第80話 ジャンヌダルクからの報(しら)せ

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  「校長、この場所に国交省の近衛さんがきてます」

 そうは言っても、俺はとおくにいるような、校長室ここにいるような不思議な感覚だった。

 うまく距離感が掴めないって表現すればわかりやすい。

 まあ、この世界に俺と、もうひとりの自分がいるのが原因だけど。

 どうやら俺は双方向で別々の会話ができるらしい。

 これは自分でも驚きの発見だった。

 「えっ、近衛さん?」

 校長はハッとした表情をみせた。

 「内閣府内でアヤカシ対策を取り仕切るひとりですね」

 社さんは、校長の考えを埋めるようにすぐに言葉を返した。

 「そっか近衛さんが六角市にきてるのか」

 校長はすこしだけ肩の荷が下りたように安堵すると、ゆっくりと息を吐いた。

 よかった。

 わずかだけど、落ち着いたみたいだ。

 近衛さんの存在で、この混乱した状況を打破できるかもしれないと思って責任が軽くなったんだろうな。

 ただ、俺も黙ってるわけにもいかない、腹をくくって現場の状況を伝えないと。

 隠してもしょうがない。

 「そして言いにくいんですけど?」

 「えっ、なに?」

 「九久津がバシリスクと亜空間に消えたって」

 その悲報に校長より早く条件反射で反応したのは社さんだった。

 ――えっ? どうして。と口をついた。

 いままで、冷静でしとやかだった社さんは、急に動揺をみせたけろど、すぐに冷静を保った。

 心の機微を悟られないよう、意図的に顔の表情を消し去ったようにも見える。

 「どうしてそんな場所にいるの?! しかも、よりにもよってバシリスクと一緒だなんて」

 校長の言葉は、社さんのささやくようで、か細い――どうして。を通り越していった。

 「校長。今日は、九久津模試だったはずじゃ……」

 「模試? いいえ。すくなくとも公の試験は行われていないわ」

 「数式の答え合わせって言ってましたけど。なにかの証明とかじゃないですか?」

 「証明? なんの……? 九久津くん、ほかになにか言ってなかった具体的なこと?」

 「いえ、まったく。ただ九久津のノートには“新月”“lim”“Q.E.D”って三つの単語が書いてありましたけど、なにか関係ありますか?」

 「えっ、ノートに? 明後日が三日月だから……逆算すれば、新月って今日よね?」

 社さんは校長のセリフいち早く反応して、うつむき加減だった顔を上げた、一度、深くパチリと瞬きをした。

 長い睫毛まつげが澄んだ瞳を際立たせてる。

 「数学でlimリミットは極限。Q.E.Dキューイーディはクオド・エラト・デモンストランドゥム。つまりは証明終了です……」

 社さんの一言に校長は急激に黙りこんだ。

 「……」

 (なんの極限値? 九久津くん、キミはいったいなにを証明したの?)

 さらに状況が混沌こんとんとするなか、ピリついた空気を切り裂くように固定電話が鳴った。

 普段ならば生活音の一部にすぎない電話の音も、この現状では違う周波数のように甲高く聞こえた。

 その音は警告アラームのようにさえ感じさせる。

 反射的に受話器を取った校長。

 「はい。六角第一高校校長寄白です」

 冷静に自分の身分と名前を名乗った。

 『もしもし繰?』

 受話器からは、女性ながらもサバサバと凛々しい戦士のような声がした。

 「あっ、ヤヌ?」

 『繰。アナタが聞きたかったことに率直に答えるわ。私たち(フランス当局)が、バシリスクを取り逃がした理由。それはゴエティアの悪魔とバッティングしたからよ。数体の悪魔が、まるでバシリスクの護衛でもするかのように取り囲んでいた』

 「あ、悪魔……ですって? ……そんな……」

 『本当よ。だから私たちは悪魔たちを優先した。あの瘴気は模擬体じゃないわ。なんの目的かわからないけど悪魔本体と契約した誰かが遣い魔つかいまにしたのかもしれない?』

 「遣い魔? しかも本体契約?」

 『きっとバシリスクの近くに契約者がいるはず』

 「そんな。ここにきてさらにそんな事態になるなんて」

 『繰、よく聞いて。過去に日本以外でバシリスクを倒せるチャンスは三度あったの、うちフランスと他国。でも三度も倒し損ねた。すべては悪魔による阻止。もしかしたら遣い魔が各国の能力者を阻止するためにバシリスクを護衛していたのかも』

 「な、なんのために?」

 校長はなにか切羽詰まったようだった。

 『それはまったく見当もつかない。私があと知ってる情報があるとすれば、バシリスクは新月に一番活発化すること』

 「新月って今日よ?! ヤヌ。バシリスクが現れたの? あとなにかバシリスクの特性みたいなものを知らない?」

 『えっ? 日本に?』

 「そうよ。ほんのついさっきなの!!」

 (もしかしてバシリスクが活発化したせいで進行状況がずれたとか? でも、冷静に考えれば、解析部隊の結果が二日もずれることはありえないか? 升教育委員長も、誤差数分って言ってたし。だとすれば……)

 校長は声にはださずに口を動かして自問自答してるようだ、理論的に答えをだせる冷静さも取り戻したみたいだ。

 『そうね……バシリスクが前いた場所に戻った前例は聞いたことがない。でもアヤカシにも帰巣本能を持つ個体がいるでしょ。バシリスクは日本だったのかもしれない。日本になにか執着があるのかも……あくまで憶測だけど』

 「日本に……なんのために?」

 『……こんなことを言うのも酷だけど……』

 「いや。ヤヌが言いたいことはわかった。堂流ね?」

 『ええ。じっさいのところ、どうしてあの事件の直後にバシリスクがヨーロッパに出現したのかが謎だし』

 「そうよね。突然日本から移動したってことだものね」

 『ええ。私がいま言えるのはこれくらい』

 「ううん。ヤヌ、十分ためになったわ」

 『繰。Webの更新待ってるわね。“日本でバシリスクが退治”されたってニュース。上級アヤカシ討伐は世界の目標だから』

 「ええ」

 (でも、いまバシリスクといるのは九久津くんだし……なにか、できることは)

 校長は虚ろに、天井を見上げてる。

 そこにどんな思いを描いてるのかわからないけど。

 (もしかして九久津くんの“新月”と“lim”はバシリスクの極限値を示してるんじゃ? いまのバシリスクが一番強い状態ってことよね、Q.E.Dは、なんの証明をしたのかってこと。わからない)




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