第74話 錯綜(さくそう)

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 正午すぎ。六角駅。

 表入り口の前はロータリーになっていて、その対面は商業ビルが乱立している。

 さまざまな高さのビルには、それぞれに合わせた広告看板が列をなして掲げられていた。

 ただ駅前の大型商業ビルにだけは、特別な大型ビジョンがはめ込んである。

 人が見上げるとちょうど目線が行く位置に、それは我が物顔で存在感を放っていた。

 車両で混雑するさなか、LEDディスプレイのなかにベテランの雰囲気を醸す司会者と経済有識者と名乗る二人が並んで座っていた。

 彼等の目の前には机に固定マイクが置かれていて、放たれる言葉を拾う。

 「今日は金融コンサルタントの穴栗鼠人あなりすとさんと、近猿丹人こんさるたんとさんのお二人をお迎えしております。穴さん、多くの一部上場企業の決算発表も近いですが、気になる点などはありますか?」

 「そうですね。株式会社ヨリシロの社長交代劇の影響ですね。大きな含み損をだしたホルダーも大勢いるのでは?と思います」

 「でしょうね。前社長の解任発表のときはストップ安までいきましたからね。近猿さんは、どう思われますか?」

 「上場企業であれをやっちゃいけませんよ。あの不可解な人事は、会社の私物化と思われてもしょうがないですよ」

 髪から、香水のほのかな匂いを漂わせてやしろは、足早に六角駅へと急いでいた。

 相変わらず人で賑わう駅前、道行く人は一同同様に社を見返している。

 なかには星形の時計を眺めたあとに、引き寄せられるように、その美女に目を止める者もいた。

 そんな社が、シンメトリーに並ぶ、白黒の柱と柱のあいだに足を踏み入れた瞬間だった。

 背後から声をかける同世代の男がいた。

 紺色のブレザーに緑と黒の格子模様のチェックズボン。

 校章の入ったYシャツにグリーンのネクタイ。

 胸エンブレムには“一”という漢数字の刺繍が入っている。

 「社さん?」

 呼び止められた社は、おもむろに振り返る。

 そこには、現在は交流の途絶えてしまっているが、見慣れた顔があった。

 社の口から思わず――あっ。という声がもれた。

 「……佐野くん? 学校は?」

 「あっ、俺、急用で早退」

 「社さんこそ、こんな時間からどこに行くの? 二高とまったく別方向じゃ?」

 「私も、急遽早退することになって」

 「そっか。怪我はもういいの?」

 そんな佐野の問いに社は逡巡し、歯切れ悪く答える。

 「えっ、ええ、このとおり走れるまでに……」

 「転校するぐらいひどい怪我だったのかと思ってさ。あれか」

 佐野が「ら」という言葉と同時にバサっという乾いた音がした。

 駅横の雑居ビルの屋上からA四用紙のビラがバサバサとまき散らされている。

 無数のビラは紙吹雪のようにヒラヒラと地面を目指していた。

 それはコインパーキング脇に咲くノボロギクたちのなかにも落下した。

 佐野はビル下に設置してある【道路工事中】の看板を横切って、花のなかのビラを一枚、手に取ると、ササっと塵を払った。

 「なんだこれ、抗議文……?」

 道行く人が、物珍しいその光景に注視しているなか、社だけは屋上を見上げて視線を左右に揺らした。

 きりっとした二重が上がり、鋭い目つきに変わる。

 (なにか嫌な気配がする……あっ)

 屋上に備え付けられている手すりと手すりの隙間から、真っ黒な和彫りの額縁に入った絵画を発見した。

 額縁のなかには、墨汁をつけた手形で何度もキャンパスを塗りつぶしたような絵が納められている。

 その絵はとても禍々まがまがしく、まるで絵自身が手すりを掴んでビルの下を見下ろすようにもたれていた。

 絵に表情があるとすればニタニタと含み笑いをしているような不吉な絵画だった。

 (あれは……)

 佐野や通行人がビラに気をとられていると、その絵画を横切って、作業服の男が勢いよく身を投げだした。

 社の眼前で手すりに足をかけて、その反動を利用し、さらに上空を目がけて飛び立ったのだった。

 しょせん人の力だ、引力には逆らえずに地上へと真っ逆さまに落ちた。

 十キロの米袋を落としたような音よりももっと重く鈍い音がした。

 「えっ?」

 社はただその一言を発し、その場に立ち尽くした。

 「なに?」

 ものの数秒もしないうちに怒号のような叫び声が聞こえた。

 「飛び降りだ!!」

 そんな声を合図に落下地点に人が集まってくる。

 騒然とするなか、しばらくすると警察車両と救急車がやってきた。

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 六角中央警察はすぐに捜査を開始した。

 「規制線、張り終えました」

 「ヤジ馬は?」

 「とりあえず、遠ざかるよう指示はだしました」

 「そうか」

 「この遺体の着てる作業服って【黒杉工業】の刺繍ですね?」

 「ああ、身元が割れるのも早いな。頬のホクロにも特徴がある。三班は黒杉工業で聞き込んでこい?」

 「はい」

 「班長。遺書もみつかりました」

 「内容は待遇や人間関係の不満ですね」

 「じゃあ抗議の投身か?」

 「争ったあともないので、おそらく」

 「見た目は五十後半。もう少しで定年だったろうに……。念のために遺書の指紋と筆跡鑑定を依頼しておいてくれ」

 「はい」

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