第52話 査問会

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 六角市市役所 第七会議室。

 大人が二十人ほど集まってもまだ、ゆとりのある大部屋。

 デッドスペースだらけの中央にたった二脚の長テーブルとパイプイスが対面している。

 茶色の木目柄の浮きでた天板にはペットボトルのお茶が、ぽつんと置かれていた。

 一枚一枚が園児の身長ほどの天窓から、眠気を誘うような陽射しが日向となっている。

 反対にテーブル周辺の空気はピンと張り詰めていた。

 繰は髪をアップに束ねた、スタイルとグレーのツーピーススーツ姿で物静かにイスに座っている。

 置かれたお茶にも手をつけず時折、胸元を押さえて深呼吸をする。

 「ふぅ~」

 厳粛なこの場では、空気さえ自重じちょうするような雰囲気だった。

 会議室には繰のほかに、年齢の高い男が二人いた。

 大人がたった三人だけ、それはつまりこの集まりは兼ねてから計画されたものではなく、取ってつけたように催されたことを物語っていた。

 六角市教育委員長、升和志まずかずし、と六角第二高校校長の五味均一ごみきんいちの二人。

 五味は市立校長のなかでは最年長で、六角市の高等学校の校長たちをまとめる立場にあった。

 教育委員長の升は六角市に存在する教育機関すべてのおさである。

 五芒星の紋章が入った着物を羽織り、白髪の長髪で、あごにはサンタのような白鬚しらひげをたくわえている、一言、形容するなら御大おんたいと言えばいいだろう。

 その好々爺こうこうやは陽だまりから、手で日傘を作って窓の外を眺めていた。

 人より、すこしだけ大きめの頭部が知的な印象を放つ。

 繰の対面には、五味が姿勢正しく座っている。

 五味もお茶には、まったく手をつけず、簡易製本されたA四の資料に手を置いていた。

 校長のなかのトップでありながらも若若しく、フレームレスのメガネとグレーのスーツを着用している。

 同じくグレーのベストに赤と白のレジメンタルのネクタイ。

 六角市の風紀を正すような服装をしている。

 「すみません。私があんな工事を推し進めたために……」

 口火を切ったのは繰だった。

 会釈よりも深い角度で頭を下げた。

 「はい?」

 五味はとても穏やかな口調で聞き返した。

 柔和な返事に一瞬、目を丸くした繰。

 もっと辛辣しんらつな言葉を投げかけられると思っていたからだ。

 「ですから六角第四高校の解体工事のことです」

 「それがなにか?」

 「シシャの暴走を引き起こした責任を、と思いまして」

 「寄白校長、勘違いしないでください。今回の件はアナタにはなんの関係もありません。六芒星の点を崩したからシシャが反乱した――」

 「……えっ?」

 「――とでも思ってらっしゃるんでしょうか? 考えてもみてください。長い年月で校舎が老朽化することは想定内です。その都度つど、シシャが反乱を起こしていたら六角市は滅んでしまいます」

 「そう言われればそうですね……じゃあ今回の反乱はどうして?」

 繰は五味の的を射た言葉に納得したと同時にその考えに及ばなかったことを恥じて両手で頬おさえた。

 しだいに羞恥心しゅうちしんが繰の顔を紅潮させる。

 「別の要因が考えられますので現在調査中です。……ですのでこれは査問ではなく臨時会議です」

 「そうですか。わかりました。それで今回の件はどこまで報告が行っているんでしょうか?」

 繰は胸をなでおろし安堵すると、表情を綻ばせて訊ねた。

 先ほどよりも、どことなく、言葉はハキハキとしていた。

 「いまのところは市までです。ですが場合によってはもっと上までいく可能性も……当然あるでしょう」

 五味はいったん言葉を区切った。

 このには、多少の思惟しいがあった。

 「いえ」

 五味はひとり、かぶりを振った。

「解析部隊が検証中である以上、トップまではいくでしょう」

 シシャの一件が、ここ六角市内では止められないくらい重要だということを現していた。

 「内閣まで……」

繰の表情はみるみる強張こわばる、すこし間があき――ですか……? と言葉を繋げた。

 「ええ。それほどのインシデントだということです」

 「そ、そうですよね。前例のない事態ですし?」

 「いいえ」

五味はまた、かぶりをふった。

 「えっ?」

 五味が首をふった理由に繰が気づくまで、すこしだけ時間を要した。

 それはシシャが暴走した前歴があることを示していたからだった。

 「“使者”と“死者”のついシステムのある海外の某地域では、死者ポジションのアヤカシが暴走した前例があります」

 「ほ、本当ですか?」

 繰の目じりがピクリと動く。

 先ほどから五味の会話のひとつひとつに一喜一憂させられ、繰の内心は穏やかではなくなっていた。

 なぎ時化しけを繰り返す波のようにざわめく。

 「ええ。その国では“死者”に該当するモノを“シャドウ”と呼んでいます。そのシャドウが反旗を翻した。さらには意図的に破壊行為を行ったそうです」

 「……知りませんでした」

 (これはきっとAランクの情報……。やっぱり年配の知識量にはかなわないな……)

 「そしてその原因は判明しています。シャドウに知恵を教唆さずけた人物がいたということです」

 「じゃ、じゃあ、誰かが真野絵音未をそそのかしたって可能性も?」

 「ゼロではないかもしれません」

 「そうですか……」

 繰は思いあぐねる、海外の事象が今回の一件に、そのまま当てはまるとは思えなかったからだ。

 あくまで可能性のひとつとして耳を傾けて質問を返す。

 「六角市の“使者”と“死者”は、ずっと均衡を保ってきました。仮に唆すような人物がいたとして具体的にどんな手法をとるんでしょうか?」

 「海外事例をあげるなら自己の存在に少し疑問を持たせるやりかたです」

 五味の口からとてもシンプルな答えが返ってきた。

 繰は、もっと時間も手間もかけた計画的なことを想像していた。

 「自分が何者なのか? を考えたとき、思考がオーバーフローしてブラックアウトするというわけですか?」

 繰からスムーズに言葉はでた。

 (そのやりかたなら、ずっと美子の影で居続けた真野がブラックアウトしてもおかしくないか?)

 「ええ。アヤカシがアヤカシ・・・・だと認識するとき、害悪な存在だと煩悶はんもんするのでしょう……」

 「アヤカシの存在理由につけ入るんですね?」

 「ええ。そうです」

 五味はゆっくりとうなずく。




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