第62話 メギド 

 「スゲーでかい木」

 「これは千歳杉ちとせすぎ

 「杉なのか……」

 俺は思わず見惚みとれてた。

 「ああ」

 九久津はそう言いながら、開いたままの手の指をゆっくりと閉じてく。

 親指を曲げ、ほかの四本の指も、ほぼ同時に折って拳を作った。

 九久津の手の動きに連動して亜空間はレンズを絞るように、ゆっくり閉じていった。

 曇りガラスのような幕は霧が晴れるようにスーっと消えた。

 目の前で、天辺てっぺんが見えないほど、巨大な木が俺と九久津を見下ろしてた。

 どこかクリスマスツリーに似たその木は、ものすごい高さがあり、幹は乗用車一台を横に並べたくらいの太さをしてる。

 化粧まわしのような紙が数メートルの幹をきつく結わえてた。

 木の肌は、瑞々しく生命力に溢れてて、真っすぐ天に向かってそびえてる。

 その木の周囲も空気を浄化するように澄んでいて、清涼感を放ってる。

 は~。なんか身が引き締まる、元旦の神社のような感じだ。

 俺がうしろを振り返ると、数十メートルさきは断崖絶壁だった。

 崖のさきでいったん景色は途切れて、そこで横に一本線を引いた向こう側は深緑の景色に変わってる。

 そこは、木々の密集した林だ。

 密林のさきに見えてるのは、俺たちが降りたバス停で、いまは、まるで地図上の点にしか見えない。

 ってことは、ここはさっき下から見上げてた丘だ。

 横線で景色が途切れたように見えたのは、この丘との高低差ってことになる。

 俺たちはあんな場所からここまでショートカットしてきたのか。

 何気にすごい能力だな、空間を操るって。

 ふつう・・・の空間に戻ったこの場所で九久津は――この木は弥生時代から、約千七百年分の“希力”を蓄積した御神木ごしんぼく。と学芸員のように説明した。

 どうりで浄化作用があるわけだ。

 九久津の髪が風になびいた、丘の上は高地だから風が強く吹いてる。

 「へ~」

 ジグザグした紙は、バサバサと音を立てて、鯉のぼりのようにみんな同じ方角へと、そよぎはじめた。

 「こういう紙ってなんの意味があんの?」

 俺は、空気を泳ぐ、その紙の端をつまんだ。

 九久津が俺のそばまで寄ってくる。

 「これは紙垂しでっていう名前で聖域を現してる。ちなみにこの紙垂の製作者は雛ちゃんのお父さんだから」

 「あっ、そっか。六角神社の宮司さんだもんな?」

 「そう。物に思念を注ぐ”能力者」

 「……ん。宮司さんも能力者なの?」

 「そう。【付喪師つくもし】と呼ばれる能力。たとえば美子ちゃんのリボンの梵字とかね」

 「あっ?! あのリボンもそうだったんだ。美人と親子二代で能力者か?」

 「厳密には先祖もなにかしらの能力者だと思う」

 「それは資料に載ってなかったな」

 「繰さんはアヤカシをメインにまとめたから能力者についてはあまり触れてないんじゃないか?」

 「あっ、そっか……。てか資料読み終わったから破棄しないと」

 俺は通学バックからおもむろに資料をだした。

 とは言え、ここで破棄する方法も思いつかないが、会話の流れでつい手にとってしまった。

 俺の手はあてもなく宙をさまよった。

 日直になってプリントを集めたまではいいが、それをどこに置いていいのかわからない生徒みたいになってる。

 「ああ。じゃあ、俺がやっとくよ」

 九久津はさっきのように右手の拳を強く握った。

 {{アミキリ}}

 握り拳がじょじょにブレて手のさきが二つに分岐した。

 ひとつひとつがナイフのように鋭い刃物になっててハサミそのものだ。

 「資料を投げて」

 「ああ。わかった」

 これはアヤカシを召喚して部分憑依させたってことだな。

 俺は九久津の手元目がけ資料を手裏剣のように投げた。

 資料の向きに合わせて、九久津は腕の角度を変えた、切りやすい位置に刃先がくるようにするためだ。

 シュッシュッ、シュッシュッとなめらかに紙の切れる音がする。

 資料は九久津の手に巻き込まれて細かく千切られてく。

 シュレッダーにかけたのと、なんら遜色ない。

 資料はいまも面積を減らしてく。

 まるで宙を舞う紙吹雪のように、高地の風が細かな紙を拡散させてった。

 九久津はその紙屑に対して、すかさず左手をかざした。

 {{つるべ火}}

 資料が形を変えた微細な紙は、綿を燃やすようにして、瞬く間に燃え尽きた。

 その場にひときれの紙も、灰のひとつも残ってなかった。

 九久津の召喚能力はスゲー。

 「いまのは遠隔召喚か?」

 「ああ、そう。これで完全消去」

 「サンキュー。あっ、UFOだっ?!」

 あっ、口にだして言ってしまった。

 俺はときどき、空に謎の光を見る、つまりUFOを見ることがあった。

 この丘は見晴らしがよくて、いつもより空を近く感じた、まあ物理的に考えても俺がふつうに暮らしてる場所より標高が高いのは間違いない。

 そんな青空にいくつかの発光体が飛んでるのを発見した。

 規則的かと思えば、不規則にあちらこちらを高速移動してる。

 意図的な明滅を繰り返しているようだ。

 もしかしたら地上にいる誰かへのメッセージかもしれない、とさえ思える。

 「はっ? どこ?」

 九久津は、五本指に戻った手をヘの字にして額に当て空を眺めた。

 左右に首を振ってUFOを探してる。

 「どこだ?」

 また首を小刻みに振る九久津。

 九久津には見えないのか?

 「見えないか? あの辺り」

 俺は、いままさにUFOが飛んでいる方角を指さした。

 「ああ、まったく」

 (沙田にだけ見えるのか?)

 九久津は眉をひそめた。

 おかしいな、九久津ならなんとなく見えると思ったんだけどな、いや、見えなきゃおかしいくらいに思ったのに。

 {{百目ひゃくめ}}

 九久津の両目はなにかに縁取られてく、その縁取りのなかをかすみが包んだ。

 新しいアヤカシを憑依させたのか。

 (……もっと視界を広げるか)

 {{目目連もくもくれん}}

 九久津の両目を包む、もやの面積がアメーバ状に広がった。

 あんな場所にも部分召喚できるのか?

 「沙田、やっぱりなにも見えないぞ?」

 九久津がアヤカシを召喚しても見えないってことは、やっぱり、あれは俺だけに見えてるものなのか。

 (――?!)

 「……虫……ウ……ヒ……」

 ……いま、なんか言ったよな。

 九久津が、言葉にならない、なにかを呟いた。

 「なんか言った?」

 「いいや、なにも。俺には見えないみたい……」

 確かに、なにか言葉のようなものが聞こえた気がすんだけど。

 もしかして――見えねー。的なのを無意識で言ったのか、それを俺がなんか重要な言葉っぽく思っただけなのかも。

 九久津の両眼が人間本来の形へと戻っていく。

 霞が消えた、そして輪郭も消えた。

 九久津は――だな。と会話を閉める。

 「そっか。いまも飛んでるんだけどな。UFOってアヤカシの可能性はないの?」

 「まさか。そんな話は聞いたことはないな。あっ?! クリッターか? でも……」

 九久津はなにか知ってるようだ。

 「なんか心当たりあんの?」

 「大気圏に住むと言われる生物でフライングヒューマノイドやスカイサーペントの正体と言われるUMA」

 UMAか、あの光はそんな生物チックじゃないんだよな。

 「たぶん違うな~俺が見てるのは光の粒というか、それこそ小さめの円盤だ」

 「じゃあ、クリッターの可能性は低そうだな」

 「なら。一期の円盤(DVD・BD)が爆死して、次期つぎへの希望が絶たれた、二期の怨念が成仏うかばれずに浮遊いちゃったとかじゃない?」

 「さ、沙田」

 九久津は真顔で固まってる。

「なにを言ってるのか意味がわからない??」

 九久津はそう言って、俺がいままでに見たことのない表情をした。

 俺が転校してきてから、こんなふうになった九久津を初めて見た。

 赤ちゃんが初めて手品を見たときの表情に似てて、心の底から驚いたという感じだった。

 「そ、そうか……気にすんなアニメの専門用語だ」

 九久津はアニメ見なさそうだもんな。

 けど、夜じゃないのにUFOが見えるってのもおかしいか。

 ふつうは闇のなかに点々とした光が見えるはずだ。

 あれは、まるで明け方に見える、消えかけの月だ。

 しばらくすると九久津は、困り顔から真剣な表情へと変化した。

 「まあいいや。さあ行くぞ忌具いみぐ保管庫へ」

 そう言って、九久津は俺をかす。

 「忌具保管庫?」

 俺は、その言葉をそっくりそのまま発してた。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください