第223話 小休止

俺たちはいま校長室にいる。

 壁時計が示す時間は午後8時45分、高校生にとってもまあまあ遅い時間になった。

 「美子ちゃん。座標の調整をしたいんだけど」

 「ああ、それなら」

 九久津と寄白さんはなにか数学的な話をしてる。

 四階では言い合うこともあったけど、それもお互いを思ってのことだ。

 「うちの冷蔵庫は5LDKで収納多めアルよ」

 校長室に備え付けられてる小さな冷蔵庫を前にエネミーは能天気だ。

 どういう部分が5LDKなのかわからないけどわかる・・・

 これはつまり家の冷蔵庫はデカイってことだ。

 収納が多めってことは冷蔵庫の引き出しが多いんだろう。

 校長室の冷蔵庫は俺の腰くらいの高さで、飲み物専用の冷蔵庫と言ってもいい。

 ただ、一般家庭の冷蔵庫と簡易冷蔵庫を比較するのもどうかと思うけど……。

 エネミーは真野家の娘なんだし、家は良家って言えば良家だ、大容量サイズの冷蔵庫を使ってるんだろう。

 きっと俺の家より、ひとまわりくらい大きいやつだな。 

 「なかにはバルコニーもあるアルよ」

 社さんは真顔で、エネミーの話を受け止めてる。

 その言葉になにひとつ疑問はないって感じで通じ合ってる。

 バ、バルコニーってなんだ?

 あれか? ドレッシング置くとこか? それともチューブの薬味置くとこか?

 エネミーの言いかたなら、ぜんぶがバルコニーの可能性もある……。

 「テラスには生卵が置いてあるアル」

 あの穴だらけの場所がテ、テラスだと。

 ボッコボコじゃん、テラスぜんぜんテラってないじゃん。

 「テラスの半分はカフェテラスアルよ」

 ダメだ、なに言ってんだかぜんぜんわかんねー。

 仮に卵のとこにカフェを置けるなら、そのカフェって、カフェ細っそ?!ってなるぞ。

 これはバルコニーがどこなのか、ますますわからなくなった。

 「ベランダにはマヨネーズとケチャップとウスターソースアルな」

 どうやら俺の思ったドレッシング置き場が、ベランダっぽいな。

 「ドレッサーにはドレッシングが並んでるアル」

 はっ?

 ドレッシングがドレッサーに収納されてるだと、そもそもドレッサーって化粧台だよな。

 真野家は違法建築の冷蔵庫使ってるのか?

 ダメだ、ギブアップ。

 「あっ、そうそう【Viper Cage -蛇の檻-】って個人名でフィルタをかけると、その人が投稿した順でソートできるから」

 校長のその言葉で、俺はエネミー独特の世界から現実に戻ってきた。

 また蛇の存在を呼び起こさせる。

 校長は【Viper Cage -蛇の檻-】の使いかたの捕捉説明をしつつ、小物が並ぶ机の引きだしから、大きい付箋のような束を取りだした。

 キリトリ線の点線からピリピリと一枚一枚、ちぎって俺らに配りはじめた。

 当然、俺もそれを受け取り眺めてみる。

 なんだこれ? 小さな切符みたいだ。

 校長がみんなに個別で配ってたのはタクシーチケットという物だった。

 こんな物がこの世界に存在してたのか。

 このタクシーチケットとは、な、なんとタクシーに乗っても無料というレアアイテム。

 リアルSRスーパーレアだ。

 いや、じっさいは無料じゃなくて株式会社ヨリシロが前払いしてるんだけど。

 亜空を使って一校にきたわけだし、もう、夜も遅いからタクシーで帰宅してっていう校長の心遣いだ。

 社さんとエネミーは帰りの方角が一緒だから、二人はいま帰り支度をしてる真っ最中。

 さきに学校をでるのはこの二人だな。

 九久津はまた病院に逆戻りで、明日からのことはわからないと言う、まあ、尾行のこともあるし。

 「もうすぐ九時アルな。でも予約してきてるから完璧アルよ~」

 エネミーは上機嫌で壁時計を見た。

 エネミーのやつアニメを多重録画してきてるな。

 今日のこの時間帯に放送されるアニメはない。

 地上波じゃなく、有料アニメチャンネルだろう。

 冷蔵庫の件といい真野家は由緒ある家柄だリッチな家庭はうらやましい。

 反対に俺の家は一般家庭。

 

 俺の父親は株式会社ヨリシロの関連会社に勤めてることを、三校に戻ったとき仁科校長に教えてもらった。

 六角市にはヨリシロの関係する会社は多くある、それこそY-LABと国立病院もそうだし市内を走るバス会社もそうだ。

 ……親に直接聞いたわけじゃなく、間接的に聞くってのもそれはそれで淋しいもんだな。

 「円盤ほしいアルな~」

 「えっ、円盤? エネミーちゃん、UFO?」

 あっ、校長が食いついた。

 そりゃあそう思うよな、ふつう。

 校長の頭に円盤がDVDやBDなんて考えはないだろう。

 

 九久津も俺が円盤の話したら混乱してたし。

 九久津の家で渾身こんしんの円盤ギャグがスベったのは忘れねー。

 こういう点では俺とエネミーの趣味は合うってことになる。

 いっぽう寄白さんは人体模型のこともあってか沈んでる。

 藁を封じた十字架のイヤリングを見てるときもそうだったけど。

 今日わりと静かだったのはそのせいか?

 ツインテールで街にいるときは、エネミーとウェイウェイやってたし、最初から元気がなかったってわけじゃないけど。

 

 ほかにも蛇のことを考えなきゃならないし、十字架イヤリングのなかの忌具のこともか。

 なんだかんだ、みんなそれぞれ悩みごとは多い。

 これぞ高校生、だけど俺らが抱えてる悩みはふつうの高校生の悩みに加えてアヤカシ関係のことだけど。

 「繰。UFOじゃないアルよ。DVDアルよ」

 「へーDVDのことを円盤って言うのね。専門用語かなにか?」

 「そうアル」

 おいおいエネミー。

 校長をこっち・・・の世界に引っ張ってくるな。

 こっちって思ってしまった。

 俺のアニメ好きが溢れた。

 

「へ~じゃあ、エネミーちゃん、アニメライフ満喫してるのね?」

「繰。満喫じゃなく、おうちアルよ」

 話がズレはじめた~。

 校長がふつうに言った単語が、エネミーのヘンテコアンテナに引っかかった。

 「エネミー。校長がいま言った満喫は楽しむって意味で茶のことじゃないから」

 ここは俺が訂正しておかないと。

 直さなきゃいけないとこは早めに教える。

 昨日の病院の待ち時間のときのように、いつか本気で美味しい加湿器を楽しみだすかもしれない。

 ブドウジュースは紫、メロンソーダは緑とかって加湿器でカラーバリエーションを満喫しだしたら大変だ。

 下手したらそれが最新トレンドになって世間を賑わすかもしれない、そうなる前に先手を打っておく。

 「そうアルか~」

 と、考えてたら、九久津が校長名義でグミをあげてる。

 エネミー、いや、真野家の教育で、お菓子は一個しか受けとっちゃいけないルールらしいから。

 

 ほんとしつけに厳しい環境だ。

 まあ、真野家は良家、教育にも力を入れてるんだろう。

 いまのこのエネミーからはほど遠いが……。

 でも、その路線でノビノビ育ってくれ。

 

 「エネミーちゃん。校長室に戻ってくるあいだに護衛のアヤカシを召喚しておいたから」

 く、九久津いつの間に?

 「ホントアルか?」

 「気づかなかった?」

 「わからなかったアルよ。九久津仕事早いアルな。これでグッスリ眠れるアルよ」

 エネミーの言葉じゃないけど、仕事早えー。 

 でも、どこにいるんだ、とも思ったけど、常に目立つ場所に護衛がいたら、それこそ蛇に見つかるな。

 ふつうじゃ気づけない場所に召喚してるのか?

 あっ、エネミー眠そうにしてる。

 そろそろ九時も近いし、四階にるときは神経たかぶってたからだな。

 

 いまは比較的安全な場所にいるし。

 さらに九久津の召喚した護衛がついてるってのも安心材料になるはずだ。

 「エネミー。でも覚えておけ。代替召喚だいたいしょうかんのキャパは九久津が持つってことを」

 「美子。それはスゴイ、技アルか?」

 「体力を消費するのは九久津だからな」

 寄白さんエネミーに対してリアル路線だな。

 でも自分の分身だもんな使者と死者。

 

 「美子ちゃん。代替召喚って召喚術があるってことは使うために存在してるってことだから。エネミーちゃんが気にする必要はないよ」

 「私はただ、そういう手法で守られてるってことをエネミーに知ってもらいたかったんだ」

 「わかったアルよ」

 もしかして寄白さん自身も九久津に護衛されるように感じたのか?