第58話 結界

「六角市は株式会社ヨリシロが大きく関わってるのに、どうして瘴気ごと封印してるんだよ?」

 俺は声を潜めた。

 「……ん? それ誰に聞いた話?」

 九久津も声のトーンを落とした、俺の意図がちゃんと伝わってる。

 けど、きょとんして首を傾げた。

 「校長だけど」

 「繰さん……? そっか~。なんか美子ちゃんも勘違いしてるんだよな。確かに六角市ここの六つの高校は結界の中心点だけど、六角形の面に瘴気を閉じ込めてるわけじゃないんだよ」

 「そ、そうなの?! 守護山が瘴気を街に閉じ込めてるってのは?」

 「それはあってると言えば、あってるけど……」

 「どういうこと?」

 俺は言葉を発したが、内心ではどこか知ってた、あの資料がデジャブだったように、なんとなく本当になんとなく、これから九久津の口から語られるであろう言葉を。

 「まず守護山が六角市内に瘴気を留めてるのは間違いない。でもそれは瘴気を集めて浄化しやすくするため」

 そうわかってる。

 散らばった瘴気よりも、一点に集めたほうが浄化しやすいから。

 「実際は市民の居住区域等を考慮して、回路図のように複雑なルートで瘴気を浄化させてるんだ」

 人の生活になるべく影響を与えない手法を取ってることも知ってる。

 「だから市民が瘴気にさわられることもすくないし。しかも六点で結んだ六角形は、結界の増幅装置つまりブースターになってるんだ。逆に面積部分なかのほうが自浄作用は高い」

 校長の話だと、守護山は市内を守護まもるためではなく、市内に瘴気を閉じ込めて、守護山より外に瘴気をださないために、封印してるということだった。

 いわば六角市以外の日本を守護してる。

 でも、じっさいは守護山のなかに瘴気を集めて浄化してる、それによって六角市も守護山の外も守護られる一石二鳥のシステム。

 「校長の話と真反対じゃないか。どうしてそんなに情報がバラバラなんだよ?」

 「う~ん。考えられる理由は、いつどこでその情報を知り得たのか? ソースが違えば間違った情報をすり込まれる可能性もある。沙田、横断歩道は――右を見て左を見て、もう一度右を見て渡る。って習わなかった?」

 「習ったよ。それがなにか関係あんの?」

 「誰に教わった」

 「そんなの決まってんだろ。親だよ」

 「交通安全教室で習った。教育番組で聞いたって可能性は? 確実に親から――右を見て左を見て、もう一度右を見て渡るんだよ。って言葉で教えられたか?」

 「あっ、いや、えっ、そう言われれば、そうだな。……確実に親から口頭で教えられたって記憶はないな」

 あ~確かに直接指導された覚えはないな。

 う~ん、記憶ってのは曖昧だってことか。

 「つまりはそういうこと。幼い頃に知りえた知識は自然と常識になってしまう。物心ついたときの知識はすべて親からの教育だというすり込みにもなる」

 「そういうことか」

 誰かがわざと校長と寄白さんの情報操作をした可能性があるのか……?

 それって結局、死者の暴走に直結してるんじゃ……?

 校長の思い込みがたまって、たくさんのしがらみを壊したいっていう気持ちにさせたのかも。

 「ああ。だいいち、いまの六角市は六芒星によって瘴気の浄化には八割ほど成功してるし」

 「それなら早いうちに、校長と寄白さんに正しい情報を伝えないと」

 「そのほうがいいな」

 九久津がうなずいた瞬間、九久津の体がフラっと揺れた、同時に俺の体もグラっと揺れるのを感じた。

 ちょうどジェットコースターがカーブを回るような感覚だった。

 な、なんだ?!

 車外に目を向けると、いつもは見ることのない緑葉の木々や広大な畑が見えた。

 一瞬、目新しい景色に見惚みとれたが、必要以上に外側線を走る車体に気づく。

 いまの揺れは、走行路を急変更したせいか。

 このバスもフラフラしてる?

 そう思っていると、九久津は俺に覆いかぶさるようして窓の外を眺めた。

 「へ~こうやるんだ」

 「なんのことだよ?」

 「いや、このバスの運転手法」

 「この危なっかしい運転?」

 「そう。死者の一件で結界強化をしてるんだと思う」

 「えっ?」

 なんだろう、今回の話は俺にわからない。

 俺のなかでまばらにしか知識はないみたいだ。

 いや違うな、なんとなく知ってる情報のときは頭が冴えた感じがした、うまく言えないが誰かが啓示おしえてくれてるような……でもそれはラプラスじゃない。

 「外側線を目印に結界を強める場所を決めてるんだと思う」

 「そういうことか」

 だから“六角第一高校前”から出発したバスもあんなにフラフラしてたのか。

 なにかしらの法則であんな走行方法をとってたんだ。

 「それに市の政策でソーラーパネルも多いしね」

 九久津はこの場所には不相応なソーラーパネル群を指さした。

 広大な畑の横に自然と人工が同居しているような奇妙な風景があった。

 「それもなにか関係あんの?」

 「ああ。瘴気をはらうには、やっぱり“よう”の力が不可欠で、それに適した太陽光を集約あつめてるんだ。これは陰陽道から発展させた結界法」

 「だから六角市はこんなにソーラーパネルが多いのか?」

 自然エネルギーでの発電は環境に優しいから、なんて思ってたけど、まさかインフラ以上に街を守護る、役割があったとは。

 「ああ」

 「てか、陰陽道って未だに役に立ってるんだな? すげーな!!」

 「どんなものでもデータ量が多いほど信頼性は高まるから。むかしからの手法ってのは、まさに信用の積み重ねなんだよ」

 「確かにそうだ。これも当局、というか国の政策?」

 「そう。ほら、あのスーツの人も関係者だよ」

 九久津は前方の座席へ視線を向けて、俺に合図した。

 俺に見ろってことだな。

 俺は前の座席のヘッドレストに手をかけて、また中腰になった。

 「どれ、あっ、あの人か?」

 ダークスーツを着た人物が、体を完全に通路側へ向けて座ってた。

 手元の動きから推察すると、なにかをチェックしてるようだ。

 襟元に“KK”という文字の入った青いバッジをしてる。

 あっ、あのバッジは?!

 「あの人は国交省の職員さん。“KK”のバッジがその印」

 「そうなんだ?! 前のバスにもあのバッジをつけた人が、なにかをメモしてたぞ」

 「六角第一高校ルートを調査してるとなると……きっと国交省の幹部だな。死者反乱の元凶がうちの高校だし。死者との戦闘のあとすぐに解析部隊がきて六角市の結界を強めるって言ってたし」

 「えっ、俺は聞いてないけど……?」

 なに?! あのときすでに解析部隊がきてたのか。

 仕事が早いな。

 「沙田は熟睡してたからな?」

 「そ、そういや爆寝ばくねしたな。あのときはラプラスとかⅡ、Ⅲで疲れたんだよ!! 気づけばタクシーで家まで送り届けられてたし」

 「そのタクシーだって、沙田の家に行く途中途中で結界を強めてたんじゃないかな?」

 「マジで?」

 まあ、今日のように綿密に計画を練ってるんなら、死者反乱の当日も当然、結界を強める措置そちはとるよな。

 「まあ、それは俺の憶測だけど……。沙田が送り届けられてるとき、俺と美子ちゃんは治療してもらってたしな~」

 「治療? ってことは救護部隊もきてたのか?」

 「ん…?? いや繰さんが治してくれたけど」

 「えっ、校長?」

 「そう。繰さんは【サージカルヒーラー】って能力者だから。そういうのあって養護教諭免許取得って保健の先生もしてる」

 「うそっ?!」

 九久津と寄白さんの怪我を治療したのは救護部隊じゃなかったのか。

 けど、校長の能力もスゲーな。

 九久津と寄白さんの、あの傷をわずかな期間であんな綺麗に治すなんて。

 校長、保健の先生とか社長とか掛け持ちしすぎ!!

 体もたないだろ?

 ……校長、大丈夫かな? 疲れてないかな?

 ……違う、これは俺の感情じゃない。

 感情が混線してる。

 な、なんだ……ラプラスの副作用? 特異体質が消えた反動?

 「本当だって。俺と美子ちゃんが継承ぐまでは繰さんと兄さんがバディでアヤカシと戦ってたから。それに繰さんだって寄白家の人間だし」

 そうだったんだ。

 九久津の兄貴と校長は、そういう関係でもあったのか。

 それなら九久津の兄貴に、特別な感情があっても不思議じゃないよな。

 あれっ?!

 なんか恥ずかしい……まるで校長が俺を好きみたいな感覚じゃないか。

 俺、どうなってんだよ?

 「そっか」

 「ただ兄さんが死んでから、バディも解散したけど。……兄さんのことは聞いてるんだろ?」

 「いや、そんな詳しくは聞いてない。アヤカシとの戦いで亡くなったくらいしか……」

 校長のくれた資料に、九久津に関する【Aランク】情報があったことは黙っておこう。

 「その通り。上級アヤカシのバシリスクに負けたんだ」

 「そ、そうなんだ……」

 俺はこれ以上、その話題を広がられなかった。

 物憂げな九久津は通学バッグを広げると、おもむろにパウチを取りだして、なかの一粒を口に放り込んだ。

 今度は心が哀しんでる。心配してる。

 【ナスのヨナナス味 カプセルグミ~砂肝すなぎもエキス入り~】

 はうっ?!

 またも、ややこしい名前の健康食を。

 ナスナス感、満載だな。

 まだトラウマは消えないか……なんとなく、心が俺戻った。

 「なあ、それって美味しいの?」

 「健康補助食品に美味しいもなにもないよ」

 そこは理解してるんだ。

 声のトーンも弱めに、そっけなく答える九久津。

 なにかを紛らわすようにグミを噛んでる。

 ――じゃあ、味見にひとつ。と俺がてのひらを差しだすと、九久津は――わかった。とパウチのなかから数個を手のひらに乗せて選別してる。

 そんなに一生懸命、選ばなくても。

 九久津は市場でセリでもするように一粒一粒を宙にかざして丁寧に見比べてる。

 なんだ初値十万越えするメロンか? 朝市のマグロか?

 「じゃあ、これ」

 九久津は、俺のだした手のひらに勢いよく、かつ優しくポンっと置いた。

 「サンキュー!!」

 俺はそれを噛みしめて味わってみたが別にふつうのグミだった。

 まあ、甘さ控えめで体には良いんだろうけど、あっ、なんかにがみが!!

 これは砂肝エキスだな。

 なんか味覚が優柔不断!!

 おっ、終点のバス停が見えてきた。

 運転手さんは、テレビ固定具を修理したロスタイムも、長年のテクニックで見事に埋めて、時刻通りに終着駅へと到着した。

 乗客は、もう俺と九久津と国交省の職員だけだった。




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