第71話 救偉人(きゅういじん)

 

 「ワシは、その追加報告を知らせにきたんじゃよ」

 教育委員長は、なにかの試験の合否を発表するかのようにひょうひょうと言葉をつづけた。

 「進行速度、気象状況、障害物の有無などをふくめ、解析部隊が算出した結果じゃとバシリスクは三日後の夕刻六角ガーデンに出現じゃ」

 落ち着きのある柔らかな声質とは裏腹でとても緊急性のある内容だった。

 校長は、すぐに食いついた。

 それもそうか。

 「ほ、本当ですか? もう、そこまで割りだしていたなんて」

 「数分程度の誤差はあるじゃろうが、それが正確な日程じゃ。心してかかるんじゃな?」

 「は、はい!!」

 (バシリスクがくるまでありとあらゆる対策を練らないと……ヤヌにも情報を提供してもらって……でも、本当に倒せるの? 堂流があんなふうになったのにどうしよう……)

 「それに伴って【救偉人きゅういじん】がくるそうじゃ」

 「そ、それなら心強いです……」

 (救偉人……? でも、あのときの堂流だって救偉人だった。なら今回も倒せないかもしれない……)

 なんかスペシャリスト的なのがでてきたな。

 「あの~救偉人ってなんですか?」

 俺を置いて話が進んでいったので、つい話に割って入ってしまった。

 けど、なんか懐かしいような響きがする……救偉人か。

 「海保、消防の特救隊のような存在で全国から選出された対アヤカシにけた九人。その者たちを“救急”の“きゅうきゅう”と“九人”の“きゅう”をかけて【救偉人】と呼ぶんじゃよ」

 教育委員長って丁寧な人だな。

 「へ~そんな人たちがいたんですね?」

  わりと話しやすいし。

  もっと恐い感じかと思ってた。

 ただ油断は禁物だ。

 なんたって相手はぬらりひょん……かもしれない?

 アヤカシの総大将相当なキレ者なはずだ。

 「まあ、簡単に言うなら国から認定され【臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前】のどれかの勲章を贈られた者たち。沙田くんきみも、将来、狙ってみるかい?」

 「えっ、僕には、そんな力はないので遠慮しておきます」

 「ほほほ。これからさきは長い。鍛錬すれば大丈夫じゃ!!」

 「そ、そうですか?」

 しゃ、社交辞令だな。

 俺が校長のほうへ目をやると、青ざめたような表情をしてる。

 やっぱりから元気だったか。

 いろんなことが現実味を帯びてきて、動揺してるのかもしれない。

 心の底から助けてあげたいと思った、校長と……そして日常生活に支障をきたすまでになった九久津を。

 ああ、また、謎の感情が湧き上がってきた。

 俺は、むかしから、この二人を知ってるような感覚……感情がたかぶる。

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――――――

―――

  なにひとつ、さざめきもない夜。

  {{混成遠隔召喚こんせいえいかくしょうかん}}≒{{煙煙羅えんらえんら}}+{{ウンディーネ}}

 「沙田のあの両目の血は……?」

  九久津は、丘の上から黒と蒼の中間的な空を眺めた。

 夜気を感じながら両目を見開く。

  {{目目連もくもくれん}}

  九久津の両目の上瞼の下瞼のふきんに霞がかかった。

  肉眼では見ることのできない、つごもりの月がでていることを人は知らない。

  月のない夜・・・・・に月を見る九久津。

 (今日で死ぬ月……明日産まれる月か。……虫……ウ……ヒ……虫ウヒ……蛇……)

 九久津は遙か彼方の大陸へと視線を流すと小刻みに震えはじめた。

 武者震いなのか、恐れからの震えなのかを憶測することは難かしい、九久津はそれほどまでに内面を押し殺していた。

 (あの日もこんなふうに蒼褪めた夜だったな?)

  {{サラマンダー}}

 九久津の右手の肘付近から手首にかけて、導火線を伝うように火が螺旋状に駆け上った。

 まるでガスコンロの強火のようにほのおが揺らめいている。

 やがて勢いが強まると、もはや右手が火に包まれているに等しいほどの火炎となっている。

 九久津自身に火が及ばないのは、もちろんアヤカシを召喚憑依させたからで、焔と腕とのあいだには一定の距離が保たれている。

 九久津の険しさに比例して、焔の勢いはガスバーナーのように強まった、赤みを帯びた色は、やがて青へと変化した。

 (残滓ざんしさえ残らないほど、燃やし尽くしてやる)

 九久津が、馳せる思いのさきに空がある、その空一面は、まるで蒼い焔のようだった。

 千歳杉の木陰に隠れて座敷童は九久津を見守っている。

 数十メートル離れた、その場所にも熱気と熱風が流れ込む。

 太い幹を盾にして、熱さをやりすごしながら、チラチラと顔をのぞかせた。

 ふつうのあめ玉とイチゴ味のあめ玉を二つ握りしめ、うつむく座敷童。

 座敷童の周囲には座敷童本人を守るように、水分を多く含んだ微細な雲が漂っていた。

 熱風は小さな体に接近する寸前で、ジュという音とともミストになって空気に溶ける。

 座敷童は、そんなことにはまるで気づかず、グズった赤ちゃんのような顔で、もちもちの小さな手を広げた。




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