第212話 怪訝(けげん)

 静まり返った四階には俺らの息使いだけが響いてる、そこに遅れてピアノの低音が合わさってきた。

 あのピアノはマイペースだな、って言っても俺が肺で呼吸してんのと同じように、当たり前に鍵盤を鳴らしてるだけか。

 あいつの鍵盤とは活動を維持する器官なのかもしれない。

 そういや九久津って、風を使ってから戦闘に参加してない。

 もしかして、俺に経験を積ませるためとか?

 ――あんなにアヤカシを召喚して大丈夫なのかな……。

 校長がなにげなく呟いたことを俺は聞き逃さなかった。

 召喚憑依能力者って召喚のキャパレベルがあるんだよな、それにアヤカシを召喚するときには怪異レベルを計算しながら戦わないといけない。

 さらにアヤカシと能力者との相性の良し悪しもある。

 でも、九久津なら頭でそれを完璧に計算して戦ってそうな気がするけど。

 俺はモナリザの破片と埃をかぶったゴーレムを見てから、なおも校長とエネミーを守ってるぬりかべに目をやった。

 九久津は今日ゴーレム二体、ぬりかべ二体、シルフ、野衾のぶすまってムササビのアヤカシ六体を召喚してる。

 九久津ならそれくらい個体を召喚しても問題なさそうだけどな……。

 けど現状でも、この廊下にゴーレム二体、ぬりかべ二体、野衾のぶすまが存在してるのか。

 シルフはすでに風が通過して消えたからな。

 九久津なら、そんなことは、たいしたことないんじゃないかって思うけど校長からすれば違うのか?

 確かに俺もⅡとⅢを出現させっぱなしは体力が減る、それと同じだとしたら、疲労感は大きい。

 登り階段を全力ダッシュし終わった感じに近い、たぶんこれは俺とⅡとⅢが連動してきたからだろう。

 まあ、校長の心配は無用だと思う、なんだかんだバシリスクの件でちょっとナーバスになってるんだ。

 さっきまで危険な状況だったのに、いまは爽快感と充実感がある。

 体が軽くなったような。

 これからさきも、やってけそうだ。

 「ここまでイレギュラー過ぎるできごとは」

 九久津が誰にともなく言った。

 校長はその声に反応して怪訝そうな表情をいつもの穏やかな顔に戻した。

 相変わらずエネミーは校長にべったりだ。

 「イレギュラーじゃないってこと」

 寄白さんそれを受けて答えた。

 「さすがにここまでやられるとね」

 社さんはなんだか呆れてるように見えるけど、それがなに対してなのかわからない。

 エネミーが社さんへと駆け寄っていった、社さんはエネミーを体の真正面で受け止めた。

 おいおい、お父さんイヤイヤお母さん抱っこ的な状況だぞ。

 「そう簡単に経験則が使えなくなるなんてことはないってことよね」

 校長はエネミーを送り出したときと同じく、両手を広げたままの姿勢で言った。

 エネミーはポカンとしてるのかと思ったら、目を輝かせて、さっきから――カッケー、カッケー。言って社さんの手をブンブン振ってる。

 みんなのバトルに感化されたらしい。

 あっ、また、ちょっと浮いてる、エネミーの飛翔能力、絶賛発動中。

 「あの沙田ですら・・・カッケーアルよ!!」

 ですら。ってなんだよ。

 ここでようやくゴーレムの召喚が解かれて消えた。

 ぬりかべ二体はまだ、校長とエネミーを軸にしたまま、すこし離れた場所に立ってる。

 念のためってことか?

 状況が急展開したときの防御壁。

 「でもどこだろう?」

 校長がそう言うと廊下を見回した、みんなもそれにつづいて辺りを見回してる。

 どういうことだ?

 俺はまた、すこし取り残された。

 まだまだなんのことだか予想できない、さすがに経験不足だ。

 みんなは最小限の言葉だけで通じ合ってる。

 「みんな。どういうこと?」

 だから、訊けばいい。

 「まだわからない。だから俺が確かめる。その場所はもうひとつしか残ってないけど」

 九久津はそう言って、真っ先に美術室の前に立つと野衾のぶすまの背中にそっと触れた。

 狸が化けるような感じでアヤカシがボワンと消えた。

 召喚を解除したからだ。

 当然モナリザの出現でドアはなくなってる。

 野衾のぶすまが消えたいま美術室の入り口はガラ空きだ。

 飛んでったドアは、廊下の端で使い物にならなくなってる。

 右のドアは大きく三枚に割れてるし、左のドアは上の右端が反り返ってる。

 スゲー衝撃で飛んできたもんな。

 社さんの厭勝銭も貯金箱をひっくり返したように飛び散ってて、どこの教室にどんな配置で置いてあったのか、もうわからなくなってる。

 四階はそのまま戦闘の後って感じの状態だ。

 亜空間を応用してなかったら、校舎なんてとっくに崩壊してるな。

 九久津はその場で首を左右に振ってから天井を見た。

 そういえば、今日、四階にきてからも同じようなことやってたな。

 首の角度が上から下へと変わっていく、そのまましゃがみこんで床に手を当てた。

 「なにもなさそうだ……」

 そう言ってからスルっと立ち上がった。

 「俺は今日、四階にきてから見渡せるだけの場所で異変のアリナシを調べた。けどなにもなかった」

 「それで?」

 俺はそう声をかけながら九久津の後方に並んだ。

 「なにもないってことはなにもないってこと」

 そう言ったのは寄白さんだ。

 じゃあ、不審な点はない?ってことですけど。

 と、言葉で言うとぶん殴られそうだから……と、思いつつ寄白さんを見る。

 三つイヤリングを使ったから、両耳のイヤリングの間隔が不均等になってる。

 右耳はひとつ、左耳はふたつの黒い十字架のイヤリング揺れてる。

 「そう。だから原因があるなら廊下じゃない場所よね?」

 言ったのは社さん。

 へーそういうことなんだ、三人がそれぞれ俺に教えてくれてるようだった。

 九久津は美術室のなかへとどんどん進んでいった、俺も同時に後をついて歩く。

 みんなも後につづいてなかに入ってきた。

 美術室の入り口の左右に一体ずつぬりかべが立ってる。

 その位置だと、なんらかの攻撃が廊下から美術室へあってもいったん、ぬりかべが間に入ることができる。

 九久津は美術室に入ったあとほかを見向きもせず、ある所まで進んだ。

 凝視してるのは有名な絵画モナリザだ。

 そう、これが【七不思議その五 飛び出すモナリザ】……の元となる四階、美術室の絵画。

 なにげに絵だけ見ても不気味だよな、怖えーよ。

 表情が怖いんだよな~なんつーか、顔の無機質さが。

 それがブラックアウトしたらあんな表情もなく顔面トゲトゲになるんだから。

 そりゃあ学校の七不思議になるわ。