第75話 束の間

 九久津、今日の昼は健康食品を食べてない……そりゃ食欲もないか……ってもう五時間目も始まるけど。

 寄白さんは寄白さんで、教室の真後ろで耳を壁に当てて、拳でコンコンしてる。

 おっ、壁を叩く手が止まった。

 四階でなにか異変でも……?

 そのわずか数分後には、午後の授業を告げるチャイムがなった。

 クラスのみんなは忙しなく席についた。

 「授業を始める前にひとつ報告。佐野はご家族に不幸があって早退だ。日直は学級日誌に書いておいてくれ?」

 「はい」

 「じゃあ、理科の授業始めるぞ。今日は天体のところから」

 「地理はテストの範囲が変更になったから、みんな注意しろよ」

 「はい」

 「じゃあ、今日のホームルーム終わり。気をつけて帰れよー」

 「はーい」

 「先生、鍵落ちましたよ」

 「おっ、ほんとだ、ありがとう」

 誰かの声に、鈴木先生はハイトーンボイスをあげながら鍵を拾いあげた。

 「新車の鍵ですか?」

 「おお。そうだ」

 鈴木先生は、真新しい鍵に向かって息を吹きかけてから、手のひらでゴミを払ってる。

 生まれたての赤ちゃんを扱うような仕草さに、新車への愛情が感られる。

 よっぽど嬉しかったんだな新車。

 いまはもう、放課後だ、バシリスクがくるまで、逆算するとあと二日とすこしってところか。

 時間は刻々と過ぎてく。

 これは一日なにもせずにダラダラ過ごした挙句、気づけば夜になってるという、夏休み七不思議に近い。

 「九久津、今日の放課後さ」

 俺が九久津に声をかけると、すぐに遮られた。

 「わるい。今日の夕方、数式の答え合わせがあるんだ」

 「そ、そっか」

 模擬試験とか、か?

 俺たちも高二だしな? アヤカシのほかにやることだってある……いや、九久津は本気で当局の幹部を狙ってるのかも。

 省庁を狙うってことは公務員試験か。

 これからの生活すべてを、アヤカシ退治に捧げる覚悟なのかもしれない……。

 なんか背負ってる感がすごい。

 「じゃあ、俺は校長と寄白さんとバシリスクこれからのことを話してくる」

 「ああ、頼んだ」

 「今日を抜いてあと二日。きっとできることはある」

 俺の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのかはわからないけど、九久津は無言で、その場から去っていった。

 「……」

 いま迫ってる上級アヤカシよりも、将来の脅威を考えてるのかもな。

 九久津ってそこまで考えるヤツだよな?

 校長室。

 戸棚に置かれたスタンドライトのシェードから灯りがもれてる。

 だいぶ日も暮れてきた。

 「美子。くるの遅いわね?」

 「そうですね? ただ昼休みに人体模型はオリンピックにでれないかもしれないって騒いでましたけど?」

 「なんだろそれ?」

 「まあ寄白さんはマイペースだから」

 「まあ、あの娘らしいと言えばあの娘らしいかな? ……それでね。××××年にアンゴルモアの大王は発露はつろしてしまったのよ。人の不安が鋳型を与えてしまったのね」

 「えっ、あの預言は外れたんじゃ?」

 「いいえ、大当たりよ。でも、世間は何事もなかったかのように笑い話にした。予想は大外れってね。それもそうよね? 目に見える異変なんてなかったんだもの。でもアンゴルモアを倒したのは少数精鋭の能力たちだった。こんなふうに自分の知らないところで戦っている人がいるってこと。いま、この時間だって誰かが担保たんぽしてくれた、すこしの余暇よかなのかもしれない。私たちがバシリスクを倒すことで犠牲になる誰かが救われる。これも同じことだと思うの」

 校長が熱く昔話を語ってると、機械的な音を告げる固定電話が鳴った。

 呼び出し音は急かすように一定周期でつづく。

 「あっ、沙田くん。ちょっとごめんね」

 校長は受話器を上げて明滅しているボタンを押した。

 「あっ、どうぞ」

 俺が言葉を返すと、校長は声色こわいろを変えて話をはじめた。

 お客さん用のトーンになった。

 社会人はこういう使い分けも必要だろう。

 「もしもし。六角第一高校校長寄白です」

 『もぉ~し~!! あ~俺っち佐伯』

 「あっ、佐伯校長ですか?」

 (えっ?! ヤヌじゃないの? 一応外用そとようの応答をしておいて良かった……)

 『そうそう。オレオレ』

 「なにかご用でしょうか?」

 (いつも通り、チャラい)

 『聞いたよ~バシリスクのこと。もうバシリスクなんてバシバシやっちゃえばいいじゃん!!』

 「は、はあ……」

 (やっぱり、めんどうな人だ)

 『それで、バシリスクを倒した、あかつきにはさシースーでも御馳走するからさ』

 「……あ、ありがとうございます」

 (悪い人ではないのよね)

 『まあ、そういうこと、これ僕からのエールね。それと六角神社で祈っておくから。まさに神社ジンジャエールってことで』

 「は、はい。私も、できる限りがんばります」

 (また、寒いギャグを……って私もいつもこんな感じなのかしら?)

 『じゃあグッバイ。シクヨロ』

 「あっ、はい、では、つぎの六校会議で」

 『オッケー。オッケー』

 (ヤヌからの連絡、遅いわね? フランス当局には伝えたんだけど)

――――――――――――

――――――

―――




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください