第214話 後遺症(アフターエフェクト)

 もとのサイズに戻った十字架のイヤリングを手にした寄白さんは、さらに顔を険しくした。

 「九久津。あの風はなんだ?」

 そんな近距離でそこまでキツく言わなくても、ってそれだけ心配してるってことか。

 風って言えばあのモナリザが痙攣けいれんしたやつだ、確かにあれは気になった。

 寄白さんのあまりの剣幕けんまくに社さんもエネミーも校長も、ただ黙ってる。

 「ん……?」

 「私ははじめて見た。あれはシルフじゃないだろ」

 「シルフだよ」

 それでも九久津はいたって冷静だ。

 発する言葉にためらいのひとつもない。

 「違う。私はいまだかつて、あんなに黒く澱んだ風を見たことがない」

 えっ、寄白さんくらいの長い付き合いでも、あのわざを見たことがないって。

 確かに黒み帯びてた、なんつーか、風が濁ってた。

 「本当のことを言え」

 「いや、たまたま、ああなっただけ」

 九久津は眉ひとつ動かさず正々堂々と答えた。

 「九久津。私に隠しごとがあるかないかイエスかノーで答えろ」

 うおぉぉ、寄白さんが核心をついてきたぁ!!

 ストレートにいくな。

 さすがポニーテールのときは度胸が違う。

 「答えはイエス。隠しごとはある。そして俺にだって言えないことはある。それにあの風は確かにシルフだ」

 九久津は九久津でまったく動じねーし、さすがは六角市を守る者たち。

 しかも隠しごとって言い切った。

 って、ここで気になるのはやっぱり社さんだ。

 だよね、そうなるよね、ほんの一瞬ではあったけど、やっぱり心配そうな顔になった。

 いまはもう、いつもの涼しい顔に戻ったけど。

 「理由は?」

 「だから言えないこともある・・・・・・・・・んだって。それにこの言葉を言えばきっと、美子ちゃんは俺に対して口をつぐむしかなくなるよ?」

 「なんだ?」

 「俺は今日、病院を抜けだしてきた。それはつまり、まだ正式な退院の許可がでてないってこと。だから治療の一環で言えないってのが答え」

 ――くっ。寄白さんは口を結んだあとに――まっとうな答えだな。と降参するときのように両手を上げた。

 でもそれは見放したとは違う。

 今回は譲ったそんなふうに俺は思った。

 社さんはまた心配そうに見てる今度はその表情のままだ、それに校長とエネミーも同じだ。

 まあ、この空気感じゃ、しょうがないか。

 イケメン、女子に心配されすぎ、視聴率高けー、占有率高けー。

 「美子ちゃん。わかってくれた?」

 「ああ。わかった」

 「だよね。だって美子ちゃは俺の治療の妨げになることはしないでしょ?」

 九久津はさらに畳みかけた。

 「当たり前だ」

 九久津のほうが一枚上手いちまいうわてか。

 頭のきれるイケメン。

 「そう言ってくれるってわかってた」

 むしろ、そう言うしかないように誘導したような……。

 それでも険悪な感じにはなってない、まだ信頼関係がある。

 それもそうか九久津がなにかを隠してても、それは周囲に心配をかけたくないってことなんだし。

 みんなもそれを理解してるだろう。

 人は誰かを守ために嘘をつくし、人を陥れるためにも嘘をつく。

 嘘も方便ほうべんって言葉もあるしな。

 「九久津その代わり話せるときがきたら言え。魔障に限って言えば後遺症アフターエフェクトってのもある。種類にもよるがあれ・・は厄介だ」

 「うん。わかってる。そこは主治医ともきちんと話すから」

 どうなることかと思ったけど、引き分け的な決着だった。

 あれっ、いま社さんが哀しそうに眉を下げて、九久津から目を逸らした……それは九久津を心配してるのとも違うように思えた。

 正直あの黒い風って、あまり良いものじゃない……。

 わかってるよ、俺のなかのヤツも同じ考えだって。

 校長はなにを思ったのかこんなときなのに、あの派手なスマホをだした。

 そのまま画面の操作をしてる。

 なんでこんなときに?

 この状況でしなきゃならないことってあるか? あっ、社長だから株価とか?

 俺にはよくわからないけど、株って突然、暴落とかあるって聞くし。

 けど夜も株やってんのか? あっ、やってるか翌朝のニュースで株大暴落ってのを見たことがある。

 しかも近いうちに株式会社ヨリシロの株主総会ってのがあるとも言ってたな。

 職業の掛け持ちは大変だ。

 まあ、ほかに急用で連絡する用事ができたのかも、って考えてると俺のスマホが震えた。

 誰だよこんなときに?

 ふつうこんなバッドタイミングで連絡なんてしてこないぞ。

 俺までスマホの操作しなきゃならないハメになった。

 画面を眺めてると、不思議とみんな同じタイミングでそれぞれのスマホを見てる。

 なんだこの状況。

 画面が本体おれに触れろと言うように自己主張してくる。

 だから、俺は俺のスマホのディスプレイをタップした。

 【寄白繰】:

 ・1、蛇は真野絵音未を唆したかもしれない。

 ・2、蛇は人体模型をブラックアウトさせたかもしれない。

 ・3、蛇はバシリスクを操っていたかもしれない。

 (バシリスクは不可領域を通ってきた)

 ・4、蛇は日本の六角市にいるかもしれない。

 ・5、蛇は金銭目的で暗躍しているかもしれない。

 ・6、蛇は両腕のない藁人形(忌具)を使って、モナリザをブラックアウトさせたかもしれない。

 ああ、そういうことか。

 まさか、さっきのいまで【Viper Cage ー蛇の檻ー】の電子共有ノートが役立つなんて。

 違うな、校長はこれからさき、こういうことに頻繁に遭遇しそうだから作ったんだ。

 【Viper Cage ー蛇の檻ー】に、六つ目の項目が追加されてた。

 あの五体のモナリザも蛇の仕掛けた罠だった可能性が高いからだ。

 負力を強制的にブーストさせたのは、確かにあの藁人形の腕なんだろう。

 でも、それ自体を仕組んだのは蛇だろうって考えは、ここにいる誰しもが思った。

 校長はすぐに「6」番名を追加して、みんなに知らせた。

 だから俺たちは一斉にその画面を眺めてるってことだ。

 蛇……か……。

 いよいよヤバイ相手だってのは理解できてきた、ものすごく用意周到に俺ら?あるいは六角市を攻撃しようとしてる。

 ずる賢く、陰湿に、わずかな隙を狙って……校長が言ってたことそのまんまだ。

 校長がスマホを持ってみんなに目配せしたときだった。

 校長自身のスマホが震えた。

 誰かが【Viper Cage ー蛇の檻ー】に返信のコメントを書いたのか?

 「うそっ……」

 校長が零したその一言に、ブラックアウトしたモナリザを前にしてもなお涼しい顔をしてた九久津の表情が一変した。

 九久津の位置からはちょうどその内容が見えてたみたいだ。

 「……」

 すこしの沈黙があって、九久津が――これ、みんなにも見せていいですか?

 と訊いた。

 校長は言葉なく、ただ、うなずくだけだった。

 校長が黙り込んで、九久津が声をだすなんてどんな大事件があったんだよ。

 九久津は校長のスマホを受けとると、みんなに見えるような高さにかかげた。

 エネミーがさっそく、それを読み上げようとするが、――ひ。と言ったきり漢字が読めずにつまずいた。