第25話 アイアム”シシャ”

「それは彼女が話します。私は席を外しますので、ここで待っていてください」

 仁科校長は一礼すると、回れ右のようにくるりと俺に背を向けた。

 「えっ、あっ、はい」

 彼女……?

 もっと事情に詳しい人がいるのか。

 それにしても俺は、ただのいち生徒、ここまで丁寧に扱われるのはなぜだ?

 去りゆく校長の背に向かって最後の質問をしてみた。

 どことなく猫背になった背中に。

 「あの、どうして校長という立場の人が僕に敬語なんですか?」

 半分ドアに隠れた仁科校長は、閉じるための内側ノブに触れてた。

 「それは沙田くんが寄白家……いや六角市にとって特別な存在だから……だそうです。寄白校長いわくですけど。この街の未来を握るほどの……」

 そくざにそう答えた。

 「えっ……はあ……?」

 イマイチわからない。

 なにもかもがバラバラに点在してて、ひとつに繋がらない。

 「……私も寄白校長の意見に賛同しています。だから私にとっても沙田くんは重要人物なのです」

 そう言い終わるとゆっくりと扉を閉めた。

 カチャ。っという音といっしょに、仁科校長の背から伸びていた影も同時に消えた。

 太陽は閉じたドアをなにごともなく照らしてる。

 ドアにはポジとネガに分かれたように明暗の境界線が斜線で引かれてた。

 出入り口の屋根が、日傘のように陰をいっそう濃くする。

 俺は、その彼女・・を待ってるあいだ、六角市を鳥瞰ながめた。

 見渡せる限りを眺めつつ、しばらく待った。

 仁科校長と入れ替りで、独りの女子生徒が音も立てずやってきた。

 ……というよりそこに存在してた。

 「……えっ?」

 悪寒とトリハダが走る。

 背中が寒い、またボツボツが腕に。

 今回は体の反応が遅いような気もする。

 今日は体調が悪いのか眩暈まで……。

 すでに礼をしたように前かがみだった女子生徒は、俺の前で、さらに深く頭を下げると、ゆっくりと顔を上げた。

 えっ?!

 よ、寄白さんに、う、うり二つだ。

 その娘の顔は、すべてのパーツが寄白さんと同じだった。

 例のピアス、あっ、いや、十字架のイヤリングをしてない以外は。

 六角第三高校の制服胸元に五芒星のエンブレムが刺繍されてる。

 市立高校のすべては、五芒星のエンブレムが刺繍され、それぞれの高校名が漢数字で縫われてる。

 ここは三高だ、当然、星の中心には三という漢数字が縫いつけられてる。

 「私は真野絵音未しんのえねみい

 えっ、この娘って寄白さんが言っていたシシャ?!

 ……どうしてここに?

 「私は六角第五高校から六角第三高校へ転校してきました」

 話す仕草も声質も一緒だ、ただ語尾が違う。

 寄白さんならこんな話しかたはしない、絶対に別人だ。

 「そ、そうなんだ……」

 「例にもれず、私も転入時からシシャ候補として名前が上がっています」

 「転校するとしばらくはそうなるよね? シシャ、シシャって陰口を叩かれる……」

 「いいえ。私はシシャです」

 真野さんは首を横にふった、それは“イエス”を意味してた。

 ってことは。

 「えっ、本当に……?」

 「はい、本物のシシャです」

 真野さんは小さくうなずいた。

 証拠もなくそんなことを言われても困るよな。

 寄白さんのように脈絡なく、むちゃくちゃなところも似てるけど……真野さんはその手で自分の髪に触れた、その仕草もやっぱり寄白さんに似てる、なにからなにまでそっくりだ。

 「それを他人に話してもいいの?」

 「ええ、大丈夫です」

 「正体がバレたらなにかが起こるとか? 誰かになにかされるとか?」

 「とくになにも」

 「そ、そうなんだ……」

 六角市の不文律、シシャの存在。

 もっと重大な秘密があるのかと思ってた。

 けど、なんてことはない普通の人間じゃないか。

 そうまでしてシシャの言い伝えを広める理由があるのか、いや九久津の言ってた《七不思議は生徒を寄せつけないために存在する》理論でいくと、シシャにもなにか裏がありそうだ……。

 「私は人間ではありません」

 とうとつになにを言うのかと思ったが、こういう電波っぽいところも寄白さんだ。

 人間じゃなかったら……候補はひとつアヤカシ……か。

 「またまた」

 そう俺が返したとたん、目の前で異変が起こった。

 ノイズを具現化したように真野さんの体が乱れると、全身が破線になって得体のしれないユラメキになった。

 もう人には見えない真野さんの体がロウソクの炎のように揺れてる、その物体は俺の背を越えた高さまで浮かび上がった。

 えっ?!

 なんだよ~って、なんかもうこういう怪奇現象には慣れた感がある。

 つぎの瞬間、俺は上空から街を見下ろしてた。

 不思議な感覚だ。

 体から魂が抜けだしたような感じ……幽体離脱か。

 『どうです。見えますか?』

 へ~。六角第一高校→六角第四高校(解体工事中)→六角第二高校→六角第五高校→六角第三高校→六角第六高校を順番に結ぶと“六角形”になるんだ。

 これは六角市と関係があるのか?

 『私はシシャ……死んだ者、イコール“死者シシャ”……負の集合体が私。寄白美子とは対の存在。光と影。相反そうはんのシシャ』

 鼓膜を超えて俺の脳に直接、声が響いた。

 その声が消えると真野さんの姿はなかった。

 俺は自分と意識が一体化して、ふだんのに戻った。

 「ふぅ~また怪現象か……」

 あの娘は本物のシシャだと直感的に思った。

 シシャじゃないならなんだって話になる。

 結局、寄白校長が俺に見せたかったモノはなんなのかわからない。

 寄白家の持つ力なのか、六角市の地形なのか真野絵音未というシシャの正体なのか。

 もしかしたら俺が見落とした他のなにかがあるのかもしれない。

 ……いったいどれだ?




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