第76話 急襲

スカートをひるがえし六角第一高校の廊下を息せききらせる人がいた。

 迷う素振りもなく、一直線に目的地へと足を向ける。

 周囲の視線に目もくれずにただ速度を上げる、その走りかたには、急を要する素振りが表れている。

 「誰だろ?」

 「二高の制服だ」

 「転入生かな?」

 「シシャ?」

 「あの娘前にウチにいた娘だよ。ほら三年の美亜先輩とならんで美人で有名だった社さん」

 「へ~」

 「あっ、転出してった娘だ?」

 「そう言えば、美亜先輩ってアイドルになったんだよね?」

 「そうそう」

 「たまにテレビで見るよ」

 「うそ~私、見たことない」

 「私は、何回か見たことあるよ。でも後ろの列だったけどね」

 「てか社さん、急用なのかな?」

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――――――

―――

 突然だった。

 ノックされる素振りもなく扉は勢いよく開かれた。

 まるで蹴破られたかのように激しい音を立てて。

 「繰さん。バシリスクが……」

 資料で見ただけの社さんは肩で息をしながらそう言った。

 にわかに取り戻した日常に、緊急という文字が躍った。

 どうして社さんがここに?

 「……雛? バシリスクがどうしたの?」

 あっけにとられながらも、校長は聞き返した。

 「バシリスクが現れました」

 社さんは夏に降る雪のように、ありえない言葉を慣用句のように告げた。

 校長はまだ事態の変化を飲み込めずにいたけど、他校の生徒が六角第一高校の廊下を駆け、ノックもなく校長に乗り込んできたことを理解すると顔をしかめた。

 この街に与えられた猶予期間はすぐに取り消された。

 わずか三日の安息さえ、一日と持たずに消えていった。

 重苦しい現実が部屋を覆う。

 俺は、紙の資料でしか見たことのなかった、もうひとりの能力と突然に出会ってしまった。

 予期せぬ遭遇だ。

 ただ、この美人本当に……人なのか?

 確かに美人だった、確かに綺麗だった、でもそれは温かみのないマネキンにしかみえない。

 言葉は悪いけど、恐いくらい綺麗な……人形。

 あまりに人間離れしすぎて、俺はすんなりと言葉をかけられた。

 「あの、はじめまして、俺は」

 「知ってます。沙田くんですよね? 新しい能力者の」

 「あっ、はい」

 そんなお見合いのようなやりとりに、校長はすぐに割って入ってきた。

 「雛。ど、どこに現れたの?」

 校長は現実を受け入れたようだった。

 目を見開いて、前のめりで社さんに近づくと、ふたたび問いただした。

 「雛どこなの? 教えて」

 「守護山のふもと。ここから北北西の方角約二十キロの地点」

 「嘘よ。だって三日後の夕方って、まだ一日しか経ってない……」

 「でも出現したんです。私のいとに触れたから間違いないです」

 「どうして雛がそんな場所にいたのよ?」

 校長は社さんに、つかみかかるような仕草でさらに接近した。

 社さんもそれを受けて立つという素振りで、その場に留まってる。

 「美子に頼まれました。身の安全を考慮しかつアヤカシ出現の確認ができる位置に弦を張ってと」

 「美子がどうしてそんな頼みを?」

 「美子自身も不確定だというような言いかたでした。おそらくバシリスクが出現するとは考えてはいなかったと思います」

 「私は美子からなにも聞いてない。姉妹なのよ?」

 「曖昧な状況ですので、繰さんには情報を上げなかったんだと思います」

 「どうして、どうして、どうして?」

 校長は同じ言葉を三回繰り返したあとに、もう一回――どうして。と声を荒げた。

 いろんな問題がこじれたことで対処しきれなくなったのかもしれない。

 この状況はヤバいよな。

 「あの日と同じじゃない?! あの日だって私はバシリスクの出現地点も出現時間も間違えた。私はまた同じ過ちを繰り返すのまた堂流を殺すの?!」

 (バチがあたったんだ。沙田くんにあんなことをしたから)

 そっか、校長に言ってたミスってこのことか?

 だから、あんなに責任を感じてたんだ。

 前倒しされたバシリスクの出現ですべての歯車は狂いはじめた。

 校長は崩れるように机に両手をかけて、そのまま額をつけた。

 無敗王者があっさりワンラウンドKOされたような急展開になってきた。

 「そ、そうよ。きっとバシリスクは二体存在したのよ? そしたら辻褄が合うじゃない?」

 校長はその態勢で静止したまま、必死に取り繕っているようだった。

 それだけいっきにダメージを受けたんだからしょうがないよな。

 けど社さんは冷静に淡々と切り返した、心無き人形のように。

 「××××年に出現したアンゴルモアの大王は積乱雲ほどの大きさだったと聞きました」

 「……ええ、そうよ。それがなに?」

 「だとしたら、現在のバシリスクに過剰な負力が流れたとしても、本体が肥大化するだけで、もう一体分の鋳型を作ることは考えられないです。アンゴルモア以上の体積を持って初めてその可能性を考慮するべきです。私の弦が捕らえた感じでは放つ瘴気を含め、せいぜい十数メートルのアヤカシです」

 「でもアヤカシの起源にはそうは書いてないでしょ?」

 ――“原則的に知名度の高いアヤカシが、同時代の同空間に存在できるのは一体である。これは、負力がその個体へ流れるため、他所では鋳型が形成されないからである“と校長がアヤカシの起源を引用してそう言った。

 これは、俺も読んだばっかりだから、はっきりと覚えてる。

 「雛、忘れてない? 原則的にって文言があったはずよ。原則から外れれば、ありえる事態よね?」

 「ええ。でも考えてください? そんなレアケースなんてありえない。発生学の観点からも見ても……例えばテレビでアナフィラキシーショックの話題がでると、翌日、蜂刺されの患者が増えるそうです。ですが実際、蜂アレルギーを起こす確率は数万人にひとり。おもだって騒ぎ立てる確率ではないということです」

 社さんは理論的に校長の考えに反論した。

 どちらが教師か、わからないくらいに見事に。

 「同一種の上級アヤカシが同時に二体存在することは皆無です。あるとすればすべての摂理せつりが覆されるカタストロフィ―が起こった場合のみ、その現象も有史以来一度も確認されていません」

 「そ、それなら、あの日か今日のどちらかが、バシリスクじゃなくてミドガルズオルムだったって可能性は?」




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