「なるほど。そういう退治方法ね」
「ああ。私の下僕でイメトレ済みだ」
(保健室のシュミレーション通りやるだけ。ただトドメは鼻より口だな)
「下僕?」
「さだわらし」
「ああ~沙田くん。仲いいんだね?」
「な、な、なにを根拠に?」
「さっきもだけど。あだ名で呼んでるところとか?」
「そ、それは」
寄白は慌てるが、すぐに戦闘モードに切り替えた。
本能的に防御態勢をとり、わずかなスキをもみせない。
「いまは、とりあえずリビングデットを倒すぞ」
「ええ」
社は制服の襟元をすこしだけ外側にねじった。
その内ポケットから、小さな人型の半紙を八枚、人差し指と中指で挟みとりだした。
半紙といえば裏面が透けるような陳腐な紙を想像するが、その半紙は特殊な材質で作られている。
キメが細かく、なにかの儀式に使用する用途を連想させた。
社の長くすらっとした指は、半紙の頭部を支点にして逆扇のように広げた、その様子は、さながらポーカーの決着時のようだった。
{{六歌仙:在原業平}}={{氷}}
社がそう一言、告げると人型の半紙は氷の式神となった。
紙の表面からは凍える冷気が漂っている。
目に見えるほどの白い気体が揺らめく、これは常温との温度差のためだ。
「雛。そいつらの口以外を凍らせろ?!」
「わかったわ」
八枚の式神は散華のように宙に舞い、リビングデット一体一体を狩るように追尾した。
小さな半紙は成人男性を包めるほどに広がると、風呂敷をかぶせるようにリビングデットをバサバサと捕獲していった。
水の入ったコップを冷凍庫で凍らせる、そんな映像を早送りするように、リビングデットはガチガチに瞬間冷凍されていく。
瞬く間に、氷の棺となり氷柱となった。
氷の柱からミシミシと氷の軋む音がすると、目出し帽のように口元だけが露出した。
成人は親知らずを含めて三十二本の歯がある。
リビングデットの口内はボロボロで残存歯が十本にも満たない者や、乱杭歯の者までさまざまだった。
リビングデットが舌を動かすたびに硫黄のような腐敗臭がする。
氷のなかからキョロキョロと外を眺めているリビングデット。
眼球がなく、なにが起こっているのか理解できない者もいた。
とある一体に至っては、氷のなかで、まるで頭部が空っぽになったかのようにポカーンと口を開き立ち尽くしていた。
「よし!!」
寄白は天に向かって、限界まで腕を伸ばした、握られているイヤリングが瞬く。
{{グレア}}
八本の鋭い光の槍が、空中で同方向に整列して停滞している。
寄白がイヤリングを動かすと、光の槍の一本一本が、それぞれ独立して、リビングデットに狙を定めた。
寄白が振りかぶると、それが合図となってリビングデットの口元を狙って高速で飛翔する。
的を射る矢のように、つぎつぎとリビングデッドの開きっぱなしの口を貫いた、光の槍は氷柱をも突き抜けて、首の後ろまで貫通した。
つぎの瞬間、液体窒素に浸した薔薇のように、リビングデットの頭部は氷の塊と一緒に爆ぜた。
頭部を失った、すべてのリビングデットは氷に包まれたまま動作を停止した。
社はすかさずに、つぎの行動を起こす。
ふたたび八枚の半紙をとりだすと、トランプをシャッフルするように手のひらで綺麗に広げて舞い上げる、それは打ち上げ花火のように拡散した。
{{六歌仙:文屋康秀}}={{炎}}
半紙は火球のように宙を泳ぐ。
社の放った、炎の式神は、リビングデットを結ぶ弦の一本一本を伝っていく。
まるで踊るような炎は標的へと一直線に向かう。
チリチリと弦に焦げ目がつき、リビングデットの朽ちた肉体をさらに爛れさせた。
物質は熱すると膨張するために、リビングデットの節節をも締め付けはじめた。
灼熱の炎で、氷が溶けだすと噴火口のような水蒸気が立ち昇った。
食い込む弦はやがて、弱ったリビングデットの体を断ち切り、融解した氷とともに、ボンと飛び散る。
花壇にはリビングデットの欠片が無造作に散乱していた。
細切れの肉片からも腐敗臭が立ち込めている。
「美子。これでいい?」
「ああ、充分だ」
(雛は六つの自然属性を式神として操る。でも怪我をしてから能力の精度が落ちたな)
「あとは、この破片をどうするかよね。完全に燃やす? それともイヤリングに蓄える?」
――そうだな、こ。寄白が口を開きかけたとき、花壇に散らばっていたリビングデットの腕部位で言うなら、肘から下が寄白の顔をめがけて飛びかかってきた。
「美子。危ない?!」
寄白の肌を、爪を立てたリビングデットの指が掠めそうになっている。
だが寄白の鼻先スレスレで、浮遊して止まっていた。
「なっ?」
不思議に思った寄白は、社の手元へと視線を移す。
すると蜘蛛の網のように細かい弦がリビングデットの腕を食い止めていた。
張り巡らされた幾何学模様の網目からは、リビングデットの指先がいまだに蠢いている。
しばらくすると爪のさきから、土や花びらがボロボロと落ちた。
「どういうことだ。どうして腕単体で動ける?」
「さ、さぁ? あっ?!」
社が声をあげると、その角度からしか見えない仕掛けに気づいた。
その目には信じられない姿が映っていた、それは腕の切断面にリビングデットの脳の一部が移動したという驚くべき光景だ。
まるで脳が、腕を操縦するように、腕の内部に食い込み一体化している。
「美子。このリビングデットは頭部を破壊される前に脳を腕に移動させたのよ?」
「むちゃくちゃするな。けどリビングデットがそんなことをするか?……そっかグールが一体、混ざってたのか?」
「そういうことね。グールはリビングデットと違って低い知能を持ってるから」
「危なかった。見かけでは判断できないからな。雛、助かった」
寄白は、右耳の中央のイヤリングをかざす。
{{ツインクル}}
イヤリングが瞬くと、いくつかの小さな光の球体が浮遊し回転している。
コマのように高速旋回し、リビングデットの腕をめがけて攻撃を仕掛けた。
光が一本の腕を各方向から抉ると、リビングデットの腕はそのまま細かな粒子となって消滅した。
「これで本当に全部退治したよな?」
「うん。私の弦になんの反応もないし」
「そっか。今回の件は報告書をだしておくか?」
「そうね。グールの知能が上がってきてる可能性もあるし」
「最近は、六角市自体の様子がおかしいからな……」
寄白は手に持ったイヤリングを天に掲げた。
黒い十字架にリビングデットの欠片は気体となって吸い込まれていく。
「美子、リビングデットを封印するのって気持ち的にイヤにならないの?」
社はその光景に拒否反応を示して、眉をひそめた。
細く整った眉を下げても、美人は美人のままだった。
反面どこか無機質でもある。
「べつに本物の死体を封印してるわけじゃないし。リビングデットという種類のアヤカシを封印してるってだけだから、どうってことはない」
寄白はキッパリと言い切り、そのまま紫煙を吸いこむ機器のように負力の吸引をつづけた。
「まあ根本を考えれば、そっか。鋳型によってできた躯体を壊して負力を開放しただけだものね? そう思えば気持ち悪さも減るかな?」
「まあ、これは私だけの能力だから、他人にこの感覚は理解できないだろうな」
「そうね。私の能力も私にしか理解できないし。と、ところで九久津くんは元気?」
社は声のトーンを弱めた。
「ああ。相変わらずだな」
寄白がうなずくと十字架はちょうど負力の吸収を終えた。
無残に倒れた花たち、凸凹の土。
花壇にはリビングデットの荒らした跡があちこちに残されている。
だが負力となって寄白のイヤリングに吸い込まれたために、リビングデットの体躯はすべて消えていた。
俯瞰で見ると、そこは、ただの荒廃した花壇しか見えない。
寄白は周囲を見回して、溜息をひとつつき、瘴気で黒光りしたイヤリングを耳元に戻した。
「こんな荒れた花壇になるなんて。雛、九久津になにあるのか?」
乱れたポニーテールを整える寄白。
「や、……やっぱり、まだ……」
寄白は社の言葉の途中で事態を察した。
「バシリスクのことか?」
「うん」
社は深刻そうでありながら物憂げに寄白を見た。
「九久津からあの出来事が消えることはない」
「ただ……」
寄白は言葉を飲み込んだ。
「ただ、なに?」
「バシリスクを倒せばなにかが変わるかもしれない」
「バシリスクって二年前にフランスで姿を見せてから消息不明なんでしょ?」
「みたいだな。ヤヌダークが取り逃がしたって」
「ヤヌダークが? フランスの能力者でもトップ二十には入るのに?」
「まあ。相手は上級だ。そういうこともあるさ」
「そう……よね……」
「とりあえず戦闘は終了したんだ。この亜空間を解除しよう」
「そうね。私がするわ」
社が天に向かって手をかざすと、曇りガラスのような球体は透過して消えた。
辺りには本来の六角ガーデンの景色と、真っ青な空が広がっていた。
ただこの花壇だけは、やはり災害後のようま無残な姿をさらしている。
「雛。あと九久津は雛の怪我の心配もしてたぞ」
「ほ、ほんと?」
社は、今日一番の笑顔を見せた。
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