第3話 寄白美子

 校門から見た校舎は三階建てで、すこし近代的な造りだった。

 ベージュ色で大人の肩の高さほどの塀が学校を囲んでる。

 右側には五芒星のなかに漢数字で一と書かれた校章。

 左側には学校名の書かれたプレートがあり、校章とプレートは左右対称で壁に埋め込まれてる。

 金色の蔦文様が重厚感を放つ。

 六角第一高校の制服は、ブレザー、Yシャツ、ネクタイ、リボンそれぞれにエンブレムとしての五芒星が刺繍されてる。

 これが学校ここのモチーフだからだ。

 校舎は真っ白をワントーン落としたクリーム色に近く、正面から見ると綺麗な長方形をしてる。

 右と左に大きな玄関が二つあり、左側が生徒玄関で右側が職員玄関になってる。

 きちんと職員用というプレートがあったから間違いないだろう、必然的に左は生徒用ってことになる。

 生徒玄関と職員玄関の距離はだいぶ離れていて、二階付近には大きく丸いアナログ時計が校庭を見下ろしてる。

 長針、短針、秒針がカチカチとせわしない、俺はスマホよりも、目の前にあるその時計で時間を確認した。

 現在の時刻は午前七時四十五分。

 遠目から眺めていると不思議な感覚になった。

 あれっ? 一階から二階、二階から三階までの窓の数が異様に多い。

 小さい長方形の窓があって、大きな長方形の窓、そして、また小さな長方形というふうに縦に規則正しく並んでた。

 比率で言うなら小:大:小=一:二:一の間隔くらい?

 でも、なにかが……おかしい……ような……直感的に覚えた違和感だからなんの根拠もないけど。

 どっかの有名建築家がデザインしたのか?

 センスあるデザインは、どことなく人間の印象に残ると言うし。

 俺は土埃が舞うグラウンド脇の舗装道を抜け生徒玄関へと向かった。

 転校初日はなにかと気苦労が絶えない。

 なぜかというと俺は冷ややかな視線を浴びることになるからだ。

 シシャかもしれないという特種な存在と、転校生という客寄せパンダのふたつを担ってしまう。

 ≪笑いで攻める≫

 ≪クールに決める≫

 ≪陰のある感じを醸す≫

 ≪包帯を巻いてなにかを封印してる系統。または眼帯で眼になにかを飼ってる系もあるな……≫

 頭のなかであれこれとシュミレーションを繰り返し、初日のキャラ作りに思考を巡らせた。

 やっぱ最初が肝心、なめられたら終わりだ。

 俺は注意力散漫で前方不注意だった。

 行く手を塞ぐ人影に気づかず、ぽわんという感触を胸元に感じた。

 おっ?!

 視線を下に落とすと、白いリボンで髪を結ったツインテールの小柄な女の娘がヒョコッとしてた。

 「あっ、すみません」

 なにも言葉を発しないが第一印象はカワイイ。

 「…………」

 完璧な触覚、大きなくりくりの瞳、薄茶色の目に星が輝いてる。

 なんて澄んだ目……カラコン……だろうか?

 涙袋の上も、うるうると潤んでる。

 当局にでも追われているのか? だいたい当局ってなんだよ?! 正式名称を名乗れ!!

 ヤバい……。

 妄想が先走るなか清涼感バツグンの眼で見つめてくる。

 壺でも売りつけられるのか?

 構わずに無視して右に避けると、その娘もぴったりとついてきた。

 左に体を回転させると、やはりその娘も体をひるがえす。

 これは完全に俺の進行方向を塞いでる、マンツーマンデイフェンスだ。

 ……ということで俺に用事があると判定しよう。

 「あの、なにか用でも?」

 「わたくし、寄白美子よりしろみこと申します」

 寄白美子と名乗ったその娘は、上体を四十五度ほど曲げて小さくお辞儀をした。

 両手でクルミを持ったリスのようなカワイさ。

 この娘のCVは誰だ?と、いうように声までもがフニャフニャしていてカワイイ。

 紺色のブレザーに緑と黒の格子模様のスカート。

 学校指定リボンと学生バッグのフル装備、胸元には五芒星の中央に漢数字で一と書かれた刺繍が施されてた。

 完璧に六角第一高校の制服を身に包んでる。

 コスプレでなければ、ここの生徒で間違いない。

 ツインテールと触覚の隙間から右耳に三つ、左耳に三つ、合計六つの十字架ピアスが顔をのぞかせた。

 朝日の逆光がその十字架を照らした、この娘には似合わない漆黒の黒曜石こくようせきらしき石を。

 黒いピアスの女……妹属性なのに、そんなアクセサリーを?

 アニメなら暴動が起きるぞ、処女性が大事なのに。

 しかも市立高校なのにそんな格好が許されるのか?

 そういや転校前に読んだ、学校パンフには初の民間人校長って書いてたな、校則が緩いのかもしれない?

 風紀委員とかそういう委員会的なのは機能してないの?

 「あっ、ご丁寧に、どうも」

 俺は軽く会釈を返した。

 その娘は少し首を傾げると、ニコっと微笑みかけてきた。

 俺の視野に、その娘の全体像が映った。

 ピアスなんかの部分を差し引いても、やっぱカワイイ判定だ。

 完全にカワイイ部類に入る……だがヤバい。

 違う意味でヤバい。

 なにを隠そう俺は特異体質で、変な存在に出会うと悪寒が走りトリハダが立つ。

 今だって背骨に沿って電気のような寒気が駆け上った。

 ああ~ビリビリとブルブルが止まらない、しかも腕から首筋にかけて小さなポツポツがでてきた。

 この謎の反射は正しく、ほとんど外れたことはない。

 ……なので結論から言っても、この娘はヤバいということになる。

 なにがヤバいのかは、現時点ではわからないけど。

 これが出会った瞬間にカワイイよりもまず、俺の警戒心が働いた理由だ。

 園児のときにドッペルゲンガーと目が合ったあの寒気。

 小学生のとき交差点で車が突然消滅したときにも感じた、あれはきっと異次元に消えたんだろう。

 中学生のとき、空に光る謎の物体を発見したときにも感じた、あれは完全にUFOだ。

 しかも地球侵略型のエイリアンが操縦してたに違いない。

 幼いころ水陸両用の翼竜を見たときも、等々……例を挙げればキリがない。

 「あの~お名前は?」

 その娘は、さっきとは逆に首を傾けて訊ねてきた。

 柔らかそうな耳たぶと一緒にピアスが傾斜し、振り子のように揺れてる。

 なおも黒光りしながら。

 「お、俺は沙田雅です」

 「では沙田さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 「あっ、はい、どうぞ……」

 俺はもう顔を凝視することができないくらい緊張してた。

 よし、俺も寄白さんと呼ぶことにしよう……とりあえず、心のなかだけで。

 「ところで沙田さんはシシャの正体を知ってらっしゃいますか?」

 「えっ……? なぜ急にそんなことを?」

 「沙田さんが転校生でいらっしゃるので?」

 「あっ、そうか。転校生はシシャ候補になりやすいんだっけ?」

 「ええ。そうでしてよ」

 寄白さんはマシュマロのような頬を上げて満面の笑みを浮かべた。

 俺のことを考えてのアドバイスらしいことはわかったが、この笑顔の裏に、なにかあるのではと疑ってしまう。

 かわいらしさと怪しさが、俺の心で葛藤してる。

 ふと自分の腕に目をやると、なおもトリハダが凄い。

 まあ単純に見かけだけならカワイイ、手も赤ちゃんみたいだし。

 ああ~心が揺れる。

 「それで寄白さんはシシャの正体を知ってるんですか?」

 おっ、さらっと名前を呼べた。

 やるな俺。

 「ええ。今日現在のシシャは六角第五高校の真野絵音未しんのえねみいさんでしてよ」

 一瞬の躊躇いもなく、そう答えた。

 さっき同様に濁りのない澄んだ瞳だ。

 とても嘘を言っているようには思えないが、こういうのって美人局つつもたせ常套手段じょうとうしゅだんだよな。

 「あっ、そ、そう……」

 この娘はなぜそんなことを知ってるんだ?

 今日現在って時価かよ?

 実際、真野絵音未って奴が本当にシシャなのかも怪しいが。

 やっぱヤバいタイプだな~絵画でも売られるかも。

 ま、まあ、カワイイんだけど。

 「わたくしも過去に六角第一高校へ転入いたしましたの。それでなにかと大変でして、沙田さんにもそんな思いはさせたくないと思いまして」

 「へ~寄白さんも。アドバイスありがとう」

 あっ、親切心っぽい、俺はなぜ疑うことを覚えたんだろう?

 ……ってそんな哲学的なことを思ってる場合じゃない。

 意外だった、この娘もそんな経験を、きっと――オマエがシシャだな? と虐げられてきたんだろう。

 「この街の住人ならば、あのルールを受け入れて生活しなくてはいけませんですし。ただのご忠告ですので、お気になさらず」

 「ああ。はい。そう……です……か……」

 なんだ普通に健気な娘じゃないか。

 ……けど俺が疑いの顔で見てたから、若干、不機嫌になってないか?

 「それでは失礼いたします」

 「あっ、わざわざありがとうございます」

 寄白さんは、最初よりもさらに深くお辞儀をした。

 顔を上げるとすこし不機嫌そうな表情をしてた。

 寂しさと諦めが同居するようなムスッとした顔だった、やっぱ機嫌を悪くさせてしまった。

 寄白さんは、俺にくるりと背を向けると、校舎に向かって歩きはじめた、そのシルエットを見ても、左右のピアスがやけに目立つ。

 小さな歩幅で幼児のようにちょこちょこと歩くと、生徒玄関に吸い込まれるように消えた。

 俺はその場から動けずに、しばらく見惚みとれてた。

 こ、こんな朝早くから出現するなんて本当に人間……か?

 それに俺が転校生だとどうしてわかったのか?

 制服が新しいから? 見かけない顔だから?




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