第53話 蛇 ―へび―

 

「ということは六角市に蛇が侵入はいったのかもしれません。リンゴを食べさせた蛇が」

 繰はそんなふうに外的要因を創出することで精神を安定させようとした。

 そこにどれだけの根拠があったのかはわからない。

 「旧約聖書ですか。寄白校長、良い例えですね?」

 「はい。真野絵音未イブを唆して知恵の実を食べさせたんです。だから真野絵音未はあんなふうに暴走を」

 「まずは本当に蛇がいるのか? いなのか? を調べましょう。解析部隊の検証でなにかしらの痕跡が発見されるかもしれません。ただし蛇がいると仮定してシシャを唆すほどの者が、そうやすやすと尻尾をだすとは思えませんが……近いうちに六高校の校長で六校会議を開きましょう。升教育委員長よろしいでしょうか?」

 「株主総会のあとじゃいかんか?」

 升の声は緊迫した二人とは温度差のあるのんびりとした口調だった。

 存在そのものの大らかさが、言葉に乗り移ったようにゆったりとしていた。

 「そうですね。では株式会社ヨリシロの株主総会のあとで六校会議開催ということで。寄白校長もよろしいですか?」

 「は、はい」

 立場的に若輩者の繰には、なんの決定権もなくただうなずくしかなかった。

 升は、そう一言を発したあとは寡黙かもくに目を細め、ふたたび空を眺めている。

 流れる雲を目で追いながら、遙か遠くに視線を移したとき目尻を下げて顔をくしゃっとしかめた。

 「ちなみに現在はこうなっています」

 五味はお茶の横にある簡易製本された本をおもむろに開いた。

 繰はテーブルに両手をつき身の乗りだすとページをのぞきこんだ。

 「これは対安定ついあんてですね?」

 ページを指さした。

 いつもはオシャレに気合を入れる繰もさすがに今日は、ネイルもマニュキュアもなくヤスリをかけたようなツルツルとした簡素な爪だ。

 「はい。これが六角市。六高校の現状です」

 五味は、上から押さえて、開き返さないように、ゆっくりきつく折り目をつけた。

 「口を挟んで申し訳ないのですが、私には陰陽道おんみょうどうから派生した術式ていどの知識しかないのですが……」

 (“使者”と“死者”も、対安定を元に発案されたということは知ってるんだけど……)

 「そうですか。対安定は陰陽師の“陰”と“陽”の理論にのっとり対局にあるモノでバランスをとります。現在、“偶数高の校長は苗字に奇数を含む校長”が着任し反対に“奇数高の校長は偶数の苗字が入る校長”が着任しています」

 「そんなことができるんですね?」

 「ええ。そのことからもシシャの反乱は工事が直接的な原因ではない、証明にもなります」

 「えっ?! あっ、はい?」

 (そっか。これで六校と六芒星のバランスを保てるなら、六角第四高校が解体されても星の均衡が崩れるわけがない。もっと言えば第四高校の替わりが第一高校でも第二高校でも同じってことね。どの点を崩しても対安定があれば六芒星の結界は維持できる)

 「そうですね。私が工事を着工する前から適材適所な人事をしていたということですから……」

 繰はそう答えながら情報を咀嚼そしゃくし整理していた。

 (これも間違いなくAランク情報……これからは知識のやりとりが始まる。私は六角市の結界システムを根本から勘違いしていたのかもしれない。守護山の内側に瘴気を封印していることも)

 繰の指先が示す先には、各校長の名前と現在の着任校が書かれていた。

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 市ノ瀬校長【“いち”のせ】(一)=六角第四高校   一⇔四

 仁科校長【“に”しな】(二)=六角第三高校     二⇔三

 佐伯校長【“さ”えき】(三)=六角第六高校    三⇔六

 寄白校長【“よ”りしろ】(四)=六角第一高校  四⇔一

 五味校長【“ご”み】(五)=六角第二高校    五⇔二

 武藤校長【“む”とう】(六)=六角第五高校   六⇔五

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 (知らないうちに私も加わっている。これは教育委員会にいる誰かの能力? しかも名字に漢数字が入っているわけではなくあくまで発音のみ。名字を触媒しょくばいとして漢字に思念を込めたのかもしれない、美子のリボンのように……そんな能力者なら御名隠しにさえ干渉かんしょうできるんじゃ……)

 「おっしゃるとおり。盤石ばんじゃくな配置をしています」

 五味が発する言葉はただただ力強く、その表情にも揺るぎない自信が溢れている。

 (校長のなかにも能力者が混ざっているということね。能力者が“蛇”じゃなきゃいいけど……単純に考えれば真野絵音未の通学していた仁科校長は怪しいといえば怪しいけど一般の教師だし。そっか、私が知ってる校長のなかで一般人って仁科校長だけだわ)

 「それと現在、市ノ瀬校長は入院中ですので、おそらく次回の六校会議は不参加になるでしょう」

 そう言いながら五味はゆっくりとページを閉じた。

 「入院してらっしゃるんですか?」

 あまりのタイミングのよさに猜疑心さいぎしんを抱く繰。

 「ええ」

 「ど、どのような理由で?」

 (こんなときに入院……? それより学校を不在にしていても六芒星の安定を保てるなんて。ということは校内の私物や資料に書かれている【市ノ瀬】という文字ひとつひとつが対安定の欠片かけらみたいなものなのかしら? これは人知を超えた能力だとしか思えない)

 「確か風邪をこじらせたとか」

 (か、風邪……? まあ風邪で入院することもあるだろうけど……でも市ノ瀬校長は六角第四高校の校長。偶然なの?)

 「そ、そうですか……」

 (現在、第四高校は解体中で、教師と生徒は株式会社ヨリシロうちが運営する学習センターを仮校舎としている)

 五味は、いぶかしむ繰の表情に気づいた。

 「寄白校長なにか疑問でも?」

 「あっ、いえ、なんでも……お体には気をつけてもらいたいと思いまして……」

 「……伝言は伝えておきます」

 「あっ、――お、お大事にしてください。と、お伝えください」

 「わかりました」

 「蛇がくるのぉ」

 升が唐突に発した穏やかな口調は、形を変えてうごめく蛇のようにスルスルと繰と五味、二人のあいだに割って入った。

 「えっ、升教育院長は蛇が誰か知ってらしゃるんですか?」

 五味は今日はじめて眉をひそめ、升に問いかけた。

 「その蛇ではないわい」

 「では、どんな蛇でしょうか?」

 「蛇の王じゃよ」

 升はしわくちゃの顔を崩し、繰と五味のほうへと向き直した。

 心理的負担を抱えた人の癖のように、さきほどからあご髭をさすり――う~ん。と唸っている。

 「バ……シリス……ク」

 がちゃん。椅子の脚が音を鳴らした。

 繰は思わず身をのりだして立ち上がっていた。

 (アイツがまた……くる……)

 繰は立ちくらみのように、自分の血の気が引くのを感じた。

 バシリスクという名前を聞くたびにトラウマが甦る、自身のミスで【九久津堂流】を死に追いやった負い目は消えることはない。

 いま繰のなかで六校会議のことはおろか、【バシリスク】以外のことは瞬時に消え去っていた。

 「確かバシリスクは二年前にフランスで……」

 五味はスーツのうちポケットから牛革のシステム手帳を取りだすと、ボタンをはずして、さらさらとページをめくった。

 目的の項目を探し、ページを捲っては目を配る。

 「ああ。取り逃がしたじゃろ?」

 升は、なおもアゴ髭をさすっている。

 「ええ。オルレアンの彼女たち・・・・が仕留めそこなうのも珍しいですね?」

 五味の手帳内には事細かく世界中のアヤカシと能力者の戦闘情報が書き込まれていた。

 「あくまで相手は上級アヤカシということじゃ」

 「そうですね。人間とアヤカシの闘いに絶対はありませんから。当時【救偉人きゅういじん】のひとりだった堂流くんでさえ、あんなことに……」

 「召喚憑依能力では右にでる者は、おらんほど強かった」

 「そうですよね。そういえば前六角第一高校の四仮家よつかりや元校長のお弟子さんも【救偉人】でしたね?」

 「そうじゃ。六角市から【救偉人】が二人もでるとは、なかなかのもんじゃ」

 二人の会話はもう繰の耳には届いてはいなかった。

 繰は蒼白そうはくな顔をしながら過去と向き合っている。

 (今度こそ、今度こそ絶対にアイツを倒さなきゃ……)

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