第24話 披瀝(ひれき)

俺が在籍してた六角第三高校、その屋上。

 屋上は縦に十五センチほどのコンクリートで囲まれ、その上は転落防止用フェンスで覆われてる。

 ところどころ針金が擦り切れたりして、さらにサビも目立つ。

 最上部はねずみ返しのようになってる。

 経年劣化したコンクリートには大小のさまざまな水溜まりが点在してる、これは数日前に降った雨のせいだろう。

 俺は寄白さんの姉である寄白校長の依頼たのみでここにいる。

 久しぶりの六角第三高校は、とくに変わり映えもない。

 ……というのは場所だけで、心は修学旅行から帰った実家のようだった。

 懐かしいというか落ち着くというか、とにかく体が軽い。

 六角第一高校の短期留学から戻ってきたような錯覚さえする、なぜならいま俺の目の前に六角第三高校の仁科校長がいるからだ。

 校長は、頭部がすこし寂しいというイメージがあった……というのもそれは、この仁科校長が俺の校長像だから。

 それを考えると寄白校長は、想像だにしないまさに奇跡の存在だ。

 「……寄白校長から話は聞いています」

 仁科校長は手を背後に組みながら話を始めた。

 きれいに整えたヒゲを伸ばして相変わらずのダンディだ。

 中肉中背の五十代なかばだが、身なりもきちんとしてる、良妻賢母りょうさいけんぼの奥さんがいると全校集会でよく語ってたっけ。

 やはり頭は寂しいがヒゲと毛髪は別の細胞なのか?

 ……まあ、いまそれは関係ない。

 「あの~この学校にも階層トリックがあるんですか?」

 「あっ、いえいえ。うちの学校はいたって普通ですよ。ただ他校同様に学校の七不思議はありますが」

 「あ~僕が居たころにも、いくつかは聞いたことがあります」

 そう言えば俺がいたときも七不思議はあったけど全部は知らないんだよな~?

 七不思議なんて自ら進んで探らないと気にすることもないよな……。

 そもそも七不思議製作員会のようなオカルト研究会みたいなのがないと気にも留めないけど。

 「学生なら誰でも一度は耳にするかもしれませんね? さあ、こちらへ」

 穏やかな雰囲気のまま俺は金網フェンスの近くに案内された。

 仁科校長は“すたすた”と“のそのそ”の中間速度で歩いた。

 網目に手をかけ針金が交差する菱形の隙間から校庭を眺めてみた。

 なにげない学校生活が見える。

 「この屋上からは六角市内を見渡せるんですよ。知ってましたか?」

 「そうなんですか……? 知りませんでした」

 「さあ、見てください」

 俺は、その言葉にうながされて顔に金網の跡がつくほど密着させた。

 目の周囲を縁取るように金網がくい込んできた。

 上空の風は、俺の見開いた瞳を容赦なく乾燥させる。

 目がシパシパする……あれ? なんだ? 瞬きしても景色が途切れない誰の視点だ?

 ……まあ、いっか。

 「おお!! 本当だ」

 一年とわずかだけど、六角第三高校に籍を置いてたのに全然気づかなかった。

 でも特別なことでもない限り、屋上にくることもないか、ふだんは一般開放されてなかったし。

 学際とか部活の垂れ幕を降ろすときくらいか。

 「ちなみに沙田くんが通学している六角第一高校以外の市立高校は、すこしだけかさ増しされた高台に建設されているため、市内を見渡すことができます。唯一、六角第一高校にだけ屋上がないのです」

 「そうだったんですか? この街の謎みたいなのは他校の校長も全員知ってるんですか?」

 「ええ、そうですね。私と寄白校長。他四校の市ノ瀬校長、佐伯校長、五味校長、武藤校長。教育委員会をはじめ市長、市議会も公認の事実です。というのも六角市は代々寄白家に守られて統治されてきました……」

 「そんな歴史があったんですね?」

 「はい。沙田くんが転入したのもじつは寄白校長のはからいでして……」

 「えっ? ……というのは?」

 「…………」

 仁科校長はうつむき一度、唇を噛んだ、そして舌で唇を潤すと、また話しを始めた。

 顔をこわばらせ無意識にヒゲに触れた。

 「まことに言いにくのですが、お父様の急な転勤も寄白校長の辞令だったわけです」

 「えっと? ぜんぜん意味がわからないんですが……」

 親父の転勤と寄白校長になんの関係があるんだ。

 どこかに接点でもあったのか。

 「六角市は寄白家の会社『株式会社ヨリシロ』が絶大な力を持っています。そして沙田くんのお父様が勤務する会社もその関連会社なのです」

 「そうなんで……す……か……? 親父なんも言ってなかったからな……」

 あっ、そっか別に親父が市内転勤したって俺まで転校する必要もないのか、家まで引っ越す必要もなかったわけだ。

 父親は、ただ面倒だから、家族で引っ越したのかと思ってた。

 ……というか俺を六角第一高校へ呼ぶために家族ごと引き寄せたってことか?

 「つまり僕が必要だったということですか?」

 「はい」

 仁科校長は、また唇を噛みしめてうなずいた。

 申し訳なさそうにしてるけど、仁科校長にはなんの責任もない。

 大人の事情ですこしだけ人生を変えられた、俺への同情を感じた。

 あれっ? でもおかしいぞ、俺は六角第四高校に通学するはずだったのにあの解体工事だ、寄白校長が俺を必要とするなら、最初から親父を六角第一高校付近に転勤させるはずだ、それが工事中の六角第四高校ふきんに異動させるなんて……。

 そこを逆の視点で考えるとなにか特別な事情で、俺を六角第三高校ここから遠ざけたかったという憶測が成り立つ。

 転勤時期のピークって、ふつうは春だよな、だからその時期には転校も多いし、新入生が入学する関係で四月はシシャの話題が多い。

 「あの……その理由は?」

 とめどなく溢れる疑問のすべて込めて訊ねた。




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