚がビクビクと脈打った。

 つるぎでさえ突き通せないほど、硬いの鱗の斑点模様がキラリと反射する。

 バシリスクが口を開くと、一メートルはあろうかという氷柱のような牙から、真っ黒な毒液がしたたり落ちた。

 着地の瞬間にジュっという肉を焼くような音がして、焦げ臭い白い煙がくゆる。

 すぐさま亜空間の床は溶けて、長年放置したビニールテープのようにネバネバと浸食されていった。

 地面がブクブクと泡立つと同時にドロドロの液体が、腐食を押し進めてくぼみを形成した。

 亜空間の底は雪解け道のように、凸凹でこぼこでぐちゃぐちゃになった。

 「驚いたな? ダイダラボッチとぬりかべでコーディングした亜空間を融解させるとは。まあ、それだけの毒性ってことか?」

 九久津は眉をひそめた。

 細く整った眉は凛々しささえ感じる。

 バシリスクはふたたびピクリっと顔を動かしギロリと目で威嚇した。

 粘るような視線は九久津に絡みつくようだ。

 自然界の動物で、時折見受けられる決闘手段のように、さらに大きく口を開き両牙を見せつけるバシリスク。

 だが九久津はすこしも怯まず対抗して、纏わりつくような視線を返した。

 目を逸らせば先制攻撃される、そんな拮抗状態がしばらくつづいた。

 九久津はバシリスクの皮膚にある斑点模様へと目を向ける。

 「どうした? こいよ?」

 九久津は不敵な笑みを浮かべた。

 「体温ピットで生物かどうかの判断をくだして、瞬時につぎを先読みする。それがオマエの攻撃パターンだろ?」

 バシリスクは洞窟を通る風音かざおとのような吐息をもらしたあと、いったん体をグワンとのけ反らせ、その反動で九久津をいっきに丸飲みした。

 カプという異音につづき、なにかをすするような音を残して九久津の体は、この亜空間から消えた。

 さきに仕掛けたのはバシリスクだった、九久津を飲み込みヌラヌラと巨体くねらせている。

 段階的に嚥下えんげを繰り返し、己の腹の底に押し込んでいるようだ。

 亜空間のなかで、蛇の王はただ食事をしたにすぎない。

 「けど未来が見えるわけじゃないよな。一秒先に俺がどうするかなんてわからないだろ? オマエがエコロケーションでわかるのは周囲の状況のみ」

 バシリスクはその声がどこからしたのかわからずに周囲をギョロギョロと見回した、だがまだ九久津の声はつづく。

 「対象物がつぎにどんな行動を起こすかまではわからない。違うか?」

 バシリスクは可動域ギリギリまで首を動かして自分の腹を眺めた。

 「ヌシ。どこから話しかけておる?」

 バシリスクは初めて、しゃがれ声の人語を話した。

 「後ろだ」

 バシリスクの真後ろから九久津の声がした。

 「オマエが食ったのは煙だ」

 亜空間に入ってすぐ、九久津は何体かのアヤカシを召喚していた。

 ダイダラボッチとぬりかべは現実と亜空間の境界線を固めるため。

 これはバシリスクをふたたび外界へと逃さないための措置そちだった。

 ただしそれはすなわち九久津自身の退路を断つことでもある、けれど九久津は、この亜空間のなかで確実にバシリスクを仕留める揺るぎない自信があった。

 煙羅煙羅えんらえんらは九久津のダミーを形成し、つるべ火は生物としての体温をカモフラージュするためだ。

 さらに九久津はすこしの仕掛けをしていた。

 おとりの体温を自分の平熱より、〇・五度ほど上げておくこと、バシリスクは高温の獲物から襲撃する習性を九久津に利用されたのだった。

 いまや主導権は九久津にある。

 意表を突かれたバシリスクはつぎの行動に移せずにいた。

 躊躇いながらも首をグルリと百八十度回転させる。

 バシリスクの目下で九久津は飄々ひょうひょうとした顔つきで立っていた。

 さらにバシリスクを混乱させたのは、九久津えものの位置だった、いま目の前にいる九久津を超音波で捕らえることができなかったからだ。




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