第66話 魔鏡(まきょう)

【フキノトウの三階で摘んだ天然のラワンブキの果肉入りカプセル~ミント味~】

 そんなラベルの貼られたパウチを鷲掴みにしてる座敷童。

 「ダメだ!! 食べるな!!」

 九久津は慌てて座敷童に駆け寄ると、血相を変えて座敷童の手を払った。

 その行為は悪戯いたずらをした子供を叱るようにも見えたけど、もっとなにか違う凄みを感じた。

 なんか圧が強い。

 「九久津。子供相手にそんな怒るなよ?」

 「いや、あっ、ああ、わるい。でもそれは……子供には毒だから……いや、違う、大人でも。あっ、というか誰にでも、俺、以外の……」

 九久津がそう言ったあと、ほんの一瞬があいた。

 「むかしざーちゃんに、あめをあげたとき、ミント味はイヤがってたから……」

 九久津は弁解べんかいがましく、まくしたてた。

 あれも健康サプリの入った袋だよな? 誰にも渡したくない独占欲か。

 苦し紛れの言い訳……またトラウマが甦ったのか……?

 バスのなかでも【ナスのヨナナス味】を食べてたし。

 反射的だとしてもあんな子供相手に声を上げるなんて。

 「ざーちゃん。ごめんな」

 九久津は申し訳なさそうに謝るが座敷童は追っ手から逃げるように、俺に抱きついてきた。

 おっ、おう、ビックリした。

 いまにも泣きだしそうな顔で俺を見上げてる。

 恐かったんだろうな。

 「大丈夫だ。もう恐くないぞ」

 そう声をかけると座敷童は俺の制服をギュっとつかんで、全体重をかけてきた。

 「痛っ!! こ、腰っ」

 子供とはいえ、この重さは腰にくる。

 俺が顔を歪めて痛そうにしていると、座敷童はその態勢から俺の腰辺りをのぞきこんで、小さな手のひらをそっと当ててきた。

 あっ、なんか蒸気でされてるようなあたたかみ。

 お~温泉に浸かってるような安らぎだ。

 「えっ?! な、なんだ、腰の痛みが引いた」

 「へ~。ざーちゃんって【サージカルヒーラー】の能力もあったんだ?」

 九久津は通学バックにパウチを詰めながら関心してる。

 「知らなかったのか?」

 「ああ。ざーちゃんがいるときに誰も怪我なんかしたことなかったし。ざーちゃん、ごめんな?」

 九久津がもう一度謝ると、座敷童は大きな笑顔を見せこくりとうなずいた。

 元気を取り戻したのか、ふたたびペタペタと足音を鳴らして走りだした、とたん鏡につまづき鏡をゴロンと倒す、鏡は一回転して裏返えると床に突っ伏した。

 座敷童は鏡に手を伸ばそうとするが、視線のさきにあった、別の鏡を見てビクッと身をすくめた。

 まるでドアノブの静電気に触れたように瞬間的に手を引っ込めたようにも見える。

 なんだ、あの鏡。

 座敷童は、すぐに壁へと体をひるがえし、そのまま壁をすり抜けて行った。

 「さすが子供。鏡を倒して逃走。無邪気すぎ!! あのままレベルファイブの階層まで行くんじゃないか?」

 「いや、それはない。レベルごとに結界の強さも違うから。ざーちゃんならレベルワンにも行けないと思う。そもそも希力の構成比が多いアヤカシがこのんで忌具に近づくとも思えない」

 「そうなんだ。じゃあ大丈夫だな」

 「どこか別の場所でも走り回ってるんじゃないか? ここ何年もざーちゃんの姿を見かけてなかったし。てっきり他所よその家にでも行ったのかと思ってた……。今回も、たまたま戻ってきただけかも……」

 「自由人だな。ところでパンドラの匣がお菓子入れの答えは?」

 「ああ、あれね。パンドラの匣はすでに旧約聖書で開かれていて、災厄は飛びだしてるから」

 「あっ、そっか。だからいまは空箱ってことか~?」

 「そう。お菓子入れに使ってるってことは頻繁に開け閉めしてるってことを言いたかったんだよ。まあ、ざーちゃんのために、あめは定期的に補充してたけど」

 九久津はパンドラの匣をのぞくと、底にあったあめ玉をひとつ握りしめた。

 「なるほどな~」

 ――あそこから帰ってきた人はいないんだよ。

 ――じゃあなんでオマエは知ってる?って都市伝説のやりとりに近いな。

 それにしても、いつ帰ってくるかわからない座敷童のためにお菓子を補充しておくなんて優しい男だ。

 ……ん? 優しいイケメンって最強かよ?!

 「最初から中古のパンドラの匣って言えばわかりやすかったか?」

 九久津は重そうなふたをまるでトランクを閉めるかのように勢いよくじた。

 重い金属の摩擦音がすると、パンドラの匣はふたたびオブジェのように佇んだ。

 「中古のパンドラの匣なんて言葉あんのかよ? けど、まあ、納得した。……んでこの鏡はなに?」

 俺は座敷童が倒した鏡をふたたび壁に立てかけた。

 この鏡もそれなりの重さがあって本格的な美術品だな。

 「ん~と。これは……」

 九久津はそれを鑑定するように鏡の表裏をチラッチラッっと数回確認した。

 「パープルミラーだ。ほら、学校の怪談であったろ? 二十歳まで覚えてたら死ぬってやつ」

 「おお。あったあった!!」

 「鏡類は六角第一高校の七不思議で選外だったんだよな。そもそも校舎に鏡は多すぎる」

 「ああ、わかる。保健室、美術室とかな?」

 これは同意せざる得ないな。

 鏡に負力が宿って、七不思議が発動したら学校中がアヤカシだらけになるもんな。

 「けどこれもフェイクだろ?」

 なんとなく拳でつついてみると、コンコンと強固な音が鳴った。

 とても安物だとは思えない。

 「このフロアにあるんだからそうだよ。けど、むかし本当に危険な魔鏡を見て怒られたことあったな~?」

 「それはどうなったんだよ?」

 「また保管したんじゃないか。兄さんが処理したらしいから。でもなぜ、ここにあったのかは誰も知らない。まさに不思議」

 九久津は周囲を見回し――ちょうどこれに似た鏡だな。と、ある鏡に触れた。

 それは忌具保管庫に入ってすぐに、俺の目に留まって“A”と“C”という文字が読めた、あの鏡だった。

 そして座敷童が走り去る前にチラっと目をやった鏡でもある。

 「それもガラクタだろ?」

 「ここにあるんだからそう。兄さんが名前をつけてたな。ACミラーだっけ?」

 「え、ACミラー?! イ、イタリアの……?」

 「沙田この鏡を知ってるのか?? まさかイタリアの忌具保管庫にあった魔鏡とかか?」

 「い、いや違うよ。偶然、好きなサッカーチームと似てただけ」

 九久津はサッカーにも興味なさそうだもんな。

 なんにせよ、このフロアはガラクタだけなんだし。

 「そっか。って……おい沙田?!」

 九久津は顔色を変えて俺の名前を呼んだ、そして、一度、唾を飲み込んでから、俺の顔をのぞきこんできた。

 なんだ?

 「ん、なに?」

 「オマエ……両目から血が……」

 九久津は呆気にとられてる。

 その言葉で俺の両頬を伝うモノに気づいた。

 曇った窓ガラスに文字を書いたあとに、水滴が流れ落ちてくるような感覚がした。

 指先で触れてみると確かに液体の感触がある。

 「なっ……なんだ? これ」

 目に痛みも痒みも、なんの違和感もないのに……。

 指先を確かめると、赤い涙が付着してた。

 このなかに本物の忌具があったとか……なのか……?

 俺がここにきて関わったモノと言えばカラクリの壺、預言の書、パンドラの匣、そしてパープルミラー。

 なにかにさわられた?

 でも九久津だって同じ条件のはずだよな?




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