第208話 モナリザ 2nd バーサス

 俺たちは寄白さんと社さんのいる場所に向かってる。

 と言っても、もう二人の姿は視界に入ってた。

 校内でも四階はやっぱり不気味だ、ピアノの音がよけいにそれを感じさせる。

 それと不思議なことに今日の四階は、小銭というか古銭が一定の間隔で散乱してる。

 それこそ俺のデコにヒットした和同開珎や寛永通宝もある。

 でもそれは社さんの厭勝銭ようしょうせんだとすぐにわかった。

 九久津は最後尾にいて首を小刻みに振って全方位を警戒してた、いつもながら安心感がある。

 たぶんもう四階の現状は把握してるはずだ。

 エネミーは校長の腕にしがみつくようにして甘えてる、誰にでも自然になつけるのはある種、才能だよな。

 赤ちゃんがハイハイして、誰かに寄ってくのにそっくりだ。

 そんな感じだから誰も警戒心なく受け入れてしまうんだ、昨日、会ったばっかりなのに俺はだいぶ振り回されたぞ。

 それでもイライラするなんて感情はない。

 「繰、うち五センチ飛べるようになるアルか?」

 「できるわよきっと。ご、五センチなんて言わずに十センチ。ううん二十センチ。い、いえ、空上まで飛翔べるように頑張りましょうよ」

 「それはだいぶバイブスヤベーアルな?!」

 「バイブス?」

 「そうアル」

 そりゃあ校長も混乱するよな。

 いきなりバイブスって言われてもな。

 「それはなに?」

 「お腹あたりがゾワゾワってなるアルよ」

 「そ、そ、そうなの。サージカルヒーラーの私にはちょっとわからない感覚かな~。で、でもきっとそれはエネミーちゃんだけに理解できるものだから、いずれ飛翔能力を自分のモノにすることに役立つんじゃないかな」

 「そうアルか?」

 「うん。エネミーちゃんは飛翔能力が適正だから、その、なに――バイブスヤベー。ってなることに惹かれるんじゃない? ちょ、ちょっと言葉が難しかったわね。ようするにエネミーちゃんの好きなことが、いずれ自分の能力に転化されるって、あっ、これも難しいかな。まあ、いまは好きなことをめいいっぱい楽しめばいいのよ」

 「ほ~繰。良いこと言うアルな。じゃあうちは楽しいことだけするアル」

 「そう、それでいいの」

 校長の言葉がエネミーに通じたみたいだ。

 楽しいことだけってパリピかよ。

 寄白さんと社さんは深刻そうに美術室の前に立ってる。

 部屋の前には蜘蛛の巣のように社さんの弦が張り巡らされてた、あれが社さんの能力……。

 廊下にたくさんあった古銭は美術室の前にはない、周囲を見渡すと各教室の前には和同開珎や寛永通宝、それに見慣れない古銭、数枚が一ヶ所にまとまって置かれてる。

 こうやっていくつかのパターンを作ってたのか。

 だから亜空を飛んできた古銭のセットで、どの部屋の前から飛んできたものなのか判断できたんだ。

 和同開珎や寛永通宝の二枚だと美術室に異変があったってことになるのか。

 俺たちがパフェを食べに行く計画の合間に、社さんはこんな下準備をしてたんだ、校長が前もって頼んだんだろうな。

 寄白さんの顔がいっそう険しくなった、いまなにか話しかければ、ぶん殴られるに違いない、それほど真剣だ。

 だが、ここでまた、ある疑問がわいた、だから九久津が俺の側にくるのを待って訊く。

 「なあ、九久津、寄白さんなら今日も四階のアヤカシの出現予測できたんじゃないのか?」

 「予測ってのは段階の変化に気づくこと」

 「……ん? じゃあ、今回は途中がないってことか?」

 「美子ちゃんが気づけなかったってのはおそらくそういことだ。もっとも最近はアヤカシの様子がおかしいから、いままでの経験なんて意味をなさなくなってきてるのかもな。経験則が役に立たなくなるってのは結構マズい状況だけどな」

 たいていの物事もそうか。

 段階を経て移り変わってく起承転結って言葉もあるくらいだし、でもそれがすぐに”起”から”結”にいけば当然、段階はわからない。

 寄白さんは壁の打診音のわずかな違い、空気の気圧の変化でアヤカシの出現予測をするんだから途中の段階・・・・・がないと予測不能なのは当たり前か。

 あっ?!……なにかがくる、それが気配でわかった。

 俺もようやくなにか・・・の気配を読むことができるようになってきたみたいだ。

 蹴破けやぶるように飛んできたのは美術室のドアだ。

 そのドアはサッカーのゴールネットに吸い込まれるように、社さんの弦にうずまった。

 社さんの張った弦はその威力すべてを吸収してて、ドアが蜘蛛の巣状の弦に絡まってる。

 本当に蜘蛛の巣に吊るされた蝶みたいだ。

 そう、あの日もこんなふうだった、でもあのときはまだ絵画・・・・と同じ姿で……それからブラックアウトした。

 でも、いまの……その姿……やっぱ途中をすっとばしてる、段階が省略されてる。

 トマトを裏返した物に無数の針金はつけたような頭部。

 黒い服で裸足のそいつは、目の前にいる社さんをターゲットにしたようだった。