第213話  残忌(ざんき)

九久津は額縁に手をかけると、持ち上げるようにして壁からモナリザを外した。

 絵画の表面を眺めてから、上から下へと撫でていった。

 絵を中心に寄白さんと社さんも集まってきて、一緒にその様子をのぞき込んでる。

 校長はエネミーの両肩に手を置いて、俺らの場所から一歩引いた場所でこっちを見てた。

 すこし危険な予感がするからな、このモナリザは。

 社さん九久津に結構接近してるけどこういうときだと、あの、なんつーか、好きとかの感情が薄いっぽい。

 まあ、そんなの意識してたら戦いに身は入らないよな。

 あっ、そうだ社さんに流麗って単語を知らないか訊いてみよう。

 ……と、思ったが、いまはそんな状況ではない、後日にしよう。

 そんなときだった、エネミーもワクワク顔でモナリザをのぞいてるし。

 好奇心旺盛かよ!!

 九久津が安全確認したからか?

 さっきまでは――おっかないアル。って騒いでたのに。

 九久津は一通り表面をなでると、額縁をグルっと裏返しにした。

 心なしか、絵画のうらぶたが盛り上がってるように見えた。

 九久津は左脇に挟むようにしてモナリザを抱えてから、おもむろにトンボをスライドさせてふたを外した。

 簡単にパカっとれた。

 「あっ?!」

 九久津より先に声をだしてしまった。

 絵画を裏返した額縁の裏面には、美容室の床に散らばった髪のような物体がへばりついてた。

 なんだこれ? 散乱どころじゃないな、敷き詰めるって言ったほうがわかりやすい。

 呪いの人形の髪みたいだ。

 「これが原因だ」

 九久津は俺の声なんてまるで聞こえなかったとでも言うように冷静沈着だった。

 なんとなくここでも場数の違いを感じる。

 こんなことは日常茶飯事、そんな日々を送ってきたんだろう。

 まあ、寄白さんも、社さんもだけど、俺とは経験年数が違う。

 「九久津。それに直接触るな」

 寄白さんはそう言うと、手のひらを掲げて触るなのジェスチャーをした。

 そのまま十字架のイヤリングを耳から外す。

 これで寄白さんの耳には左右でひとつずつのイヤリングしかない。

 両耳に一対一のイヤリング、本来これがふつうのアクセサリーだよな。

 呪符と梵字ぼんじのリボンをしてるとはいえ、負力の入ったイヤリングを左右で三つずつするなんて体への負担は大丈夫なのか?

 寄白さんの持つ十字架がどんどん大きくなってく、それはちょうど鸚鵡オウムが入るような大きさになった。

 形も一般の鳥カゴに似てて周囲は布地ぬのじのようなもので覆われてる。

 カゴというか砂漠のなかのテント?

 だが鉄格子のような柵は見当たらない、出し入れ自由?

 「寄白さんのイヤリングにこんな力があったのか」

 不意に口をついてた。

 「そっか。沙田は知らなかったんだっけ?」

 「えっ、ああ知らない。てか死者のときにこの技使ったっけ?」

 「いいや。あのときこれ・・は使ってない。戦闘向きの技じゃないから」

 「へーそうなんだ」

 あっ、そっか、あのとき俺と校長が駆けつけたときにはもう、戦闘が始まってて、イヤリングは残りひとつだけになってたんだ。

 ってことは、あのときはこの技を抜いた五個のイヤリングで戦ってたのか。

 「ちなみに沙田。美子ちゃんのイヤリング、右から一番目のイヤリングがグレア。左から三番目がルミナスとかって思ってない?」

 「えー?! ち、ち、違うのか?」

 「美子ちゃんのイヤリングは、いま持ってるイヤリングを除き、ひとつのイヤリングにつきひとつの技が使えるってルールなんだよ」

 「そ、そ、そうなの?」

 「二人ともうるさい」

 「ごめん、美子ちゃん」

 「はい、すみません」

 反射的に謝ってしまう、俺の下僕センスよ。

 てか、知らなかったー、イヤリングの耳の位置とそれに対応してる技はイコールだと思ってたわー。

 またまた、新たな知識を得ることができた。

 {{オレオール}}

 モナリザの裏で散らばったていた髪の毛のようなものが光包まれていく。

 まるで光の袋でパッケージしてるようだ。

 そのイヤリングはこうやって使うのか。

 「美子。美子がオレオールを使うってことは。それは忌具なの?」

 校長がそう言ってから、一呼吸おいた。

 あの髪の毛のようなものは忌具だったのか。

 「な、なんなの、それ?」

 「藁だ」

 寄白さんが校長の顔を見た。

 その表情はどこか意味深だった、なにかを隠してるわけでもないけど、なにかをはっきり言ったわけでもない。

 そんな俺の個人的、見解。

 「わ、藁……って、じゃ、じゃあまさか」

 校長のその驚きようといったらスゴい。

 やっぱりなにか心当たりがあるのか?

 「そう。あの藁人形だ。この藁はあの藁人形のちょうど腕に当たる部分だろう」

 藁人形……? ……ん……?

 藁人形って確か九久津がバシリスクと戦ってるときに、この四階に出現したんだよな……しかも人体模型がブラックアウトしたあとに。

 それと関連ある忌具。

 モナリザの絵画の裏に隠されてたものは髪の毛じゃなく藁人形の腕をほぐした物だったのか。

 だからあんなに散らばってた、確かに藁の断面は雑だったまるでむしり取ったように。

 「あの藁人形には両腕がなかったからな。私ははっきり覚えてる」

 その藁人形の腕だったものは寄白さんのだしたカゴのなかにゆっくりと吸い込まれていった。

 どことなかくカゴのなかに収納するそんな感じだ。

 それを見届けた九久津は指をパチンと鳴らした、美術室の前で廊下を警戒してたぬりかべの召喚が解除された。

 もう、今回の異変の原因もわかったしとりあえずの危機は去ったって判断か。

 「ま、また裏をとられた……。このやり口って……」

 校長が愕然がくぜんとしてる。

 それほどの出来事だったのか。

 「繰さん大丈夫ですか?」

 社さんのあとに、エネミーも――繰……。と心配してる。

 「時差式じさしきの罠……」

 校長の声が一段と弱弱しくなった。

 だいぶショックを受けたようだ。

 寄白さんが髪を掻き上げ、美術室から廊下を眺めてる、なんとなくその藁人形のが出現した日を思い返してるようだった。

 「どうりで……。あのときあまりにあっさり撤退しすぎだと思ったんだよな。あの日、対処できなかった私のせいだ」

 寄白さんはポニーテールを振り乱して悔しがってる。

 「でも美子。あのときは二条さんが……」

 「いや、二条先生のせいじゃない」

 だからと言って、寄白さんがひとりで背負うことでもないはずだ。

 たしか二条さんって当局の救偉人の人だったよな。

 校長の寄白さんへの配慮も効き目なしか。

 「誰のせいでもないよ」

 九久津はそう言って、うらぶたを戻してからふたたびトンボを留めた。

 寄白さんはそれを受け入れたのか押し黙ったままだ。

 校長の意見もきっと九久津と同じなんだろう。

 「この藁が増幅装置ブースターの役目をしてたんだ。最近の六角市の異変を考えれば、いきなりブラックアウト体のアヤカシが出現してもそれは範疇だと思ってた」

 九久津はまた壁に近づいて、元あった位置モナリザにかけ直した。

 その言葉は俺に向けられてると感じた。

 「でも、さすがにブラックアウトしたモナリザが連続でてくるからおかしいと思ったんだよな。カタストロフィーが起こったわけでもないのに」

 なるほどな~。

 そのことに寄白さんも、社さんも、九久津も、とっくに気づいてたのか。

 完全に経験の差だ。

 ブラックアウトしたアヤカシの固体が多すぎるから、逆に焦らなくてもいいなんて俺じゃ絶対に気づけない。

 ふつうはブラックアウトしたアヤカシが大量にでたら、パニるじゃん。

 エネミーはポカンとしてる、ふふ、エネミーめ、俺と同じだな。

 おまえがいてくれるから俺の取り残された感が薄れてく、あとでもう一個、寄白さん名義のフルーツグミをやろう。

 いや、寄白さんの名前だと、ぶん殴られる可能性があるから、社さんへと名義変更だ。

 なに味をあげようかな。

 「ということでここでひとつ良い報告ができる。さっきまでの異変は忌具が原因だから、美子ちゃんのアヤカシ出現予測の経験則は崩れないってことだ」

 おお!! そっか、今回が特殊なだけだもんな。

 起承転結である段階予測の法則はまだまだ活用できそうだ。

 寄白さんのアヤカシの出現予測は有効だ。

 ……と、思ってたら寄白さんが九久津に詰め寄ってる。

 なにがあった? 九久津なにかしたっけ?