第38話 美子の嫌いな”白いリボン”

 俺と校長が四階に行くともうすでに戦闘は始まっていた。

 「美子!!」

 息もたえだえで校長が叫んだ。

 姉妹の危機、当たり前だ。

 「寄白さん。九久津?!」

 息急き切った俺の声もきっと届かないだろう。

 傷だらけで死者と対峙してる二人。

 寄白さんのイヤリングは、残りひとつになってる。

 その光景は夏の終わりを告げる風鈴のような物悲しさだ。

 「お姉。死者の下剋上らしいよ?」

 寄白さんは血の混ざった唾を吐き捨て、切れた唇の横を拭った。

 手の甲に薄っすらと血がついてる。

 こんな状況で俺みたいな、一般人になにができる?

 そこにいた、かつて真野絵音未だった死者・・は、掌を頭上にかざしエアカーテンのような物体で四階すべてを包んだ。

 体がビリビリ痺れるような瘴気が立ち込めている、辺りには真っ黒なオーロラが浮遊してた。

 不気味なヒダがゆらゆらと揺れる、白かった廊下という空間が漆黒に覆われた。

 俺らがいるのは、もう、この世界じゃないみたいだ。

 「異次元空間……」

 九久津は周囲を見渡してそう言った。

 「ここはもう別世界ってこと? それとも亜空間?」

 寄白さんはチラリと左右を確認した、ポニーテールも一緒になびく。

 「六芒星で包まれた六角市みたいな発想かな。四階だけ死者の結界に閉じ込められたような……けど、種類で言うなら亜空間の一種かな」

 「まんま六角市か」

 「えっ……?? ……美子ちゃん。どうする?」

 「それでも、やるしかないでしょ?!」

 寄白さんはついに最後のイヤリングを左耳から外した。

 その真正面で、死者が揺れると死者の体を護衛するように、空気中に小さく透明な球体が現れた。

 それが無数に分裂して小刻みに蠕動ぜんどうしている。

 刹那。

 寄白さんの制服の数ヶ所が破れた。

 ……あんなスピードに対応できるわけがない。

 一瞬なにが起こったのかわからなかったが、よく見ると、小さな球体が飛翔体となって寄白さんに襲いかかってた。

 「痛ッ!!」

 なぜか九久津の――痛ッ!!も一緒に聞こえた。

 寄白さんの最後のイヤリングが粉々に砕かれてる。

 ガシャン。黒い欠片が廊下に散らばった。

 もう十字架の原型は留めてない。

 そういうことか、九久津は身をていして寄白さんを庇ってた。

 ゴーレムで体を硬化させてるから、それほどのダメージは受けてないようだ。

 九久津がなんとなく、のっそり動いていたのは、寄白さんのサポート回っていたからだろう。

 それが功を奏し今回は寄白さんを紙一重で守ったってことか。

 重く硬そうな制服の欠片が辺り一面に広がってる。

 寄白さんは九久津の胸のなかで手元を確認した。

 イヤリングが壊れたことを認識すると、腕がだらりと下りた。

 俺には、それはなにかを諦めたようにも思えた。

 九久津の頬に一枚の布切れがピタリと張りついた、それは寄白さんがいつも髪を結っていた白いリボンの切れ端だった。

 死者の放った攻撃がリボンをかすめてたみたいだ、俺はその攻撃を目視できてなかった。

 この瞬間も、はらりと数枚の切れ端がスローモーションのように宙を舞ってる。

 その切れ端には、墨で書かれた達筆な謎の文字が見えた。

 「なんだ?! このお経のような文字は……」

 風圧によって飛ばされてきた、一枚の小さな布を手に取った。

 裁断面はいびつで、引き千切られたようにギザギザだった。

 「それは梵字ぼんじ。つまり呪符のリボン」

 青褪めたままの校長が説明するように言った、いやそれは、俺の疑問への反射的な返答だったのかもしれない。

 校長のその表情が青から蒼白へと変色してく。

 「……ぼ、梵字?」

 「そう美子はイヤリングにアヤカシを封印することが多い。でもその瘴気は糸を伝うように、すこしずつ髪の毛に流れてしまう。だから梵字のリボンで二重封印してるの」

 「リボンにもそんな秘密が……」

 リボンのひとつさえ好きな物を選べない。

 あの十字架のイヤリングだって、好きで選んだものじゃないんだろうな……?

 「頻繁に髪型を変えるのも一方向に留まる瘴気をアースのようにして毛先から浄化させるため。イヤリングだって瘴気が溜まる度に黒は深まる」

 「そ、そんな……」

 「ただ、うちの家系でもアクセサリーにアヤカシを封印できるのは、あの娘だけなんだけど」

 校長は下唇を噛み、うつむいた。

 これ以上、傷ついた寄白さんと九久津を見てられないんだろう。

 絹糸のような髪が校長の顔を覆った、すぐに手で払ったけど涙は、数本の髪を頬に留めさせた。

 寄白さんは、そんなにいろいろなことを背負ってたのか。

 どうして寄白さんにだけそんな荷物を。

 膝をついて崩れ落ちた寄白さんを、九久津が抱き支えてる。

 「美子ちゃん?」

 寄白さんの瞼が引力に引かれるように半分ほど落ちた。




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