第224話 残り香

 社さんとエネミーは、二人仲良く帰っていった。

 いまごろはタクシーのなかかな?

 

 エネミーぜってー寝てるな、目に浮かぶわ~。

 ここにきてから九久津と社さんに会話らしい会話はなかった、

部屋全体に流れる、ふとした会話の相槌あいづちくらいだ。

 う~ん、女心は難しす。

 

 校長室は四階と違って照明機器があるから、顔を見合わせたら表情がちょくだもんな。

 四階は真っ暗なんだけど、俺らは開放能力オープンアビリティの夜目を使ってるから、部屋の明るさとは、ちょっと見えかたが違うんだよな。

 よくテレビでなんかで見る、暗視スコープをのぞいた感じでありつつもカラフルに見えるという不思議な見えかただ。

 社さんとエネミーって、帰り際の手の繋ぎかたも幼い妹としっかり者の姉って感じだったな。

 けっして百合ゆりではないというのは強調しておく。

 去り際の二人の影も寄り添うようだった。

 しっかし、あのエネミーの影に九久津の召喚した護衛のアヤカシが潜んでるとはな~。

 ぜんぜん、わからんかった。

 九久津いわく”べとべと”という名のアヤカシだそうだ。

 エネミーの影に潜り込んでるから、誰にも見つからずにつねに護衛できるってわけだ。

 それでいて体力を消耗するのが九久津自身って、どんだけカッケーのよ。

 社さん、わかる気がするよ、俺もその気持ち。

 俺もけっしてBLじゃないことを強調しておく、兄弟的な好きってのはなくもないが。

 イケメンよ、ちょっとはほころべ。

 俺のような、ザ・ふつうはどうすればいいんだ。

 エネミーにアヤカシの怪しげな者が近づくと、強制的に亜空間へと避難させるシステムでエネミーを護衛する。

  校長室に戻ってきてすぐに、九久津と読寄白さんが話してたのは、亜空間の座標計算のプログラム数値だった。

 開放能力オープンアビリティとは各自でカスタマイズすることもできるらしい。

 その調整で寄白さんは、亜空間の避難先を計算してたんだ。

 九久津の家に行くバスのなかで、寄白さんが能力者専門校の特待生だったということは聞いてた。

 寄白さんはもともとITスキルが高く、プログラミングができることはさっき知った。

 ツインテール時の寄白さんのことを考えると、プログラミングなんて真逆のスキルっぽいのに。

 あのポンコツ感ならメカ音痴っていう先入観が……。

 機械にボタンがあったら――全部押しますわよ。みたいな感じなのに。

 まったく、人は見かけによらない。

 

 まあ、外見に騙されるなってことだ。

 それでエネミーが緊急避難する経路で一番ベストなルートを選定したらしい。

 エネミーみんなに守られてるな。

 いや、ここにいる誰もがエネミーの安全を願ってる。

 九久津はそのまま、また病院に直行するという。

 抜けだしてきたんだから、当然か。

 体調も本調子じゃないんだし。

 ああーっ?! しまったー?!

 社さんに”流麗”のこと聞きそびれた、社さんが誰かとそんな会話したことあるかのかないのか、訊けずじまいになってしまった。

 しょうがない、つぎの機会にしよう、会う予定はないけど六角市の能力者だ、いくらでもチャンスはある。

 九久津は、体の向きをドア側に変えた。

 校長室からも、だんだん人が減ってくな。

 「あの繰さん?」

 そのまま部屋をでるのかと思ったら、素っ気なく校長を呼び止めた。

 なんだ?

 声の感じが、なにかを探るような訊きかただ。

 「なに九久津くん」

 「ジーランディアの情報提供者ってどんな人ですか?」

 「えっ、どうして?」

 「いえ、ちょっと気になったんで」

 「えっと、それはあちらにも都合が……」

 そういや、校長。

 情報提供した人とは今日、会ったって言ってたけど、詳しい人物像は言ってなかったな。

 どんな人なんだろ?

 「じゃあ、はっきり言います」

 「えっ、ええ、うん。どうぞ」

 九久津は校長との間合いをつめた。

 ……なんか空気がピリつきはじめた。

 「俺は最初ニオイに敏感なアヤカシをエネミーちゃんの護衛に召喚しました。アヤカシのニオイに反応があればそれをキッカケに助けに行けばいいと思ったからです」

 「そ、そう。えっと、でも私に訊きたかったことってジーランディアの情報を提供してくれた人のことじゃ……」

 「はい。そうです」

 「じゃあ、それとなにが?」

 「ああ見えてもエネミーちゃん自身が死者でありアヤカシだ。近い種族のアヤカシが敵として近づいてきた場合の判別が難しい。それならエネミーちゃん自身の影にベトベトを潜ませたほうが危機回避の判断がしやすいと思いました」

 「うん。たしかに私もそっちが適任だと思うわ。それで?」

 「俺が最初に召喚したアヤカシは臭鬼しゅうき

 「そう。臭鬼ね。まあ、ニオイに反応するアヤカシで召喚するとしたらベストな選択だとは思うわ。それよりもさらにエネミーちゃんの安全性を考慮してベトベトに変えたのよね?」

 「はい。そこであることに気づいたんです」

 「なに?」

 「……繰さんから俺を尾行してた者と同じニオイがしました」

 「えっ、うそ?」

 マ、マジか?

 情報提供者って、ス、スパイ? 俺らを探ってるってありがち。

 しかも九久津を尾行してるし。

 あっ……背筋に悪寒が、ま、まさかそいつが蛇?

 蛇の正体はそいつなのか。

 って、俺さっきから蛇の正体なのか?ってたくさん思ってるけど、蛇の候補者が多すぎ、ぜんぜん絞れてねー。

 まったく当たる気しねー。

 「臭鬼が感じるニオイは香水の匂いや体臭なんかとは違います。どちらかというと人それぞれが纏う微生物雲のようなものです」

 九久津がまだ話をつづけるなか校長は九久津の話に被せてきた。

 「いや、いや、それはないわよ。だって戸村さん・・・・は国立病院の看護師だもの。そんな人が九久津くんを尾行けてくるなんて」

 校長は前のめりで九久津を圧倒するように話つづける。

 言い終わって、――あっ。と大きく口をあけた。

 その表情は、話し過ぎたって顔してる。

 

 情報提供者って戸村って人なのか? ……ん?

 と、戸村。

 と、戸村? 戸村って、戸村さん?

 俺の知ってる戸村さんと同じ人なのか?

 校長は、いま国立病院の看護師って言ったよな。

 

 「戸村? あの看護師がどうして俺を」

 九久津も、いま――あの看護師。って言ったよな魔障専門看護師であって、さらに戸村っていう珍しい名字なら、俺の知ってる戸村さんと同一人物以外にいない。

 俺と寄白さんを置き去りにしたまま、二人の話はつづく。

 さすがに寄白さんも、この話には興味があるみたいだった。

 逆にそれ以外にいたら驚くよ、戸村さん。

 昨日、採血のときに看護師長の代わりにきた美人看護師さん。

 そして魔障である人面瘡じんめんそうかかった、葵ちゃんの車イスを押してきた人。

 いやー、どう考えてもあの人が九久津の尾行なんて。

 なにかの間違いじゃ?

 葵ちゃんもなついてたし。

 ふつうに優しくて看護精神のある看護師だったぞ。

 

  「九久津くん、どうして戸村さんを知ってるの? 知り合い?」

 「俺の診察のときにいた看護師です」

 な、なにー?!

 と、戸村さん、九久津の診察のときにもいたのか~。

 いや、ま、まあ、冷静に考えればなんの問題もない。

 だって同じ国立病院なんだし。

 

 しかも看護師という職業の人だ。

 医師の側で診察のサポートをするが仕事。

 むしろ俺も、九久津も出会ってて当然だ。

 「な~んだ」

 校長は拍子抜けしたように肩の力を抜いた。

 強張ってた顔も緩む。

 なにか問題が解決したのか?

 「九久津くん。それって九久津くんが病院抜けだしたから、戸村さんが尾行してたんじゃないの? ああ見えて、身体能力高そうだったよ? ナイフで風切ってビュンって反撃するみたいな」

 こ、校長、もう、ふつうに戸村さんって呼んでるし。

 隠す素振りもない。

 戸村って固有名詞が共通言語になったってことでいいのか。

 「……」

 けど、校長がほっこりした理由も、言ってることも理解できる。

 病院抜け出す患者がいるなら、それは病院側の人間として追うわ。

 九久津も紛らわしい。

 九久津はそのまま黙ったあと、一言だけ、――そうかもしれません。と言ったきり、また黙ってしまった。

 九久津はそれ以降、なにも言葉を返さずに校長室を後にした。

 ただ、なんとなくなにかを言わんとしてるような素振りもあった、でもその言葉を飲み込んだようにも思える。

 

 いま、寄白さんは、校長から今日あった戸村さんのことを事細かに訊いてる。

 俺も話に混ざろうーっと。