第30話 ブラックアウト

寄白さんはモナリザの手前で後方にのけ反ると、瞬時に踵を返した。

 「ここ最近のアヤカシは、やっぱり情緒不安定だな」

 俺は本能で感じた……逃げなきゃ……。

 死……ぬ……かも。

 モナリザの口が物理的にはありえないくらいに開かれた、それはカバが一番大きく口を開いた以上だろう。

 歯は鋭いギザギザの牙に変化して、白かったエナメル質、象牙質がボロボロに崩れて鈍色に変色した。

 もはや鋭い刃物と同じで、歯の先端からは粘ついた唾液が滴ってる。

 人体模型とヴェートーベンで、すこし見くびってたけど、アヤカシってこういうことだよな……本気のバケモノに変身した。

 果物の皮をひっくり返して、そこにたくさんの棘が飛びだしてるみたいだ。

 かつて顔だった部分が粘液でテカり、その顔が小刻みに揺れて標的を探してる。

 「……あのブラックアウトとは?」

 こんな状況だが、俺はおそるおそる寄白さんに訊ねた。

 「ホワイトアップの反対で暴走状態。闇落ちよ!!」

 「自暴自棄になって凶悪化する状態」

 九久津がつけ足した。

 「ヤバいじゃん?!」

 「ホワイトアップなら陽気なんだけどブラックアウトだと、あたり構わず危害を加えるから。ときにはアヤカシ同士でもね」

 九久津は突然走りだした。

 モナリザが九久津を捕えると、猛スピードで追尾する。

 最初に動くモノを追う動物みたいだ。

 さっきの怨みなのか執拗に九久津を追ってる。

 モナリザは九久津の緩急つけた動きにも遅れをとらない。

 「九久津。風だ!!」

 寄白さんがまた九久津に指示を送った。

 俺はハッとなって息を飲んだ。

 「だよね」

 {{カマイタチ}}

 わずかだけど、九久津の右手にフワっと気流ができた。

 それがじょじょに手首から腕にかけて広がった、九久津の腕には小さな竜巻が出現してる。

 ブレザーの袖部分でグルグルと旋風が渦巻き、そこで留まってる。

 空気を切り裂くシュルシュルという音が聞こえた。

 「キャパレベルは?」

 「カマイタチだと十五くらい」

 あれっ?!

 胸チラの夢魔ってのは怪異レベル三十って言ってたよな。

 転校初日はそんなスゲーのに憑りつかれてたのかよ?!

 ん……単位が違うか?

 というか九久津は自分でアヤカシを呼べるんだ、じゃあ憑りつかれるんじゃなくて自分の意思で体を貸してるのか?

 「まだまだ余裕だな。九久津、左周りの気流を作れ!!」

 寄白さんはどこか余裕ある素振りでイヤリングを外した。

 モナリザは九久津との距離をじょじょにつめる。

 モナリザの唾液が廊下にポタポタ滴った。

 「今だ!!」

 九久津は拳をアッパーカットする、併せて上昇気流が放たれる。

 モナリザはそれに巻き込まれて、天井に舞い上がった。

 あんな重い体が、やすやすと持ち上がった。

 強風のなかを飛ぶビニール袋みたいに、あんな簡単に。

 {{シルフ}}

 瞬間的に九久津はもう一体を召喚してた。

 気流が出現し、俺でも目に見える風になった。

 まるで絵に描いたような線の集合体だ。

 こんどは高速の風が天井に沿って駆け抜けた。

 サーキューレーターがスクリューのように高速回転する。

 カマイタチの上昇気流とサーキュレーターの合流地点に巻き上がったモナリザ。

 二つの気流が相殺する地点に誘導され、すこしずつ体が削らてく。

 今度はそこめがけて、寄白さんがイヤリングを掲げた。

 {{ルミナス}}

 イヤリングから眩い光が放たれた。

 一瞬だけど、四階の闇がぜんぶ青空になったみたいだ。

 はりつけにされた昆虫のように、モナリザは身動きがとれなくなってる。

 脱出しようと身をよじればよじるほど、いっそう体は硬直し、さらに風がカンナのように体を削った。

 ブラックアウトしたモナリザが、このとき初めて恐怖したように見えた。

 九久津はそれでも容赦なく自分の右手と左手をクロスさせた。

 それが合図とでもいうようにモナリザはサーキューレーターの左回転とカマイタチの左回転の衝突地点に追いやられた。

 ここで九久津のだしたカマイタチとシルフの風の量が増えた、薄く細かかった風は、厚みの増した刃物に見える。

 ウギャァァ!! 地獄の底からの声とでもいう雄叫びを残し、モナリザは消え去った。

 「サーキューレーターじゃなく扇風機なら助かったかもな!!」

  寄白さんのその言葉に俺はふたたびハッとさせられた。

  あっ?! 左回りの扇風機……あれも……か。

 「いやいや美子ちゃん。俺は臨機応変に気流を作るから、扇風機だったとしてもモナリザは助かってないよ?!」

 九久津の言葉に頬を赤らめた寄白さん。

 すこし恥ずかしそうにして九久津から目をそらした。

 「うるさい!!」

 ……ポ、ポニテールの寄白さんが乙女っぽく照れた。

 やはり天然で不思議っ娘、要素がある。

 照れてツンツンの寄白さんも、カ、カワイイ。

 いろいろ巻き込まれたが、そのカワイさに免じて許してやろう……あっ――幕の内弁当の幕が切って落とされます。って、あれは、もしかして俺が巻き込まれる合図か?

 なにげに戦闘開始の予告はされてたってことか、ということならもうすでに幕は落ちてるよな……?




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