第204話 ボディガード

 一通り蛇についての論議を終えたころ、みんな自由に動き回ったせいもあって俺らはバラバラの位置にいる。

 エネミーもさっきりよは、ずいぶん落ち着いたようだ。

 昨日はなにくわぬ顔で――メガネ蛇アル。とかって言ってたのにあんまり事態の重大さに気づいてなかったのか。

 病み憑きの娘アスに対しても、すごい食欲だって驚いただけだしな。

 やっぱり子供と高校生の感覚が共存してるみたいだ。

 九久津は部屋の隅にいる社さんに気づいた。

 この視野の広さ、戦闘でも何度これが役に立ったか。

 「雛ちゃんは座らないの? ここ空いてるよ」

 九久津が自分の横の席をポンと叩いた。

 く、九久津、でも鈍い……心の視野をもっと広げない、と……。

 い、いや違うな、こと社さんに対してだけ例外適用だ。

 イケメンは社さんおとめの心知らず、しかも自分の隣って。

 だが、そんな隙がまた女子にモテる秘訣なのかもしれない……。

 「うん。ありがと。ちょっと美子と話してからでいい?」

 「あっ、いいけど」

 社さんはエネミーから寄白さんを引き離して手を引くと、部屋の角に行って声を潜めた。

 青い春すぎる。

 エネミーはここぞとばかりに九久津の横に座った。

 「九久津。九久津がいないときにうちが蛇と――こんにちは。したらどうすアルか?」

 「大丈夫だよ。俺は召喚憑依能力者だよ。それに適したアヤカシを召喚して護衛するから」

 「ほんとアルか?」

 「ああ。任せてよ」

 「これで夜眠れるアル。毎日眠れないアル。ちょっと寝不足アルね」

 毎日眠れないのはアニメの観すぎだからだろ。

 寄白さんと社さんあの二人の感じときたら、う~ん。

 教室のカーテン端のほうでこんな光景よく見るわ~。

 なに話してるかはまったくわからないけど。

 「美子、昨日クレアヴォイアンスでバスのなか見てたでしょ?」

 「なんのことでして?」

 「とぼけないでよ。私も沙田くんも美子の視線に気づいたんだから?」

 「あれは忌具が出現するついででしてよ」

 「やっぱり気になるんだ、沙田くん? エネミーに取られちゃうとか心配してたりするの?」

 「沙田さんはただの変態でしてよ」

 俺には聞こえないけど、まだ話してる。

 これは女子高生の大好物、恋愛話ってやつか?

 「あっ、そうだ」

 九久津はそう言ってなにかを思いだしたようにスクールバッグを開いてガサゴソしはじめた。

 その手にあったのは例のグミだ。

 バシリスクを倒しても、やっぱまだ健康に気を……あっ、でもなんかふつうのグミのような気がしないでもない。

 そのへんのスーパーとかでも売ってそうだ。

 前までのはどっかの特注品ぽかったのに。

 「九久津、それ食べたいアル」

 エネミーは目ざとく、九久津のグミを発見すると手のひらを広げた。

 だが、九久津は待ってましたと言わんばかりに、パッケージの切り目を横に裂いて広げた。

 ってことは今回のグミは新品か。

 「うん。いいよ。あげる。そのためにだしたんだし」

 九久津は袋からいくつかのグミをとりだして手のひらにのせ、エネミーに選ばせてる。

 「どれでもいいよ」

 「う~ん。どれがいいアルか」

 バスのなかではを丹念に種類を選んでたのに、けどあのグミってあんま味なかったよな、だから今度はエネミーに選ばせてるとか?

 子供は濃い味好きだからな、エネミーは頭を悩ませてる。

 さっきまでの不安そうな顔はもうなかった。

 お菓子でお子様の注意力を逸らしちゃおう作戦か?

 「この紫はなにアルか?」

 「たぶんブドウじゃない。ちょっと待って」

 九久津がパッケージの裏面を見て二、三行を指でなぞった。

 味のラインナップを確かめてる。

 「うん。ブドウ味」

 「じゃあ。ブドウをいただくアル」

 「どうぞ」

 「……」

 エネミーは無言で九久津の手のひらを眺めてる。

 な、なにがあった?

 「どしたの?」

 「赤いのもちょっくら・・・・・食べてみたいアル」

 ちょっくら、とはまたスゲー、ワードセンスだ。

 一個じゃ足りないってことね。

 「あっ、いいよ。これも食べな。これは、えーとイチゴ味って書いてあるけど」

 「でも、お母さんに他人だれかから食べ物を勧めらたら一個だけと言われてるアルよ。お母さんものすごい恐いアルよ~」

 そこは律儀に守るんだな。

 きちんとしたしつけがなされてる。

 「そっか。じゃあ沙田、これやるよ」

 「えっ、おう、ああ」

 ……ん?

 反射的に受け取ってしまったけど、これをどうしろと。

 九久津はそのまま俺の目をじっと見てる。

 なにかを言いたそうにしてるが、口を開く様子もない。

 まだ視線は合ったままだ、えーと、これはなんのか考えてみる。

 俺にくれたんだから、そのまま俺の口へ運べばエネミーがどうなるかってことか……あっ、そっか、なるほどね~。

 いつもながら機転を利かすな。

 「エネミー」

 俺はエネミーを呼んだ。

 「なにアルか?」

 「イチゴ味。俺からのプレゼント」

 「いいアルか?」

 「ああ、いいよ」

 俺はそう言ってエネミーの手にある紫グミの横にポンっと赤いグミを置いた。

 「俺がブドウ味をエネミーちゃんに一個あげた。そして沙田もエネミーちゃんに一個イチゴ味をあげた。これでエネミーちゃんはそれぞれから一個しかもらってない」

 「おお~!! ほんとアル。お母さんの約束は破ってないアル」

 俺はいつから九久津の声なき言葉を読めるようになったんだろう。

 すこし時間がかかったけど意図は伝わってきた、長年一緒にスポーツでもやってきたようだ。

 「みんな、なに頼む?」

 そう部屋中に聞こえる声で言ったのは校長だった。

 部屋の入口で壁にもたれて受話器を手にしてる。

 さっきまで受話器越しでなにか話してると思ってたんだよな~。

 校長は部屋ぜんぶを見渡したあとに――なんでもいいわよ。とメニューをヒラヒラさせた。

 さすがは株式会社ヨリシロの社長、太っ腹、い、いや太っ腹なんて言ったら怒られそうだ。

 腹は太くない代わりにむ、胸が太いというか、あっ、いや、気前がいいに訂正しよう。

 てか、ここで飲み食いしてもいいってことか。

 部屋の隅にいた寄白さんもこっちにきて、エネミーと一緒に喜びの声をあげた。

 そして二人はすでにエネミーが手にしてる三つ折りメニューを広げてコソコソ相談をはじめた。

 ――これがいい。あれがいい。というような声ももれてくる。

 エネミーの両頬がモグモグしてた、どうやらグミはまだ健在のようだ。

 「あっ、エネミーちゃん。みんなで分けて食べるから、ひとつだけじゃなくていいわよ」

 「わかったアル」

 校長も俺らのさっきのやりとりを見てたんだ……ってたぶん違うだろう。

 校長が気にかけるなら俺と同じく、九久津がまだ健康食品を食べてるのかどうか。

 けど今日のは判断に迷うな、バスのときはすくなからず体に良さげ・・・なグミだった、けど今日はフルーツグミで、完全におやつの部類だ。

 ちょっとは好転したと思えばいいか、急に習慣は変えられないだろうし。

 あるいは尾行けられてるって言ってたから、そのカモフラージュという可能性も捨てきれない。

 バシリスクに関することは、そうそう気軽には訊けない、でも俺と九久津の距離もさらに縮まってきたし追々おいおいだな。

 「アヒージョ、アクアパッツァ、 カプレーゼ、シュラスコ、ガイヤーン」

 寄白さん、突然、呪文? って思ったら食べ物の名前かよ。

 そ、そんなラインナップがあるのか?

 「これ、みんなで食べるアル」

 寄白さんとエネミーはなんの遠慮もなく校長に伝えた。

 だがその注文のなかのひとつは壁に貼ってある当店限定メニューの一品だった。

 ――あれ食べたくてよ。という、寄白さんの呟きは決意の呟きだったのか。

 てかグルメかよ? 今日は食ってばっかだな。

 しかも最後のガイヤーンってなんやねん!!

 新幹線と戦闘機と戦車がロボ合体して名乗りそうな名前だな。

 超合体ガイヤーン!! みたいに。

 あるいは大魔王ガイヤーン? ――我が名は魔王ガイヤーンなり。って

 「わかったわ」

 校長は寄白さんとエネミーのリクエストを正確に注文した。

 そんなオシャレ料理ここにあるんだ。

 ここカラオケだぞ?

 あっ、カラオケの横がイタリアンとかになってんのかも、Y-LABと国立病院みたいに。

 そのあと校長は俺や九久津、社さんにもなにか食べたい物はないかと訊いてきた。

 俺は特に注文する物もないから首を横に振った、九久津も社さんも俺につづく。

 エネミーは料理を待ってるあいだ自分の胸元を強調させて、巨乳への憧れを校長に語ってる。

 おい、おい、エネミー攻めすぎだぞ、ってまあ校長ならそれを理解できるだろうけど。

 エ、エネミーが校長に胸タッチしてる、うらやま、し、いや、なんでもない。

 昨日も只野先生にちっぱい治したいって無理難題言ってたっけ?

 けど型紙から治すったっていまさら無理だよな。

 だって、エネミーは和紙から産まれたんだから。