第4話 憑依者

 白い石膏ボードの廊下、壁には手垢や捲れがある、生活の跡だ。

 俺は職員室で、一通り手続きを済ませてから教室へと向かう。

 転入するクラスは二階にある二年B組だ。

 途中、いくつか並んだコルクボードの掲示板があった、そこには行事の写真や生徒新聞、保健だよりなどが貼られてる。

 おっ?! 保健の先生はスゴイ人気らしい。

 なんせ保健だよりの自己紹介部分がキレイに切り抜かれてるからな。

 犯人は間違いなく男だな、フン!!

 名探偵の俺をあざむこうなんて百年早いわ。

 くそっ、ただ、保健の先生の顔を見ることができないのが悔しい。

 いや、いずれ実物に会えるか、スゲー楽しみ!!

 高ぶった気持ちを抑えて、ふたたび掲示物を眺めた。

 順番に目を通し、一番端に貼られた今月の行事を飛ばし読みすると、ふと窓枠が目に入った。

 俺の視線は完全に外の景色へと流れる。

 すぐにバス停とベンチが見えた、見晴らしの良い壮大な眺め。

 ……そう言えば、外側からだとこの窓って特殊な形をしてたよな?

 さすがは有名デザイナーだ、機能的にもしっかりしてる、って、まあそんな人が設計したのかはわからないけど。

 街並みを見下ろしつつ、止めていた足をまた教室に向けた。

 二階にしてはなんとなく低いような、まあいっか。

 もう教室は目前だ。

 どこの学校もほぼ同じ造りだ、そんなふうに思いながら、後方のスライドドアに手をかける。

 レール沿ってスムーズに扉が流れた、噛み合わせは完璧だ。

 クラスには、一、二、三、えっと、なんか背後の雰囲気がイケメン、四。

 四、すでに四人の生徒がいた。

 まだ初日だから、朝、何時に起きて、どの時間帯のバスに乗るかの配分は定まってないが、この時間でも四人も登校してるのか、と思う。

 教室の造りも、どの学校も代わり映えはしない。

 さっきの掲示板もそうだけど。

 黒板の右下に日直の二人。

 脇には黒板消しクリーナーが設置されてて、右上には壁時計がかかってる。

 一番後ろの席からでも時間がよく見えるように文字盤も針も大きい。

 教卓には日誌がぽつんと置かれてる。

 後部には生徒ロッカーと掃除用具入れ、中央には主役である机が縦横に五、計二十五脚が並ぶ。

 事前にもらった必要書類を眺めると、転校初日の手続きの流れや、持ち物、その他、諸々もろもろが書かれてた。

 A四のプリントを黙読しつつ、よそよそと教室の様子をうかがう。

 これが新しいクラスメイトか、なんか声を潜めて話してるし、ときどきこっちを見ては、またヒソヒソと話をはじめる。

 まあ話の内容はだいたい想像つくけど、第一は俺がシシャかもしれないということ、第二は俺という珍しい転校生モノの話。

 そんなに凝視しなくても、俺は至って普通の男……の……はず……だ。

 右側より左側から見られた方がカッコいいと思ってる。

 だからキメ角度は左斜め四十五度。

 机の金属部分に貼られたラベルひとつひとつを確認する。

 おっ、この席だ。

 こののぞき込んだ角度が俺の角度。

 机のなかに教科書類をバタバタと入れていると人の近づく気配がした。

 見上げた先に男の顔がある。

 もちろん六角第一高校の制服。

 こいつも同じクラスだよな? あっ、教室に入ったときの後ろ姿イケメン。

 お、驚いた正面も超イケメンじゃないか。

 例えるなら女性が熱中するソシャゲの王子。

 整った端正な顔に二重瞼ふたえまぶたそして、女のようなエアリーな髪と綺麗な肌。

 イケメンは俺の顔をまじまじと眺める、まるで当たりハズレを確認するかのように。

 そして視線がぶつかる。

 「――ラプラス……」

 謎の一言を発したイケメン。

 低音が効いたうえに滑らかで甘い声。

 声までイケメンかよ、文字通りのイケボだな。

 ……てかラプラスってなんだ?

 「ラ、ラプラス?」

 俺が聞き返しても、その男は恍惚の表情を浮かべたままだ。

 「我は九久津毬緒くぐつまりお

 言いながら、人差し指と中指と親指でネクタイを挟んで、クイックイッと緩めた。

 Yシャツがはだけ、胸元のVゾーンがあわらになった。

 「おい? ど、どうした?」

 なんなんだよコイツ、露出狂か?

 「九久津さんは憑依体質でしてよ」

 俺の背中ごしから柔らかな声がした。

 この声と特徴のある語尾……よ、寄白さんも同じクラスか。

 そっか、それで俺が転校生だと誰かから聞いたのか。

 「九久津さんはある条件下においては、浮遊体に憑依されてしまいますのよ?」

 そんな静かな口調で事情通のように説明されてもな。

 だいたい浮遊体に憑依されるってなんだ?

 「へ~。そうなんだ」

 そう返答するしか俺に選択肢はなかった。

 九久津という男の胸筋が視界を過った、細身だが筋肉質でソフトマッチョと言われるタイプだ。

 制服の上からではまったくわからなかったけど、ちょいちょい生傷や痣がある、ま、まさかSとかMとかの禁断の趣味でもあるんじゃ……。

 「……」

 寄白さんは気配を消し、足音もなく九久津の背後をとった。

 一度大きく深呼吸をして右手の親指と中指をくっつける、ぐいーんと弓状にしなる中指。

 「ていっ!!」

 ――パチーン。と九久津に額に乾いた音が響く、寄白さんのデコピンが的中した。

 おっ、イイのが入った。

 「痛ッ!!」

 声を上げ――ぐぉぉ!!、と、額をおさえて悶える九久津。

 ご愁傷様。

 「ふぅ~」

 寄白さんは得意気に指先へと息を吹きかけた。

 槍投げの――地区記録更新したな? 的、角度で入ったもんな、けど寄白さん慣れてるな~。

 息の吹きかけかたなんて砂漠のガンマンじゃないか。

 「み、美子……ちゃん?」

 正気を取り戻した九久津の額はすこし赤くなっていた。

 膨れた額を両手でおさえると、よろめきながら机に寄りかかる。

 まるで居酒屋で泥酔したサラリーマンのような格好だ。

 足にきてるな。

 「くそっ、またPTAに狙われたか?!」

 九久津はキョロキョロと周囲を見回した。

 PTAってお母様たちに、いったいなにをしたんだ?

 あっ、なにかをしたんじゃなくて、逆に胸チラしてロックオンされたな。

 お母様たちのなかで美味しそうなイケメンとして認識されたってことか?!

 「九久津さん。いまのは夢魔でしてよ?」

 「美子ちゃん本当? それ結構レベル高いよ?!」

 自分が憑依されながらも、他人ごとのように話す九久津。

 なんつーやつだ。

 「ええ、そのようですね。怪異レベルで言うなら三十くらいです」

 三十って数値的に高いの? 低いの?

 例えば三十円と三十ドルなら単純に百の開きがあるぞ……てか怪異ってなんの単位かわかんねーし?!

 そんなもんが憑依したって、いったいなんなんだよ、このクラスは。

 「だ、大丈夫か?」

 俺は、心配した素振りをみせた。

 だが本心はどうでもよかった、こっちは転校初日で大変なんだ。

 「えっ、ああ、俺はこういう体質だから……」

 「そ、そっか」

 「ところで君は誰?」

 「あっ、俺は今日、転校してきた沙田雅」

 「そうなんだ~。俺は九久津毬緒。よろしく!!」

 「ああ、どうも」

 九久津。

 蚊に刺されたときのマックスくらい腫れてんじゃん。

 しばらく、額の腫れは引かなそうだ。

 「沙田さん。さっそくお友達ができましたね?」

 寄白さんは、さっきまでのやりとりがなかったように無邪気に笑みを零した。

 いきなり胸チラのイケメンが現れ、それを寄白さんがデコピンして、俺が心配しただけで友達ってどんな飛躍だよ?!




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