第8話 サイレント アサシン

 さらに数週間が経過した。

 なんとなくだがこの学校の全体像が掴めてきた。

 俺がシシャ候補のひとりだとしても、この街ではシシャの存在は当たり前だ。

 他にも転校生だっている。

 六角第三高校に在学時してたときも、転入生はいたし、二年になったときに新入生も入学してきた。

 けど、そのときは、ここ六角第一高校ほどシシャに敏感なことはなかった。

 実際のところ現在いまの六角市民はシシャの存在なんて都市伝説レベルだと思ってる人のほうが多い。

 相当なランクダウンだ。

 むかしはもっと敬虔けいけんな儀式だったと聞いた。

 あれっ?! その話って誰から聞いたんだっけ?

 ああ。じいちゃん、ばあちゃんの世代の人たちだ。

 うちの家系にもなにかしらの繋がりがあったのかもしれない。

 六角市には六つも市立高校がある、まあ六角第四高校は解体中だから実質は五校だけど。

 そのなかの、たったひとりがシシャってことになる。

 極論を言えば高校に通ってない人もいるし、もう働いてる人もいる、そんな状況からも俺がシシャ候補だってのはわりとすぐに薄れてった。

 それにシシャだからと言って、他人に危害を加えるわけではない……はず。

 ただ人ではないモノが人間のなかで生活をしているということ。

 俺の場合は転入生という特別待遇で注目を浴びてたにすぎない。

 そんなことを考えながら、今日の弁当に手を伸ばした。

 ステンレスのふたを開いた瞬間、俺の視界を埋め尽くすように、真っ黒な物体があった。

 また手抜きの海苔弁か。

 まあ、しょうがない。

 俺は、ふたに収納されている付属の箸を取りだし、白米の上で八枚ほどに分かれた海苔を一口大につまみ口へと運んだ。

 「ぶはっ!!」

 な、なんだ、この六感を超越したこの感覚。

 奥歯がガリっていった。

 しょ、しょっぱい?!

 口のなかで海水から水を蒸発させた感じさえする!!

 味覚の向こうに辿り着きそうだ。

 「沙田さん、どういたしました?」

 寄白さんが、慌てながらちょこちょこと駆け寄ってきた。

 料理家が味見をするように海苔をめくって、薬指でひと舐めすると、猫のようにペロっと舌先をだした。

 ぶはっ。

 せて、すぐに答えを返せない。

 「沙田さんこれは塩化ナトリウムでしてよ?」

 ようやく俺の口内環境も落ち着いてきた。

 寄白さんは、瞬間的にその味の正体を突き止めた、スゲー、これが神の舌ってやつか?

 九久津もまるで名探偵の助手という立ち位置で、俺の弁当をのぞき、指先を伸ばしひと舐めした。

 「こ、これは……ま、まさかNaclエヌエーシーエル。塩酸と水酸化ナトリウムの中和によって得られる物質に違いない!!」

 深刻そうな顔だ。

 なにそれ、えっ、えっ?! え、塩酸? 水酸化ナトリウム?

 「酸」が二つも入ってますよ? 九久津くん。

 ちょっと「酸」の数が多すぎやしないかい。

 もうそれって青酸カリ盛られた的なこと。

 俺はここで死ぬの? なぜ毒殺されなければならない。

 あっ?! シシャの正体を知ってしまったからか。

 六角第五高校の真野絵音未って人だっけ。

 そういえばシシャの正体を知った人間はどうなるかって噂は聞かないな。

 まさか今回のように、人知れずに暗殺されるのか。

 これは六角市全体で隠している陰謀的なやつだな。

 こうやって今まで歴史の闇に、たくさんの人が葬られてきたんだな~。

 俺は薄れゆく意識のなかで最後の力を振り絞り……って薄れてねーし!!

 むしろ頭フル回転でこの状況を鮮明に記憶してる。

 しかも人間が使用しないという脳のなんパーセントかさえ使ってる気がする。

 苦しんでいる俺を見て、隣の席の佐野が――ちょっとゴメン。と海苔の端を少しちぎって口へと運んだ。

 「あっ、しょっぱい。沙田の母さん塩入れすぎじゃね?」

  し、塩?

  確かにしょっぱいけど。

  Naエヌエーはナトリウム、Clシーエルは塩素で、その二つが結びつくとNaclエヌエーシーエル

  塩化ナトリウム……よく考えれば、これ中学の理科で習ったじゃねーか!!

  し、塩だ、これは塩だ。

 「魔除けに、わたくしが海苔の下に塩化ナトリウムを盛ってみましてよ」

 ――盛ってみましてよ。って?

 寄白さんは、カワイイ顔をしてるが、まったくと言っていいほど悪びれた様子がない。

 首を傾げると十字架のピアスが同じ周期で揺れた。

 なにしてくれてんだ、この女。

 そうか、あんなすぐに俺のもとへと駆けつけて、秘境のような海苔の下の塩に気づくなんて犯人しか知りえない事実だ。

 間違いなく実行犯はコイツだ。

 やはり推理ドラマのように、身近な人が犯人なんだな。

 みなさん真犯人はここにいますよ~。

 てか、塩化ナトリウムって化学式だ、新手のバイオテロか。

 「うちの生徒はたいていマイNaclを持ってましてよ」

 寄白さんは、さも自分が正しいことをしたというふうに、ブレザーの内ポケットから半紙に包まれた塩をだした。

 これは、また、ご丁寧に小分けされてるよ。

 「ああ~。マイ塩なら俺も持ってるよ~」

 佐野も制服の内ポケットからビニールの小袋に入った塩を取りだした。

 マジでか?!

 普段使いだとでもいう表情で小袋をかざす佐野。

 六角第一高校では生活必需品としてハンカチ、テイッシュにつづき、塩が三種の神器なのか。

 みんな塩、持ってるって、なんなんだよこの学校は?!

 なにかをはらうのか?

 真夏の熱中症対策に、ひとつまみの、お塩的な感じか。

 「沙田さん。放課後お話がありますのできてくださる?」

 「えっ、あっ、はい?!」

 そ、そんないきなり?

 まだ出逢って一ヶ月。

 放課後予約オファーなんて、共学三大憧れシチュエーションのひとつじゃないか。

 あとは《机から溢れだすキャパオーバーの山積チョコ》と《保健室パンツ》その二つが共学校憧れの三大シチュエーションだ。

 とくに保健室で二人きりになって――パンツ見てもいいのよ。と言われるシチュエーションは桁違いにレベルが高く、これを経験した奴はその後の幸福と引き換えに、もの凄い不幸が訪れると聞く。

 それもそうだろう相手からパンツを見せてもらった上に、こちらには一切の非がないというパーフェクトシチュエーションだからな。

 まあ、現時点で俺に――パンツ見てもいいのよ。はないとして……ま、まさか、こ、告白か……?

 魅惑の誘いは、塩化テロの罪滅ぼし?

 そ、それとも塩化テロは、お、俺を呼びだすための口実だったの……か……?

 悩みは尽きない。

 神はなんて残酷な二択を投げかけるのか。

 あっ、寄白さんって実は恥ずかしがり屋なのかも。

 もう口のなかのしょっぱさなどどうでもいい。

 「わ、わかりました。ぜひ伺わせていただきます」

 「絶対にひとりでいらしてくださいね?」

 「は、はい。わかりました」

 と、とりあえず水を……。

 誰か、ぼくに水を。

 「L非常階段でお待ちしています」

 寄白さんは小さくお辞儀をすると、ゆっくり教室を後にした。

 「は、はい。それより、み、水を……」

 いつものように水にうるさい九久津がミネラルウォーターをくれた。

 俺のことなどどこ吹く風で、完全密封されたパウチからしじみサプリカプセルとサメの肋骨エキスを取りだしシェイカーで一振りして、味わい深くたしなんでる。

 【あなたの寿命がエタる!! シジミとサメの混合ミックス】

 九久津よ、オマエはなぜそんなに健康にこだわる?

 てか、しじみサプリの色が漆黒すぎるぞ、ほぼ毒だろそれ?

 しかもサメに肋骨あんのかよ?!

 ここ一番、肝心なとこだけど、エタっていいのか?

 俺は九久津の机に置かれたパウチのラベルを横目に、いっきに水を流し込んだ。

 あ~口が浄化される。

 水って無味だけど美味しいという矛盾を感じつつ、これでようやく一命を取り留めたと安堵した。

 仮にだけど、塩を盛るにしても、もっと小粒にしろよ!!

 ほぼ岩塩じゃねーか。




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