第206話 劣等能力者(ダンパー)

 

 

 

 四階に着くと俺たちの目の前を、背筋をピンと伸ばした綺麗な姿勢の人体模型が走ってった。

 そのさい俺ら一人一人に一礼してく、学生なら真面目な生徒って感じだ。

 すこし遠くからは――ダンダンダンダン。と低いピアノの音が聞こえてくる、あっちには音楽室がある。

 【誰も居ない音楽室で鳴るピアノ】はまるで呼吸でもするように鍵盤を鳴らしてた。

 寄白さんは、人体模型が廊下の角を曲がるまで目を背けずに見てた。

 すこし傾いたポニーテールが寂しそうだ。

 前のやつとは違う……真反対だ、そもそもあいつは奇声あげて走ってきたもんな。

 あのときは驚いたけど憎めないし、愛嬌のあるやつだった。

 あいつも寄白さんの下僕感いっぱいだった、寄白さんにビビってたし。

 でも中身があいつ・・・・・・・だった人体模型はもういない。

 【七不思議その一 走る人体模型】、その名の通り廊下を走るためだけに存在してる。

 それは今回のやつも前回のやつも同じなんだけど。

 なんつーかそういう種族のアヤカシだから。

 でも中身は違う、なにもかも違う。

 死者の真野絵音未もエネミーもなにもかも違う……。

 寄白さんは前の人体模型になんだか強い思い入れがあるうようだった、俺が転入する前からの付き合いだったらしいし。

 バシリスクが出現した日、蛇によってブラックアウトさせられた人体模型を退治したことは知ってるけど、そこでなにがあったのか詳しくは知らない。

 ただ寄白さんだって、無暗にアヤカシを退治するって女子ではない。

 退治、封印、釈放を決める権限は寄白さんが持ってるから。

 ブラックアウトしたから退治した、その結果がいまの人体模型になったってだけだ。

 あの日の過程を俺は知らない、いや誰も知らない。

 蛇が人体模型をブラックアウトさせたかもしれないって総合的な判断なんだから。

 座敷童のざーちゃんだってアヤカシだけど、あの子に攻撃なんてできるわけがない。

 種族こそ違えどひとりの子供だ、アヤカシとの戦いは簡単じゃない、線引きが難しい。

 それこそ死者はどうなのか?ってことだ、エネミーは人間にしか思えない、いや間違いなく人間だ。

 でも、ブラックアウトした真野絵音未は確かにアヤカシだった、もしエネミーがあの日のようになったら俺たちは……いったい。

 俺は頭のなかを切り替えたくてテクテク歩いてるエネミーに目を向けた。

 まるでふつうだ。

 いまこの廊下を走てった人体模型に誰も驚かない。

 さすがにエネミーがなんか言うと思ったけど、俺たちがこういうこと・・・・・・・をしてるのを知ってた、そりゃあそうか、れっきとした死者であり、いまは真野家の娘なんだから。

 ……厳密な区別ならエネミーと人体模型は同じ種族ってことになる……。

 差別ってのはこんなきっかけからはじまることを知った。

 こんなふうに歴史のなかでも”差”が生まれてったんだろう。

 悪いけど、エネミーと人体模型が同じ種族なんて思えない。

 身近な者と、そうじゃない者、どうしたって身近な者に情がわくのは当たり前だ。

 それに外見……人はどんなに取り繕ったって、外見の違いに左右されてしまう。

 「沙田、おまえの技に名前つけたアルよ」

 「技って。俺の黒い衝撃派のこと?」

 「そうアルよ」

 「俺の技、知ってたんだ?」

 「話だけは知ってるアルよ」

 だって、エネミーはこんなにも人間らしい。

 「へ~。んでなんて技?」

 「暗黒物質ダークマター

 だ、暗黒物質ダークマターだと? 俺の技が黒い衝撃派だから、それから名付けたのか?

 「そうアルよ」

 「なんかそれっぽいな」

 「だからそれ使うアルよ?」

 「う~ん」

 考えてみたけど、とくに断る理由もないから、そうするか。

 「わかった。じゃあ、俺のあの技は暗黒物質ダークマターってことで」

 「大切に使えアル!!」

 なぜ上から目線、ってエネミーはときどき上からくる、そこに深い意味はないんだろうけど。

 これってポニーテールの寄白さんと似てるわ~。

 ここは使者・・に似てる……死者なのに、な。

 「そう言えば、死者にもなんか技ってあるの? てか能力者なの?」

 「うちは能力者アルよ」

 「マジで?」

 う、嘘っ、エネミーが能力者?!

 初耳だ、いや、まあ、まだ出会って二日なんだけどさ。

 ってまあ、死者が能力者ってのも当たり前な気もする。

 けど俺が驚いたのは、このエネミー・・・・・がって意味だ。

 よく考えれば、この四階の暗闇でふつうにしてるってことは、エネミーも夜目を使ってることだ。

 開放能力オープンアビリティを使えるのは能力者だけ。

 「そうアルよ。見てろアル」

 「えっ、あっ、ああ」

 どうやら、エネミーがここで能力を披露するらしい。

 「行くアルよ」

 「おう、おお。いいぞ」

 俺はエネミーの全身を眺めた、ここで能力が発動するらしいから。

 ……ん、どうなった、なにか変化あったか?

 なにも起こらないぞ。

 「エネミーどうなった? もうなにか起こったのか?」

 「よく見ろアル」

 「はっ?」

 「うちの足元アル」

 えっ?! エ、エネミーの体が浮いてる。

 い、一センチほど、だが。

 確かに靴の底が廊下から離れてる。

 「それでそれからどうなる」

 「これだけアルよ」

 「そ、それだけ? そ、それはなんの能力だ」

 「飛翔能力アルよ。でもうちは劣等能力者ダンパーアルからな」

 ダ、劣等能力者ダンパーだと、また俺の知らない言葉が。

 ダンパーとはなんだ?

 ダンパーって言うくらいだからダンプか? そもそもダンプってなんだ?

 車しか知らんぞ。

 てか、あの車はなぜダンプって言うんだ、これは思考の迷宮に入ったな。

 先頭を歩いてた九久津がこっち向かって戻ってきた。