第59話 リビングデット

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 「美子。どう、そのリボン?」

 「あいかわらずの封力ふうりょく。雛のお父さんに、もう一度、お礼を言わないとな?」

 寄白はポニーテールに真っ赤なリボンをしている。

 「いいのよ。お父さんの仕事だし」

 「さすがは六角神社、第三十一代目。宮司」

 「筆を扱ってるうちに能力が開花したそうよ。【付喪師つくもし】の。今回のリボンは旧字体で書いてあるから、前のリボンよりも負力を抑える力は強いってさ」

 「そもそも文字に思念を入れるなんて簡単にできるわざじゃない」

 「まあ、神社と筆はセットみたいなものだし。でも、どうしたの、赤いリボンがいいなんて?」

 「た、たまの気分転換だよ。リボンなんてしょっちゅう新調するわけじゃないし。今回だって真野にやられてなけりゃ、ずっと使うつもりだったんだ」

 「本当?」

 「ほ、本当だよ。ほかにどんな理由がある?」

 寄白は話を逸らしながら、たじろいだ。

 まるで子供が黙って冷蔵庫のおやつでもを食べてしまったように。

 「う~ん。思い当たるのは、あまり古いリボンはしたくないって女心かな?」

 社は寄白の顔をのぞきこんだ、だが同極の磁石のように顔を逸らしつづけた。

 その行動は、心を読まれないように避けていることは明白だった。

 「わ、私がそんなことを気にするとでも思ってるのか?」

 「今までは思わなかったけど……。でも新しい出逢・・いがあったから」

 「な、なんのことだよ?」

 寄白の声がうわずる。

 「沙田くん」

 社のその一言で、寄白の声質が色味を帯びたように変わった。

 「バ、バカか。さだわらしなんて。た、ただの変態だ。そう変態だよ。あいつは」

 「へ~どうだか?」

 「あいつには私のリボンなんて目に入ってない。ただ、私のパン……ッ。いや、イヤ、そう……イヤリングは気にしてたけどな!!」

 会話につまりそうにはなったが、なんとか取りつくろう寄白。

 「??」

 社は不思議そうに目を丸くした。

 だが、どんな表情をしていも、まるで人形のようになんの曇りのない顔立ちをしている。

 「ふつうはそう思うわよね? 死者に壊されたイヤリングを二日目にまたしてるんだから」

 社はそう言って寄白のイヤリングに触れた。

 その流麗りゅうれいな仕草はシネマのように絵になる。

 だが、社の存在は、どこか現実離れしていた。

 「けど、お姉が、さだわらしにアヤカシの資料を渡してたから、どういう仕組みでイヤリングが復活したのかは、もう理解してるだろうけどな」

 寄白と社雛やしろひなは、何百台もの車を駐車できるほどの大きな、花壇に囲まれた場所にいる。

 そのかたわらで、欧風の真っ白な二人掛けベンチに座っていた。

 ここは六角第一高校と六角第四高校の中間地点、六角市の北北西にある六角ガーデン。

 ピンク、青紫、黄色のセイヨウノコギリソウとムスカリ、ノボロギグなども見ごろだ。

 ヤグルマギクに至っては、青紫の大輪の花を咲かせている。

 花の絨毯じゅうたんが景色を彩っていた。

 花の見ごろであるのにも関わらず、いまここに寄白と社、以外の人はいない。

 雲ひとつない青空であれば六角ガーデンに相応ふさわしいはずなのだが、この場所からは、まったくとっていいほど空は見えない、それどころか周囲は球状の曇りガラスのような物質で覆われている。

 ベンチ前の大きな通路を、かぐわしい香りを乗せた風が吹き抜けた。

 その風を追うように、微風が駆け抜ける。

 小さな風はなにかを呼び起こすように生暖かかい。

 やがて生ゴミが腐ったような臭いが花壇の周辺に漂ってきた。

 だんだんと臭気は強まり、鼻を突くほど刺激的な腐臭ふしゅうになった。

 芳香剤のような花の匂いが、よけいに腐敗臭を際立たせる。

 「美子。きたわよ?」

 社は両手を花壇にかざした。

 「なん体?」

 寄白は真新しい赤いリボンで、ポニーテールをきつく結びなおした。

 両耳のイヤリングも揺れる。

 「う~ん、いま私のいとに触れるのは四体だけど? 底にもう四体……かな?」

 花壇のとある一点が、砂場で作った山のように盛り上がった。

 花園にはそんな小さな山が点々と出現する、土に押されて花は茎から真横に倒されていった。

 花たちはあちこちで、根元からなぎ倒される。

 花壇は見る見るうちに、不整備な砂利道のようになった。

 土コブの上に花が散乱してうて、まるで献花された小さな丘のようだ。

 その天頂を突き破ったのは人の手だった。

 ただし爪はボロボロに剥がれ、黒く変色した指だ。

 肌は腐り落ちて一部から骨が見える腐敗した腕。

 地下から亡者が冥府に引きずりこもうとするような手がつぎつぎと現れた。

 洗髪をおこたり脂ぎったような頭髪や、パサパサでツヤのない髪、ゴミや埃、血にまみれたような頭部も出現した。

 顔面は生前の面影はなく、顔のパーツも本来の場所にない者や、そのパーツさえない者もいる。

 地下から、のぞかせた顔のどれもが性別すら判別不能だった。

 地獄から這い上がる餓鬼のように、腐敗臭を放ちそろぞろと地上へと姿を現した。

 ベチャベチャっと花を踏み潰しながらノソノソと歩く。

 「リビングデッド」

 寄白がそう言ってベンチから立ちあがる。

 ほかに四体、合計八体のリビングデットが四方八方から、のっそりのっそりベンチを取り囲みはじめていた。

 グチャグチャという気味悪い音を立てて、じょじょに二人へと歩み寄る。

 社も同時に立ち上がると、軽やかに百八十度回転した。

 {{影縫かげぬい}}

 社は宙で編み物をするように手を動かすと、八体の足元には目視できないほど細かな線の五芒星が出現した。

 リビングデットは、泥濘ぬかるみに嵌ったように身動きがとれなくなっている。

 元から動きの鈍いリビングデットは上半身だけをノロノロと動かしていた。

 それは掴めもしない、餌を手繰り寄せるような両手の動きだ。

 体を動かすたびに臭気が、寄白と社をよぎった。

 ――カァッ。クァー。リビングデットは言葉にならない、ただ空気の抜けるような異音を発している。

 社はさらに指揮者のように両手を動かした、指先であやとりのように立体的な形を描く。

 八体のリビングデットには首元と四肢、生前は関節だった個所すべてにテグスのようないとが巻き付いていた。

 「五芒星ほしで動き止めて、体を縛る。あとは内部から破壊」

 寄白は右耳の一番端のイヤリングを手に持った。




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