第34話 she is ”シシャ”

 「シシャの正体は……み、あの、その、み」

 突然しどろもどろになって話をつづける校長。

 話の流れが途切れた。

 「み、美子なの。シシャは美子なの」

 また、話が難しくなってきた……。

 なにを言いたいんだ?

 「六角市の不文律。シシャは美子なの」

 校長の話は文章をどこかでブツリと切って、ペーストを間違えたように飛躍した。

 身振り手振りで伝えようとしているが、いっこうに核心には辿り着かない。

 俺もとっさに言葉を発してた。

 「えっ、でも真野絵音未がシシャだって?!」

 「それも本当よ」

 わからない謎が謎を呼ぶとはこういうことだ。

 「私たち寄白家、と言っても美子のことなんだけど。は“シシャ”、使わす者。つまり“使者”としてアヤカシを退治してきた。いわゆる正の立場として。でもその戦いのなかでどうしても生成されてしまう不純物がある。それが死んだ者イコール“死者”なの。だから絶対に対極の存在が生みだされてしまう。その“死者”を真野家がかくまってきた」

 《寄白美子とは対の存在。光と影。相反のシシャ》

 あれは、そういう意味だったのか……。

 使者と死者、対の存在、光と影か。

 疲労の表情を浮かべた校長は一度、息を吐き額の汗を拭った。

 「負の死者を一ヶ所に留めることはとても危険なの。溜まった負の影響を受けてしまう人が必ずいるから。だから現、死者である真野絵音未は巡回しなければならない。キミをバス通学にさせたのは、すこしずつアヤカシに慣れてもらうため。六角第四高校からは瘴気が洩れているから。つまり耐性をつけてキミの力を覚醒させようとした。ごめんなさい勝手なことをして」

 校長は机に両手をつきながら、ゆっくりと頭を下げた。

 俺に向けた謝罪は、心の底からのものだとすぐにわかった。

 高校生に向かって、こんなに真剣な顔で頭を下げる理由はないから。

 「冷たい水に入る前には、ぬるい水で体を慣らすみたいなことですか?」

 「理論的にはそういうことね」

 「まあ理由はわかりました。……過ぎたことはしょうがない。それでいまなにが起こってるんですか?」

 こんなことをされても、なんでだか、軽く受け流すことができた。

 「正直、私にもわからない。九久津くんから最近アヤカシの様子がおかしいという情報はきてた。でもこんな経験をしたことは一度もないの……。真野、いや死者がうちの四階にいる。それがいまの現実」

 深い溜息をつく校長が、しばらく目をつむった。

 なにかの答えに辿り着いたのか――……死者の反乱? と目を開き、ポツリと告げた。

 校長はとてつもなく焦ってるようだけど、俺は正直、この状況がそこまでの緊急事態だとは思えなかった。

 確かに重要な話ではあったけど、特別、俺の身に危険はないし。

 校長は、なににそんな怯えてるんだ。

 実際、俺がシシャに会ったときだってなにもされなかった。

 それほど危険な人物にも見えなかった、ただの大人しい女子高生だった。

 「でも私のせいなのは確かよ」

 「校長がなにかしたんですか……?」

 「死者はただの不純物の塊で他者に危害なんて加えないの。負の影響を受ける人はいても、死者自身が手をだすことはない……」

 両手で髪を掻き上げて両肘を机の上にドンとついた。

 「あの、なにを言ってるのか、さっぱりわからないです?」

 「私が六角第四高校の解体工事を指示した……」

 ――だからバランスが崩れた……。

 校長は頭を抱えたままか、細い声で呟いた。

 小さな声は俺に届く前に、そのまま落下して消えそうだった。

 「バランス?」




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