小説家になろう

第210話 流麗(りゅうれい)

「さすがにビビったアルよ~」

 ぬりかべの後ろで身を縮めてたのはエネミーだ。

 なんだかんだで、あそこまで凶暴なアヤカシに遭遇するのは初めてだろうし。

 そうなるのもしかたがない。

 てか、エネミーの能力発動してんのか、ちょっと浮いてるけど……。

 ビビったら浮くのか?

 エネミーは身を屈めたままで校長の側に歩み寄る、いや歩んでない。

 飛んだってことにしておくか飛翔能力で。

 ぬりかべはモナリザとエネミーの間で緩衝材かんしょうざいとして常に盾となってる。

 エネミーは校長のもとまで行くと、服の袖をツンツンした。

 「繰。あれおっかないアルよ」

 「そ、そうね。でもみんなもいるし。それにぬりかべが守ってくれてるし。ねえ、エネミーちゃん、そのあざっていまぶつけたの?」

 校長はエネミーの太ももの裏を指さした。

 エネミーはエネルギッシュに動くから、そんな痣のひとつやふたつあるんですよ校長。と俺がここから言っても届かないだろう。

 「これアルか?」

 「そう、その太ももの裏の痣よ」

 「これはもっと前にぶつけたアルよ」

 「そうなんだ。気をつけてね」

 校長はそう言ってエネミーを軽く抱き寄せた。

 エネミーは――わかったアル。とうなずく。

 二人の前で二体のぬりかべは連結して一枚の壁のように、二人をまとめて護衛するポジショニングに変えた。

 「ぬりかべに助けらたアルな」

 「そうよ。九久津くんの召喚能力のおかげ」

 「九久津は良いやつアルな。グミもくれたし。蛇の護衛もしてくれるアルし」

 「それが九久津くんなのよ」

 なんだか九久津、褒め合い合戦になってる。

 モナリザの標準体だったら、エネミーもまだそんな驚かなかったかもな。

 ただ、いきなりブラックアウトはさすがにきつい。

 顔って言っても……もはや目、鼻、口はないし。

 人の形もしてない、ほんとアヤカシって呼ぶのにピッタリだ。

 社さんは人の形をした小さな紙を指で挟むと、トランプをシャッフルするようにしてから空中に放り投げた。

 花が散るように宙にその紙が舞う流麗りゅうれいな仕草で。

 流麗、まるで社さんのためにあるような言葉……。

 流麗……そんな表現を俺は使ったことがないけど思ったことはあった。

 ……なんだ、この言葉って国語の授業で習ったっけ?

 ――流麗って雛ちゃん・・・・っぽいね、これ一昨日、国語の授業で習った言葉なんだけど、さっそく使ってみた。

 この想いもなかのヤツ……国語の授業・・・・・って、学生なのか?

 俺と歳はそう変わらないのかもしれない。

 しかも俺のなかのヤツは社さんを知ってる、いや九久津に対してもときどき感情が変化するし校長に対してもそうだ……いったいどういうことだ。

 ――それってどんな意味ですか?

 えっ、社さんの声が……再現VTRのような感覚。

 誰かの思い出を見てるような、いや聞いてるような。

  ――流麗って雛ちゃん・・・・っぽいね、これ一昨日、国語の授業で習った言葉なんだけど、さっそく使ってみた。

  ――それってどんな意味ですか?

 俺のなかのヤツと社さんとの会話が成立した。

 これはいつかあった出来事なのか?

 なかのヤツはいつか社さんとこんな会話をしたことがあるってことか。

 それとも【啓示する涙クリストファー・ラルム】にはこんな症状があるのか。

 赤い涙を強制的に透明にするなら、それなりの代償を払う必要があるのかも。

 結局、薬ってそういうとだよな。

 あっ、くそっ、いまはモナリザのほうに集中しないと。

 {{六歌仙ろっかせん喜撰法師きせんほうし}}={{土}}

 ……ん……気のせいか?

 社さん、ほんの一瞬だけどもたついたような。

 ふつうの人間じゃ感知できるかできないか程度だけど。

 ってそこに気をとられてる場合じゃねーな。

 社さんも必死に戦ってるんだ。

 モナリザの周囲はレンガを積むように土がどんどんと重なってく。

 それはまるで冬囲いのようで、モナリザはもう土のなかに埋まってた。

 たぶんこれでモナリザのトゲは封じられたはずだ。

 弦を突き破ってくるほどの威力でも、これだけ分厚い土に囲まれてたら、さすがにトゲは飛ばせないだろう。

 俺がほんのわずかにそのモナリザから注意を逸らしたときだった、その土の塊の後方から、ふたたびトマトを裏返した物に無数の針金はつけたような頭部の物体がバタバタと足音を響かせて走ってくるのが見えた。

 なっ?! どうして?

 その足音はさらに増える、ヤバっ、二体、三体、くそっ、まだいるのか。

 四体、五体。

 土に囲まれたモナリザ含めて、ぜんぶで五体か。

 マズいぞ、この状況は。

 美術室からブラックアウトしたモナリザが四体も迫ってきてる。

 九久津は床を蹴り左右の壁を交互に蹴って、天井で体を旋回させた。

  {{シルフ}}

 ちょうど伸身宙返りの逆立ちの状態で九久津はアヤカシを召喚した。

 俺が声をだすよりさきに九久津が反応してた。

 九久津の初動、早えーし!!

 唇がペリっと鳴ったこんなに唇が渇いてる、よっぽど焦ってたってことか俺。

 九久津が廊下に着地したとき、もう風は通り過ぎたあとだった。

 {{野衾のぶすま}}

 九久津が召喚した大きなムササビのようなアヤカシは、その体を膨張させ、そのまま廊下を飛んだ。

 空気を抱えるようにしてフワフワ宙を泳ぎ、美術室の前にスタっと降りると、体を膨らませて、空きっぱなしの美術室の入り口を塞いだ。

 なるほど、モナリザの出口を封鎖すんのが手っ取り早いってことね。

 いま、でてきた四体だけじゃなく、さらに増えるかもしれねーしな、名案だ。

 九久津の召喚した風はじゃなくもやのようになってまだ、辺りを漂ってた。

 けどその靄は前方にいる寄白さん、社さんを明らかに避けてる。

 クリアだった靄はじょじょによどんでいった、靄が黒い。

 いや、黒い風だ……あんな技、初めて見た。

 いままで九久津が使った風のカマイタチは空気を具現化したように白い線だった。

 ……ん?

 四体のモナリザの動きが鈍った、いや硬直してる?

 しかもビクビク痙攣けいれんまでしてる、って思ってる場合じゃねー。

 {{ツヴァイ}}

 {{ドライ}}

 この隙を有効活用しないと、九久津がくれたチャンスだ。