九久津は木製の棚で雑然と横たわってる壺を手にした。
コトンという音で陶器の壺だと気づく。
壺の入り口は、拳を広げても入るくらいで、途中から細くなってくフラスコのような形をしてる。
表面はなにかで擦ったようにくすんでいて無数の擦り傷が壺の年代を感じさせた。
「このなかには金銀財宝が入ってる」
九久津がそんなことを言って、なにかを促すように俺を見てる。
これは完全に度胸を試されてる。
「沙田。さあ、手を入れてみろ?」
「だ、大丈夫か。いきなりバクってイカれるんじゃ?」
「そんな危険な物はこの階にはないよ」
バクっとくるのは下の階にはあるのかよ。
「ほ、本当だろうな?」
俺は目を細めて九久津を見た。
……けど、九久津もこんなことするんだな?
遊び心なんてないのかと思ってた。
「ああ。掴んでみろ。これで沙田は億万長者だ」
「わ、わかった」
俺は息を飲んでから、制服とYシャツの袖を肘までクルクルと折り返した。
意を決して手を入れる。
意外とすぐに壺の底まで辿りついた。
おっ、なんかある。
確かに、この感触は小判的なやつだ。
俺は、薄っぺらで冷っとした金属を掴んでから、手をゆっくりと引き抜いた、だが……。
「ああ?! 抜けねー!! やっぱり罠だったな?! 九久津、ど、どうすんだよ。俺はこのまま右手が壺の人として生きていくのか? それとも壺からでてきた体で生きていけばいいのか?」
「掴んだ物を放してみろ?」
焦る俺を横目にし、九久津は苦笑いしてる。
その冷めた感じは本気だな。
「あっ、とれた!!」
グーの形をした握り拳をパーの形に変えると、あっさりと手はぬけた。
「この壺はモノを握って抜こうとすると、拳が引っかかるって仕掛け。これはこれで呪いの壺だって恐れられた時代もあるんだよ」
「なんて安い仕掛け」
って、俺もそんなもんに引っかかって慌てふためいてたのか。
あ~ハズい?!
九久津から反射的に顔を背けると、雑多な書籍類のなかにあった預言の書という小冊子が目に入った、俺はそれに手を伸ばした。
「これもガラクタ?」
俺はすかさず壺の出来事を黒歴史にしてやった。
これで話題を変えれば、今は過去になる、ふっ。
「ああ。だからこの階にある物は全部オモチャみたいなもんだって」
「だよな」
よしよし、誘導成功。
歴史を感じる紙質と古いニオイ、古本屋に足を踏み入れた瞬間と同じニオイだ。
湿気というかカビというか、埃みたいな、それでもどこか温かみのあるニオイがする。
パラっと表紙をめくると、小さな虫がちょこちょこと歩いてた。
紙魚だったっけこの虫?
障子とか和紙を食べるんだよな。
俺はむやみな殺生はしない自由に生きろ、紙魚は俺の意を酌んだかのようにつぎのページへと潜り込んでいった。
さて、なにが書かれてんだか?
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【黙示録~終わりの始まり~】
終焉の足音が響く刻
天空より舞い降りる 白き衣を纏いし 双翼の者
絶望を孕んだ黒き魔獣は 咆哮の果てに漆黒の化身となる
だがそれも聖なる御剣によって鎮められる
白き衣の者は最後の“ひとつ”となる
矮小なその手に 矮小な球体を持って消え行くのみ
猫はただ透明な水に両目を塞がれた
そして始まる百花繚乱の“終焉”
灰色の叢雲が世界を覆うだろう
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おお!! それっぽい内容。
雰囲気でてるな~!!
「なあ、九久津。この預言の書って本物っぽさがスゴいんだけど偽物なんだよな?」
「そうだよ。まあ、誰かが適当に書いたんだろう」
「よくできてるわ~」
俺は感心しながら預言の書を閉じた。
紙と紙の合わさった空気抵抗で周囲の埃が舞う。
大きな綿ぼこりまでがブワっと跳ねて、たんぽぽの綿毛みたいに飛んでった。
「この箱は?」
俺は黒い重金属に蔦文様が絡みついた箱を爪先でコンコンとつついた。
足の指ぜんぶに金属の硬さが反射してきた。
除夜の鐘のようにゴーンと響く、おもいっきり蹴ったら骨折間違いなしだ。
「それはパンドラの匣」
「パ、パンドラの匣って、あのパンドラの匣?」
「そう、あのパンドラの匣」
「マジで?! なんでこんなとこにあんの? しかもレベルゼロのフロアに」
パンドラの匣は外から見ても、ずっしりとした重みを感じる。
パンドラの匣と言えば、さしずめ箱界のリミテッドエディション。
それなのに――部屋が殺風景なので普段使いで買いました。的に置いてるなんて。
な、なんて無防備なんだ。
もっと厳重に保管しろよ? どこが忌具保管庫だよ?
寄白さんのスカートのほうがまだガードが堅いわ。
「答えは簡単。けど、まだ教えない」
「た、たのむ教えてくれ。無理ならヒントでも?」
な、なぜ、パンドラの匣が、町の郵便ポストのごとく、あって当然的にあるんだ。
あっ、そうか、レプリカだな?!
「じゃあヒントをひとつ。パンドラの匣はお菓子入れに使ってる」
九久津は俺の意表をつき、まったく別角度の答えを返してきた。
「な、なにぃ?! 伝説の匣を、お、お菓子入れにしてるだと?」
なんて贅沢な使い道をしてるんだ。
金に糸目をつけない美術収集家みたいじゃねーか。
やっぱレプリカ説を推していこう。
「お菓子の種類は?」
とっさに種類を聞いたが、そんなもんで謎が解けるのか?
いまの俺にはレプリカしか思い浮かばないぞ。
「あめ玉」
「あ、あめ……?」
まったくわからん。
さらに謎が深まった感じだ。
って、俺の質問が悪いだけなんだよな。
「じゃあ開いてやるよ」
九久津は指名するようにパンドラの匣を指さした。
ええー?!
九久津は俺の煮え切らない態度に痺れを切らしたみたいだ。
いまここで世界を終わらせる気か?
「い、いいのか? ひゃ、ひゃ、百八の災厄が飛びだすぞ?」
俺は、驚きで言葉が絡まりそうになった。
「沙田ずいぶん詳しいな?」
「パンドラの匣なんてアニメでも漫画でも頻繁にモチーフで使われるだろ?」
「へ~そうなんだ。俺はそういうの観ないし」
九久津は平然と洗濯機のふたを開けるがごとく、重いふたを押し上げた。
ふたは被っていたパーカーのフードを下ろすように上下反転した。