第61話 亜空間

 

国交省の職員は降車する素振りも見せずに、そのまま折り返してった。

 終点のバス停で降りたのは俺と九久津だけだ。

 俺は窓の外から自然とその国交省の職員を眺めてた。

 また別のルートの結界を調査するんだろうな?

 大人は大変だ……。

 そしてバスの赤と黄色のテールランプを見送ったあと、九久津と一緒に九久津の家へと足を向ける。

 俺はバス停の周囲を見渡したけど、これといった建物は見当たらない、ただ深緑しんりょくが手招きするような鬱蒼うっそうとした木々が見えた。

 その景色を絵にしたなら、その木々に乗っかるように大きな丘が広がってる。

 あの丘は、ここからじゃずいぶんと遠い場所にある。

 郊外は市内と違って自然の匂いがした、これが緑の匂いってやつか。

 足元を見れば、花屋で販売しててもおかしくないだろう花が咲いてた。

 この花って六角ガーデンで見たことがある。

 自生してんだ?

 なんていう名前かよくわからないが、花弁の先端が矢のように尖ってる青紫の花が、あちらこちらに咲いてた。

 ここは、どこか落ち着くし、なんとなく懐かしさも込み上げてきた。

 そんな空気を胸いっぱい吸い込む。

 森林浴に行く人の気持ちも理解できるな。

 九久津は辺りを見回すと、とある一点に向かって真っすぐに歩きだした。

 特段なにかの目印があるわけではなかった、その場所に手をかざすと、九久津の手のひらの周囲の景色が歪んで割れるようにして別の空間が開かれた。

 「うわ?! なんだ?」

 「これは亜空間あくうかん

 「亜空間?」

 「そう。アヤカシとの戦闘被害を考慮して、能力者はこのなかで戦うことが多い」

 「へ~よく考えられてんだな?」

 これが校長の言ってた――市内での戦闘やアヤカシとの遭遇を回避するための措置ってやつか。

 「そう。じつは六角第一高校の四階でも亜空間を使用してる。あそこはオートで空間制御されてるけど」

 「そ、そうなの?」

 「沙田、気づかなった? 四階で戦ってても壁や天井の距離感を感じないことに?」

 「あっ、そういえば?!」

 人体模型が走ってきたときも叫び声は長く響いてたし、ヴェートーベンもやけに幅広く長い距離をジグザグしてたな。

 モナリザのときは机を二脚置いてもまだ余裕があったし、死者との戦闘時は場所を意識しないくらい普通に戦えた。

 そんなふうになってたんだ、しかも、そこをなんの違和感もなく使ってたなんて。

 「思い当たることはたくさんある」

 俺は言い添えた。

 「だろ。とりあえずなかに入って」

 九久津がゆっくりと手招きする。

 「あっ、ああ」

 俺は恐る恐る足を踏み入れた。

 こ、これは緊張する。

 うぉ!! なんかスゲーけど、全然、亜空間に入った感がない!!

 なぜなら俺の周りは薄い曇りガラスみたいで、どこかに移動した感覚がないからだ。

 「九久津。亜空間ってあんま別空間って感じじゃないな?」

 「そうだよ。“”ってのは“~のような”って意味だから。亜空間は空間のようなってこと。別空間じゃなく疑似ぎじ空間だから」

 「えっ? どういうこと?」

 「簡単に言えば、空間掌握者くうかんしょうあくしゃが、俺たちに空間をレンタルさせてるようなもん」

 「まったくわからん。俺はオマエほど頭がよくない!!」

 「空間を自由に捻じ曲げたり、サイズを収縮させる能力者。【ディメンション・シージャー】が空間をコントロールしてるのさ」

 「……と言われても……?」

 「う~ん。空間を自在に操作する能力者がいるのはわかる?」

 「それはわかった」

 「それが誰なのかもわからないし、どれくらいの範囲を手中に収めてるのかも謎だけど。ただ当局の上層部にいると言われている……」

 「その人がなんなんだ。噛み砕いて言ってくれ?」

 「その人が空間を能力者たちに分配してるの」

 「もっと、わかりやすい説明を?」

 俺が、あからさまに難しい顔をしたせいか、九久津は考え込んでしまった。

 きっと理解できる人間には簡単なんだろうな。

 人と人との意思疎通は難しい。

 「空間が自分で購入した持家だとすれば、亜空間は家賃を払う貸家。だから借りてる人は自由に使える。……って例えでどう?」

 「持家だって自由に使えるよな?」

 「そうだな……まだ説明が足りないな。持家は空間掌握者の物でいくつもの家を持つ大家おおや。……そしてそれを能力者に貸してる。あくまで使用権限を持つのは【デイメンション・シージャー】のみ」

 九久津は顔を上げてそう言った、が、自信なさげにしてる。

 俺の顔がどうなるかを窺ってるようだ。

 ただ九久津のこの説明はわかりやすかった。

 「おお。わかった!!」

 そうか?!

《交差点で車が突然消滅したときにも感じた、あれはきっと異次元に消えたのだろう》ってのが戦闘の前兆現象だったってことは、あのときも亜空間を使える誰か、つまり、どこかの能力者がアヤカシと戦ってたんだ。それを偶然、俺が目撃したってことか。

 「よかった」

 九久津は胸をなでおろすように息を吐いた。

 「九久津、その亜空間に入る瞬間って誰でもわかるもんなの?」

 「いや。一般人だとふつうの景色と一体化していて気づかないはず」

 「そうなの? 俺さ、子供の頃に交差点で車が突然消滅したのを見たんだよ?」

 「それはもしかして十字路の交差点?」

 「う~んと。あっ、そうだ!! あの時も“右を見て左を見て、もう一度右を見て渡る”を実践してたから」

 「ってことは、沙田が右か左を見てるときに、十字路に亜空間が開かれて、直進車が左折か右折したんだろう。つまり亜空間がパーテーションになって、沙田の視界から車体を遮ったんだ、と、思う」

 「と、とりあえず、俺が亜空間を見てるあいだに車が曲がったってことだよな?」

 「ああ。予想だけど。沙田はその頃から能力者の感受性があったから景色の歪みに気づけたんだ」

 (その頃にもう沙田の力が開花してたのかは、わからないけど)

 「そっか」

 「沙田。とりあえず俺の家までショートカットするけどいい?」

 「あっ、ああ。いいけど」

 俺は九久津のあとを追った、というわけでもなく、そこに立っていたら目の前の空間が点から円に広がった。

 その場にいたのに周囲だけが移動したみたいだ。

 俺と九久津はただ立ってただけなのに、背景だけを交換したみたい変わってた。

 いま、俺の目に前には、とてつもない大きさの木の幹が見えてる。

 この木はなんだ、とてつもなく心が落ち着く。




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