第209話 ふたつの机

「いきなりかよ!!」

 寄白さんが叫んだと同時に、社さんは宙を縫うように両手を動かした。

 ドアが無造作に廊下に落ちる、下にマットなんてないからモロにリノリウムと衝突した。

 ――バタン。という音ともに埃が舞う。

 社さんはそっちに構ってる暇なんてないんだろう、見向きもせずに、ふたたびを空気を縫った。

 ネットのように張り巡らせた弦は、意思のある生き物のように社さんの前にあった。

 なにかの魔法陣を縦にして掲げてるそんな感じだ。

 弦の端からブラックアウトしたモナリザを囲んでいく、四方八方を塞がれてモナリザはそのまま包まれていった。

 「うそっ?! 美術室からいきなりブラックアウト体のモナリザが飛びだしてくるなんて。みんなこれからはいままでの常識は通じないかもしれないわよ」

 ついさっき九久津が言ったことを校長も言った、九久津のときとは比べられないくらい慌てた口調だけど。

 それだけイレギュラーな状況ってことだ。

 モナリザは絡まった弦のなかで体をバタつかせてる。

 弦のなか脱出口を求めてるんだろう。

 底引き網のなかでもがくようにしてその体を蠢かせてる、弦のあちこちがボコボコと膨らんでは縮むを繰り返してる。

 あの凹凸がモナリザが暴れてる場所。

 あれっ、なんだ?

 急に焦りが湧き上がってきた、気づけば俺は手を振って叫んでた。

 この手の動きは、その場を離れろのジェスチャー……俺の意思とは別の意思による反射的な動作だった。

 「社さん、寄白さん、すぐ離れて!! 九久津、防御系のアヤカシを早く!!」

  {{重複召喚ちょうふくしょうかん}}≒{{ゴーレム}}

  {{重複召喚ちょうふくしょうかん}}≒{{ぬりかべ}}

 俺の合図にみんなが反応してる。

 寄白さんと社さんは後方に飛んだあと、二人同時に驚いたままで俺を見てた。

 社さんの前方と寄白さんの前方は、より網目の細かいネット状の弦が盾となって円錐状の小さいトゲを防いでた。

 ふぅ、俺が叫ぶ前に社さんも防御策をとってたか。

 九久津は召喚したあとに俺の言葉に――ああ。と答えた。

 要するに俺の言葉に返答する時間さえ惜しんでアヤカシを召喚したってことだ。

 二体のゴーレムは寄白さんと社さんをそれぞれを覆うようにして守ってる。

 その背にも黒いトゲがいくつも刺さってた。

 あのトゲはモナリザが放ったものだ、社さんの弦を突き破ってきたのか……。

 もうすこし遅かったらと思うとゾッとする。

 俺の目の前はぬりかべが守ってくれてる、そして校長とエネミーの前にもそれぞれぬりかべが護衛のように立ってた。

 九久津がそれぞれに合うだろうアヤカシを選んで召喚した。

 九久津だけはなんのアヤカシを召喚することもなく無防備なまま、おとなしくなったモナリザを見据えてる。

 袋状の弦には無数の穴のあいてた、その穴の個所だけトゲが飛んできたってことだ。

 九久津は生身なまみのままでトゲを全部かわしたのか?

 壁や天井にはモナリザが九久津に向けて放ったトゲが刺さってる。

 でも今回のモナリザのトゲは直線で飛んできたわけじゃない、寄白さんと社さんの前にいるゴーレムの背中にトゲが刺さってるのがその証拠だ。

 いくつかのトゲは曲線を描いて飛んできてる、確実にヒットさせようとしての攻撃だ。

 モナリザはトゲをランダム軌道で飛ばしてきてる。

 でも九久津はすべての軌道を見切った上で俺ら全員の防御系のアヤカシを同時召喚させ、自分に飛んできたトゲを”防ぐ”ではなく”かわす”を選んだ。

 九久津、おまえはいくつのことを考えて、何個の動作を同時にしてんだよ?

 資料で読んだ【九久津毬緒は召喚・憑依能力者のなかでも天賦てんぷの才を持つ。】

 ただそれを目の当たりにしてるだけか。

 九久津がいて助かった~。

 九久津は不思議そうに俺を見て――助かった。と笑顔を見せた。

 その――助かった。は――みんなを助けられて助かった・・・・。って意味だ。

 いやいや、俺も助けられたけどな。

 俺の前にいるぬりかべの全身にもモナリザの頭部から飛んできたトゲが無数に刺さってる。

 ……ブラックアウトしてるから、そのぶん絵画のときよりも凶暴性や攻撃力が上がってるんだろう。

 だから社さんの弦の網をも突き破ってきた。

 なにかが甦ってくる、あっ、最初のモナリザとの戦いで俺が廊下に机を置いたのって……あれは別の誰か意思だ。

 あれって言ったほうがいい。

 あのとき俺は意外と机が軽いことに気づいた、だから、もう一脚を持ち上げて廊下に置いた。

 机の数は多いに越したことはないって機転は俺のなかにいるモノの判断だ。

 いまの咄嗟とっさの判断もその感覚に近い。

 でも俺は、いま戦闘において確実にレベルアップしてきてる、なんだかなかのモノと戦闘パターンが一致してきた気がする。

 それは俺を導いてくれてるような。

 気がするというより俺がそうなっていってる……一体化っていえばいいのか。

 只野先生が言ってた良性って意味がわかる。

 「沙田くん、ありがとう」

 社さんの背中越しにその言葉がきこえてきた、なんだか感謝されちゃったな。

 「ああ、うん。気にしないで」

 「やるな。さだわらしのくせに」

 寄白さん――くせに。ってなんだよ。

 社さんはまた宙を縫うように手を動かした。

 たとえこの隙にまたトゲを飛ばしてきても、ゴーレムが反応するはずだ。

 {{影縫い}}

 モナリザは弦に包まれたままの状態を維持しつつ、足元をバツ印に編まれていった。

 正確にはモナリザが立ってる真下にバツ印の縫い目ができてる。

 これでヤツは歩行という意味では進むことはできない……でもこの技って初め見たんだけどな……俺は効果を知ってる。

 「雛の能力。中国の道士という戦士の戦闘方法も入ってるからね。道士は中国の固有アヤカシ殭屍キョンシーとの戦闘を得意としてた」

 校長が言葉で説明してくれた。

 ああ、そうだ、俺は今日だけでもいろいろと学ぶことがあった。

 九久津はリッパロロジストやダンパーについても教えてくれたし。

 やっぱり放っておかれてるわけじゃない、その都度、いろんな人が俺に知識を授けてくれてる。

 それになかのヤツも内側なかから戦いかたを教えてくれてるんじゃないか?

 そんな気がした。

 これを追い風って言うんだろう。

 最初のモナリザは天井のサーキュレーターと九久津の風で倒したんだっけ。

 風を味方につけると強いな。